質量の起源を探る ―素粒子物理学の最前線―

一般向け企画「LHC実験始まる」
2010年3月6日 名古屋大学野依記念学術交流館
神戸大学理学研究科 山﨑祐司
1

なぜ物質は質量を持つか?
 質量って何?
 わかっていること,いま探していること

暗黒物質と超対称性
 暗黒物質:正体不明の重い,冷たい物質
超対称性で説明できる?
 超対称性と量子重力
2

高校で習うこと
 慣性 F外力 = mia
(慣性質量)
 重力 F重力 = mgg (重力質量)

この2つは等しい
 そうでないと,どうなるか?

今日のお話し:
おもに慣性質量のほう
慣性=重力
慣性≠重力
3

エネルギーと質量は等価 E  mc 2
運動している物体では
E  ( pc) 2  (mc 2 ) 2 p : 運動量
速度との関係 : pc  (v / c) E
m  0 なら E  pc  v  c
m  0 なら E  pc  v  c

質量のある物質は光速に届かない
質量のない物質は光速でしか走れない
質量は,止まる「能力」
4

相対論では,エネルギーと質量は等価
 光(質量ゼロの粒子)も
エネルギーに比例して重力を受ける
 慣性もエネルギーに比例
▪ 重力レンズ,など

別の例:束縛状態の2粒子
 遠くから見ると,質量があるように見える
強く束縛されている粒子は,重くなる
5

現在の理論では,
素粒子は特別な
しかけなしに
質量を持てない
 ゲージ対称性の要請
▪ 理論は波の位相を
変えても不変
 素粒子粒子は点状
▪ 「束縛状態の2粒子」では大きさがあってだめ
点状粒子に質量を与えるには,何かしかけが必要
6
「カイラル対称性の破れ」
7

ほとんど原子核から
 (電子):(陽子)  1:1840

では,原子核のうち
クォーク3つの重さは?
原子核
(陽子,中性子)
1. 約 1/2
2. 約 1/10
3. 約 1/50


陽子
答: 3
残りはどこから?
電子
クォーク
8
安定
電子は磁石のようにふるまう
 磁気モーメントを持っている
例:ゼーマン効果
磁場の向き

不安定
▪ 古典的には「回転」=「スピン」

量子力学:粒子が占める
状態はとびとび
エネルギー
磁場を加える
 1つの状態に電子は1個
パウリの排他原理
 実際に電子は2個入れる
 スピン上向き,下向きで2状態
9

超微細構造を説明するために Uhrenbeck, Goudsmit が提唱 1925
 電子の磁気モーメントが核磁気と相互作用
 しかし,電子が回転しているとすると矛盾
電子の回転速度が光速を越える


パウリ (Wolfgang Pauli) が新しい自由度=スピンを提唱 1927
パウリの排他原理と合わせて現象を説明
ディラック(Paul Dirac) 方程式から自然に導かれる 1928
1状態に1個しか入れない粒子(フェルミ粒子)は
必然的にスピン ½ をもつ

