ハザード管理より遥かに高度な知性が必要 リスク管理とは『想定外』を管理することである!! 戦略的な化学物質管理 安井 至 (独)製品評価技術基盤機構・理事長 国際連合大学名誉副学長・東京大学名誉教授 http://www.yasuienv.net/ 1 概要 国連のSAICM (2002年ヨハネスブルグ) =Strategic Approach to International Chemicals Management 2020年までに化学物質による悪影響を最小化 国連は『想定外』のことをもともと取り扱わない。 途上国における失敗の可能性 過去の失敗例を振り返り、それが途上国で再現さ れる可能性はあるのか。⇒『想定外』がなければ、 多分大丈夫。 先進国における今後の対応 現時点でも起きる『想定外を想定内に』すること 2 1.水俣型の環境汚染は再発するか 水俣型汚染 メチル水銀:アセトアルデヒド製造用の触媒で あった無機水銀が有機水銀化 1956年:被害の発生が確認された 1959年:工場側の主張は「有機水銀不使用」 1967年:メチル水銀の生成が証明 1968年:メチル水銀の放出が停止 3 現在なら考えられないこと =今にして思う当時の『想定外』 その1:化学だけでなく、科学全体が遅れていた。 その2:人命軽視・産業優先 メチル水銀の分析技術も不十分であった そのため公定法もなかった 工場側が主張した「湾内の微生物が有機化の原因説」 を反証できる科学がなかった 1956年の自動車賠償責任保険 死亡30万円 産業活力はそれ自身が目的化されていた その3:大学などの中立性不足 産業最優先が不思議だと思われていない 水俣は産業城下町であった 4 途上国の現状と可能性 外国からの技術導入以外の新規技術がある途上 国は? シンガポールの石油化学は合弁と技術導入 中国は新規技術を開発できるか ベトナムはどうか 今後、多種多様な新規化学物質は? 年間1トン程度/日本程度の面積以下であれば、まず、 問題はない。 新規物質で大量に生産されるものは、考えにくい。 理由:「大量に生産=安価」 の条件を満たすものはす でに開発されている。 → 途上国が失敗を繰り返す可能性は低い 5 2.四日市大気汚染型 石油コンビナートから排出されるSO2が主たる 汚染物質 光化学オキシダント、PM2.5などの粒子状 物質の汚染とはやや異質 しかし、SOx、NOxは、光化学オキシダント、 PM2.5の原材料でもある 中国の現状でも、本当に深刻なのは、SO2に よる健康被害である 6 途上国の今後 『想定外』は少ない SO2の健康被害がもっとも深刻かつ直接的 なので、対策を取ることが必須な状態に追 い込まれるだろう 中国などでは、住民の健康意識がこのとこ ろかなり進展していて無視できないレベル 光化学オキシダント、PM2.5には天然起源 のものもあるが、 量的にはそれほど深刻で はないので、SO2の対策を取れば、それで 解決するだろう → 途上国が失敗を繰り返す可能性は低い 7 3.カネミ油症型の事故 1968年 「PCBによる食用油汚染事件」と言えるほど単純な 事故ではなかった。 PCBは、脱臭用加熱器の熱媒体であった カネミが、PCBが混入したコメ油を蒸溜して、再度 商品化しようとしたため、反応してPCDF(ポリクロロ ジベンゾフラン)が生成 PCDFの毒性は、ダイオキシンと同様 加えて、PCB中のCo-PCB(コプラナーPCB)も毒性 の一部 これらの影響は塩素座瘡(クロルアクネ) 8 この事故を契機に化学物質管理へ 1973年 化学物質審査規制法 「新たに製造・輸入される化学物質について事前 に人への有害性などについて審査するとともに、 環境を経由して 人の健康を損なうおそれがある化 学物質の製造、輸入及び使用を規制」 直接暴露は、労働環境などが主として規制されて いる。日用品などの規制は限定的。 製造過程での中間生成物などは規制対象外。 カネミ油症の原因物質は、『想定外』のものだった 9 4.アスベストの規制の遅れ アスベストは人工繊維ではほぼ不可能なセメント 補強用にも使える天然繊維 安価な建材であるスレート板に多用 ブレーキ用パッドの補強材 その他、鉄骨の耐熱被覆などにも 国産はわずかでほぼ輸入 1945年以降、輸入量が急増 アスベスト由来と思われる症例 1960年には肺がん 1973年には中皮腫が発症 10 中皮腫による死亡者推移 1400 1200 1000 800 600 中皮腫による死亡者数推移 厚生労働省の統計による 400 200 0 11 12 1990年以降、やっと輸入量減少 健康リスクの高い物質であることが分かっていなが ら、1970年当時に規制ができなかった 第一の要因は、25~50年後に発症すること 第二の要因は、当時、日本の停年は55歳 平均的に30年後に発症とすれば、25歳でアスベス トを吸引しても、停年と同時に発症 1970年当時、日本の男性の平均寿命は69.3歳 2011年は79.44歳 完全に想定されていたことが、経済的理由によって、 その通りに起きている → アスベスト産出国が問題かもしれない? 