JTBビルの全蓄熱空調システム - エネルギー有効利用のご提案

―― 実 施 例 ――
JTBビルの全蓄熱空調システム
ñ竹中工務店 大阪本店 設計部 古 寺 典 彦 ・ 粕 谷 敦
■キーワード/全蓄熱・氷蓄熱・躯体蓄熱
1.はじめに
3.JTBビルにおける実施例
3−1 建物概要
これからのエネルギー施策は環境重視がさらに強ま
り,エネルギーを消費する側には,これまで以上に効率
3−1−1 建築概要
利用が望まれる。蓄熱システムは,エネルギーを効率よ
建物名称 JTBビル
く利用する一手法として注目され,CO2等の温室効果ガ
建 築 地 大阪市中央区久太郎町2丁目
ス排出量削減効果が期待されている。一方,産業の高コ
用 途 事務所・駐車場
スト構造是正の行動計画により,日本の電力料金を欧米
敷地面積 1,053.26fl
並みにするため,電力負荷平準化,夏場のピークシフト
延床面積 16,187.39fl
の課題に対して,蓄熱空調システムの研究・推進が大き
階 数 地下3階・地上14階・塔屋1階
なテーマになっている。また,建設業界においては,ビ
最高高さ 59.6m
ルオーナーのコスト意識もイニシャルコストとランニン
構 造 S造・SRC造・RC造(制振構造)
グコストを含めたライフサイクルコスト重視の考え方へ
工 期 平成11年2月∼平成13年2月
と変化しつつあり,建物のライフサイクルコストに占め
設計施工 ñ竹中工務店
る割合の高い空調システムのコスト低減が強く望まれて
3−1−2 設備概要
いる。
熱 源 熱回収形空気熱源ヒートポンプ製氷チラー
冷却能力 250.7kW×2台
これら現代社会が求める「環境保全・電力負荷平準
化・ライフサイクルコスト重視」を満足する蓄熱システ
ムのメリットをさらに追求し,昼間の空調に要する熱源
冷
房
負
荷
電力をすべて夜間の蓄熱だけでまかなう全蓄熱空調シス
テムについて事例紹介する(図−1)
。
冷
房
負
荷
蓄熱に
よる処理
躯体
蓄熱
0
2.全蓄熱空調システムを経済的に
実現する技術
8
非蓄熱システム
22 24時
図−1 熱源運転パターン
全蓄熱空調システムは夜間の蓄熱だけで昼間の空調負
荷をすべてまかなうため,従来の氷蓄熱のみによる方式
では氷蓄熱槽が約2倍必要になり,機器容量・設置スペ
ース・建築構造への負担などが大きく,システムを実
現・展開するにはイニシャルコストが膨大になる。
全蓄熱空調システムを経済的に実現するためには,氷
蓄熱・躯体蓄熱・冷媒自然循環を組み合わせることで問
題を解決している。氷蓄熱は,従来機種の改善により熱
源機械の高効率化・省スペース化・省コスト化をはかっ
た新形機種としている。躯体蓄熱は,一般空調機を兼用
して建物自体に蓄熱するため,氷蓄熱槽容量・二次側シ
ステム容量を低減できる。躯体蓄熱は,蓄熱量を氷蓄熱
槽と建物の躯体に配分させることにより,氷蓄熱槽容量
を約30%低減できる。また,冷媒自然循環システムは,
冷媒搬送動力を必要としない個別分散空調であり,夜間
の躯体蓄熱の熱搬送に,その省エネルギー性を発揮す
る。
写真−1 建物外観
ヒートポンプとその応用 2002.3.No.57
氷蓄熱
―2―
0
8
全蓄熱システム
22 24時
―― 実 施 例 ――
3−3 全蓄熱空調システムの実施計画
氷・冷水併用取り出し形空気熱源製氷チラー
