京都大学 外国為替論 第1回講義

米国の対外債権債務の投資リターンと
対外債務の持続可能性
於、龍谷大学、経済学部定例研究会
2009年6月17日
竹中正治
龍谷大学
経済学部教授
[email protected]
[email protected]
1
Ⅰ、対外ネット負債の持続可能性を経常収支(フロー)の面から考える
2007年から縮小トレンドにある米国経常収支赤字(対名目GDP比)
2006年6.0%、07年5.3%、08年4.7%、08年第四半期3.7%
2
73年以来の観測ではドル相場(実質実効相場指数)と経常収支(対GDP
比率)の変化の間には2年のラグを伴った相関が見られる。ところが、
2003年以降はこのラグが拡大している(問題1:“Saving Glut”、あるいは
経常収支黒字諸国の旺盛な対米証券投資の影響度)。
FRBによる実質実効ドル相場指数
(broad)対数表示
実質実効ドル相場指数(2期ずれ)と
経常収支の対GDP比率(1980-08年)
4 .8
5
4 .8
0
4 .7
5
4 .7
0
4 .6
5
4 .6
0
4 .5
2008
5
4 .5
0
y = -3.1137x + 4.5032
4 .4
5
4 .4
0
2
R = 0.3538
-8.0%
-6.0%
-4.0%
-2.0%
0.0%
2.0%
経常収支の対GDP比率(%)
3
為替相場と経常収支、対外債務残高の関係
•
•
•
•
•
•
資本移動の自由化が進み、国境を越えたマネーフローが急増した1980年代
以降、経常収支の赤字(黒字)が当該通貨相場の下落(上昇)をもたらすような
単純な関係は無くなっている。
経常収支の赤字が拡大する過程でも、海外からのマネーフローの流入が旺盛
であれば、当該国の通貨相場は上昇する(80年代前半、90年代後半~2000
年代初頭の米国)。
しかし、通貨相場の過大評価が続けば、経常収支赤字の累積が対外債務残
高の増加をもたらす。
債務の無限の増加は不可能であり、どこかで調整が生じる。
→ 通貨相場の下落と経常収支赤字の縮小(あるいは黒字化)。
この時、対外債務残高が実体経済比巨額で、かつ外貨建ての場合は、為替
損失、海外投資家・金融機関の資金引揚げを通じて通貨・金融危機を引き起
こすリスクが高まる。
ところが、米国は基軸通貨国なので、対外債務の90%はドル建てと推測され、
このメカニズムによる危機発生の条件から免れている。
4
経常収支変化に関する為替相場効果と所得効果
パラドックス(?):90年代後半以降、趨勢的な成長率について【米国<貿易相手諸
国】の傾向と米国経常収支赤字拡大の傾向が併存している。(問題2)
以下本論では貿易相手諸国のGDP実質成長率は実効ドル指数の貿易ウエイトに基づいて加重平均で算出
90年代後半以降、米国の経済評論家や政策当局者が好んで口にした「米国の経常収支赤字の拡大は米国が
貿易相手諸国よりも高い経済成長率を実現している結果である」というのは米国の事実に照らせば「都合の良
い虚構」であった。
例:Business Week August 23 2003 “Strong demand lifts imports as weakness abroad pummels exports.”
米国と貿易相手諸国(貿易ウエイト加重平均)の
実質GDP格差と米国の経常収支赤字
4.0
1.0%
3.0
0.0%
2.0
-1.0%
1.0
-2.0%
0.0
-3.0%
2008
2006
2004
2002
2000
1998
1996
1994
1992
1990
1988
1986
1984
1982
1980
-1.0
-4.0%
-2.0
-5.0%
-3.0
-6.0%
実質GDP成長率格差 (プラスは米国<貿易相手諸国)(左目盛)
米国の経常収支赤字の名目GDP比率(右目盛)
成長率格差の近似線
データ:米国商務省、IMF World Economic Outlook Data
5
米国の経常収支変化と内外成長率格差の相関関係が80年代と90年代
以降で逆転している。
縦軸は1979年の実質GDPを100として、【米国実質GDP指数/貿易相手諸国の実質GD
P指数(貿易ウエイト加重平均)】の値を対数表示した(プラスが米国の相対的高成長)。
実質GDP成長率格差と経常収支赤字
(対GDP比率)1980-91年
0 .0
3
0 .0
2
0 .0
1
-3.0%
-2.0%
2
R = 0.1953
- 0.
02
- 0.
03
- 0.
