ゲノム分子生物学1講義概要 (2008年春学期) 期間: 4/9~7/9 時間: 水曜日1時限 場所: TTCK&ε21(遠隔有り) 講師:金井・中東・柘植 主題: ゲノム分子生物学は21世紀の生物学を担う学問の一つである。すなわち、生 命科学を専攻する大学生・大学院生にとって必須の学問分野であるといっても過言 ではない。本授業(ゲノム分子生物学1)と春学期のゲノム分子生物学2を履修するこ とで、該当分野の基本的な事象から、最先端の議論にまで触れることになる。授業は 教科書「ゲノム3」にそって行なわれるが、講師3人がそれぞれ、分子生物学やゲノム 研究に従事してきた経験から、より具体的な解説を行なう。特 に、ゲノム分子生物学 1ではゲノムの構造から塩基配列の決定まで、実験技術に根ざした講義を行なう。 教科書:「ゲノム第3版—新しい生命情報システムへのアプローチ 」 T.A.BROWN [著]; 村松正實監訳 メディカル・サイエンス・インターナショナ ル ISBN:4895923371 成績評価:期末テスト、小テスト(とても大事)、出席、授業態度を加味した 上で評価する。 5/21~6/11 担当講師 柘植謙爾(つげ けんじ) [email protected] (6)第4章 ゲノム配列の解析 日時:5/21 9:25-10:55 内容:様々な塩基配列の決定法の原理を概説し、その情報を統合してゲノム全体の塩基配列 を得る「ゲノムプロジェクト」の方法論を解説する。 (7)第5章前半 遺伝子の機能を調べる 1 日時:5/28 9:25-10:55 内容:ゲノム中の遺伝子の位置を決める具体的な実験手法について解説する。 (8)第5章後半 遺伝子の機能を調べる 2 日時:6/4 9:25-10:55 内容:遺伝子の機能を調べるための、(1)コンピューターによる機能解析、 (2)実際の遺伝子の 不活性化による機能解析、について概説する。 (9)第6章 ゲノムがどのようにして機能するかを理解する 日時:6/11 9:25-10:55 内容:ゲノムのタンパク質をコードしている遺伝子から生じたRNA分子の集合体である「トラン スクリプトーム」とその翻訳産物の集合体の「プロテオーム」ついてそれぞれの研究方法を概説 する。 ゲノム配列の解析 本章のねらい 4 第 ●塩基配列決定法であるジデオキシ法とサーマルサイクル法について詳 しく説明する․ ●化学分解法とピロシーケンス法の概略を述べ‚ その用途についても ふれる․ ●ショットガン法‚ 全ゲノムショットガン法‚ クローンコンティグ法の長所と 短所をまとめる․ ●細菌の小さいゲノムをショットガン法で塩基配列決定する方法について‚ インフルエンザ桿菌のゲノムプロジェクトを例に説明する․ ●クローンコンティグを構築するいろいろな方法の要点を説明する․ ●全ゲノムショットガン法がゲノム配列決定に用いられるようになった 根拠を理解し‚ 特に‚ 正確な配列を得るために工夫された点について 明確に理解する․ ●2004年から2005年のヒトゲノムドラフト配列の発表に至るまでの‚ ヒトゲノムプロジェクトの進展について説明する․ ●ヒトゲノムプロジェクトのもたらす倫理的問題‚ 法的問題‚ 社会的問 題について理解する․ 章 4.1 DNAの塩基配列決定法 4.2 DNA塩基配列の統合 (アセンブリ) 4.3 ヒトゲノムプロジェクト 4.1 DNAの塩基配列決定法 ポリアクリルアミドゲル電気泳動 ポリアクリルアミドゲル アクリルアミド(CH2=CH-CO-NH2)の鎖とこれを架橋するN, N’-メチレンビスアクリルアミド (CH2=CH-CO-NH-CH2-NH-CO-CH=CH2)の共重合体 電気泳動形状の違い スラブゲル キャピラリーゲル 薄い板状 細いストロー状 