13 最近の化学物質管理の話題 いまだ『想定外』が起きる 最大の話題:大阪印刷会社の胆管がん その2:中国メラミン、ミルク混入事件 その3:ヘキサメチレントリアミン事件 番外1:2012年4月から食品中の放射性物質 新規制 番外2:食品関係:やっとBSEが30ヶ月以下の牛 ならOKになった。さらに、自治体のBSE全頭検査 の廃止を求める方針 『想定』を遥かに超えた超安全指向 その副作用を指摘する人は極少数 14 胆管がんの事件 中西準子先生のWebサイトをご覧下さい 労働環境が余りにもひどすぎる 意図的犯罪? PRTRデータの届出が無くなったのは、事業者側の 単純ミス。これは、今後、見張りを入念にする必要 あり メッセージ: リスクがよく分かっている物質を、リスクがあるから という理由で、リスクの分かっていない物質に代替す るのはやめて下さい。決定的な失敗になる可能性が あるので。このような代替を推奨する売り込みがある ことも、認識しておくべき 15 胆のう及びその他の胆道死亡者数 20000 18000 16000 14000 12000 10000 8000 人口動態 2011年版 6000 4000 2000 0 1960 1965 1970 1975 1980 1985 1990 1995 2000 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 16 胆管がんが予測できなかった 洗浄剤は、ジクロロメタン、ジクロロプロパンを含ん でいた ジクロロメタン 用途溶剤 沸点40° マウスに6940mg/m3 2年間 肝細胞に良性腫瘍 マウスに50mg/日 経口 2年間 肝細胞腫瘍 投与量に 比例しなかったために「偶発的」と判定 IARC グループ2B(人に対して発がん性があるかもしれない) 1,2ージクロロプロパン 用途溶剤 沸点95° ラットに69.3mg/m3 を13週間 鼻腔粘膜過形成 Wiki「日本ではラットやマウスによる実験で肝細胞がんの 原因物質となることが判明している」との記述あり。 17 その2:食品関係 中国におけるメラミン中毒事件 2008年 牛乳を水で薄め、それが検出されないよう、窒素分の 濃度を補うために、メラミンを添加した製品が原因 乳児の死亡事故になった 毒性メカニズム メラミンの毒性は低い イソシアヌル酸という毒性のさらに低い不純物が共存 この二つの物質が共存すると、メラミンシアヌレートという平 板上難溶性の物質を生成 これが原因で急性腎症 中国らしい『想定外の不法行為』が原因 → 中国と類似の国が存在するかが問題か? 18 メラミンとイソシアヌル酸 平板上不溶性固体を形成 腎臓の機能傷害 19 メラミンイソシアヌレートの平板構造 20 その3 ヘキサメチレンテトラミン事件 この事件にも多様な原因がある 1.使用者から処理事業者への情報提供の不足 2.使用者が過去にも同じミスをやっているのに、 改善されていない問題 3.処理事業者のレベルの問題 4.水道の基準値が厳しすぎる問題 5.分解生成物に毒性がある物質への対応が不 十分 21 水道水にホルムアルデヒド検出 千葉県流山市で水道水にホルムアルデヒ ドが検出され、取水がストップ 発表:2012年5月18日 ホルムアルデヒド問題「排出元告知せず」 発表:2012年05月26日 ホルムアルデヒド、化学会社9年前も同物 質排出 発表:2012年5月26日 22 加水分解でホルムアルデヒド (CH2)6N4+6H2O→ 6H2C=O+4 NH3 水道水の基準値 0.08mg/L cf. WHOの基準値は 0.9mg/L 11倍も厳しい 厳しい規制は、国民へのサービスか? 23 24 基準の根拠となった実験 動物実験において、Til ら (1989)は雌雄各群 70 匹の Wistar ラットに、雄には 1.2、15、82 mg/kg/day を、雌には 1.8、21、109 mg/kg/day のホルムアルデヒドを 2 年間飲 水投与した。雌雄ともに最高用量群にのみ、摂餌、摂水、体 重の減少、胃粘膜壁の不規則な肥厚が認められた。病理組 織学的に、過角化症と限局性潰瘍を伴う前胃の乳頭状上皮 過形成、および潰瘍と腺過形成を伴う腺胃の慢性萎縮性胃 炎が観察された。さらに、腎相対重量の増加と腎乳頭壊死 の発現増加が認められた。しかし、胃を含め、諸臓器に腫 瘍発生は認められなかった。一般毒性に対する NOAEL(No observable adverse effect level=無毒性量) は、雄雌で 15 および 21 mg/kg/day である。 