単位: ћ = h/2π , h: プランク定数
10

スピン½粒子(フェルミオン:電子など)
 右手型,左手型2つの「解」がある(カイラリティ)
粒子 = A  右手型 + B  左手型

スピンの進行方向成分が「右巻き」
(進行方向向き)のとき右手型優勢
 右巻き粒子 = A  右手型 +
 左巻き粒子 =

  右手型
  左手型
+ B  左手型
質量0だと「右巻き」=「右手型」
11

スピンの進行方向成分は
追い越すと反転
右巻き
左巻き
(進行方向向き)
(進行方向逆向き)
 速度は追い越すと逆向き
スピンは追い越しても同じ向き

質量のある粒子は
スピンの進行方向成分
反転可能
追い抜く!
自分より早く
進んでいる粒子
追い抜いて
後ろへ去っていく
12

質量がない粒子は
 右手型/左手型(カイラリティー)
の区別ができる
▪ 区別できることを
カイラル対称性と呼ぶ

質量があると
 右巻き/左巻きは決められない
見ている人の相対速度で変わる
▪ カイラル対称性が
「破れている」という
13

超伝導体内では電子が引き合う(クーパー対)
 スピン逆向きでくっつく
スピン0のボーズ粒子状態(スカラー粒子)
▪ すいすい泳げる
 そこに対でない電子が入り込むと…
▪ クーパー対のポテンシャルに
落ちたりはい上がったりして,
なかなか進まない
▪ スピンの向きも逆転可能
電子は超伝導体内で重くなる
14

クォークも,宇宙が超伝導体なら重くなれる
 クォークにとって一番エネルギーの低い状態
(束縛状態)はクォーク・反クォーク対(qq )と考える
▪ 宇宙は qq 対(スカラー束縛状態)の海
▪ クォークはトラップされて
動きにくくなる
 原子核の質量を生む
qq対(スカラー状態)が質量を生む正体
15

実験的検証,理論的検証が行われてきた

決定打:
クォーク物質のコンピュータ
シミュレーション
 日本第2のスパコンで検証
 「生のクォーク」を相互作用
させると質量が生まれた
 カイラル対称性の破れによる
理論と一致
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
原子核の質量の大半は
 強い引力で,スカラー状態の粒子をフェルミ粒子
2つから作れて(クーパー対,クォーク対…)
 その状態が何もない真空より
エネルギーが低い
ことからつくられる
17
ヒッグス機構による質量生成
18

ここまで:軽いクォークから重い原子核の質量を
生み出すしくみを見た

そもそもクォーク自体の質量は?
 他にも重い粒子あり
▪ 弱い相互作用を媒介
する W±, Z0 粒子
これだけ
質量なし
▪ レプトン

どうやって質量を
与えるか?
あとはみんな
質量あり
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
磁場は,超伝導体内に
侵入できない(マイスナー効果)
 磁場は,電磁相互作用光によって伝えられている
 光が侵入できない = 光子が抵抗力を受けて止まる
= 質量がある

巨視的には
 磁場を打ち消す方向に電流が流れる(レンツの法則)
 普通は電流が止まるが,超伝導なので流れ続ける
ミクロのレベルでは,何が起きているか?
20

強磁性体の例
 隣り合った原子のスピンの向きが揃ったほうが
エネルギーが低くなる物質
 高温では,分子運動によりスピンの
向きはバラバラ
高温
▪ どちらから見ても同じ(対称)
 冷やすと,
ある方向を向く
磁石になる
▪ 対称性が破れた
低温
高温
低温
2次元平面上で,向きが
揃っている度合いを表す量
21

例:強磁性体を伝わるスピン波(マグノン)
 スピンが揃った(対称性が破れた)物質でのみおこる

対称性が破れた場合にのみできる「粒子」
22

もしマグノンの波の伝わる速さが早い
(遠くまで届く)と,スピンはほぼ同時に
協同して揺れる
 遠くまで届く力を「いなす」ことができる
= 力が遠くに伝わらなくなる
 その結果,力の伝達粒子は重くなる
23

「スカラー粒子」を使う
 ヒッグスです
 先ほどクーパー対,qq対のところで出てきた
 真空と同じ量子数を持ち,気づかれずに存在

低温
高温
2つのスカラー粒子について
 そのうち1つだけが
大きな「値」を持つとき,
エネルギーが最小だとする
▪ 対称性が破れた状態
 「いなす」粒子(NG ボゾン)
底をぐるぐる回る
24

Higgs スカラー粒子が
 真空中で(内部空間に)一定の値を持ち
対称性を破り
 光に質量を与え(マイスナー効果)
 「もの」=フェルミ粒子にも質量を与える
(Higgs によるカイラル対称性の破れ)
 LHC で発見・検証が期待  次のトーク