04
横軸:米国経常収支対GDP比率
3
0 .0
2
0 .0
1
0
-7.0%
-3.0%
-5.0%
-1.0%
1992
-0
-0
y = 0.446x + 0.0086
2
R = 0.4027
1980
-0
成縦
長軸
の率 相格米
対差国
と
的
貿
プ
高
1.0%
成 ラ易
長ス相
が手
米国
国の
)
y = -0.6116x - 0.0178
-1.0% - 0.0 0.0%
1
1998
0 .0
(
長縦
率軸
格 差米
プ国
的
ラ と
高
ス貿
成
1.0%
が易
長
米相
国手
の国
相の
対成
0
-4.0%
実質GDP成長率格差と経常収支赤字
(対GDP比率)1992-08年
-0
横軸:米国経常収支対GDP比率
6
問題2に対する仮説:90年代以降の米国(並びに他の先進諸国)から貿易相手諸
国(特に発展途上国)への直接投資による製造業のシフト、各種のアウトソーシン
グの増加 →直接投資受入れ諸国の相対的な経済成長率押し上げと対米輸出能
力の拡大&対米証券投資(含む外貨準備)の拡大
→米国の経常収支赤字の拡大と貿易相手諸国の相対的な成長率上昇の並存
⇔
80年代の米国経常収支の赤字はこうした海外からの直接投資にほとんど依存しない日
本、ドイツなどの諸国との間で拡大した部分が大きい。
米国の対外直接投資残高推移
3,500
25.0%
3,000
20.0%
2,500
15.0%
2,000
1,500
10.0%
1,000
5.0%
500
0
0.0%
2007
2005
2003
2001
1999
1997
1995
1993
1991
1989
1987
1985
1983
1981
1979
1977
米国の対外直接投資残高 current cost base(単位:10億ドル、左目
盛)
米国の対外直接投資残高 current cost baseのGDP比率(単位%、
右目盛)
データ:米国商務省
7
説明変数の設定と単位根検定:所得効果変数
X1=Log{(米国のGDP実績値/米国の潜在GDP)/(貿易相手諸国のGDP実績値/貿易
相手諸国の潜在GDP)
実質GDP値は1979年=100として指数化、ラグなし
潜在成長率には対象期間中の実績値の線形近似を値を使用
(所得効果は潜在成長率に対する内需成長率の比率として考えられるべきだろうが、本論では内需と外
需の比率は長期的には安定的と想定して、実質GDPで変数を設定した。)
単位根を持つ仮説は1%レベルで棄却
Null Hypothesis: X1 has a unit root
Exogenous: Constant
t-Statistic Prob.*
Augmented Dickey-Fuller test statistic -4.00298
Test critical
1% level
-3.68919
values:
5% level
10% level
0.0047
-2.97185
-2.62512
8
説明変数の設定と単位根検定:為替相場効果変数
X2=Log(FRBドル実質実効相場指数)
ラグ2期
単位根を持つ仮説は5%~10%レベルで棄却
Null Hypothesis: X2 has a unit root
Exogenous: Constant
t-Statistic Prob.*
Augmented Dickey-Fuller test statistic-2.90907
Test critical
1% level
-3.69987
values:
5% level
10% level
0.0574
-2.97626
-2.62742
9
説明変数の設定と単位根検定:米国の対外直接投資(FDI)効果の変数
X3=Log(対外直接投資残高の3期前値)-Log(同4期前値)
FDI残高はCurrent Cost Base
FDI残高のGDP比率そのものを変数に使用すると、回帰分析結果はR2が0.9となり、推計
値の見かけ上の説明度は上がるが、単位根仮説を棄却できなくなる。
→前年階差を使用(3期前-4期前)のラグを想定すると最も相関度が上がる。FDIの投資
から本格生産までの時間差を考えると妥当と思われる範囲のラグ
5%~10%のレベルで単位根仮説を棄却
Null Hypothesis: X3 has a unit root
Exogenous: Constant
t-Statistic Prob.*
Augmented Dickey-Fuller test statistic
-2.71693
Test critical
values:
1% level
-3.68919
5% level
10% level
-2.97185
-2.62512
0.0838
10
回帰分析結果
3変数による結果は、重相関係数(R)、重決定係数(R2)が示すとおり、非常に高くはないが、ほどほど
の分析精度を示している。FDI効果を除いた2変数による精度は低い。
対象期間(1980年-08年)についてX1(所得効果)はP値の示すとおり有意ではなく、t値の示すとおり3
変数の中で重要度も低い。 →80年代と90年代以降で米国と貿易相手国の成長率格差と経常収支変
