生命工学・生命倫理と法政策

医事法2009
東京大学法学部 21番教室
樋口範雄・児玉安司
第3回2009年4月22日(水)16:50ー18:30
医療関係の法律家のとらえ方=契約説
[email protected]
参照→http://ocw.u-tokyo.ac.jp/
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医事法
医療に関わる法と法律家のあり方を問い直す
樋口範雄「医療と法を考える―救急車と正義」
(有斐閣・2007年)
同「続医療と法を考える―終末期医療ガイドライ
ン」(有斐閣・2008年)
手島豊「医事法入門」(有斐閣・第2版・2008年)
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医師・患者関係のとらえ方
法律家の見た医師・患者関係
1)適用される法は?
2)法律家はなぜ契約が好きか。医師や患者
は医師・患者関係をどのようなものと見てい
るか。
アメリカの教科書 Health Law, Law & Medicine
医師・患者関係を契約とする記述の少なさ
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日本の法律家が契約を好む理由
1 他に適当な概念(道具)がない
2 概念さえあれば、何でも載せられる台
契約の便利さ
3 患者の自己決定権・対等な医師・患者関係
という最近の流行にぴったり
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契約説への反論
1 患者の声
医師の声
2 医師・患者関係に関するモデルの調査
3 アメリカ医師会の倫理規定
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契約説への疑問
準委任契約説(通説)への疑問
①わずかな数の規定 13箇条
②契約の入口
③契約の終了事由 いつでも終了(解除)できる
④受任者の報告義務は委任者の請求があるとき
⑤委任契約の規定は基本的に財産関係の事務の委託を想定
⑥受任者の報酬と費用請求
⑦受任者は、委任事務を処理するため自己に過失なく損害を
受けたときは、委任者に対し、その賠償を請求することがで
きる(650条3項)。
このように見てくると、準委任契約という道具概念を用いても、
民法にはわずかに13箇条しか条文がなく、しかもその大半
が医師患者関係に適用して大丈夫かと不安になる内容。
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契約説への疑問
1)当事者の対等性 情報格差 一方がそもそも弱者
2)組織における医療 現実を反映していない
実は病院との契約 医師は?
医師・患者関係→信認モデルへ
fiduciary relationship という考え方
樋口範雄「フィデュシャリーの時代」(有斐閣・1999年)
これなら医師も法律家も同じ立脚点に立てる
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契約説への疑問
①意識不明の人や、意識不明ではないが5歳の子が路上に倒れているの
を医師が発見した。
②患者からの医療費の支払いが遅れている。医師はこれ以上の診療を拒
むことができるか。
③ある臓器を手術で摘出することになり、医師はリスクや代替措置の可能
性など懇切丁寧な説明(インフォームド・コンセント)を行った。患者は納
得して手術を受け回復したが、後に、医師が摘出した臓器を利用して特
許を取ったことがわかった。
④病院に入院すると、患者の知り合いの法律家から「あなたの契約相手
は法人または病院の開設者であり、医師も看護師も病院の履行補助者
(または代理人)にすぎない」と言われた。
⑤病院で患者が手術後に死亡してしまった。遺族に説明?
⑥会社の経営者である患者が末期ガンにかかったという情報。
他にはどのような例が考えられるか?
日本法にはもっとよい道具がないのか?
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事例1 産業医
建設機械の操作員Xが、雇用前の健康診断を受けた。
建設会社は、健康診査業務をアウトソーシングして
おり、別の医療関連会社Y1がその任にあたってい
た。Y1に雇われていた医師Y2がレントゲン診断を
含む診査を行い、放射線技師Y3は悪性リンパ腫で
あるホジキン病の可能性のある縦隔洞の拡張を認
めY2に報告した。CTスキャンによる精密検査の必
要ありとも告げた。だが、Y2は「レントゲン写真に異
常あり」との報告をY1に送付しただけで、報告中、
縦隔洞拡張には言及しなかった。Y1は、理由は不
明だが、健康状態に問題なしという報告を建設会社
に送った。Xは8ヶ月後に死亡した。 Reed v.
Bojarski, 764 A.2d 433 (N.J. 2001).
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事例2
「たった今、あなたが進行した前立腺ガンであると宣告
されたとしよう。このタイプのガンは早期発見されて
いれば十分に治癒可能だが手遅れになれば助から
ない。さて、1年1ヶ月前に、あなたは生命保険の加
入を申請し、保険会社には診査のための血液検査
の結果が渡っており、しかもその結果があなたには
知らされていなかった。このことが今わかった。
* Hannah E. Greenwald, What You Don't Know
Could Save Your Life: A Case for Federal Insurance
Disclosure Legislation, 102 Dick. L Rev. 131 (1997).
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産業医
労働安全衛生法
(産業医等)
第13条 事業者は、政令で定める規模の事業場ごとに、厚
生労働省令で定めるところにより、医師のうちから産業医を
選任し、その者に労働者の健康管理その他の厚生労働省令
で定める事項(以下「労働者の健康管理等」という。)を行わ
せなければならない。
第1条 この法律は、労働基準法と相まつて、労働災害の防止
のための危害防止基準の確立、責任体制の明確化及び自
主的活動の促進の措置を講ずる等その防止に関する総合
的計画的な対策を推進することにより職場における労働者
の安全と健康を確保するとともに、快適な職場環境の形成を
促進することを目的とする。
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産業医
労働安全衛生法
第66条 事業者は、労働者に対し、厚生労働
省令で定めるところにより、医師による健康
診断を行なわなければならない。
第66条の6 事業者は、第六十六条第一項か
ら第四項までの規定により行う健康診断を受
けた労働者に対し、厚生労働省令で定めると
ころにより、当該健康診断の結果を通知しな
ければならない。
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産業医
問1:事例1はアメリカでは生じうるが、日本で
は起こりえないことだろうか。
問2:産業医の医師としての特殊性をあげよ。
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保険診査医のケース
大谷実教授『医療行為と法』(新版補正第二版)165
頁以下(弘文堂・1997年)。
①診査医の診断は、健康診断の場合と同じく治療を
目的としない。
②診断に関し善管注意義務を負うが、それは保険者
に対し負うのであり、被保険者(本稿のケースでい
えば保険の申請者)に対し負うものではない。
③注意義務の基準は一般の開業医と同じとするのが
判例学説であるが、保険診査の特質(受診者が保
険加入を望んで問診に正確に答えないなどの事情)
により義務の程度が低いと考えられる。
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保険診査医
問1:事例2はアメリカでは生じうるが、日本で
は起こりえないことだろうか。
問2:保険診査医の医師としての特殊性をあげ
よ。
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悲劇を防ぐ工夫
直接、医師に診断結果を知らせる義務を課すこと
わが国においては契約の壁
1)契約関係の不存在
2)さらに医師が事業者や保険会社と既に契約関
係にあることによる壁もありうる
保険の場合→一種の企業秘密でもありうる
アメリカでも壁はある
Physician-patient relationship といえるか否か
アメリカ医師会倫理規定の変更
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アメリカの工夫
1 契約ではない、関係という概念の壁の薄さ
2 法律ではなく倫理規定で実質を変える
ソフト・ロー 専門家責任 自律的規範
わが国でも産業医の指針はあるが・・・
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