詳細リスク評価書シリーズ17 「ホルムアルデヒド」 中西準子、鈴木一寿著 丸善 平成21年 25 発がん物質 IARC グループ1 しかし、一般に、どのような有害物の場合でも、摂取の やり方によって健康影響が大きく異なる。 がんが発生するという実験的な根拠は、吸入する空気 にホルムアルデヒドを含ませると、ラットの鼻腔に腫瘍が 観察されたこと。しかし、マウスやハムスターでは認めら れていない。 ヒトについては、腫瘍との関係が詳細に研究されている ものの、説得力があるデータがあるレベルではない。 にもかかわらず、IARCがホルムアルデヒドをグループ 1(ヒトに対して発がん性あり)に分類したのは、基準をよ り安全サイドにするためだったと思われる。 詳細リスク評価書シリーズ17 「ホルムアルデヒド」 中西準子、鈴木一寿著 丸善 平成21年 26 一般的な基準の作り方 1 日に飲用する水の量を 2L 人の平均体重を 50kg(WHO では 60kg) 水道水由来の暴露割合として、TDI の 10% (消毒副生成物は 20%)を割り当てる条件 の下で、対象物質の 1 日暴露量が TDI を 超えないように評価値を算出した。 ただし、物質によっては異なる暴露シナリオ を用いている場合がある。 27 0.08mg/Lになった理由 NOAEL:15mg/kg/day に不確実係数:100(種差と個 人差にそれぞれ 10)を適用して、経口摂取による TDIは 150μg/kg/day と求められた。 → ここまでなら0.8mg/Lになるはずだった しかし、ホルムアルデヒドは入浴時等の水道水からの 気化による吸入暴露による影響も考慮に入れる必要 がある。したがって、気化による吸入暴露経路による 発がん性を考慮し、追加の不確実係数:10 を適用し TDI を 15μg/kg/day とした。 消毒副生成物であることから TDI に対する飲料水の 寄与率を 20%とし、体重 50kg のヒトが1日 2L 飲む と仮定すると、評価値は、0.08 mg/L と求められる。 28 水道法第四条 (水質基準) 第四条 水道により供給される水は、次の各号に掲 げる要件を備えるものでなければならない。 一 病原生物に汚染され、又は病原生物に汚染されたことを 疑わせるような生物若しくは物質を含むものでないこと。 二 シアン、水銀その他の有毒物質を含まないこと。 三 銅、鉄、弗素、フェノールその他の物質をその許容量をこ えて含まないこと。 四 異常な酸性又はアルカリ性を呈しないこと。 五 異常な臭味がないこと。ただし、消毒による臭味を除く。 六 外観は、ほとんど無色透明であること。 2 前項各号の基準に関して必要な事項は、厚生労働省令 で定める。 29 一旦法制度ができると思考停止! 他の大きなリスクを考慮しない もし真夏だったら → 熱中症は命にも 水道水の厳しすぎる規制値は、命の危機を招く 可能性がある むしろ、水道の給水を継続した方が良い? 取水中止になれば、水道は早晩断水 給水車に真夏に行列を作ることに 行列の長さにもよるが、熱中症発症 最大の用途は洗浄用、特に、トイレ・風呂 非常用飲料水をペットボトルで配布? 日本という超真面目な国でもっとも懸念される『想定外』 =『法令を遵守しすぎて、別のリスクを発現する』 30 想定外をいかに想定内にするか 「リスク予測学」の創成が必要なのかもしれない リスクが分かっている物質を上手に使う リスクゼロは存在しない ⇒ すなわち、リスクが分か っていない物質は、危険だと考える 人類との付き合いの長さを考える ゴミを燃やしたぐ らいで生成するダイオキシンが猛毒? リスクをできるだけ広く把握する リスクのバックグラウンド リスクのトレードオフ 「厳しい規制=安全」は正しくない 31 非新規の化学物質の想定内と想定外 製造量と使い方が、“伝統的”かどうか “伝統的”使用例(全量、ヒトなどへの被ばく量)な どを記録に残す 「なにか不都合な影響は有ったか」を記録に残す 不都合の無い範囲内の“伝統的”使用かどうかを 判定する知識ベースシステムを構築 その範囲内であれば、自由に使うことを許可。 範囲外であれば、リスク評価を使用者が行う。 32 化学物質管理知識ベース 過去の想定外の事態を入力できるような知識ベー スを構築 それを解析して、どのような新規情報を得なければ ならないか 例えば、ヘキサメチレンテトラミンの場合であれば、 加水分解する副生成物 胆管がんであれば、莫大な被ばく量 メラミンであれば、副生成物とのネットワーク構造の 形成 これらを自動的に推測できるシステムの構築 それには、用途情報が必須である ⇐ 本日の結論 33 持続可能性に関する 未来予測・見解と解決法について 「地球の破綻」 21世紀版「成長の限界」 安井 至+検討会 「2052~今後40年の グローバル予測」 ヨルゲン・ランダース 相違点 人口予測 解決法は無い? 34
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