化の関係が逆転しており、対象期間を通じた有意な相関関係が見られない結果と思われる。所得効果
の発現度合いは経済の他の諸条件に依存するということか。
→現在、あるいは今後、所得効果が強く発現することを必ずしも否定することにはならない。
P値に見るとおり、X2(為替相場効果)、X3(対外FDI効果)についてはかなり有意な結果が示された。
3変数による結果
重相関 R 0.767688
重決定 R2 0.589345
補正 R2
0.540067
標準誤差 0.012564
観測数
29
切片
X値1
X値2
X値3
係数
0.717675
-0.09398
-0.16164
-0.15379
2変数(X1,X2)による結果
重相関 R 0.595955
重決定 R2 0.355162
補正 R2
0.305559
標準誤差 0.015438
観測数
29
標準誤差
0.127022
0.161233
0.027613
0.040731
t
P-値
5.650002 7.01E-06
-0.58289 0.56519
-5.85388 4.17E-06
-3.77581 0.000879
切片
X値1
X値2
係数
0.493764
-0.04648
-0.11347
標準誤差
t
P-値
0.138027 3.577296 0.001393
0.197514 -0.23533 0.815797
0.030091 -3.77087 0.000847
11
実績値と推計値グラフ
2変数に比べて対外FDI要因を加えた3変数の推計値の方が説明力はかなり向上するが、
2005年以降の実績値と推計値の乖離は依然かなり残る。対米投資フローの強弱を示す変
数の必要性を示唆している。
米国経常収支の対GDP比率の推移(実績値と推計値)
単位:%
1.0
0.0
2008
2007
2006
2005
2004
2003
2002
2001
2000
1999
1998
1997
1996
1995
1994
1993
1992
1991
1990
1989
1988
1987
1986
1985
1984
1983
1982
1981
1980
-1.0
-2.0
-3.0
-4.0
-5.0
-6.0
米国経常収支の対GDP比率(実積値)
モデル推計式(3変数)
-7.0
モデル推計式2要因 (FDI要因なし)
データ:米国商務省、FRB、IMF World Economic Outlook Data 2008(GDP成長率について、一部2008年の見込み値、並
びに2009年予想値はConsensus Economics Inc.2009年2月版に基づく)
12
3要因モデルによる将来推計
推計の想定と結果
想
定
推
計
結
果
08年実績 09年
10年
11年
実質GDP成長率
米国
-1.6
1.5
2.7
2.7
%
貿易相手諸国
0.15
2.0
3.5
3.5
実質実効ドル相場
ケース 1
-4.0
-5.0
-2.0
対前年平均比%
ケース 2
-4.0
0.0
0.0
米国の対外直接投
ケース A
5.0
5.0
5.0
5.0
資残高前年比伸び率% ケース B
5.0
10.0
10.0
10.0
経常収支対GDP比率%
ケース 1+A
-4.7%
-2.0%
-2.0%
-0.2%
ケース 2+A
-4.7%
-2.0%
-2.0%
-1.0%
ケース 1+B
-4.7%
-2.0%
-2.0%
-0.2%
ケース 2+B
-4.7%
-2.0%
-2.0%
-1.0%
08年の米国対外FDI残高は未発表なので、全年比5%増加の想定をおいた。
12年
2.7
3.5
5.0
10.0
-0.6%
-1.8%
-1.3%
-2.5%
13
他分析(VAR: Vector Autoregressive Model)との比較
国際通貨研究所、財務省からの委託調査研究「世界の経常収支の動向と長期金利に与え
る影響に関する調査」2009年3月、結果は次ページ
•
為替相場効果:経常収支の変化に対して全期間を通じた有意な関係が見られる(共通)
実質ドル指数の変化
→ 経常収支のGDP比変化
当分析 1%ポイント(年ベース)
0.171%ポイント 2年タイムラグ
VAR分析 1%ポイント(四半期ベース)
2000年代 0.09%ポイント(12四半期累積)
80年代以降全期間 0.04%ポイント(同上)
• 所得効果:
当分析
経常収支の変化に対して全期間を通じた有意な関係が見られない。
VAR分析
内需について(消費と固定資本形成の合計のGDP比、%)
80年代以降の全期間について経常収支変化への安定的な関係が見られない。
本来想定される相関は負である(内需増加⇔経常収支赤字拡大)
結果、次ページ
財政収支について(基礎的財政収支のGDP比、%)
80年代以降の全期間について経常収支変化への安定的な関係が見られない。
本来想定される関係は正である(財政赤字拡大⇔経常収支赤字拡大)
結果、次ページ
留意:当分析は米国と貿易相手諸国の成長率格差(それぞれの潜在成長率からの乖離の比
較)を変数にしている。一方、ここでのVAR分析は米国一国の需要項目を変数にしている
14
国際通貨研究所によるVAR分析(対象期間1980年第1四半期~08年第3四半期)