1ヌクレオチドの長さの違いで も一本鎖DNAを分離できる 図4.1 ジデオキシ塩基配列決定法 ジデオキシ(dideoxynucleotide)法 2つ・酸素がない 通常のDNAの伸長 ヌクレオチド dATP、dCTP、dGTP、 dTTPと極少量のddATP (dATPの1/300程度) 本来dATP のところで、 ddATPが 入り伸長 が止まる dNTP 図1.6 図4.2 ジデオキシ法とダイターミネーター × 伸長できず→そこが★であると判る dd★TP 蛍光基 (ダイ) 図1.6を改編 3’OH基無し ジデオシヌ クレオチド (ターミ ネーター) ダイターミネーターの例 自動蛍光シーケンサー ジデオキシ法 当初はアイソトープを使用(4レーン必要) 蛍光物質(1色)を標識に用いることで自動化が可能(それでも4レーン必要) 各ddNTPごとに異なる蛍光物質(4色)を使用することで1レーンで泳動可能となった 5’- 電気泳動 (スラブ or キャピラリー) -3’ 短い分子ほど先に検出される 図4.3を改編 ジデオキシ法には一本鎖DNAの鋳型が必要 読む鋳型DNAが濃縮(クローニング)されている状態が必要 ●プラスミドベクター アルカリまたは、熱で二本鎖DNAを編成する 最も簡単で一般的な方法 ●一本鎖ファージベクター(最近使われない) 片鎖だけの純粋な一本鎖DNAを精製することが可能 長いDNAは不安定 ●ファージミド(最近使われない) プラスミドと一本鎖ファージの両方を兼ね備える ●PCR産物 簡単に準備できる 反応液に残留するプライマーを完全に除去する必要あり 一本鎖DNAの調製法(最近ではあまり使われないが念のため) 塩基配列を決定する場所をプライマーで定める (A)ユニバーサルプライマー “既知になる” 5’ 3’ 未知配列 既知 既知 (B)内部プライマー 2 1 4 3 6 5 7 ※この場合、新しいプライマーを一つずつ作成し、全体で7回のシーケンシングが必要 図4.5 サーマルサイクル塩基配列決定法(最も一般的) ジデオキシ法を耐熱DNA合成酵素とPCR装置(サーマルサイクラー)で行う 耐熱性のDNAポリメラーゼを利用することで、酵素存在下でも二本鎖DNAの熱 変性が可能となり、新たに酵素を足さなくとも反応を自動的に繰り返し行うことが できる。 訂正 “サーマルサイクル反応を行う” サイクル数に正比例 あるいは “PCRの機械を用いて反応を 行う“ 図4.6 化学分解法 (その他の方法) 一本鎖DNAを塩基特異的に切断し電気泳動により決定する方法 ジデオキシ法では決定しにくい配列の決定に用いられる場合がある 図4.7 (鋳型DNAが自身の分子内で塩基対を形成している時など) 図4.8 ピロシーケンス法 (その他の方法) dATPのみ 伸長せず 反応系が異なる ジデオキシ法 伸長産物を直接見る ピロシーケンス法 伸長の副産物を見る 電気泳動を必要としない dCTPのみ 伸長せず 短い長さしか読めない (250塩基程度) 一度にたくさんのクローンを読める (数百万サンプル) dGTPのみ 伸長せず 伸長したときのみ ピロリン酸が発生 伸長 dTTPのみ + ATP-スル フリラーゼ 発生したピロリ ン酸を光で検出 ルシフェラーゼ ATP APS アデノシン5’フォスフォ硫酸 ルシフェリン 光 454社のシーケンサー(1) 全体の流れ Margulies, M., et al., Genome sequencing in microfabricated high-density picolitre reactors. Nature 437, 376-380 (2005) 454社のシーケンサー(2) ①DANを 短い一本 鎖にする ④穴の中 に酵素を 入れDNA を伸長さ せる。