生物環境物理学特論 Environmental Biophysics 小杉緑子 第1回:生物環境物理学の基礎・単位互換 生物環境物理学とはー 生物体と環境の間の運動量・エネルギー・物質の交換 に関する研究分野である 大気気候システム 運動量・熱・水・CO2フラックス 土壌圏からのCO2、CH4、N2O放出 生物物理プロセス 生物地球化学プロセス 生態系構造・機能 Sellers et al.,1997を元に作成 生物環境物理学が扱うもの それは、「フラックス」です。 フラックス(flux)とはー 単位時間に単位面積を通して流れる熱や物質の交換量 生物と環境とは「フラックス」を通して相互作用している。 生態学・生物学・生理生態学・水文学・土壌学・環境学・気 象学などの、様々な環境科学系の分野において、この視 点を導入することが、今後の研究の発展・また自然界の理 解とマネジメントの上で、非常に重要である。 フラックスの基本概念 定常状態における生物体と環境の間の物質とエネルギー の交換をあらわす基本概念 フラックス = 拡散係数 × 物理量の濃度勾配 この考え方にしたがって自然界を視ると、生物体のみ、ある いは環境のみを視てきた従来の研究とは違う、新しい視 点による自然界の理解が可能になる。 エネルギーと質量の保存則 保存則=「通常のいかなる手段を用いても、質量やエネルギー は生成したり消滅したりしない」 エネルギー収支式 水収支式 炭素収支式 生物環境物理学の基礎概念であるこれらの収支式が、保存則 に基づいて成り立つ。 エネルギー収支式 1. Rn = Sd – Su + Ld – Lu Rn :正味放射 (ある面におけるエネルギーの収支) Sd :短波放射(日射、太陽放射ともいう) Su :短波放射の地表面での反射 Ld :大気からの下向き長波放射(赤外線放射ともいう) Lu :地表面からの上向き長波放射 Sd Ld Su Rn = H + lE + G + P Rn:正味放射 (ある面におけるエネルギーの収支) H :顕熱フラックス (空気を直接,加熱または冷却するエネルギー) lE : 潜熱フラックス (蒸発,凝結に伴いやりとりが行われるエネルギー) G :地中や植物体などへ蓄えられる熱 P:光合成で吸収される、あるいは代謝により供給されるエネルギー 2. 1.2.式の各項はすべて熱エネルギーのフラックスで、単位はW m-2がよく使われる Lu 水収支式 1.流出量(runoff)=降水量(precipitation)ー蒸発散量(evapotranspiration)-貯留変 化量(Dstorage) 2.蒸発散量=遮断蒸発量(evaporation during and after rain)+蒸散量 (transpiration)+土壌面蒸発量(evaporation from soil) 3.遮断蒸発量=遮断降雨量(interception)=林外雨量(precipitation)ー樹冠通過雨 量(through fall)ー樹幹流量(stem flow) evaporation precipitarion transpiration through fall stem flow runoff Dstorage 炭素収支式 GPP-REleaf-REstem-REsoil=NEP GPP RE GPP-REleaf-REstem-REroot=NPP REleaf REsoil=REdec+REroot NEP-Discharge=-NEE REstem REsoil REdec REroot Discharge (DOC,DIC) 「森林生態学」(文永堂出版、1996)より転写 GPP:Gross Primary Production NEP:Net Ecosystem Production NPP:Net Primary Production RE:Ecosystem Respiration NEE:Net Ecosystem Exchange 生物圏の連続性 長波放射 + 短波放射 = 水収支 降水量 エネルギー収支 = 潜熱 + 顕熱 + 貯留熱 + 光合成 = 純放射 (蒸発散量) - BVOC ⇔ + 生態系呼吸 CH4 ⇔ 流出量 - + DOC, DIC 貯留変化量 = -NEE 「生物環境物理学」(森北出版、2003)図1.1をベースに作成 ⇔窒素収支 ⇔ N2O 炭素収支 単位 生物圏の連続性を理解し自らの研究に取り入れるためには、 まず最初に、様々なフラックスの単位互換について考えてみ ることが有効である。 