抽出された2000年代の傾向が足もとでも正しいとすると、内需の縮小(変数のマイナス変化)
が比較的大きな経常収支赤字の縮小(変数のプラス変化)をもたらし(マイナス相関)、一方、
財政赤字の急拡大は経常収支赤字の拡大をもたらさない(マイナス相関)ということになり、か
なり都合のよい結果になる。後者の点については分析結果の適用に懐疑的に考えるべきか。
1980年代
1990年代
2000年代
年代
国名
米国
日本
米国
日本
米国
日本
下記変数に+1%のショックが起きた場合に、経常収支に与える影響
(12四半期、累積) (単位:%point)
財政収支
0.19
0.29
-0.36
-0.1
-0.03
-0.04
実質長期金利 -0.06
0.57
0.17
-0.31
0
0.33
実質実効為替 -0.03
0.07
-0.05
0
-0.09
-0.05
内需
0.21
0.4
-0.38
-0.18
-0.39
-0.24
全期間
米国
日本
-0.01
-0.02
-0.04
0.01
-0.03
0.01
0.01
-0.09
15
分析結果の含意、残された課題など
•
•
•
経常収支に対する所得効果の長期的な安定性については懐疑的に考える
べきで、影響度については期間によるばらつきが大きい。
為替相場の効果は比較的安定的。経常収支赤字が縮小途上にある現時点
でのドル相場の反騰(後述)はグローバル・インバランスの調整の視点からは
時期尚早。約2年のタイムラグを考えても、ドル相場は実質実効ベースで08年
と同水準、ないしは弱含みでの推移が望ましい。
米国経常収支の変化を説明するには、海外からの対米投資の旺盛さの強弱
を示す変数が必要(問題1への答え)。 どのような変数を設定するべきか?
米国の資本収支のGDP比率を変数とするのでは、被説明変数と説明変数に
事実上同じものをとるに過ぎない。資本収支の一部の項目のみをとるのでは
恣意的になる。
第3の変数として米国対外FDIのみを取り上げるのはどの程度妥当か?米国
の貿易相手途上国の対米輸出能力を拡大しているFDIは、米国のみならず
日本、ユーロ圏など先進諸国全般から行われている。例えば日本の対外FDI
も日本→中国→米国という迂回が強まっていた。またFDIがグローバルインバ
ランスに与える短期、長期の効果のより具体的な分析が必要か。
16
Ⅱ、対外ネット負債の持続可能性を対外資産・負債の投資リターンの視
点から考える。GDP対比で巨額の規模になった対外資産・負債の収益リターンと価格
変動が、ネット対外ポジション動向への影響度を強めている。2008年末の対外ネット負債(
6月26日発表予定)比率はドル相場の反騰で07年末の17.6%から一気に25%前後に上昇
する見込み。
17
結論
米国のネット対外負債を対名目GDP比率で長期的に発散させずに、安定化、ある
いは改善させる主たる条件は以下の通りである。
1. 所得収支を除いた経常収支部分で赤字の対GDP比率が3%前後に収束、ある
いはそれ以下へ改善すること
2. ドル相場(名目実効相場指数ベース)での年平均1.0~1.5%程度の下落トレン
ドの継続
3. 対外資産・負債の投資リターンギャップ+1.0~1.5%の維持
言い換えるならば、経常収支赤字の再拡大トレンド、ドル相場(名目)の趨勢的な上
昇、対外投資リターンギャップの消滅、あるいは逆転は、ネット対外負債の発散
的な膨張を不可避とする(その後はカタストロフィックな調整か)。
過去実績(次ページ)に見られる米国有利の対外資産・負債の価格変動要因(除く為替変動)
については、今後は中立と想定。
18
対外資産・負債の投資リターン格差(2007年末時点データ)
米国の対外資産・負債利回り
1989~07
10.2%
5.7%
4.5%
2.3%
0.2%
2.0%
6.0%
4.4%
1.6%
1.6%
0.1%
-0.1%
4.2%
1.3%
2.9%
(%、年平均)
1989~01 2002~07
8.3%
13.9%
6.1%
5.0%
2.2%
8.9%
1.6%
3.4%
-0.8%
2.1%
1.3%
3.4%
5.8%
6.5%
4.8%
3.5%
1.0%
3.0%
1.8%
1.2%
-0.1%
0.3%
-0.8%
1.4%
2.5%
7.4%
1.3%
1.5%
1.2%
5.9%
対外資産総合リターン ①=②+③
受取インカム・リターン ②
資産価格変動リターン ③
価格変動要因
為替相場変動要因
その他要因
対外負債総合リターン(コスト) ④=⑤+⑥
支払インカム・リターン ⑤
負債価格変動リターン ⑥
価格変動要因
為替相場変動要因
その他要因
対外資産・負債総合リターン格差 ⑦=①-④
受取・支払インカム・リターン格差 ⑧=②-⑤
対外資産・負債価格変動リターン格差 ⑨=③-⑥
データ:米国商務省
注:
②=国際収支の経常勘定の受取インカム/対外資産(期初残と期末残の平均)
⑤=国際収支の経常勘定の支払インカム/対外負債(期初残と期末残の平均)
③=商務省推計の資産評価変化額/期初対外資産
⑥=商務省推計の負債評価変化額/期初対外負債
19
米国の対外資産・負債の内訳(2007年末)米国商務省
20
対外資産・負債リターン、商務省データから見られる特徴
