薬剤疫学 日本薬剤疫学会 1.薬学の中の薬剤疫学 薬物療法の変遷とこれからの 薬剤師職能の展開 薬物療法の過去 • 医師の独自の裁量により医薬品が選択され 、患者は医師の指示通りに使用する • 薬剤師による医薬品情報活動により、より客 観的な薬物療法が行われるようになった • 患者の自己決定権、セカンドオピニオンの採 用、医療訴訟などを背景にインフォームドコン セント(説明、理解と同意)のもとに薬物療法 が行われるようになってきた 薬物療法の現在 • 医薬品の適正使用が定義され、薬物療法は 医師、薬剤師ならびに患者が参加して行われ ることとされた。 • 医師は患者に適切な医薬品を選択する。 • 薬剤師は患者に用法、用量、予想される副作 用を説明する。 • 患者は説明を理解した上で指示通りに使用し て、その結果を医師に報告する。医師はそれ に基づいて処方を修正する。 薬物療法の将来 • 「個の医療」の展開 • 薬物動態学、薬力学さらにゲノム薬理学の研 究の発展により、患者個人の遺伝子解析によ る薬物代謝酵素の解析が行われ、より適切 な医薬品の選択、投与法の指示が可能とな る • 医師の処方設計を支援し、同時に患者に服 薬指導を行う薬剤師の存在は必要不可欠な ものとなる 薬剤師機能の展開 • 医療法、薬事法、薬剤師法がこの3年間で順 次改正され、その方向はすべて良質で安全 な医療における薬剤師の機能を期待したもの である • 医療用医薬品のみでなく一般用医薬品にお いても来局者への説明責任が課せられ、薬 剤師の機能は技術面は当然であるが患者や 来局者への適切な情報提供も重要な部分を 占めることとなる 薬剤師機能の展開 2 • 薬剤師は医療機関での薬物療法を処方せん に基づいて薬剤疫学的な解析により有効性 を立証することが可能となる • 将来の薬剤師は特定医師の、特定医療機関 の医薬品使用実態を薬剤疫学的に解析する 能力を備える必要がある 薬剤師機能の展開 3 • 法的にも、機能を支える技術面での発展を自 らの機能に活かせる薬剤師の教育が必要と なってきている • 薬学教育が6年制となって卒業生は即戦力と して期待されている • 薬学教育の充実の必要性が指摘されている が、その中でも薬剤疫学の知識と実際に解 析できる能力を身につけさせることは必要で ある 薬剤師機能の展開 4 • 薬剤師は薬剤師機能の発揮に最善の努力を する必要がある。 • 薬剤師法第8条が改正されて罰則規定が設 けられた。 • 戒告、業務停止、免許取り消し • その中に「知識・技術の欠如による過失」に 対しても罰則が適用されることとなっている • 薬剤師はUP DATEな知識・技術の獲得と実 行に努めなければならない 薬剤師の職能と薬剤疫学 • 薬剤疫学は、「人の集団における薬物の使用 とその効果や影響を研究する研究領域」 • 医薬品の開発、使用実態調査、有効性や安 全性を評価する方法論や技法を修得するも ので、その結果からより有効な医薬品の選択 を可能とするものである。 • 薬剤師の大きな武器となりうる。 日本薬剤疫学会 薬剤疫学領域の研究発展およびその成果の普及 を図ることを目的とする。 ホームページ:http://www.jspe.jp/index.html 【理事長挨拶】 薬を安全かつ効果的に使用するためには、薬の承 認前はもとより市販後についても法制度の整備が 欠かせません。よりよい制度作りには薬剤疫学研 究の成果が不可欠です。 疫学研究を専門とする医師、薬剤師、統計家はも とより、より多くの医療関係者の学会への参加を 願ってやみません。 2.薬剤疫学総論 薬剤疫学とは 「人の集団における健康の状況あ るいは健康に影響する事象の発 生を取り上げ、その分布および規 定因子を研究して健康問題の制 御に応用する学問」 薬剤疫学の目的・意義 「健康問題の制御」 → リスクを小さく、ベネフィットを大きくする医 薬品の使い方 →適正使用の確立 市販後医薬品の使用を適正化 すること Strom教授の定義 「人の集団における薬物の使用と その効果や影響を研究する学問」 意味:市販後医薬品の使用実態を 研究し、有効性と安全性を評価す る 市販前の臨床試験の限界 • Five “TOOs” –症例数が少ない(Too Few) –投薬方法が単純(Too Simple) –投薬期間が短い(Too brief) –対象者の年齢制限(Too median-aged) –特殊な患者の除外(Too Narrow) 市販後の有効性、安全性を予測するためには不完全 市販後の調査の重要性 • 市販前に不十分であった有効性と安全性の評 価を補う • 使用実態における有効性と安全性の状況を評 価し、監視する。 • どのような人の集団に使われているか。 • その集団での有効性と安全性の評価をする。 • 薬剤疫学の考え方と方法論が有効となる。 Pharmacovigilance • Pharmacovigilance: 医薬品安全監視 • 「医薬品の有害作用又は関連する諸問題の 検出、評価、理解及び防止に関する科学及 び活動」 • 医薬品が使用されて医療現場で使用されつ と新たな情報が生まれ、それは医薬品のベネ フィット又はリスクに影響する可能性がある。 Pharmacovigilanceと薬剤疫学 • 疫学的手法は、対象集団における有害事象 の評価における主要な方法である。 • 薬剤疫学研究、特に観察(非介入)研究は、 医薬品安全性監視の重要な方法である。 • 観察研究デザインの主なものに、断面的研 究、症例対照研究及びコホート研究(後向き 及び前向き研究)がある。 Pharmacovigilanceと薬剤疫学(2) • 医薬品安全性監視活動によって得られた情 報の評価は、医薬品の安全な使用を保証す るために必須である。 • 医薬品使用者へ適切にフィードバックを可能 にする医薬品安全性監視によって、患者のリ スクを低減することによってベネフィットとリス クのバランスを改善することができる。 安全性研究と有効性研究 • 安全性研究:「有害事象」の発生を調査して、 使用者集団の発生率の上昇を検出する。 • 有効性研究:長期使用に伴う合併症発生率 の低下を検出する。(長期予後問題) • いずれも、集団を対象とした薬剤疫学研究 薬剤疫学研究の対象集団 • 一般に「有害事象」の発生率はごく低い • 多数の人の集団が必要 • 無作為に比較群を設定できない • 比較に用いる集団にバイアスが存在する 薬剤疫学研究では 集団のバイアスを極力少なくする。 バイアスを考慮して解析する方法を用いる。 薬剤疫学の二つの側面 • 疫学的側面(適切な実験デザイン) • 統計学的側面(適切な統計解析) これまでの結果を正確に読む(論文を批判的に 読む)ためにも必要 3.研究デザイン概要 疫学研究の分類 • 記述疫学と分析疫学 – 記述疫学:有害事象の頻度の記述 – 分析疫学:特定のリスク要因(曝露、薬剤)と特性 のアウトカム(有害事象)との関連性に関する仮 説の検討 • 観察研究と介入研究(実験研究) – 観察研究:研究者は介入せず観察する – 介入研究:研究者の管理下である種の実験的介 入 3.1 記述疫学 • 有害事象などの頻度の記述 • 性別、年齢などの人口学的変数で定義され た集団間で比較されることが多い • 有害事象ケースの集積 • 有害事象のリスク要因を発見する第一歩 3.2 分析疫学 • 仮説の検証のため – 特定の薬剤などと特定の有害事象の因果関係 – 薬剤による合併症予防効果 • リスク要因とアウトカム発生の関連性の検証 を目的とする 3.3 分析疫学の方法論 コホート研究と症例対照研究 コホート研究 1. リスク要因に曝露している群と曝露していな い群に分ける。 2. 両群をある期間にわたって追跡する 3. アウトカムが発生するかどうかを観察する。 4. 曝露群と非曝露群で発生頻度や累積発生 率を比較する。 相対リスク、寄与リスクを求めることができる。 コホート研究 • 定義した対象集団から抽出した標本(コホー ト)を追跡、観察して健康事象の発生を記述 する、疫学的手法 曝露群 イベント発生率 追跡 比較 非曝露群 イベント発生率 過去 現在 現在 未来 前向きコホート、後ろ向きコホート • 前向きコホート:現在から追跡を開始する • 後ろ向きコホート:過去に追跡開始時点があ り、現在に向かって追跡する。 – 過去に曝露に関する正確な記録があるときに可 能 閉じたコホート、開いたコホート • 閉じたコホート:定義された対象集団から曝露 群、非曝露群が設定されてアウトカムの発生に ついて追跡が開始する。 • 開いたコホート:標本は調査開始時には固定さ れず、調査期間途中で対象者が出入りする。 ケースコントロール研究 1. アウトカムを発生した群(ケース群)と発生し なかった群(コントロール群)にわける 2. 問題となるリスク要因の曝露歴を調査 3. 両群の曝露率を比較する 発生率や累積発生率は求められない。 発生率が低い場合は、オッズ比が近似値となる コホート研究よりもバイアスの影響を受けやすい。 ケース・コントロール研究デザイン 曝露あり 曝露なし 過去の曝露 の有無を調査 曝露あり ケース群 アウトカムの発生あり 曝露なし オッズ比の計算 過去 コントロール群 アウトカムの発生なし 現在 対象集団の設定 • 対象集団の設定の仕方で研究の質は大きく 異なる。 – 対象集団が明確に定義できない場合は、バイア スが混入している可能性が高い • ケース・コントロール研究はコホート研究の枠 組みで行うとよい。(コホート内ケース・コント ロール研究) コホート内ケース・コントロール研究 • ネステッド・ケース・コントロール研究(nested case-control study) • ケース・リファレンス研究(case-reference study) • ケース・コホート研究(case-cohort study) • コホート内でケースが発生した時点でケース 外の全コホートから、性別や年齢などをマッ チングさせて1~数名のコントロール群を無作 為に抽出して選択する。 その他の分析疫学的手法 断面研究と生態学的研究 • 断面研究:定義された対称集団で、ある時点 でのアウトカムの状態と曝露の状態の関連 性を調査 – アウトカムと曝露との時間的な関係を確かめられ ない。 • 生態学的研究:復習の集団出の曝露の測定 値と複数の集団でのアウトカムの測定値との 相関を調査 • 因果関係を検討するには弱いデザイン 3.4 介入研究(実験研究) • 研究者の介入による群間比較 • 無作為化を行うと研究の質が上がる。 • 無作為化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)はバイアスや潜在的誤差が入りにく いデザイン • 問題点 – 労力と費用がかかる – 倫理的問題(リスク要因が有害事象、有効性が 低い方法と比較する場合) 無作為化群間比較試験の構造 被検薬群 臨床試験の対象集団 標本集団 選択基準 除外基準 一般可能性 前 無作為 割り付け 後 比 較 可 能 性 介入 前 後 対照薬群 目的とする集団 二重盲検法 統計解析 群間比較試験で重要な要素 • 無作為化:比較対象とする群間の比較可能 性の確保 • 二重盲検化:試験実施中のバイアス混入の 防止 • 統計解析:観察された差の偶然変動が小さい ことの保証 3.5 エンドポイント • 一次エンドポイント(主要評価項目) – 試験の目的そのもの – 検証し、確認されたことは事実として認識される • 二次エンドポイント(副次評価項目) – 一次エンドポイント以外に探索的に検討する項目 – 事実として認識されず、示唆にとどまる エンドポイント • 真のエンドポイント – 主要評価項目のイベントの発生(たとえば、心筋梗 塞、脳卒中など) • 代用エンドポイント(サロゲート・エンドポイント) – 主要評価項目のイベントの発生がまれで結果を得 るのに時間がかかる場合に用いられる(不整脈を 心筋梗塞の代用エンドポイントに用いる) – 代用エンドポイントは真のエンドポイントとの関連 性が強いことが明らかであること 4.統計学的側面 4.1 頻度の測定 • リウマチ薬副作用で134人死亡(Asahi.com: 2005/02/12) • これだけでは重大な副作用かどうかを判断で きない。 