無意識の思考における 対称性 中野昌宏 (大分大学) 本報告の狙い 人間の思考,推論,コミュニケーションをいか にして「説明」 するか(いかにして「モデル化」 するか) 統合失調症者の言説,子どもの言説,比喩, ジョークなどに「対称性」の表れを見る これらは正常な成人にも部分的に見られる (疾患に特有のものとは考えない) そこから,人間の意識的・無意識的思考に迫 りたい(少なくともその方法論だけでも) 2つの考え方 1. コンピューター・プログラムのようなもの(純 粋な形式論理)と考える – 「実行可能な手続き」(effective procedure) 2. それ以上のもの(+α)と考える – 文脈,発話状況,語用論的な要素などを考慮に 入れる – 人間の思考は純粋論理で捉えきれない? われわれの方針―中を取る いちおう純粋論理に基づいた構成的アプローチ (constructive approach)に賭ける – それがうまくいく保証はないが,そちらに賭けないと認識 利得は少ない 純粋論理で捉えきれない部分(一回性を含む)を, 抽象的パターンや確率論的なかたちで考慮に入れ なおす – 誤り方(非合理性)にもパターン・傾向性がある これ自体が一種の仮説的演繹(hypothetical deduction, abduction) 非論理的バイアス(篠原ほか 2007) 「対称性バイアス」 – 「p→q」という情報から,「q→p」を導き出す 「相互排他性バイアス」 – 「p→q」という情報から,「¬p→¬q」を導き出す これらによって純粋な論理的演繹を「歪める」 ことによって,より人間に近い推論過程を再 現できるのではないか?(もう少しでできそう) (これが結論です) 誤謬推理 fallacy 「p→q」が正しいからといって,必ず「q→p」が正しい わけではない 「p→q」が正しいからといって,必ず 「¬p→¬q」が 正しいわけではない でも何となく正しいような気がする。実際人間はそう いう推論をすることが多々ある ⇒「認知的バイアス」と捉える 非論理的バイアスの効用?(1) (対称性)因果関係の把握 ……結果qから原因pをたどることができる (相互排他性)幼児の語彙獲得 ……よく知らない対象とよく知らない名前を対応させ ることができる 要するに,これのおかげで「一対一対応」(全単射) を効率よく見つけられる(因果関係についての仮説 として) 非論理的バイアスの効用?(2) 論理的に考えるだけでは行き詰まってしまう (硬直的なアルゴリズム) 行き詰まったときに状況を打開するには「飛 躍」が必要 かといってつねに飛躍があっても困る →あるときは論理的で,あるときは非論理的 なのが「自然」 誤謬推理としての認知的バイアス 「p→q」から「q→p」と考えてしまう傾向 →「対称性バイアス symmetry bias」 (「逆もまた真なり」) 「p→q」から「¬p→¬q」と考えてしまう傾向 →「相互排他性バイアス mutual exclusivity bias」 (「火のないところに煙は立たず」) 逆・裏・対偶 対称性バイアス 「p→q」 相 互 排 他 性 バ イ ア ス 「¬p→¬q」(裏) 「q→p」(逆) 「¬q→¬p」(対偶) 「述語的同一視」 von Domarusの原理 – 人は死ぬ。草は死ぬ。∴人は草である。 – SはMである。PもMである。∴SはPである。(ウソ) – 「中名辞不周延の誤謬」 死ぬもの (ある意味典型的な誤謬) – 統合失調症という疾患の 人 核心?(Arieti) 草 「正常な」述語的同一視(1) 3歳9カ月の女の子が,2人の尼がいっしょに歩いて いるのを見て,「お母さん,あの双生児をごらんよ」と 言った。彼女は尼たちが同じ服装をしているので双 生児だと考えた。双生児がよくやっているように,同 じ服装をしているという特徴が,尼たちの同一視を 招いたのである。(Arieti 1957) Arietiは,未開民族や子ども,統合失調症患者の思 考の中に同じ推論形式を見出す →「古論理 paleologic」 安永(1960)の批判 しかしわれわれはこの子の判断をそんなに妙 だ,とは思わないであろう。二人並んで歩い てくる尼には,確かに双生児みたいなところ がある(われわれは2つ並んだ星を見てさえ ふたご星だ,という)。 形式的には同じでも,正常人は「質」を捉えて いるが,統合失調症患者は同一視のための 同一視(生きた意味のない同一視)をしている 「正常な」述語的同一視(2) 比喩 – 隠喩(metaphor) 〔類似性〕 類似するものでたとえる – 「貴女は僕の太陽だ!」