SI(国際単位系)の決まり: SI基本単位:m kg s K mol (特例:℃ ) SI誘導単位: 力:N(m kg s-2) 圧力/面積:Pa (N m-2 = kg m-1 s-2) エネルギー:J (N m = m2 kg s-2) 化学ポテンシャル: (J kg-1 = m2 s-2) 仕事:W (J s-1 = m2 kg s-3) モルフラックス密度:mol m-2 s-1 熱フラックス密度:W m-2 SI接頭語:E(1018 ) P(1015 ) T(1012 ) G(109 ) M(106 ) k(103 ) h(102 ) d(10-1 ) c(10-2 ) m(10-3) m(10-6) n(10-9) p(10-12) f(1015) a(10-18) (kg以外、誘導単位の分母には接頭語を使わない) 連続性と単位互換 潜熱・顕熱フラックスの基礎式 (+Penman式、Penman-Monteith式) 二酸化炭素フラックスの基礎式 個葉光合成・蒸散の基礎式 (あるいは土壌圏の各種フラックス・微量気体フ ラックスなども同様の概念で記述可能) これらの間は、生物圏の連続性によりすべて繋がっ ており、それゆえに基礎式にも互換性がある。 潜熱・顕熱フラックスの基礎式 輸送量(フラックス)は、拡散係数(コンダクタンス)と物理量の勾配によって 決まる。 H C p r wT C p rK h DT 1 C p rChu (Tc Ta C p r (Tc Ta Dz ra Dq C p r De C p r Kv Ceu (es (Tc ea Dz g Dz g Cpr 1 (es (Tc ea (dry canopyの場合) g (ra rc lE lr wq lr K v Cpr 1 (es (Tc ea ( wet canopyの場合) g ra H:顕熱フラックス(W m-2)、lE:潜熱フラックス(W m-2)、 l:潜熱(2,450 kJ kg-1)、E :蒸発散量(H2Oフ ラックス)(kg m-2 s-1)、Cp:空気の定圧比熱(J K-1 kg-1)、r:空気の密度(kg m-3)、Kh:顕熱輸送の乱流拡 散係数(m2 s-1)、 Kv:潜熱輸送の乱流拡散係数(m2 s-1)、 DT:Dz(m)だけ離れた2高度間の平均気温 の差、 Dq:Dz(m)だけ離れた2高度間の平均比湿の差(kg kg-1)、 De:Dz(m)だけ離れた2高度間の平 均水蒸気圧の差(hPa)、 g:乾湿計定数(hPa K-1)、Ch:顕熱輸送のバルク係数、 Ce:潜熱輸送のバルク 係数、 u:平均水平風速(m s-1)、Tc:表面温度、Ta:空気の温度、es(Tc):温度Tcにおける飽和水蒸気圧 (hPa)、ea:空気の水蒸気圧(hPa)、ra:空気力学的抵抗(s m-1)、 rc:群落抵抗(s m-1) Penman式、Penman-Monteith式 さらにlEの式で、表面温度・表面湿度を使わずに近似する方法としてー Penman式(完全湿面からの蒸発Wet canopyの場合) lE D( Rn G) C p r (es (Ta ea ra D g Penman-Monteith式(植生からの蒸散Dry Canopyの場合) D( Rn G) C p r (es (Ta ea ra lE D g (1 rc ra ○これらの蒸発散に関する物理拡散式の意味 森林をはじめとする植生の蒸発散量、潜熱フラックス、顕熱フラックスは、 気象条件が決まっていても、空気力学的抵抗raと群落抵抗rc次第である。 「生態系構造、生物物理プロセスと、気候システムが、ガス交換を介して相互 作用する」ことの実態は、この点にある。 二酸化炭素フラックスの基礎式 CO2FluxもH2Oや顕熱と同様、拡散係数と物理量の勾配によって決まる。 Dc Fc r mol wc r mol K c r mol Ccu (Ci Ca Dz 1 (Ci Ca r mol raCO2 rcCO2 Fc:CO2フラックス(吸収が正)(mmol m-2 s-1)、rmol:空気の密度(mol m-3)、w:鉛直風速(m s-1)、 c:CO2濃度(mmol mol-1)、Kc: CO2輸送の乱流拡散係数(m2 s-1)、 Dc:Dz(m)だけ離れた2高度間の 平均CO2濃度の差、 Cc: CO2輸送のバルク係数、 u:平均水平風速(m s-1)、raCO2:CO2についての 空気力学的抵抗(raCO2 =1.37ra, s m-1)、 rcCO2:CO2輸送についての群落抵抗(rcCO2 = 1.6ra, s m-1) Ci:Big-leafの細胞間隙CO2濃度(mmol mol-1) CO2拡散式が意味することはー 森林のCO2交換過程を左右している生物物理プロセスとは、Big-leafにお ける気孔の開き具合と細胞間隙CO2濃度である。 