計画主旨は,夜間電力を最大限に有効活用した全蓄熱
冷却能力 250.7kW×3台
空調システムを採用し,さらに省エネルギー手法を組み
氷蓄熱槽 175„
合わせることにより,エネルギー消費量および環境負荷
空 調 個別分散形冷媒自然循環システム(VCS),
の低減を実現することである。JTBビルの全蓄熱空調シ
躯体蓄熱
ステムは,システムをバランスよくかつ効率よく実現す
換 気 全熱交換器
(外気導入CO2制御,外気冷房),
るため,氷蓄熱・躯体蓄熱・冷媒自然循環システムの高
蒸気加湿
排 煙 階段加圧防煙システム
効率利用,熱負荷の最小化,BEMSによる適正運転管理
中央監視 機能分散形,BEMS
などを効果的に組み合わせる計画としている(図−3)。
そ の 他 Hf50W蛍光灯連続調光(昼光・人感制御),
3−3−1 躯体蓄熱による冷凍機の高効率運転計画
熱源は,氷蓄熱に躯体蓄熱を組み合わせることで,運
節水形脱臭便器
3−2 計画主旨と全蓄熱の位置づけ
転安定化および高効率化をはかる計画としている。冬期
には,ヒートポンプによる暖房躯体蓄熱の排熱を回収し,
本建物は,ビルオーナー,テナント,社会性を満足さ
せるため,テナントビルの事業性をライフサイクルの観
氷蓄熱として蓄え,冷暖房が共存するオフィスビルの省
点より追求しており,現代社会が求める「環境保全・創
エネルギー性をめざしている。夏期には,氷と冷水を併
造的な執務環境・安全性」に配慮する計画としている
用取り出しするダブルエバポレータ冷凍機の採用によ
り,躯体蓄熱の利用冷水温度を高くすることで,冷凍機
(図−2)。
COPを向上する(図−4,写真−2)。溶液・温水の搬送
全蓄熱空調システムは,下記の位置づけにより採用し
は,ポンプ台数制御による変流量システムとしている。
ている。
3−3−2 躯体蓄熱量の増大計画
・夜間電力を最大限に利用することで地球環境保全に
躯体蓄熱は,ここ数年間で採用が増えてきているが,
配慮
その多くは天井内に設置された一般空調機に切り替えダ
・氷蓄熱と躯体蓄熱の併用によりイニシャルコストの
ンパを設置して床スラブに蓄熱する方式である。この方
低減を追求
式は,天井内の空調機付近で蓄熱するため,天井内の平
・電力料金を有効に活用することでランニングコスト
を低減
・ライフサイクルコストと省エネルギーのバランス
CLIS
-HR
HP-1
CLIS
-HR
CLIS
CLIS
CLIS
CP-1×5
ビルオーナーのために
(経済性と企業アピール)
氷蓄熱槽
CP-2
社会のために
(地球環境保全)
テナントのために
(創造的執務環境と安全性)
HP-2
43℃
経済性と執務環境に配慮した省エネルギー計画
48℃
CP-3
6℃
1℃
図−4 熱源フロー図
図−2 設備計画の考え方
氷蓄熱システム
熱回収形
空気熱源製氷チラー
全熱交換器
凝縮器
躯体蓄熱
氷蓄熱槽
・外気導入CO2制御
・外気冷房
・ナイトパージの併用
CO2センサ
自然採光
室内ユニット
高効率Hf蛍光灯
・初期照度補正
・昼光制御
・人感制御
冷媒自然循環システム
Low-ε
ペアガラス
外壁の
高断熱化
蒸発器
BEMSによる
運転・運用の最適化
図−3 全蓄熱空調システムの全体概念
写真−2 空気熱源ヒートポンプ製氷チラー
―3―
ヒートポンプとその応用 2002.
3.