そ の時発生 する光の タイミング と強度を 記録する。 ① ② ④ ③ ②ビーズ一1 個にDNA一 分子を連結し、 エマルジョン の中でPCRを してDNAを増 やす。 ③穴の中に ビーズを入れ る ビーズ エマルジョン 穴の写真 454社のシーケンサー(3) 5’-TCAGG 3’-AGTCCAAAAAATTC-5’ dTTPが流れてくると 伸長反応が進む 5’-TCAGGTTTTTT + 6PPi 3’-AGTCCAAAAAATTC-5’ 光に変換 dGTP (変化なし) dCTP (変化なし) 5’-TCAGG 3’-AGTCCAAAAAATTC-5’ dATP 5’-TCAGGTTTTTTAA + 2PPi 3’-AGTCCAAAAAATTC-5’ 光 dATP, dTTP, dGTP, dCTP は、一種類ずつ巡回して流れる 454社のシーケンサー(4) 同じ塩基が続くところまで伸長(と発光)は一気に進む 伸長が続いた分だけ発光の強度が強く出る 発光の強度 発光の強度と塩基数の対応関係 時間の経過(発光のタイミング) 4.2 DNA塩基配列の統合(アセンブリ) 一回の実験で決定できる塩基配列の長さはせいぜい<700bp 何らかの方法により、複数の結果を統合して全長の配列を決定しなければならない ショットガン法 (バクテリア向き) 長所 ゲノム情報(遺伝地図・物理地図)を事前に必要としない 短所 反復配列を間違って統合する可能性が高い(真核生物は難しい) クローンコンティグ法 長所 間違えて統合する可能性が最も低い。クローンが残る(再度確認できる) 短所 時間がかかる(骨が折れる) 全ゲノムショットガン法 (ベンターにより提唱) 長所 全体の概要を知るには手っ取り早い 短所 完全な統合配列を決めるのには時間がかかる ~10kb アセンブリの例 コンセンサス配列 ほとんど読めていない ショットガン法 インフルエンザ桿菌ゲノムで初成功(1) 約2万クローン 1.8 Mb (1,830 kb) 140個の コンティグ配列 図4.10 ショットガン法 インフルエンザ桿菌ゲノムで初成功(2) 新たに2つのコンティグ配列間のDNAクローンを取得して塩基配列を決定する 図4.11 ショットガン法 インフルエンザ桿菌ゲノムで初成功(3) 物理ギャップ=生物学的に不安定な配列であることが多い (何回やっても取れない) ファージなどの 異なったベター を用いてクロー ンライブラリー を作成 PCRでDNAが 増えれば距離 関係がわかる 最終的には検出されたファージ あるいはPCR産物の変木配列 を決定することで統合 図4.11 染色体歩行によるクローンコンティグの構築 確実だが、骨の折れる作業 クローンA1と同じ配列を有する他のクローンをA1をプローブにしてハイブリダイゼーション にして調べる → E7とF6が見つかる 次にクローンF6と同じ配列を有する他のクローンをF6をプローブにしてハイブリダイゼー ションにして調べる → A1とB12が見つかる 全体の関係が明らかになるまで続ける…. 図4.12 クローンコンティグ PCRを用いた染色体歩行(1) PCRを用いる利点 時間的に早い (反復配列などの)特異性の低い領域を避けられる 複数のクローンが混合していても検出できる 結論:クローン1と15が重なり合っている 図4.13 クローンコンティグ PCRを用いた染色体歩行(2) 96穴プレート×10枚=960クローンの中から、PCRで目的のサンプルを探す方法 図4.14 1クローンずつ 縦・横・高さ方向に一部混合したサンプルを用意しPCR 960回のPCR 全部で296回のPCRで判別 (回数が少なくて済む) クローンフィンガープリント技術 全ゲノムに対して染色体歩行は困難 さらに高速な統合法 