個葉光合成・蒸散の基礎式 E g bw g sw (Wi Wa or g bw g sw g bw g sw Wi Wa (Wi Wa E 1 2 g bw g sw g g A bc sc (ca ci or g bc g sc ca ci g bc g sc (ca ci A E 2 g bc g sc Wa Ca gaboundary layer H2O flux gsstomata Wi Ci CO2 flux intercellular space gi Cc mesophyll E:蒸散速度(mol m-2 s-1)、gbw:水蒸気拡散に関する葉面境界層コンダクタンス(mol m-2 s-1) 、 gsw:水蒸気拡散に関する気孔コンダクタンス(mol m-2 s-1)、Wi:葉の内部(細胞間隙)の水蒸気 濃度(hPa)、Wa:大気水蒸気濃度(hPa) A:光合成速度(mmol m-2 s-1)、gbc:CO2拡散に関する葉面境界層コンダクタンス(gbw/1.37, mol m-2 s-1) 、gsc: CO2拡散に関する気孔コンダクタンス(gsw/1.6, mol m-2 s-1)、Ca:大気二酸化炭 素濃度(mmol mol-1)、Ci:細胞間隙二酸化炭素濃度(mmol mol-1) 連続性とフラックス単位互換 水量(蒸発散量)・エネルギー(潜熱)フラックス・H2Oモルフ ラックスの相互関係 lE (W m -2 ___ Ekg (kg m-2 s -1 mm s -1 ___ Emol (mol m -2 s -1 l 2500000 2400T ___1mol 18g l:気化潜熱(J kg-1), T:気温(℃) フラックス単位 g m-2 s-1 ⇒ mol m-2 s-1 対象気体のモル数で割る H2O:18 CO2:44 CH4:16 N2O:44 gCO2 m-2 s-1 ⇒ gC m-2 s-1 12/44掛ける m-2 やs-1の部分が違う単位の場合も多くある。該当する物理量 間の換算係数を用いる。 フラックス関連単位の互換 コンダクタンス単位 m s-1 ⇒ mol m-2 s-1 空気のモル密度(mol m-3)を掛ける (乾燥)空気のモル密度はP/RT (P:大気圧(Pa)、R:ガス定数8.314(Pa m3 mol-1 K-1),T:気温(K)) 物質の違いによる分子拡散係数の違いとコンダクタンス比 Grahamの法則「物質の拡散係数の比は分子量比の平方根の逆数に等しい (CO2/H2O=0.639) また流体運動による輸送の割合が大きくなるほど、分子 の大きさの違いは小さくなる。 分子拡散 (Dc/Dv)1 0.64ないし0.66程度 Dv/Dc=1.6がよく使われる 自然対流 (Dc/Dv)3/4 強制対流 (Dc/Dv)2/3 乱流輸送 (Dc/Dv)0 Biomass⇒炭素換算 0.4-0.5くらいの値でパーツにより異なる フラックス関連単位・最近の動向 モルフラックス密度:mol m-2 s-1 熱フラックス密度:W m-2 コンダクタンス: mol m-2 s-1 濃度勾配: mol mol-1 最近、なぜモル単位を使用するのか 理由1:フラックス基礎式の係数が減り、より単純明快になる。 理由2:モル単位は生理生態の分野(特に光合成モデル)で広く使われており、これらと生物 環境物理的視点を結合させるのに同一の単位系が役立つ。 理由3:コンダクタンスが温度と圧力から独立する 理由4:コンダクタンスが拡散する物質によって変わること(例えばH2OはCO2の1.6倍)が理 解しやすくなる。 最近、なぜm2(単位土地ないし表面積あたり)を使用するのか より大きなスケールでのフラックスを記述・理解する必要性が高まってきたため。 現在m2単位の潮流に追いついていない分野は、生態系呼吸・微量ガスなど。 最近、なぜs(毎秒あたり)を使用するのか ガスアナライザーの飛躍的な進歩により、短い時間解像度での測定が可能になり、このこと が今日フラックスの応答特性までを解析することを可能にしている。sの使用はフラックス研 究の飛躍的な進歩と新しいステージの象徴である。 CH4、N2O以下の微量ガスについても、今後同様にこの傾向をたどるであろう。 