•
•
•
•
対外資産・負債の「インカム・リターン」に長期にわたり安定的なリターンギャップ
(米国有利1.3%~1.5%)が存在している。主因はFDIにおけるリターン格差。
「価格変動要因」によるリターンギャップも米国有利に存在してきた。
「その他要因」による資産・負債価値の変化が無視できない規模で米国有利に
存在しているが、原因が良く分からない。
「為替変動要因」は1989‐07年期間では比較的僅少だが、02‐07年の期間では
米国有利の方向で目立って大きくなっている。これはこの期間のドル下落による
。
21
インカム・リターン・ギャップの原因
FDIのリターンの相違
(CBO 2004)から引用掲載
22
インカム・リターンについて、足もとの期間についてもFDIのリターンギャッ
プが主因 証券投資全般のリータンギャップは僅少
インカム・リターン格差
米国の対外投資
対象期間
2002-07
governments
カテゴリー別
direct investment
平均資産残高 other private assets
total
governments
平均収益
direct investment
other private assets
total
governments
リターン%
direct investment
other private assets
total
データ:米国商務省
資産残高:対象期間の年末残高の平均
収益:対象期間の平均
リターン:収益/資産残高
構成比
(%)
285,701
2.4%
2,556,755 21.2%
9,211,580
76.4%
12,054,035 100.0%
3,058
0.6%
262,328
51.8%
240,638 47.6%
506,024 100.0%
1.1%
10.3%
2.6%
4.2%
単位:百万ドル
海外の対米投資
構成比
(米国の対外負債) (%)
2,215,732
15.6%
1,884,009
13.3%
10,081,194
71.1%
14,180,934
100.0%
105,873
24.0%
102,815
23.3%
232,557
52.7%
441,245
100.0%
4.8%
5.5%
2.3%
3.1%
23
考えられるFDI投資収益ギャップの原因
(CBO 2004)
•
米国の対外FDIと海外からの対米FDIの履歴の相違
•
米国の対外FDI諸国における投資のリスクプレミアムの存在
•
法人所得申告上のバイアス(海外での米系企業所得の相対的な過大
申告と海外企業の在米現地法人所得の相対的な過少申告)の可能性
24
FDI投資収益ギャップは長期的には縮小に向かう可能性
(CBO 2004)
25
ただし商務省データの整合性自体に疑問を呈する研究もある。
(Curcuru, Dvorak, Warnock 2008)
Using a monthly dataset on the foreign equity and bond portfolios of U.S.
investors and the U.S. equity and bond portfolios of foreign investors, we
find that the returns differential for portfolio securities is near zero, far
smaller than previously reported. Examining all U.S. claims and liabilities
(portfolio securities as well as direct investment and banking), we find that
previous estimates of large differentials are biased upward.
The bias owes to computing implied returns from an internally inconsistent
dataset of revised data ; original data produce a much smaller differential.
商務省データの 対外資産・負債の“other changes”に関する注記
2 Includes changes in coverage due to year-to-year changes in the composition
of reporting panels, primarily for bank and nonbank estimates, and to the
incorporation of survey results. Also includes capital gains and losses of
direct investment affiliates and changes in positions that cannot be
allocated to financial flows, price changes, or exchange-rate changes.