(太陽は美しく偉大だ,貴女も美しく 偉大だ)(安永, 1960) – 換喩(metonymy)〔隣接性〕 随伴するもので実物に換える(容器を中身に,原因を 結果に,原料を製品に,作者を作品に,etc.) – 堤喩(synecdoche) 部分を全体に換える 「正常な」述語的同一視(3) ある種のジョーク – なぞかけ ○○とかけて××ととく。そのこころは? どちらも△△でしょう。 「腐った卵」とかけて「夜道」ととく。そのこころは? どちらも「きみが悪い」でしょう。 – 駄洒落 「黄身」と「気味」はどちらも「きみ」と発音 表面的な共通点で無関係なものを統合する 「正常な」述語的同一視(4) 類比による発見の論理(G. Polya) 仮説形成(アブダクション)(C. S. Peirce) 結果から原因を推定する場合 • 「述語的同一視」も使いようでは有効に機能 • かといって,いつもこのように考えるのは問題 • 使ったり,使わなかったりしているはず C. S. Peirce:3種類の推論 (1) 演繹 deduction (ルール) (事例) (結果) ∴ AならばB A B Modus ponens 演繹定理 A B AならばB 多くの経験科学 帰納 induction (事例) (結果) (ルール) ∴ C. S. Peirce:3種類の推論 (2) 仮説形成 abduction (ルール) (結果) (事例) ∴ AならばB B A 仮説を作ること 探偵の推理 (独り言)本当は,この3つは横並びなのではなく, – 帰納をするときには仮説形成を使っている? – 仮説形成をするには演繹を知らなければならない? G. Polya:基本的な帰納的パターン 科学的発見における「類比」「帰納」の重要性に着眼 基本的な帰納的パターン (ルール) (結果) (事例) ∴ AはBを含蓄する(AならばB) Bは真である Aは信頼が増す 「結果の確証は推測の信頼性を増す」 von Domarusの原理の含意 個体-小集合-大集合(個別-特殊-普遍)という 階層(論理階型)がある 対称性が効きすぎる(「人は死ぬものであり,死ぬも のは人である」) – 小さい集合と大きい集合の 外延が同じ(一対一対応)に – 階型が崩れる 非対称性が確保できないと, たとえば妄想と現実の区別が つかなくなる 死ぬもの 人 草 議論の拡張 あらゆる概念について,オイラー図で考える (集合論で考える――I. Matte Blanco) – 条件文(前件と後件) – 主語と述語(von Domarusの原理,命題論理か ら述語論理へ~要素と集合) 非対称な二項関係全体に拡張できる? – 主語と目的語(M. Klein「投射」~「妄想」) M. Klein: 投射と妄想 I love him He loves me (被愛妄想) I hate him He hates me (被害妄想) 本来自分の感情であるものを相手の感情と見なす, またその逆→「投射(投影) projection」 投射は妄想/感情移入の基盤(→対称性) 「パターン」(Wauchope=安永) A因子 自 質 全体 統一(同一性) 了解 直感的・感覚的 無意識(一次過程) B因子 他 量 部分 差別(差異) 説明(Jaspers) 分析的・知的 意識(二次過程) 「パターン逆転」の理論(安永) 一つのものを眺めていても,A面で捉えるか, B面で捉えるか,2通り捉え方がある Aの強さ=a,Bの強さ=bとすると, 正常人はa≧bとなり, 統合失調症患者はa<bとなる(逆転) すなわち,AがBに優越するのが普通なのに, 何らかの事情でBがAに優越してしまっている のが統合失調症 対称原理(Matte Blanco) 対称モード(均質モード,不可分モード)と 非対称モード(非均質モード) 対称モードの思考では,本来反転してはいけ ない非対称関係(主体と対象,全体と部分, 能動性と受動性,etc.)が反転される(「錯論 理的 paralogical」) 非対称モードの思考は,究極的には純粋論 理そのもの 対称モード:無意識の思考(Freud) 圧縮(condensation) 置き換え(displacement) 無時間性(timelessness) 相互矛盾の不在 (absence of mutual contradiction) 外的現実の内的現実による取り違え (replacement of external by internal reality) 対称と非対称も対称? 対称原理は,二項関係ならどこでも適用され うる(全体と部分,原因と結果,etc.) それは,対称な関係と非対称な関係のそのも の間にも適用されうる Wauchope=安永では「A→B」が基本パター ンとされたが,これは自明ではない(「A→B」 という理論的「説明」自体はB=非対称モード による記述にすぎない) 人間の思考とは 対称モードと非対称モードの混合 (「複論理的構造 bi-logical structure」) 混合のメカニズムはいまひとつ不明 (「無限集合」とは言うものの……) 精神医学・精神分析の臨床経験は一回的 (文脈依存性がとても大きい) 抽象化して本質を摑むには,「構成的アプ ローチ」が適切? 