【他に必要な情報】 – この薬は何人くらいに使われたのか – この薬はどのような患者に使われているのか • 重篤な疾患、高齢者など – 死亡報告の仕方 – 他の類薬での死亡は 状態の頻度についての指数 • 時点有病率(point prevalence) ある時点での有害事象を持っている人の割合 特定時点の有害事象を 持っ ている 人の数 時点有病率= 特定時点での集団サイ ズ • 期間有病率(period prevalence) ある期間の間で有害事象を持っていた人の割合 期間有病率= 特定期間の有害事象を 持っ ている 人の数 特定期間の中央の時点での集団サイ ズ 発生の頻度についての指数 • 累積発生率(cumulative incidence rate) 定義された集団において有害事象を発症した人の割合 研究期間内の発生ケース 数 累積発生率= 研究開始時点での集団サイ ズ • 発生率(incidence rate) 定義された集団での有害事象を発生した新ケース数をその 集団の全ての人が経験した時間の合計で割った値 発生ケ ース 数 人・ 時間の合計 発生ケ ース 数 研究機関の中央時点での人数×研究期間 発生率= 4.2 頻度の比較 • 適切な比較対照群を設定して比較することで 有病率や発生率が多いのか、少ないかを評 価できる。 • 考えている集団を「曝露群」、比較対象となる 集団を「非曝露群」とする。 相対リスク(relative risk: RR) 曝露群と非曝露群の発生頻度の「比」 • 累積発生比(cumulative incidence rate ratio) • 単にリスク比(risk ratio)ともいう 累積発生率比= 暴露群の累積発生率 非暴露群の累積発生率 • 発生率比(incidence rate ratio) 発生率比= 暴露群の発生率 非暴露群の発生率 オッズ比(odds ratio: OR) • 累積発生率の近似値として用いられる • 有害事象の頻度がまれな場合はオッズ比は 累積発生率比のよい近似値となる。 ad オッ ズ 比 bc 有害事象 計 発生あり 発生なし 曝露あり a b n1 曝露なし c d n0 計 t1 t0 n 寄与リスク(attributable risk: AR) 曝露群と非曝露群との発生頻度の「差」 • 累積発生率差(cumulative incidence rate difference) 累積発生率差=暴露群の累積発生率-非暴露群の累積発生率 • 発生率差(incidence rate difference) 発生率差=暴露群の発生率-非暴露群の発生率 4.3 実験デザインと頻度 95%信頼区間は±表示 累積発生率の比較 閉じたコホート研究において曝露群n1人、非 曝露群n0人を一定期間追跡した結果の分割 表は、次のように表される。 有害事象 計 発生あり 発生なし 曝露あり a b n1 曝露なし c d n0 相対リスク(累積発生率比)(RR: Relative Risk)とそ の95%信頼区間CI(confidence interval) a RR c n1 CI RR exp(1.96 n0 b an1 d cn0 ) 寄与リスク(累積発生率差)(AR: Absolute Risk)とそ の95%信頼区間CI(confidence interval) AR a n1 c CI AR exp(1.96 ab n0 検定方法:χ2検定 2 3 1 n (n0 n1 ) (ab cd )2 (a b) (c d ) (a c) (b d ) cd 3 0 n ) 発生率の比較 開いたコホート研究において、調査期間にお ける曝露群の人・時間をR1人、非曝露群の 人・時間をR0とした結果の分割表は、次のよう に表される。 発生ケース 人・年 曝露あり a R1 曝露なし c R0 相対リスク(発生率比)(RR: Relative Risk)とその95% 信頼区間CI(confidence interval) a RR c R1 CI RR exp(1.96 1 1 ) a c R0 寄与リスク(発生率差)(AR: Absolute Risk)とその 95%信頼区間CI(confidence interval) AR a R1 c R0 検定方法:χ2検定 CI AR exp(1.96 2 a 2 1 R a R (a c) /( R c R1 ) (a c) R0 R1 ( R0 R1 )2 1 0 2 2 2 0 R ) オッズ比 ケース・コントロール研究において、ケース群 t1人、コントロール群t0人についての曝露を調 べた結果は、次のように表される。 