26
ネット対外ポジションの変化内訳(商務省)、為替を含めた価格変動要因が大きな
規模で働いている。
Year
Components of Changes in the Net International Investment
With Direct Investment at Current Cost, 1989-2007
[Millions of dollars]
Changes in position
Attributable to
Valuation adjustments
Position
Financial
Total
Exchange
Other
Price
Beginning
flows
- rate
2
changes
1 changes
changes
(a)
1989
1990
1991
1992
1993
1994
1995
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005
2006
2007
-160,865
-239,793
-223,405
-284,746
-404,284
-277,730
-291,305
-422,911
-456,293
-779,563
-851,464
-724,343
-1,330,630
-1,868,875
-2,037,970
-2,086,513
-2,245,417
-1,925,146
-2,225,804
-47,394
-58,123
-43,833
-93,939
-79,208
-124,237
-82,838
-134,476
-218,977
-66,965
-238,148
-477,701
-400,254
-500,515
-532,879
-532,331
-700,716
-839,074
-774,345
(b)
-38,017
-26,636
-63,179
-39,673
109,707
39,636
-93,308
47,359
-44,200
-148,130
220,818
12,299
-116,115
-62,273
8,613
94,578
720,816
419,978
197,683
(c)
-5,747
43,845
4,272
-54,691
-14,462
45,741
17,221
-42,287
-140,151
31,100
-36,392
-199,581
-111,724
148,321
275,116
197,843
-220,947
222,368
438,711
(d)
12,230
57,302
41,399
68,765
110,517
25,285
27,319
96,022
80,058
112,094
180,843
58,696
89,848
245,372
200,607
81,006
521,118
-103,930
-78,074
Position
Ending
(a+b+c+d)
-78,928
16,388
-61,341
-119,538
126,554
-13,575
-131,606
-33,382
-323,270
-71,901
127,121
-606,287
-538,245
-169,095
-48,543
-158,904
320,271
-300,658
-216,025
-239,793
-223,405
-284,746
-404,284
-277,730
-291,305
-422,911
-456,293
-779,563
-851,464
-724,343
-1,330,630
-1,868,875
-2,037,970
-2,086,513
-2,245,417
-1,925,146
-2,225,804
-2,441,829
27
前ページ変化内訳のグラフ、2002年以降は為替相場、価格変動要因がネット対外
負債の増加を大きく抑制して来た。同様の指摘の他論文 (飯島2007)
28
米国対外ネット負債の持続可能性への悲観論(警鐘論):避けられない未来か?
(Cline, Bergsten 2009)
2007年のデータを基に、2008年末にかけてのドル相場の上昇、内外株価の下落を勘案すると、ネッ
ト対外負債はGDPの31%まで上昇と試算。 彼らの試算も2000年代に観測される対外資産負債の
インカムリターン格差の継続を想定している。また実質実効相場ベースのドル相場の想定は明示さ
れているが、名目相場の変化は明示されていない。
後述する当試算では、名目ドル相場の変化を09年以降フラット、対外資産・負債リターン格差1.5%
(=5.5%‐4.0%)、経常収支(除く所得収支)の対GDP比率‐4.4%(09年以降)と想定すると、2030
年のネット対外負債(対GDP比)は71%となり、彼らの試算に近い結果が得られる(後述)。
unit=$ billion or percent
Current account
Percent of GDP
2007
-731
2008
-673
2009
-430
2010
-651
2011
-752
2015
-781
2020
-1082
2025
-1530
-5.3
-4.7
-3.1
-4.5
-4.9
-4.2
-4.6
-5.2
External assets
15,355
External liabilities
17,881
Net external liabilities -2,526
Percent of GDP
-18.3
Nominal GDP
13,803.3
Growth
Real GDP growth
Real dollar/foreign