参考文献(補遺) Arieti, S. 1957 Interpretation of Schizophrenia, Basic Books. (『精神分裂病 の心理』,牧書店) 安永 浩, 1960 [1992] 「分裂病の基本障害 について」, 『ファントム空間論――分裂病の 論理学的精神病理』, 金剛出版. (了) Appendix 非論理的な推論のモデルを作る 解かせるべき課題を設定する – 被験者実験 – コンピューター・シミュレーション 因果推論に関する被験者実験: 牛乳を飲むとお腹が痛くなる? 飲む 飲まない 痛くなる a c ならない b d 頻度(回数) 飲んで痛くなる回数=a 飲んで痛くならない回数=b 飲まないで痛くなる回数=c 飲まなくて痛くならない回数=d 条件付き確率 P(痛い|飲む)=a/(a+b) P(痛くない|飲む)=b/(a+b) P(痛い|飲まない)=c/(c+d) P(痛くない|飲まない)=d/(c+d) 実験の手順と結果 a, b, c, dについて,被験者に具体的な数値(痛く なった/ならなかった回数)を示す それぞれの場合の確率をパーセント単位で答えても らう(直感で) この直感が人間の頭の中でどう計算されているの かが知りたい! この結果と,「2要因ヒューリスティックス」とがよく合 致する(r2=0.96,服部雅史・立命館大) Exploration(探索)と Exploitation(搾取)のジレンマ N-armed bandit problem(「強化学習」の課題) N本の腕があるスロットマシンのイメージ 腕Aと腕Bで報酬が得られる確率が予め決まってい る やっているうちにいずれどちらが有利なのか判断が つく。あとは有利な腕だけ選べばよい 高報酬を得るため,できるだけ短期間に判断したい 判断に際して「早く」と「正確に」が矛盾する 2本腕のスロットマシン 腕A 腕B 当たり a c はずれ b d 頻度(回数) Aで当たった回数=a Aではずれた回数=b Bで当たった回数=c Bではずれた回数=d 条件付き確率 P(当たり|A)=a/(a+b) P(はずれ|A)=b/(a+b) P(当たり|B)=c/(c+d) P(はずれ|B)=d/(c+d) 対戦 一定のアルゴリズムで信念を形成する(=ある命題 を信じる度合いを定義する) – – – – – – CP:条件確率モデル DP:随伴性モデル(相互排他性のみ) DFH:2要因ヒューリスティックス・モデル(対称性のみ) RS:強い対称性モデル(両方が100%) LS:緩い対称性モデル(両方がときどき) 人間(未検証) CP:条件確率モデル 過去の(条件付き)確率を,そのまま未来の予 想に利用 a P(q | p) ab DP:随伴性モデル 「p→q」から必ず「¬p→¬q」を推論する 相互排他性を必ず満たす P(q | p) P(q | p) P(q | p) ad bc (a b)(c d ) DFH:2要因ヒューリスティックス アルゴリズム algorithm に対するもの。人間的思 考のモデルとして注目されている 完璧に正しくはないが,手早く近似的な解にたどり つける 対称性を必ず満たすが,排中律を満たさない H (q | p) P(q | p) P( p | q) a (a b)(a c) RS:強い対称性モデル 「p→q」から必ず「q→p」を推論し, 「p→q」から必ず「¬p→¬q」を推論する 対称性と相互排他性の両方を必ず満たす ad S 0 (q | p) abcd LS:弱い対称性モデル CPとRSの中間的なモデル 時々ほどほどに対称性が効き,時々ほどほどに相 互排他性が効く 被験者実験(人間の感覚)と合致するように構築 b a d bd S (q | p) a b ab c ac bd d LSモデルの意味 (1) p ¬p q a ¬q b a c ac b d bd 右側の列が縮小変 換された形 係数[0,1]は定数で はダメ(被験者実験 と合わない) Sが一般形であり, この係数が0なの がP,1なのがS0と も言える LSモデルの意味 (2) p q a ¬q b ¬p P( p | q) c P( p | q) d 確率の中に 確率を織り込 んだ形 LSモデルの性質
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