有害事象 曝露あり 曝露なし 計 発生あり (ケース群) 発生なし (コントロール群) a c t1 b d t0 オッズ比(OR: Odds Ratio)とその95%信頼区間 CI(confidence interval) ad OR bc CI OR exp(1.96 1 1 1 1 ) a b c d 検定方法:χ2検定 2 ( n n ) ( ab cd ) 0 1 2 (a b) (c d ) (a c) (b d ) 治療必要数(NNT) NNTは絶対リスク低下の逆数 何人の患者を治療して一人のイベントを予防できるか の指数 リスク比は直感的に比較ができるが、リスク比が低下 しても、治療効率が高まるわけではない イベントの発生割合が低いとリスク比が大きくても実際 には意味がない場合がある。 治療必要数(NNT) 試験群 イベントあり 2 イベントなし 1998 計 2000 対照群 5 1995 2000 絶対リスク減少:2/2000-5/2000=0.0015 相対リスク:(2/2000)/(5/2000)=0.4 相対リスクは40%に減少するが・・・ 治療必要数:1/0.0015=667 リスク比は大きく低下するが、NNTは667人 すなわち、667任意に治療して1人をイベントから 救うことができる。あまりに効率が悪い。 その他の指標 寄与割合(attributable proportion)[寄与分画] 曝露者群の曝露に起因するリスクの割合 曝露をなくすことによって曝露群で除かれる有害事象の割合 暴露群の発生率-非暴露群の発生率 RR 1 寄与割合= 100 暴露群の発生率 RR 人口寄与リスク(population attributable risk percent) 全集団において曝露に起因する発生率の大きさ 曝露をなくすことによって予防できる発生率の大きさ 人口寄与リ ス ク =全集団での暴露の頻度( PE ) AR 人口寄与割合(population attributable proportion) 全集団での曝露に起因する発生率の割合 曝露をなくすことによって予防できる割合。 P ( RR 1) 人口寄与割合= E 100 1 PE ( RR 1) ITT解析とPP解析 • ITT解析(intent-to-treat、intention-to-treat) – 割り付けられた被験者すべてを解析対象とする – 脱落例などでバイアスが入るのを避ける – 「治療を意図した割り付けに基づく解析」 • PP解析(per protocol, protocol compatible) – 計画に適合して試験が終了した被験者のみを解 析対象とする – 仮説生成や仮説強化などの途中段階で行う。 結果の表示:p値 得られた結果が偶然におこる確率 p値が0.05よりも小さい場合は、得られた結 果は滅多におきないので有意差があると考 える。 注意:統計学的有意と臨床的有意とは異な るので注意すること。大事なのは臨床的有 意。 結果の表示:95%信頼区間 95%の確実性(p=0.05と同じ)で母集団の推定 値が分布する幅を95%信頼区間(95%CI)という。 差の95%信頼区間に”0“が含まれなければ有 意水準が5%で有意である。 比の95%信頼区間に”1“が含まれなければ有 意水準5%で有意である。 5. 研究結果に影響する因子 バイアスと交絡 疫学研究結果に影響する因子 • 相対リスクに影響する因子 – 因果関係(研究要因とアウトカムとの関係) – 偶然誤差(データ数が小さい場合など) – 系統誤差(バイアス、交絡) • 因果関係を主張するには、偶然誤差、系統誤 差の程度を評価する必要がある。 偶然誤差と系統誤差 • 偶然誤差(ランダム誤差):実験結果と測定値 間にみられる方向性のないずれ – データ数を多くすると偶然誤差を小さくすることが 可能だが、なくすることは不可能 • 系統誤差(バイアス):実験結果と測定値間に 見られる特定の方向へのずれ – 適切な実験デザインを採用すれば小さくできる。 