0.96
currency
Bond rate %
4.6
13,005
13,197
14,471
17,397
18,009
19,256
-4,392
-4,812
-4,785
-30.8
-34.3
-32.8
14,259.7 14,029.2 14,588.4
3.31%
-1.62%
3.99%
2.00%
1.10%
-2.60%
15,723
20,726
-5,003
-32.6
15,346.6
5.20%
1.90%
18,894
25,898
-7,004
-37.9
18,480.2
4.70%
2.75%
22,682
33,978
-11,296
-48.3
23,387.2
4.80%
2.75%
27,548
44,946
-17,398
-58.9
29,538.2
4.80%
2.75%
2030 Accumulation
-2231
-26,908
Change during
-6.0
2007-2030
33,787
18,432
60,094
42,213
-26,307
-23,781
-70.4
37,367.9
4.80% deflator
2.75%
2.00%
1.00
0.96
1.00
1.04
1.06
1.06
1.06
1.06
3.7
3.0
4.0
5.0
5.0
5.0
5.0
5.0
29
対外ネット負債の長期シミュレーション
•
•
シミューレーションの前提
名目GDP成長率:4.75%=デフレーター2.0%+実質成長率2.75%
ただし09年、10年は直近の予想値
• 次期対外資産=当期対外資産+当期受取所得+資産価格の変化+為替相
場による変化
• 次期対外負債=当期対外負債+当期支払所得+当期経常収支赤字+資産
価格の変化+為替相場による変化
•
ただし、対外資産・負債の価格変動は、とりあえずドルの為替相場変動要因の
み対象として、それ以外はフラットの想定
30
ドル相場変動による対外資産・負債の価値変化
商務省のデータに見る限り、FRB公表のドル指数(nominal major)の変動と為替変動
要因による資産・負債価値の変動には安定的な関係があり、そこから対外資産・負債に占
める外貨比率も推計できる。
2000-07年のデータを基に対外資産の外貨比率は41%と推計(ドル指数が1%下落すると
対外資産の0.41%の為替益が生じる)。同様に対外負債の外貨比率は5%と推計。
2008年末のネット対外負債はドル相場指数の反騰(対前年同月比9.5%)で、対GDP比
率で見て、07年末の17.6%から一気に25%前後に増加する見込み。
31
ケースA想定:
ドル指数(nominal major)変化09年以降フラット
対外資産・負債インカムリターン(5.5%vs.4.0%)
その他価格変動ゼロ
経常収支(除く所得収支)対名目GDP比率:
ケース1 -5.0%、ケース2 -4.0%、ケース3 -3.0%
32
ケースB想定:
経常収支(除く所得収支) 対名目GDP比率‐3.0%(2009年以降)
対外資産・負債インカムリターン(5.5%vs.4.0%)、その他価格変動ゼロ
ドル指数(nominal major)対前年変化比率:
ケース1 +2.0%、ケース2 -1.0%、ケース3 -2.0%、ケース4 -3.0%
33
ケースC想定:
経常収支(除く所得収支) 対名目GDP比率‐3.0%(09年以降)
ドル指数変化09年以降フラット、その他価格変動ゼロ
対外資産・負債インカムリターンギャップ:
ケース1 0.0%=4.0%-4.0%、 ケース2 1.0%=5.0%-4.0%、
ケース3 1.5%=5.5%-4.0%、 ケース4 2.0%=6.0%-4.0%
34
所得収支の趨勢も、対外資産・負債の変化を媒介にして、名目ドル相場
の動向に大きく依存する。
経常収支(除く所得収支) 対名目GDP比率‐3.0%(09年以降)
対外資産・負債インカムリターンギャップ:5.5%‐4.0%
その他価格変動ゼロ
ドル指数変化09年以降: ケース1 ‐2.0%、ケース2 フラット、 ケース3 +2.0%
35
シミュレーション結果の含意
•
対外資産・負債の規模が対GDP比で巨額になった結果、ネット対外負債のGDP
比率の長期的な動向(発散経路となるか、安定するか、ネット資産に転換するか)
は、資産・負債のインカム・リターン、並びに名目の為替変動を含む価格要因への
依存が大きい。
• ネット対外負債比率が安定化、あるいは改善する諸条件
①経常収支赤字の対GDP比率3%前後、あるいはそれ以下への改善と定着(黒字
になる必要性はない)
②FDIに見られる対外資産・負債リターンのポジティブギャップ(米国有利)の持続
ただし、趨勢的にはギャップは縮小する可能性がある。
③ドル相場(名目実効指数)の緩やかな下落基調(年率1.0~1.5%)程度
反対に名目ベースでのドル高はドル換算ベースのネット対外負債の膨張をもたらし、また
実質ベースのドル高はタイムラグを伴い経常収支赤字を拡大を通じ、ネット対外債務残高(
対 GDP比)の発散的な増加を招く可能性を高める。
ただし、政治トークとしてはそれを繰り返さなくてはならないかもしれない。
36
政策的な含意と残された問題その1
対外ネット債務の安定化のためには
1. 米国は経常収支赤字のGDP比率3%程度をめどに、ドル相場の80年代前半、
また90年代後半から2000年代初頭のような実質実効ベースの過大評価を防ぐ
必要がある。
2. 名目ベースのドル相場の上昇によるネット対外負債の膨張を防ぐ必要がある。
3. そうした条件を担保するための政策手段は?協調介入政策しかないか?
