4 企業間関係システム

7 終わりに
2008年度「企業論」
川端 望
1
TCEと日本企業(課題の確認)(1)



戦後のある時期に形成され、経済成長とともに
1980年代まで発展し続けた日本の企業システ
ムは、バブル崩壊でその限界を露呈した。
その後、日本企業システムは、一定の変化を遂
げながら環境適応を図ってきたが、2000年代後
半になってもなお根本的変化を遂げたとは言え
ない。
従来の企業システムを理解することは、その後
の変化の理由、または変化が進まない理由を理
解する前提である。
2
TCEと日本企業(課題の確認)(2)


取引費用経済学(TCE)は、新古典派経済学の直接適用
では説明しづらかった日本の企業システムの諸側面に
説明を与えた。
TCEは、それ以前に支配的だった説明よりも、日本の企
業システムを経済合理的なもの、すぐれたものとみなす
傾向があった



「年功賃金は経済合理的でない」「年功賃金はおくれたしくみ」と
いう議論への批判
「部品の系列取引は閉鎖的で経済合理的でない」「部品の系列
取引はメーカーによる部品サプライヤーの搾取である」への批
判
その説明の意義と妥当性、限界と問題点を指摘すること
で、日本企業への認識を深めることをめざしてきた。
3
TCEによる日本の雇用システム論
への評価

知的熟練論は誤っていた


知的熟練論は決定的資料を創作しており、実証的根
拠を欠いているため、右肩上がり賃金カーブの説明に
失敗した
代替的説明の方向

身分とメンバーシップによる雇用



強いメンバーシップ(「ウチの社員」)を持つ男子正社員
内部昇進を促す雇用システムが先にあって、その中
で技能が企業特殊的とみなされる関係を重視する
技能と並んで、組織コミットメントも重視する
4
TCEによる日本の企業間関係シス
テム論への評価

浅沼のサプライヤー・システム論は、現実の一定部分を
うまく説明したが、重要な部分を説明できなかった



新古典派的説明よりはリアルに取引関係を分析
日本の取引慣行の特殊性、および特殊であるが一定条件の下
で合理的である構造の説明に失敗している
代替的説明の方向



個々の部品取引の集合ではなく、互いを「長期継続取引の相
手である」とみなしあうことによって成り立つ関係。
事実上、個々の部品ではなく、「サプライヤーの技術・技能を使
用する」権利の売買となる関係。
上記の関係は、形式上は、あいまい、無限定、不平等な契約と
なってしまう。
5
TCEによる日本のコーポレート・ガ
バナンス論への評価

日本の巨大株式会社をステークホルダー型ガバナンス
とみなすことは無理があった

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

シェアホルダー型ではなく、一部従業員の利益が考慮されると
いう点を指摘するのは妥当
実証的な証拠がない。ガバナンス主体として従業員代表が経
営に参加する権限を持っているわけではない。
理論的には、企業特殊的技能説に立脚しているので、知的熟
練論と共倒れの関係
代替的説明の方向



経営者支配の下、経営者がコア従業員に配慮する関係
会社それ自体の発展が目標とされた
モニタリングなき量的成長追求
6
日本の企業システム変容の程度の
確認(1)雇用システム





男子正社員に対する長期雇用、右肩上がり賃金カーブは消滅してい
ない
 事実としても大企業ではかなりの程度維持されている
 規範として、そうあるべきだという考えは、より強く維持されている
職能資格制度・能力主義管理は未だに主流である
二つの異なる理由により、従来の企業システムが適用される範囲が
縮小している
 成果主義など、新たな賃金管理の広がり
 非正規雇用の広がり
身分とメンバーシップを決定する二つの要因はなくなっていない
 ジェンダーバイアスは規範としてはかなり弱まり、事実としても次第に
弱まっているが、なくなっていない
 学歴重視はなくなっていない
転職市場は拡大しているが、職業別労働市場が確立したわけではな
い
7
日本の企業システム変容の程度の確
認(2)企業間関係システム(サプライ
ヤー・システム)