5.1 偶然誤差(ランダム誤差) • 偶然変動によるランダム誤差 – 標本抽出誤差 • 統計的推測 – 第一種の過誤(帰無仮説が正しいのに、帰無仮 説を棄却する) – 第二種の過誤(対立仮説が正しいのに、帰無仮 説を採択する) • 標本サイズ – 標本サイズが小さいと曝露とアウトカムの関係を 正確に推定できない 5.2 系統誤差(バイアス) • • • • 研究結果と真実の間の特定な方向へのずれ 観察研究では排除することはできない。 実験デザインと密接な関係がある。 選択バイアス、測定バイアスなどがある。 選択バイアス • 対象集団から調査対象者を選択する方法が 不適切な場合 – ケースコントロール研究では避けられない。 • 協力者が得やすい施設からの選択 • 有病バイアス:有病状態はアウトカム発生と罹病期間 に影響される • 参加バイアス:調査拒否数が多い場合 • 紹介バイアス:紹介されて病院に来た場合、曝露との 関連性がない – コホート研究では選択バイアスは比較的少ない • 調査開始後の脱落によるバイアス 測定バイアス • 思い出しバイアス:ケース・コントロール研究 において過去の曝露の思い出し方の違い • 検出バイアス – ケース・コントロールでは曝露評価の手順の違い – コホート研究では、アウトカムを検出する手順の 違い 5.3 交絡 • バイアスの一種 • アウトカムに影響する第三の要因であり、そ の結果、曝露とアウトカムの関係がゆがむ – 比較する群間で第三の要因の分布が異なる – 第三の要因地震がアウトカムと関連する – 曝露とアウトカムを結ぶ原因経路に第三の要因 がない 交絡のイメージ 第三の因子(交絡) 曝露 アウトカム 第三の因子(交絡) 曝露 アウトカム 信頼性と妥当性 • 誤差:「真」の値と観察された値の違い – ランダム誤差:標本抽出誤差などの偶然変動 – 系統誤差:バイアスや交絡の影響 • 信頼性:ランダム誤差が小さいこと(=精度) • 妥当性:系統誤差が小さいこと • 信頼性、妥当性を兼ね備えた正確な結果の ために:バイアス、交絡、偶然誤差への対処 6.薬剤疫学研究の実際 薬剤疫学研究の事例紹介 • データベースを利用した疫学研究 • くすりの適正使用協議会では2000年から、薬 剤疫学に利用できるデータベース構築を目指 し、会員企業から使用成績調査のデータの提 供をうけて降圧薬と、経口抗菌薬のデータベ ースを構築した。 使用成績調査データベースを用い たアンジオテンシン変換酵素阻害 薬の空咳の関連要因の探索 • 目的:日本人でのACE阻害薬による空咳の 関連要因を探索し、定量的に評価する。 • 原著論文:藤田利治ら:降圧薬の使用成績 調査データベースの構築とその活用例、日 本統計学雑誌、36:205-217, 2007 実験デザイン • ACE阻害薬服用中の高血圧患者で治療開始 後12週までに空咳が発生した患者をケース 群 • ケースが発生した時点で治療期間をマッチン グしてコントロールを3名選択した。 • ネステッド・ケースコントロール研究 関連要因の探索 • 性別、年齢、高血圧病期分類、BMI • 降圧薬の服用歴(β遮断薬、α遮断薬、利尿薬 、Ca拮抗薬) • 合併症(糖尿病、脂質代謝異常、虚血性心疾 患、不整脈、脳血管疾患、呼吸器系疾患、肝 障害、腎炎・ネフローゼ) • 併用薬(解熱鎮痛薬、 β遮断薬、α遮断薬、利 尿薬、Ca拮抗薬、血管拡張薬など) 解析方法 • ロジスティックモデルによる単変量解析でオッ ズ比と95%信頼区間 • 変数の選択基準を有意水準5%として変数 増減法による多重ロジスティック回帰分析で 調整オッズ比と95%信頼区間 結果・結論 • 本態性高血圧患者26,361例 • ケース群947例、コントロール群2,841例 • 条件付き多重ロジスティックモデルを用いた 多変量解析の結果、女性、ACE阻害剤開始前 の降圧剤治療 (β遮断剤、α遮断剤、Ca拮抗 剤)、脂質代謝異常、呼吸器系の疾患の合併 、肥満が咳嗽発生に関連する要因としてあげ られた。 データベースの有用性 • 使用成績調査データベースによって、比較的 高い頻度で発現する有害事象の要因解析に 有用である結果を得る事ができる。 • 国内では、薬剤疫学的研究を実施するため の医薬品の使用成績の大規模なデータベー ス環境は十分に整っていない。 