ルービン以来の「強いドルは米国の国益」政策の転換か?
ルービンの“A strong U.S. dollar is very much in the national interest. ”の方針も、
「財政赤字の縮小による国内貯蓄率の向上、生産性の上昇の結果としてのド
ル高」は米国の国益であるという意味であり、実質実効ベースでのドル相場の
過大評価が国益と言っているわけではない。ただし介入政策の効果について
は懐疑的だった。 Robert E. Rubin “In an Uncertain World” 2003
あるいは、そうした政策転換が行われないとしても、他諸国の外貨準備のドルから他通貨へ
のシフトが緩やかに生じるならば、ドル相場の上昇抑制、あるいは下落を導く安定化要
因として働くかもしれない。
37
米国有利の投資リターンギャップと緩やかなドル相場の下落が長期的に
併存する条件とは?
•
対外資産と負債が均一の債券(例えば国債)だけから構成され、資本
の移動が自由だと仮定すると、ドル相場の趨勢的な下落と米国有利の
リターンギャップは成り立たない。
←内外金利格差(米国>海外)=長期的なドル相場の下落率
•
対外資産・負債のリスク資産構成の非対称性の持続
対外資産:FDI、株式への相対的傾斜、対外負債:米国債への相対的傾斜
米国のFDIのリターンの相対的な高さ
•
米国外の地域(米国の直接投資対象地域)の相対的な高成長
→米国のFDI、株式投資の相対的高リターン
•
米国外の地域の相対的な低インフレ
→購買力格差を通じたドル相場の趨勢的下落
•
基軸通貨としての米ドル保有動機の持続(外貨準備のある程度の通貨
分散のトレンドと必ずしも対立しない)
38
ドル相場の長期的な下落は基軸通貨としての地位を損なうものか?
ドル実効相場指数(nominal major)の過去の平均下落率
1973年1月‐09年5月: -0.9%
2000年1月‐09年5月:‐2.1%
名目で1.0~1.5%程度の趨勢的なドル相場の下落は、変動相場制移行以来の実績と比
較してあまり変わらないものに過ぎない。
39
残された問題その2:予想される米国財政赤字の今後の拡大は経常収支
動向、ネット対外負債問題に基本的な変更をもたらすか?
•
•
1980年以降を対象にしたVAR分析(ページ15)の結果は、財政赤字と経常
収支赤字の間に安定的な関係を見出していない。
財政赤字が民間部門の貯蓄投資バランスと反対に動く限り、財政赤字拡大
が経常収支赤字の拡大を招く必然性はない。
不況時の財政赤字拡大=民間部門の貯蓄増・投資減の変化の何割
かを相殺する。
好況時に民間部門の貯蓄減・投資増に財政赤字の縮小・黒字化で対
応する。実際にできるか?→政治・政策次元の問題
景気回復過程で財政赤字縮小が遅延すればcrowding outによる長期
金利押し上げなどが生じるリスクは現実的
40
Total Revenues and Outlays in CBO‘s Baseline and Under the President’s Budget
as of March 2009
41
Reference
Juann H. Hung and Angelo Mascaro, Return on Cross-Border Investment : Why Does U.S.
Investment Abroad Do Better? CBO Technical Paper 2004-17 (December 2004)
Stephanie E. Curcuru, Tomas Dvorak, Francis E. Warnock: CROSS-BORDER RETURNS
DIFFERENTIALS Working Paper 13768 NBER February 2008
Stephanie E. Curcuru, Tomas Dvorak, Francis E. Warnock: THE STABILITY OF LARGE
EXTERNAL IMBALANCES, THE ROLE OF RETURNS DIFFERENTIALS Working
Paper 13074 NBER May 2007
Kristin J. Forbes: WHY DO FOREIGNERS INVEST IN THE UNITED STATES?
Working Paper 13908 NBER April 2008
William R. Cline: Long-term Fiscal Imbalances, US External and Living Standards
Chapter 2, The Long-Term International Position of the United States by PIIE June 2009
Olivier Blanchard, Francesco Giavazzi, Filipa Sa: THE U.S. CURRENCY ACCOUNT AND
THE DOLLAR. Working Paper 11137 NBER February 2005
Robert E. Rubin “In an Uncertain World ” 2003
飯島 寛之 「1990年代後半以降のアメリカの対外ポジションの変容と対外投資収益」
立教経済学研究 第61巻 第2号 2007年
42