反復配列間自身 は複数あるが、 反復配列間は 単一コピー 染色体上に一か 所しかない配列 なので物理地図 に直接対応する ので特によい 図4.15 全ゲノムショットガン法 公的機関によるヒトゲノムプロジェクトの終了近くに Craig Venterらによって有用性が実証された 2つのベクターの異なるライブラリーを作成する 数kb程度の短いインサートを持つプラスミドライブラリーを作成する + 併せてゲノム中に存在する最大の反復配列(~10kb)よりも大 きなDNAをクローニング可能なベクターによるライイブラリーも 作成する クローン(数kb程度)を対象ゲノムの全長の8倍程度の長さになるま で読む(ヒトゲノムの場合 7000万クローン) 反復配列のミス連結を防ぐため、2つのライブラリーのインサートとの長さを考慮して統合 配列ギャップと物理ギャップを埋める 全ゲノムショットガン法 配列のつなぎ合わせ 図4.17 全ゲノムショットガン法の問題点 図4.16 一回しか読んでいない!! ヒトゲノムの全ゲノムショットガン法では160Mbの領域が欠落 100以上の遺伝子が完全あるいは部分的に欠損 1、2回しか読んでいない領域あり 正確性は低い 図4.18 4.3 ヒトゲノムプロジェクト ・アメリカ主導で1990年に開始 15年計画 ・世界中の20の公的研究機関が参加 ・クローンコンティグを作成し、塩基配列決定した ・1998年設立のアメリカのセレラ・ジェノミクス社(クレイグ・ベンター が所属)が商業的ヒトゲノムプロジェクトを全ゲノムショットガン法で 行っていることが発覚し、プロジェクトが加速した ・2000年6月 2つのプロジェクト(公的・商業)のドラフト塩基配列が発表 これらは全体の90%で大方の遺伝子領域(ユークロマチン)を網羅 ・2003年 完成版(高精度の塩基配列)が発表される (名目上 ワトソン・クリックのDNA二重らせん構造発表の50周年を記念) (当初の計画が2年前倒しされた) ヒトゲノムプロジェクトためのマッピング ヒトゲノム 2,850Mb 1980年代 RFLP(制限断片長多型)マッピング 約10 Mbに1つの密度 SSLP(単純配列長多型 STSの一種)マッピング 約1 Mbに1つの密度 1990年代 YAC(人工酵母染色体)ライブラリー 平均長約0.9 Mb(のちに問題が明らかに) STS(配列タグ部位)マッピング 約0.2 Mbに1つの密度 1995年 EST(発現配列タグ)を含むSTSマッピング 約0.1 Mbに1つの密度 統合地図(遺伝地図+物理地図)の完成→塩基配列決定 ライブラリーのベクターの交換 YACライブラリーの挫折 図4.19 YACはヒトゲノムの異なる部分からのDNA断片を含むものが多く使えなかった BAC(大腸菌の人工染色体)ライブラリーへの方向転換 ヒトゲノムプロジェクトの将来 有用性 比較ゲノム 重要な機能を持つと思われる保存された共通の特徴を同定できる 他人と自分(個性を決める遺伝子の探索) ヒトとチンパンジー・マウス(霊長類・哺乳類を決める遺伝子) 解決すべき問題 ●DAN配列の私有財産化 ・決定された配列は誰のもの(提供者、決定者、出資者など)? ・現状、資源(サンプルやお金など)を提供した個人が必ずしもいつも利益を 共有する集団に属しているわけではない→利益分配 ●ヒトゲノム配列の公共性についての問題 ・“標準と異なる配列“を持つ人が差別される危険 遺伝病のリスクのある変異を持つ人→保険料が高くなる可能性 “人種” 判断の一義的な基準の提供→差別の誘発 ●サンプル提供者の匿名性の確保 ・サンプル提供者からの同意の必要 ・目的以外の使用の禁止
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