薬剤師による薬剤疫学 今後の発展 • 薬剤師による疫学研究 – 患者の近くで使用実態調査、有効性や安全性を評 価する – 疫学調査(疫学研究)から有効な医薬品の選択を 可能とする。 • データベースの構築 – 使用実態調査への協力 – これからの疫学研究の発展に寄与 付録1 薬剤疫学の理解に役立つと思わ れる事例をあげた。 Ⅱ部 事例集 以下の事例は日本で実施された研究であ り、大学教育の中で利用価値が高いと思 われる論文のリストである。 事例1 • 研究内容:小児への新薬の適用外使用と安 全性、有効性に関する研究 • 実験デザイン:対照群のないコホート研究 • 原著論文:真山武志ほか、小児における硫酸 arbekacin注射液の使用実態。日本化学療法 学会雑誌、45:995-1001, 1997 事例2 • 研究内容:抗悪性腫瘍薬による肺障害発現 症例の検討 • 実験デザイン:症例集積研究 • 原著論文:須田隆文ら、Imatinib(グリベック) による肺障害。成人病と生活習慣病、2:357362, 2007 事例3 • 研究内容:抗てんかん薬の催奇形性に関す る研究 • 実験デザイン:コホート研究 • 原著論文:大熊輝男ら、抗てんかん薬の催奇 形性について:全国11施設」の共同研究から 。神経研究の進歩、23:1247-1263, 1979 事例4 • 研究内容:降圧薬による脳・心血管障害発現 予防効果 • 実験デザイン:ケースコントロール研究 • 原著論文:Kono S et al., Class of Antihypertensive drugs, blood pressure status, and risl of cardiovascular disease in hypertensive patients: A case-control study in Japan. Hypertens. Res., 28:811-817 2005 事例5 • 研究内容:不整脈治療薬の服用と低血糖リスク • 実験デザイン:ケースコントロール研究 • 原著論文:M. Takada et al., The relationship between risk of hypoglycemia and use of cibemzoline and disopyramide. Eur. J. Clin. Pharmacol., 56: 335-342, 2000 • M. Tanaka et al., Efficacy of therapeutic drug monitoring in prevention of hypoglycemia caused by cibenzoline. Eur. J. Clin. Pharmacol., 58: 695700, 2001 事例6 • 研究内容:ニューキノロン剤と金属カチオンと の併用実態 • 実験デザイン:使用実態研究 • 原著論文:後藤伸之ほか、薬剤疫学(Ⅱ)ニュ ーキノロン剤とAl3+およびMg2+を含有する薬 剤との相互作用の薬剤疫学的検討:ノルフロ キサシンとオフロキサシンの」比較、臨床薬 理、26:867-873, 1995 事例7 • 研究内容:非ステロイド性消炎鎮痛薬併用に よる降圧薬の治療効果減弱 • 実験デザイン:使用成績調査データベースを 用いたコホート研究 • 原著論文:Ishiguro C et al., Assessing the effect of non-steroidal anti-inflammatory drugs on antihypertensive drug therapy using post-marketing surveillance database. J. Epidemiol. 