クォークはさらに質量を獲得
 クォーク対によるカイラル対称性の破れ
25

Landau-Ginzburg の超伝導理論 (1950)


BCS 理論(クーパー対)(1957)


南部-Goldstone の定理 (NG ボゾン)1961
アンダーソンがスカラー場による質量機構を提唱 1963


南部先生がシカゴ大学でセミナーを聞き,アイディアに感銘するが,電荷の保存
が破れていることを疑問に思い,理論を再構築。電荷保存を証明
南部理論(ハドロン質量のカイラル対称性破れ)(1960)


対称性の破れをもとにした議論
プラズマ中で,光が重いプラズモンに変わることを説明
NG ボゾンの自由度をプラズモンが縦波として吸収
Higgs の質量機構へ 1963-66
26
+ 量子重力への道
27

「もの」
フェルミ粒子

「ちから」
ゲージボゾン
(ボーズ粒子)
もの
ちから
慣性質量(抵抗)
28

星に謎の引力が働いているのは,間違いない

重い粒子からの重力でないといけない
 重力そのものの
異常ではない

未知の中性粒子
 知られている粒子より
重いはず
銀河団が衝突し,暗黒物質(青)が先に
進み,普通の物質(赤)が取り残される様子
29

もっとも有力な理論:超対称粒子
 「もの」の性質を持つボーズ粒子(スピン0)
 「ちから」の性質を持つフェルミ粒子(スピン½)
スピン½
フェルミ粒子
スピン0
ボーズ粒子
スピン1
ボーズ粒子
スピン½
フェルミ粒子
e-
~e
γ
~0

電子
スカラー電子
光子
暗黒
物質
ゲージーノ
(フェルミゲージ粒子)
30
~3

混合
状態
重い
~2

~1

~0


軽い
一番軽い超対称粒子が中性だと,暗黒物質に
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準備:また重力の話

重力は変な力
 むちゃ弱
x
x 
 エネルギーに比例(連続量!)
▪ 普通の力:電荷(とびとびの値)に比例

一般相対論:時空の曲がりとして説明
 一般座標変換 = 時空の座標系の再定義
に関する対称性から導かれる
これまでの枠組み(ゲージ原理)とは違いそう
32

重力も,プランクスケールで破綻する
V (r )
 プランクスケール:重力が,重力源の質量のもつ
r
エネルギーと等しくなる距離 or エネルギー
m2
G
 mc2
 素粒子がブラックホールになったり
r
事象が起きる確率が1を超えたり…

同じ問題は原子核と電子にもあった
 古典電磁気学:電子がまわっていると
放射光を出して原子核に落ちてしまう
 量子力学が,それがないことを保証
放射光
プランクスケールの重力理論は「量子重力」
33

超対称性ペアは,お互いに化けられる
e-
 スピンと質量以外の性質は同じ
 例:スカラー電子
⇄ 電子 + 中性ゲージーノ

~
e-
「超対称性変換」を起こすたび, e
一般座標変換が起きる
~0

~
e-
e-
 量子重力を説明できる?
p   p
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スピン0
(スカラー粒子)
普通の
粒子
抵抗
ヒッグス
スピン1
スピン½
(フェルミ粒子) (ゲージボゾン)
もの
力
クォーク
レプトン
光,W, Z,
グルーオン
超対称変換
一般座標変換
なぜ質量に
差がある?
量子重力
超対称
粒子
もの
スクォーク
スレプトン
ものいっぱい,光なし
暗黒の世界
(抵抗)
ヒグジーノ
力
フォティーノ,
ウィーノ,ビーノ,
グルイーノ
暗黒物質
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
利点
 量子重力へ,今のところ唯一の手がかり
 暗黒物質を説明できる
 大統一理論が作れそう
 もっとプロ向けの話(Higgs 質量の2次発散…)

弱点
 超対称性粒子が重い=この世にないのは不自然
▪ 重いにも限界がある
▪ 重いことを説明する理論が予言できない
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