文献中のフラックス1森林群落の蒸発散 Kosugi and Katsuyama, 2007. Evapotranspiration over a Japanese cypress forest. II. Comparison of the eddy covariance and water budget methods. Journal of Hydrology 334, Fig. 4 and Table 1 ヒノキ林からの蒸発散735 mm yr-1, 夏場で3.5 mm day-1程度 文献中のフラックス2森林群落のCO Flux m 2 Kosugi et al, 2008. CO2 exchange of a tropical rainforest at Pasoh in Peninsular Malaysia. Agric. For. Met.148, 東南アジア(パソ)熱帯雨林のNEE(3年平均の日変化)、ピークのCO2吸収フ ラックスは-18mmol m-2 s-1程度。 文献中のフラックス3個葉の光合成 Kosugi et al, 2009. Midday depression of leaf CO2 exchange within the crown of Dipterocarpus sublamellatus in a lowland dipterocarp forest in Peninsular Malaysia, Tree Physiology, 29, Fig. 3 東南アジア(パソ)熱帯雨林樹冠構成葉の純光合成速度、ピークで10mmol m-2 s-1程度。(m-2 は単位土地ではなく、単位葉面積あたりのフラックスを意味する) 文献中のフラックス4生態系呼吸 a 葉呼吸= 9.8 b 幹呼吸= 4.2 d 下層植生= 1.5 e CWD分解= 1.9 f 地上部リター分解= 2.6 g 根呼吸= 5.5 h SOM分解= 4.0 k 全生態系呼吸= 29.5 (単位Mg C ha-1 yr-1) Chambers et al, 2004. Respiration from a tropical forest ecosystem : partitioning of sources and low carbon use efficiency. Ecol. Appl. 14, Fig.9 and Table 2 より アマゾン熱帯雨林の生態系呼吸量見積もり 文献中のフラックス5メタン土壌圏フラックス Itoh et al., 2009. Methane flux characteristics in forest soils under an East Asian monsoon climate, Soil Biol Biochem 41, Fig. 1 ヒノキ林不飽和土壌からのメタン放出フラックス -1.0~+2.0 mgCH4 m-2 day-1 Itoh et al., 2007. Hydrologic effects on methane dynamics in riparian wetlands in a temperate forest catchment, J. Geophys. Res 112, Fig. 5 ヒノキ林湿地からのメタン放出フラックス 0.1-1000 mgCH4 m-2 day-1 文献中のフラックス6BVOCフラックス Okumura et al. 2008. Isoprene emission characteristics of Quercus serrata in a deciduous broad-leaved forest. J. Agric. Met. 64, Fig.2 コナラ個葉からのイソプレン放出フラックス1-50 nmol m-2 s-1 各フラックスの単位換算結果 ダ■ ■ ー湿 つ が地 い 近か で いら 二 。の 酸 メ 化 タ 炭 ン 素 フ フ ラ ラ ッ ッ ク ク ス ス は が 、 大 生 き 態 い 系 。 呼 吸 量 と オ ー 作成者:坂部綾香 ■ 蒸 発 散 量 が 断 ト ツ で 大 き い 。 フラックス 値(mol m-2 s-1) 有効数字2桁とした 蒸発散量(2002年平均) 0.0013 蒸発散量(夏場平均) 0.0023 森林群落CO2フラックス -0.000018 個葉CO2フラックス 0.000010 葉呼吸量 0.0000026 幹呼吸量 0.0000011 下層植生呼吸量 0.00000040 CWD分解量 0.00000050 地上部リター分解量 0.00000069 根呼吸量 0.0000015 SOM分解量 0.0000011 全生態系呼吸量 0.0000078 CH4フラックス(不飽和土壌) -0.000000000072 CH4フラックス(湿地) 0.00000072 BVOCフラックス(最小) 0.0000000010 BVOCフラックス(最大) 0.000000050
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