PowerPoint プレゼンテーション

キリスト教倫理学(THE312)
ー序ー
中央聖書神学校
2008年度後期
1
ある脱走兵の話
ナウエン『傷ついた癒し人-苦悩する現代社会と牧会者』
ある日、一人の若い脱走兵が、敵の目を逃
れて隠れるために、ある小さな村に逃げ込
んだ。その村人達は彼に親切で、彼に寝泊
まりする場所を提供した。しかし脱走兵の
隠れ場を探索して兵士達がやってきたとき、
村人達は大そう恐れた。兵士達は、夜明け
までに脱走兵を引き渡さないなら、村に火
を放って村人を一人残らず殺すと脅した。
そこで村人達はどうすればよいかと司祭の
所へ相談に行った。
2
少年を敵の手に渡すか村人達が殺されるかの
間に挟まれて、その司祭は自室に引き籠もり、
夜明けまでに答えを出そうとして聖書を読ん
だ。長い時間の後夜明け前になって、次のよ
うな箇所が彼の目にとまった。「多くの民が
失われるよりも一人の人が死ぬ方がよい。」
司祭は聖書を閉じて兵士達を呼び寄せ、少年
がどこに隠れているかを告げた。そして脱走
兵が引き立てられて殺された後、村では村人
達の生命を救ったので宴会が催された。
3
しかし司祭はその席に現れなかった。深い悲
しみに襲われて、彼は自室に引き籠もってい
た。その夜天使が現れて彼に問うた。「あな
たは何をしたのか?」、彼は、「私は脱走を
敵の手に引き渡しました」と答えた。すると
天使は言った、「あなたは救い主を引き渡し
たのを知らないのか?」「どうしてそれが解
りましょうか?」と司祭は不安げになって問
い返した。すると天使は言った.....
4
「聖書を読むかわりに、ただ一度でもこの少
年を訪ねていたなら、あなたにそれが分
かったであろうに。」聖書から眼を上げて、
この少年の眼をのぞき込んでいたなら、恐
らく救い主と分かったであろう。この司祭
のように、私たちも、現代の残酷な仕打ち
から逃げ出している今日の青年男女の眼を
覗き込むようにと強く要求されている。彼
らを敵の手に渡すことを防ぎ、彼らを隠れ
家から導き出して彼らの仲間の中に立たせ
るには、恐らくそれだけで充分であろう。
5
「序」で理解すべきこと
1.
ポスト・モダンの価値観は人々の倫理行動にどう
影響するのか?
2.
「神のかたち」は新生の経験の無いものにも存在
するのか?
3.
「倫理」という用語はどういう語源から派生したの
か?
4.
倫理学は本来学問領域の何処に属し、どういう学
問と関連がなるのか?
5.
キリスト教会が直面している倫理的課題は何か?
6
ポスト・モダニズムの時代
主知主義・合理主義への挑戦
二元論的枠組みからの脱却
還元主義の回避から相対主義への転換
客観主義的論理体系への不信
非概念的神学の営みへの関心
包括的・関係論的パラダイム
7
ポスト・モダニズムの時代
道徳的価値が多様化している時代
– 多元的倫理観の許容
– 倫理・道徳への無関心
普遍的(絶対的)道徳規準への懐疑
– 相対的倫理・状況倫理の乱立
直接的な利益と結びついている功利主義的
倫理
– 急速に衰退するキリスト教倫理の影響力
8
身体的に成長するにしたがって、成熟
した倫理観・道徳観が形成されてゆくが、
人の誕生の時点で、将来の倫理観・道
徳観を成育させるいわば種子(胚芽embryo)のようなものを持っているのか、
それとも全く白紙の状態なのか?
9
「神のかたち」とは何か?
「神のかたち」は新生の経
験の無いものにも存在す
るのか?
10
が肉
生
す
らに
ま
る
の属
れ
人
人な
倫理・道徳
御
て御
すい 霊
霊
るる を
に
受
人
人属
け
1コリ2:14,3:1
11
Yuch(魂、命、心)
(マタ10:28、ルカ1:46、2コリ
12:15...)
pneu'ma(霊)
ルカ8:55、使17:16、1コリ
2:11...)
kardiva(心)
(マタ5:8、ロマ1:21、エペ
3:17...)
sw'ma(体)
(マタ10:28、ルカ22:19、ロマ
8:10...)