18: 119-124 2008 事例8 • 研究内容;使用成績調査データベースを用い たアンジオテンシン変換酵素阻害薬の空咳 の関連要因の探索 • 実験デザイン:ネステッド・ケースコントロール 研究 • 原著論文:藤田利治ら:降圧薬の使用成績調 査データベースの構築とその活用例、日本統 計学雑誌、36:205-217, 2007 事例9 • 研究内容:高脂血症治療薬による心血管疾 患の新規発生予防効果の検討 • 実験デザイン:無作為化比較試験 • 原著論文:Nakamura H et al., Primary prevention of cardiovascular disease with pravastatine in Japan (MEGA study): a prospective randomized controlled trial. Lancet 368-1155-1163, 2006 事例10 • 研究内容:利尿薬と高尿酸血症発生との因 果関係 • 実験デザイン:コホート研究 • 原著論文:三溝和男他、利尿薬による高尿酸 血症の発生に関する薬物疫学的検討、薬剤 学、49: 277-283, 1989 事例11 • 研究内容:本体高血圧症におけるACE阻害薬 とCa拮抗薬の長期比較試験 • 研究デザイン:コホート研究 • 原著論文:尾前照雄他、軽・中等症高血圧に おけるACE阻害薬とCa拮抗薬の比較研究- GLANT研究から、日本医事新報、3630:26-34, 1993 事例12 • 研究内容:NSAIDsの服用と上部消化管出血 病変との因果関係に関する研究 • 実験デザイン:ケールコントロール研究 • 原著論文:浅木茂他、上部消化管出血病変 の発生要因に関するケースコントロール研究 :非ステロイド性抗炎症剤との関連について、 医学と薬学、26:865-874, 1991 事例13 • 研究内容:降圧薬による高血圧治療が不十 分な状態と脳出血発症との関連 • 実験デザイン:ケースコントロール研究 • 原著論文:藤田利治他、高血圧患者における 脳出血発症と高血圧治療状況との関連につ いてのケースコントロール研究、薬剤疫学,5: 1-10, 2000 付 録 2 疫学論文を正確に読むために 6.1 研究の目的 • 研究の目的 – 具体的に記載されているか • 分析疫学の場合: – 因果関係の関わる特定の仮説の検討:検証的 研究 • 記述疫学の場合 – 発生頻度、有病率などに関わる情報の整理:探 索的研究 6.2 研究デザイン • 目的に対して適切な研究デザインを用いてい るか • 目的に応じて:無作為化比較試験、非無作為 化比較試験、コホート研究、ケース・コントロ ール研究、断面研究、生態学的研究 6.3 対象者の選択 • 介入研究の場合 – 目標集団の定義 – 目標集団に対す津対象集団の関係(一般化可能 性、外的妥当性) – 対照群の有無 – すべての被験者のデータが結果に反映されてい るか – 追跡は完全か(最低80%) – 割り付けに従った解析がなされているか(ITT解析 、PP解析) • 観察研究の場合 – 対象集団は何か(一般化可能性、外的妥当性) – 調査集団から調査対象者の選択方法(無作為抽 出か) – 対照群はあるか (1)コホート研究の場合 追跡は完全か(80%以上)、追跡期間の長さは適 切か (2)ケース・コントロール研究の場合 調査対象者は対象集団から無作為にえらばれて いるか(ケースは全数、コントロールはランダム標 本) 6.4 測定 (1)介入/曝露は何か 測定方法、定義方法 非特異的誤差や測定バイアスの有無 ケース・コントロール研究の場合、曝露の測定は 群間で等しいか (2)転帰/結果(アウトカム)は何か 測定方法、定義方法 非特異的誤差や測定バイアスの有無 介入緩急、コホート研究の場合、アウトカムの「 測定が曝露状態と独立か 6.5 交絡 (1)介入研究 試験開始時の患者背景が両群で似ているか(比較可能 性、内的妥当性) 試験開始時の、介入要因以外の状態は似ているか (2)観察研究 既知の潜在的交絡因子が考慮されているか(比較可能 性、内的妥当性) 既知の交絡因子は計画、解析段階で制御されているか 交絡因子の測定に非特異的誤差や測定バイアスはない か 未検討の交絡は大きな問題となっていないか 6.6 統計的な結果 • 関連性はどの程度強いか(違いの大きさはど の程度か) • 関連性の精度はどのくらいか(信頼区間は示 されているか) • 仮説が検証されなかった場合、研究の検出 直は十分であったか 6.7 結論 • 結論は、結果から正当に導かれるものか
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