三つの特異性を伴った独特の長期継続取引を強めたケー
スもある。
 基本取引契約の曖昧さ、無限定性
 原価低減と価格決定における契約の特異性
 承認図法式における開発と製造の未分化
しかし、これを弱めたケースもあり、対応は分かれている
 業界毎の分岐
 企業毎の分岐
アーキテクチャの変化と、それに対する位置取り戦略が、
対応の分岐に影響を与えている。
海外では、特異性を弱めた長期継続取引の方向への修
正がなされており、海外生産の拡大とともに、修正が適用
される範囲も広がっている。
8
日本の企業システム変容の程度の
確認(2)コーポレート・ガバナンス

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


経営者支配の下で経営者がコア従業員(男子正社員)
に配慮する関係は、大企業では事実としても規範として
もある程度維持されている(雇用システムの項参照)
経営者支配を補完してきた株式持ち合い、メインバンク
は、正当性を失っている。
短期期待によるM→Eが強まっている。シェアホルダー
型ガバナンスだが、短期利益の期待に基づく株主行動
なので、ガバナンスとして安定しない。
大企業の経営者は株主と協調する方向に転じており、
コア従業員への配慮を弱めている。
持続性のあるガバナンスには何らかの長期期待を持っ
た主体が必要だが、確立していない。
9
3論に共通なTCEの組織論
独立した個人が取引によって結びつく
↓
 取引費用の存在
 しばしば、取引特殊的資産の存在(取引特殊的投資の必
要性)
↓
 市場利用コスト大
↓
 組織的解決を選択して高いパフォーマンスを追求


取引特殊性を所与のものとして、取引制度が決まるとする
 例:テクニカルな意味で取引特殊的技能があるとする
10
講義で明らかにした日本企業組織の存
立の論理
諸個人の独立でなく、人格的結合が先行する。人格的結
合の上で個々の取引が始まる
↓
 長期継続取引を求められる構造的制約の中で、技能に投
資し、コミットメントを強める
↓
 技能とコミットメントが関係特殊的なものとみなされる
↓
 市場利用の可能性小
↓
 内部組織か長期継続取引で解決する以外の選択肢が狭
められているので、その範囲で工夫し高いパフォーマンス
を追求

11
TCEの制度観

TCEは行為の合理性と制度の効率性という観点からし
か制度を見ない(竹田[2001])。その系として……





個人の独立性と対等性、個々の取引の独立性が仮定されるの
で、これに反する慣行、価値観、規範は無視または軽視される
上記の問題に関わる、当該社会の固有性は捨象される
制度を存続させるのは取引費用節約の論理である
テクニカルな存在としての取引特殊的資産が制度の存続理由
の一つである
技能が高まればその資産価値も高まり、発揮主体により大きな
利益が帰属する
12
この講義の制度観

当該社会に特有の慣行、価値観、規範(広義の制度)は強固であ
り、市場経済・資本主義の要請と相互作用する






市場経済・資本主義の要請が、制度に対して作用し、また反作用を受
ける(当事者の対等性、契約の必要性、円滑な交換、企業利潤確保)
市場・資本の要請と制度は親和的で、制度が保持されたまま取引が
高いパフォーマンスを示すこともある(日本企業の成長)
市場・資本の要請の形式的側面は制度と矛盾するが、経済的内容は
制度と親和的なこともある。この場合、制度は不公正などと批判され
ながら、取引は経済的には高いパフォーマンスを示す(同上)
制度と経済的要請が矛盾するために経済的要請が制度を掘り崩した
り、制度の強固さに妨げられて取引のパフォーマンスが落ちることも
ある(1990年代以後の日本企業)
当該社会の制度の中で評価されることによって資産や技能の性格が
決まる
社会の制度によって、技能が資産とみなされる程度や、その帰属先
13
が決まる
日本の企業システムにおける長期的な
人格的関係の存在(1)