12
人間の創造・堕落・新生
創造時の状態
– 「罪を犯さないでいることができる」状態(アウグス
ティーヌス)
堕落時の状態
– 構造的に歪曲した「神のかたち」
新生後の状態
– 聖化の過程において再生されてゆく「神のかたち」
13
キリスト教倫理
生活と行為の唯一無二の規範
個別的行為の選択
14
倫理(Ethics)の語源
e(習慣)
– 新約に12回-(ルカ1:9, 2:42, 22:39,
ヨハ19:40, 使6:14, 15:1, 16:21, 21:21,
25:16, 26:3, 28:17, ヘブ10:25)
h]ς(性格)
– 新約に1回(1コリ15:33)
「自分自身の住み慣れた場所」から転じて、
他と区別される個人や集団の「特有の雰囲
気」,「性格」,「習慣」,「習俗」
15
道徳(Morality)の語源
Mores/mos(ラテン語)--しきたり、慣習
– William G. Sumner: Folkways(風習),mores
(慣習),laws(規則)-– キケロ(106-43BC):「我々がモーレイと呼んでい
るものを、彼らは(ギリシャ人)はエートスと呼んで
いる。」
倫理と道徳は同意語、ニュアンスの違い
– 倫理-道徳的原則
– 道徳-倫理的規範
16
倫理とは
習慣(e)づけによって社会に役立つ
ような性格をいかにして形成すべきかの方法
– 石を幾千度投げ上げても、石が上へ動く習慣を
つけない物体
– 習慣によってその本性を変える人間
– 習慣の結果として習性(eths)的(即ち道
徳--ethika的)の卓越性(即ち徳)を作り
出す。(和辻)
17
倫理とは
人倫(人の間柄)のみち
人が社会において他者に対し仲間 とし
て如何に生きるかの方法を示す道理
社会における人と人との関係を定める
規範、原理、規則の総体
18
倫理学の形成
古典ギリシャにおける人間の生き方への反省
から始まった西欧倫理学
– それがHellenism思想源流となって近代文明社
会を支える。
– ユダヤ・キリスト教の宗教伝統に基づくHebraism
の思想源流と結合し、中世の封建共同体社会の
倫理を形成 (堀田)
人格形成、自己完成を目的とする倫理
19
倫理的概念を表す用語
行動的な意味を含んだ新約聖書用語--道で
あるキリスト教倫理
ただの倫理概念ではないキリスト教倫理
– 良い生き方--ヤコ3:13 (kalhv
ajnastrfhv)
– 清い生き方--1ペテ3:2 (ajgnhv
ajnastrfhv)
– 正しい生き方--1ペテ3:16(ajgahv
ajnastrfhv)
20
Ethicsの訳語「倫理」
「倫」--仲間、間柄
– 仲間--人々の中であり間であること
– 倫理とは芸術・歴史に表現せられ得る人間の道
(和辻--p.9)
人間共同体に関わる。倫理と個人主義は無縁
人間共同体の存在根底をなす。
人間とは「よのなか」「世間」を意味し、俗に
誤って人の意となった。(言海)
21
Ethicsの訳語「倫理」
「理」--理法、法則、理念
「倫理」--人が社会において他者に対し仲間と
して如何に生きるかの方法を示す倫理。
– 人間同士の秩序だった交わりを目的とする。
– 人間の哲学が同時に社会の学(アリストテレス)
22
倫理学(一般)
社会にあって人が規範、原理、規則に準じて
生活するその「生き方」「行為」に関する学問
– 行為原理である道徳に関する学問
– 社会学にもつながる習俗や習慣、規則の発展に
関する学問
価値論を根底とし特定的な行為の善悪、社会
生活における義務、責任を判断する学問
23
倫理学(キリスト教)
神の行動によって規定された人間の行動につい
ての学問(エミール・ブルンナー)
神の前にキリストと共に立つ人間の行動の仕方につ
いての考察(金子晴勇)
社会における人間の人格的・連帯的・社会的行為
を、神の啓示の光の下で内省的に検討する学問
(佐藤敏夫)
– 福音は、知的に救いの教義として理解される以
上に、人間が如何にいきるべきであるかの普遍
的な原則を提供する。
24
倫理学
哲学の一部としての倫理学
論理学--方法論の研究
倫理学--価値論の研究
審美学--芸術の研究
認識学--知識の研究
形而上学--実在の研究
知識の典拠
宇宙論
知識の評価
存在論
知識の性質
心理学
神学
25
倫理学
神学の一部としての倫理学
聖書神学
–聖書学・聖書神学
歴史神学
組織神学
実践神学
教 倫
義 理
学 学
26
倫理学
組織神学とキリスト教倫理学との関係
信仰と行為を扱う学問として分離不可能
組織神学は常に倫理的課題を視野にお
く必要
倫理学は組織神学的基礎付けに常に留
意する必要
27
神学と倫理
今日、教会は、従来、学としての神
学に課せられていた役割以上のも
のを果たさねばならない。すなわち、
聖書の私信と今日の世界との(倫理
的な)結びつきを打ち立てるというこ