No.57
―― 実 施 例 ――
空調機
冷房用凝縮器 CLISより
溶液(還)
︵
冷 蒸
房 気
系 流
統
︶
室内ユニッ
ト
冷風
または
温風
夜
昼
吹き出し口一体形
切り替えダンパ
溶液(往)
液
流
︵
蒸 暖
気 房
流 系
統
︶
液
流
ファン
温水(往)
温水(還)
図−5 躯体蓄熱システム概念図
暖房用蒸発器
図−7 冷媒自然循環システム概念図
10.000 1m/sec
断面図
30.000deg
12.00
19.00
19.00
22.00
12.00
15.00 18.00 14.00
18.00
20.00
12.00
13.00 16.00
17.00 17.00 19.0016.00
21.00
21.00
19.00
貸室E系統
室内ユニット
(シングルコイル)
全熱交換器
貸室W系統
室内ユニット
(ダブルコイル)
加湿器
PR-NW
21.00
PR-N
PR-N
PR-N
PR-NE
22.00
平面図
13.00
12.00
21.00
15.00
16.00
14.00
13.00
19.00
13.00
23.00
13.00
13.00
15.00
11.00
PR-W
IN-N
IN-N
IN-N
IN-N
IN-N
IN-N
IN-N
IN-N
PR-E
23.00
14.00
12.00
23.00
23.00
PR-SW
14.00
図−6 躯体蓄熱シミュレーション例
階
段
室
B
面温度分布が大きく局部的な蓄熱となる。当ビルでは,
PS
PS
PS
PS
PR-SE
通路
自
販
機
コ
ー
ナ
ー
EV
WC
PS
EV
WC
ホE
EV ー V 福祉EV
ル
PS
附室
非EV
階
段
室
A
図−8 基準階の空調ゾーニング
床スラブ全体を蓄熱体として有効に活用し,躯体蓄熱量
を増大するため,平面的に均一に配置された天井吹き出
準じて1系統の冷媒量が過大にならないように計画して
し口と躯体蓄熱切り替えダンパを兼用した吹き出し口一
いる。室内ユニットは,ペリメータゾーンは38fl単位
体形切り替えダンパを開発・実施している(図−5・6)。
に冷暖共用ユニットを,インテリアゾーンは55fl単位
吹き出し口一体形切り替えダンパは,給気チャンバー・
に冷房専用ユニットを設置し,個別温度制御を行ってい
ダクト・制御線をユニット化することで,施工性も合わ
る。これにより,小単位での温度制御が可能となり,
せて向上している。
負荷の偏在にフレキシブルに対応できる計画としてい
る。(図−8)
均一な蓄熱により,放熱時は躯体表面温度と天井還気
温度との差が小さいため,躯体放熱量の時間経過による
室内ユニット風量は,躯体蓄熱のメリットである二次
減少傾向を緩やかにすることで,放熱効果を空調ピーク
側搬送動力の低減効果を得られるように,躯体蓄熱の放
時(16:00)まで持続させる計画としている。さらに,躯
熱効果が大きいときに弱風量に自動に切り替わる風量ス
体蓄熱時は室内ユニット風量を自動でアップさせること
テップ制御を行っている。
で,躯体蓄熱時の躯体表面熱伝達率を向上している。
3−3−4 熱源容量を抑える空調負荷の低減計画
3−3−3 搬送動力の低減計画
経済的な全蓄熱空調システムを実現するためには,空
調ピーク日の熱負荷を低減して熱源容量を抑えることが
氷蓄熱システムと組み合わせる二次側空調システム
条件となる。
は,氷の低温性を生かした冷媒自然循環システム
(VCS:Vapor Crystal System)を採用し,個別分散空調
外皮負荷の低減対策として,窓ガラスにLow−εペア
を可能にしている。冷媒自然循環システムは,HFC134a
ガラスを採用し,空調空気を天上面より給気して窓面ブ
の冷媒を採用している。
(図−7)
ラインドボックスより排気することで,ペリメータ熱溜
りとコールドドラフトを解消し,室内快適性の向上とペ
冷媒自然循環システムの冷房用凝縮器は,すべて屋上
リメータ室内ユニットの容量低減をめざしている。
に設置して,屋上より下階は冷媒の自然循環力を利用す
ることで,冷房時の溶液搬送ポンプ動力が最小限になる
外気負荷の低減対策として,全熱交換器と外気導入
よう計画している。凝縮器・蒸発器は,溶液
(温水)−冷
CO2制御を採用している。当建物は,執務室を禁煙とし
媒プレート形熱交換器を採用し,溶液温度1℃→6℃,
て,各階限られたゾーンでの喫煙を徹底しているため,
温水温度48℃→43℃とそれぞれ5℃差の設計条件とし
執務室内はCO2およびじんあいの1人当たりの発生量が
ている。
少なく,外気導入CO2制御により外気負荷を効率よく低
冷媒系統は,1フロア2系統とし,KHK自主基準に