企業は働き手と人格的関係を結ぶ
 相手が個人なら強く、法人ならやや弱く
 個々の財・サービスの取引以前に、人格と人格を包摂する関係
がある
 従業員は企業に帰属する
 部品サプライヤーは完成品メーカーの取引相手である
 人格的関係の存続・発展それ自体が価値あるものとされる
 企業それ自体の発展
 長期継続的取引関係の発展
 企業は働き手の能力を使う権限を持つ一方、働き手の経済的
存続に配慮すべきものとされる
長期的関係における評価
 企業は働き手の供給する財・サービスだけでなく、働き手自体
が企業発展に貢献するかどうかを評価する
14
日本の企業システムにおける長期的な
人格的関係の存在(2)

個々の取引について権利・義務は曖昧化する


長期的関係であることが前提なので、個々の取引について
は透明で対等な交換にならなくてもよいとされる
市場経済・資本主義の経済的要請と親和的なことも矛
盾することもある



短期的取引・契約の明示化・個人の独立性などの基本的形
式と常に矛盾している(特殊的に見える)
短期的取引・契約の明示化・個人の独立性などが経済的に
必要とされる場合には矛盾が大きくなる(特殊的に見える)
長期継続取引が必要になるような場合、日本の人格的関係
がむしろ親和的なこともある(普遍的に見える)
15
企業にとっての人格的関係の範囲

長期雇用の男子従業員は強い人格的関係(「ウ
チの従業員」)であった




女性従業員も「ウチ」であるが、「ウチ」の規範自体が、
女性従業員をグレードの低い短期的な関係の対象と
してきた。
非正規従業員はよりドライで短期的な関係の対
象であって「ウチ」ではなかった
有力サプライヤーは、「ウチ」ではないがある程
度までそれに近い性格を持っていた
メインバンク、株主は「ウチ」ではなかった
16
人格的関係の内部では長期継続取引
を求められる

長期継続取引が成り立つことを前提に、技能とコミットメ
ントに投資


雇用システム(内部昇進制)やサプライヤー・システムの中で、
個々の仕事や部品ではなく、人格が丸ごと評価される。
長期継続取引の中で技能とコミットメントが「関係特殊
的」なものと認められる


長期継続取引の中にない技能については評価がしにくくなるか
低くなる(市場利用可能性の縮小)。
転職や、取引相手を転換することのコストは大きくなる。
17
長期継続取引と企業成長


TCEは、長期継続取引のパフォーマンスがよい
がために日本企業が成長したと考えた
この講義では、環境と企業システムのインター
フェースがたまたま適合した場合に、日本企業
のパフォーマンスがよかったと考える


組織コミットメントによる労働の提供が、ある時期は高
成長につながった
量的成長志向の投資が、ある時期は高成長につな
がった
18
日本の企業システムの変化
企業と産業の流動化
 雇用の流動化
 格差(=社会的容認限度を超えた不平等)
 男女共同参画
 系列解体
 直接金融の台頭
 持ち合い崩れ。外国人投資家の台頭
 地縁・血縁規範の弱体化
 そして、世界不況
→その行方は?

19
変化の動力(1)

変化の主な動力:現在の市場経済・資本主義の要請に
日本の企業システムが適合しない部分が拡大している



先行国のモデルに依拠しない新たなイノベーション
 技術変化への対応
 中進国・途上国のキャッチアップに対応
 高齢化や環境問題などの傾向的変化に対応
取引関係のグローバル化への対応
変化の副次的動力:国際的要請


取引の透明性強化
男女共同参画
 企業システムの下で報われなかった女性の運動も背景に
20
変化の動力(2)

変化の新しい動力:世界不況下での市場原理主
義批判


非正規を中心に雇用・失業問題が深刻化
格差の広がりと再生産
21
展望



日本の企業システムを市場原理主義で解体して
も、うまくいかない
従来の企業システムと同じものに戻るわけにも
いかない
第三の道は?


「企業を代表して経営者がコア従業員に配慮する」関
係の範囲内にあるか?
その範囲を超えたところにあるか?
22
主な参考文献

竹田茂夫[2001]「J企業論の失敗」(上井喜彦・
野村正實編著『日本企業 理論と現実』ミネル
ヴァ書房)。
23