とが、それである。(ゴットホールト・ミュー
ラー、p.12)
28
規範科学
哲学
心理学 倫理学
神学
社会学
社会科学
化 学
物理学
論理学
数 学
29
一般倫理学の類型
形成倫理学
– 人間の本性に萌芽的に含まれている善性
それを開発・形成してゆくことを目指す倫理学
– 生来人のうちに潜在する知恵・節度・勇気・
正義(4元徳)
それを「習慣」によって開発、社会に役立つ「性
格」を形成
(金子、p.7)
30
一般倫理学の類型
義務倫理学
– 人間の行動を責務の意識から導こうとする
倫理
法に従うことを義務づけられている市民
義務に服する意思を「善」とする市民社会に必
要な倫理
(金子、p.7)
31
一般倫理学の類型
価値倫理学
– 何が大切か、何を意味あるものと見なすか
を問う倫理
状況により序列のある価値
種類のある価値-精神価値、生命価値、
快適価値、有用価値
(金子、pp.7-8)
32
一般倫理学の類型
状況倫理学
– 変化する状況に適切に行動することを求め
る倫理
倫理的に良いという行動とは決断が具体的状
況に対して適切であるとき
(金子、pp.7-8)
33
一般倫理学の類型
実存倫理学
– 自己喪失に陥った人間が「実存」(真の自
己)を回復させることを良しとする倫理
– 倫理的に良いという行動とは決断が具体
的状況に対して適切であるとき
(金子、pp.7-8)
34
現代倫理の危機
倫理の基盤の揺らぎ
– ポスト・モダニズムの影響
道徳的価値の多様化
–多元的倫理観の許容
普遍的(絶対的)道徳規準への懐疑
–相対的倫理・状況倫理の乱立
利益と結びついている功利主義的倫理
–反功利主義的なキリスト教倫理
35
現代倫理の危機
倫理の基盤の揺らぎ
– 神不在の現代倫理思想
倫理無しに存在できない人間社会
倫理の根拠の模索
– 人間の本性、社会共同体
– 神不在の道徳
自律的な道徳
主観的道徳価値
歴史的・文化的コンテキストにおいて相対的・
流動的
36
現代の倫理的危機
必然的過程として受容される倫理の相対化
現象
倫理に対する聖書の規範的意味の喪失
聖書的倫理規範解釈における恣意的歪曲
聖書的倫理の歴史的価値のみの重視
キリスト教的状況倫理の拡大
聖書の啓示的意味の喪失
多井、pp.22-23
37
倫理的危機からの脱却
聖書が道徳的認識の源泉であるこ
との再確認
聖書が道徳的真理の啓示の書であ
るという基本的命題への固執
pp.23-24
38
キリスト教倫理の危機
過去・現在における倫理の諸課題に対して教
会が無力であると自他共に認識されるように
なったこと
教会の世俗化によって以前には疑問の余地な
く通用していたキリスト教的エートスが、必然的
に相対化されるに至ったこと
39
キリスト教倫理の危機
従来の伝統的な倫理の座標の中では十分な
回答を見出し得ない未知の倫理的諸問題が
クローズ・アップされていること。
– 核武装、先進諸国・開発途上地域との経済
的・教育的格差、遺伝子革命による人間の
尊厳…の問題
(G.ミューラーpp13-14)
40
キリスト教倫理の危機の克服
聖書的というよりプラトン的二元論に根拠をお
いてきた従来のキリスト教倫理学の反省
倫理的に調和した秩序としての世界を求めて
きたアリストテレス的存在論に根拠をおき、静
的存在を強調するギリシャ哲学からの脱皮
(G.ミューラーpp15)
41
キリスト教倫理の危機の克服
アブラハム的な実存的信仰に根拠を持つ動的で
ダイナミックな聖書の倫理的メッセージへの回帰
「旧約聖書神学の卓越した業績はわれわ
れのキリスト教の眼から分厚いギリシャ的
ウロコを取り除き、それによって聖書の倫
理的現実への正しい接近を可能にしてくれ
た。」
42
倫理の危機の効用
われわれの倫理の「危機」に内
在する、積極的に評価されるべ
き側面は、-われわれが従来の
倫理学上の伝統に批判的な態
度をとるようになった結果-まさ
に今日の倫
43
倫理の危機の効用
倫理の状況を直視して、従来より以
上に徹底的克執拗に聖書そのもの
に立ち返り、またその使信を新たに
現在化するように呼びかけられてい
ることに気づくにいたった、ということ
である。
(G.ミューラーp16)
44
倫理の危機の効用
倫理教会と神学とは、責任を持っ
てキリスト教的エートスの新たな
形成を追求する上で、その危険
な可能性(倫理の原型を崩すという誤りの可能
性)を見逃してはならない。
(G.
ミューラーp17)
45
「序」で理解すべきこと
1.
ポスト・モダンの価値観は人々の倫理行動にどう
影響するのか?
2.
「神のかたち」は新生の経験の無いものにも存在
するのか?
3.
「倫理」という用語はどういう語源から派生したの
か?
4.
倫理学は本来学問領域の何処に属し、どういう学
問と関連がなるのか?
5.
キリスト教会が直面している倫理的課題は何か?
46