ヒートポンプとその応用 2002.3.No.57
減している。全熱交換器は,市販メーカー標準品にCO2
―4―
―― 実 施 例 ――
円/Mcal
20
ピークシフト割引
蓄熱ピーク調整割引
従量料金(夜間)
従量料金(昼間)
基本料金
100%
15
電
力
料
金
57%
10
31%
5
0
−5
空気熱源
氷蓄熱
ヒートポンプチラー (昼間追いかけ運転)
全蓄熱
図−10 電力料金の試算
ことで,運転・運用の適正化をはかっている。
現地での保守管理支援として,各階に保守用端末接続
口を設置し,ビル管理者がハンディ形ノートパソコンを
写真−3 基準階事務室の照明器具
標準インターフェース(BACnet)
防災
ICONT
防排煙設備
S
中継器
照明
ICONT
LC
VCS
ICONT
VCユニット
全熱交換器
消火設備
S
中継器
LC
VCユニット
全熱交換器
防災設備系
携帯して接続することで,ビル点検記録,保守方法など
BEMS
中央監視盤
照明設備系
VCS系
RS
RS
(DDC)
遠隔データ収集
を現地にて確認・記録できる計画としている。また,
遠隔データ
サーバ
webサーバーを介して,テナントからの空調操作,ビル
オーナーからの課金請求,ビル管理者からの点検お知ら
WWW
サーバ
せなどをテナント端末より操作・発信できるように計画
テナント端末
T 蒸発器
バルブ
センサ
RS
(DDC)
している。
保守端末
RS
(DDC)
3−4 導入効果の試算
テナント端末
全蓄熱による電力負荷パターンは,蓄熱運転を行う夜
保守端末
T 熱源
バルブセンサ
空調設備系
テナント保守系
T 凝縮器
センサ
間に電力ピーク負荷が発生するため,蓄熱ピークシフト
割引が適用される。この料金制度を適用した場合の電力
図−9 ビル管理システム概念図
料金の試算を行っている。比較対象は,空気熱源ヒート
スタットを付加し,VCS室内ユニットと同じ通信制御ラ
ポンプチラー方式(蓄熱なし,各階AHU〈VAV制御〉+
インとすることで施工性を向上している。便所の換気は,
FCU方式)と氷蓄熱方式(昼間追いかけ運転,冷媒自然循
衛生器具および床面の幅木部分から排気を行い,高効率
環システム,躯体蓄熱なし)として,負荷条件は同一と
換気により換気量を最小限にすることで,全熱交換器の
している。
効率を上げて,換気ファン動力も抑える計画としている。
全蓄熱の空調用電気料金は,空気熱源ヒートポンプチ
照明負荷の低減対策として,事務所の照明は高効率器
ラー方式(蓄熱なし)に対して69%低減,氷蓄熱方式(昼
具Hf50Wの連続調光器具を採用し,北面窓からの安定
間追いかけ運転)に対して45%低減できる試算結果とな
した昼光の利用と適正照度補正する照度センサによる連
る(図−10)。全蓄熱システムのイニシャルコストは従
続調光制御を行い,さらに在室検知によりゾーンごとの
来方式より約20%高くなるが,単純償却で3∼5年の
照度制御を行うことで,大幅なエネルギーを削減する計
回収となる。
画としている(写真−3)。また,事務所の基準照度は
4.おわりに
500lxであり,テナントの要望により700lxまで調光可能
な計画としている。
エネルギーを使う建物側において,蓄熱のメリットを
3−3−5 BEMSによる全蓄熱の運用サポート計画
最大限に生かした全蓄熱空調システムの実施事例につい
て紹介した。
BAシステムは,システムの統合化とオープン化とし
て,BACnetプロトコルによる構成としている(図−9)。
当事例では,ライフサイクル,安全性,地球環境への
自動制御は,中央監視と統合したDDC方式としている。
配慮などを含めたオフィスビルの事業性の追求として,
また,中央監視によるデータ統合管理と通信標準化をめ
全蓄熱空調システムを計画・実施している。運用を開始
ざして,熱源コントローラ,冷媒自然循環システム集中
して間もないので,計画の妥当性を検証するデータ等を
制御コントローラはBACnetプロトコル対応としている。
蓄積中であるが,今後も継続してフォローし,データを
ビル管理システムは,運用管理の効率化と適正化をめ
公開することで,建物でのエネルギー利用計画の一事例
ざして,ライフサイクル管理,運転性能検証をサポート
として少しでも役立てば幸いである。
するBEMSを構築している。BEMSは,全蓄熱空調シス
JTBビルの計画・設計・施工にあたり,多大なご協力
テムのトータル運転管理サポートを目的としており,運
をいただいたñJTBエステートをはじめ,建設に携わっ
転状況,エネルギー消費量の予測値との比較などを行う
た関係各位の皆さまに,厚くお礼申しあげます。
―5―
ヒートポンプとその応用 2002.
3.
No.57