痴呆をかかえる者とのコミュニケーション における疾患としての痴呆理解の問題 ー「問題行動」の免責の失敗経験に 注目してー 井口高志 (日本学術振興会) [email protected] 目次 1.はじめにー関係論的痴呆理解と家族介護者 2.従来の痴呆理解ー疾患論的痴呆理解 3.疾患論の効果ー「問題行動」の免責 4.疾患という知識獲得後における「正常な人間」像 5.おわりにー関係論の強調が持つ意義の考察に向けて 1.はじめに ー関係論的理解と家族介護者ー 関係論的痴呆理解 高齢者介護研究会「2015年の高齢者介護」 理念 高齢者の尊厳 対象像 寝たきり・要身体介助 → 痴呆性高齢者 痴呆性高 コミュニケーションが困難、環境の変化を 齢者像 受けやすい、感情・プライドの残存 → → ①痴呆をかかえる者の意思・意図の想定 ②かかわり方による状態の変化の可能性 介護:意思・意図への配慮、適切に関わること 家族介護者の位置 • 理念に比したサービスの不十分さ • 痴呆をかかえる者と最初に出会う者 • 生活の場の決定までの補助自我としての役割 → 家族と痴呆をかかえる者とのコミュニケーション に対する関係論の影響は? 本稿の課題 • 課題:関係論の効果を考える上での諸論点を 提示する(→ 5節で) • 作業:関係論が批判する従来の痴呆理解の あり方についての考察(→ 2~4節で) 2.従来の痴呆理解 ー疾患論的痴呆理解ー 関係論の批判対象としての疾患論 • 意思や意図への注目を主眼としない • 問題行動の不可避性の認識 → 介護:①「問題行動」の抑制 ②生じた問題の後始末 「痴呆の医療化論」 • 医学的な痴呆の定義: 一端獲得した知能を成人期になってから失う症状 を指し、不可逆的な脳の器質的な変化を伴う(室伏 [1998]、小澤[2003]など) • 生物・医学モデルに基づく痴呆理解の進展(biomedicalization) → 「痴呆の医療化論」は疾患論を批判 = 関係論と同型の論理 「痴呆の医療化論」の見る疾患論 <肯定面> ①「問題行動」に疾患の 段階という位置づけ ②他事例との比較可能 性 ③状態に関する共通了 解の確保 → 介護者にとっての安 定・秩序付与 <否定面> ①「問題行動」の原因の 個人化 ②「問題行動」の変更・ 消失可能性の無視 → 痴呆をかかえる者 の意思、意味世界の無 視 それぞれの理解の特徴 疾患論 関係論 「問題行動」 疾患の発現 相手の適応行動 =こちらから変更困 =変更・消失可能 難 人間像 自己の喪失 周囲の関わり・ 業務・後始末 抑制 ケアの範囲 意思と意図を有する 積極的な状態改善 従来の図式:疾患論 対 関係論 は妥当か? • 先駆的ケア実践の場においては妥当 – 関係論的なケア実践における自己の発見 – 疾患論による相手の意思・意図の無視の発見 • BUT 家族介護においてはどうか? – 相手を疾患として定義することの困難 – 一方、専門医、家族会等では疾患論の強調 → 課題:コミュニケーション場面での疾 患論の効果について問い直し 3.疾患論の効果 ー「問題行動」の免責ー 介護者A氏の事例 • • • • • • 妻の嫉妬妄想に悩む 「なぜ自分を憎むのか」 妻に対する憎しみ&殴るというサンクション 家族教室に参加 アルツハイマー型痴呆の知識 妻の行動が痴呆という病気のために出るもの と理解でき気が楽になった (松本[2003:157]) コミュニケーションにおける責任 • 加害を受けた場合のコミュニケーション: 相手に「意図→行為」という前提を想定 → 意図を確認し、行為の責任を問う → A氏の場合も、同様に、妻に対して帰責 疾患論による他者の免責 • A氏の事例の再構成: ①「問題行動」頻発 ②サンクションによる修正不能 → → → → → 「意図→行為」という前提の保持困難 But 「意図→行為」に変わる想定無し 相手の意図への帰責(=妻を憎む) 疾患による説明(=意図の外部の発見) 「問題行動」から相手を免責 疾患論による自己の免責 • 相手の「問題行動」 → 疾患に起因 → 意図を有した行為ではない • 自己の行為 → 相手から「意図→行為」を想定されていない → 相手の「問題行動」に影響を与えない • 「問題行動」からの免責 → 介護範囲の限定 ①「問題行動」によって生じる問題の後始末 ②「問題行動」の抑制 次の考察課題 • 疾患論的理解に基づく対応が実際のコミュニ ケーションにおいて貫徹できるか? 4.疾患という知識獲得後にお ける「正常な人間」像 事例:疾患症状としての解釈が貫徹で きない • 「頭がさせているということは分かっているんだけど、 ついついカーッとなってしまう」(fieldnotes04/02/17) • 子供ならば介護者に対して、たいしたことは言わな いのだけど、相手は大人だから高度なことを言うん ですよね。こんなに理路整然としているのに、本当 に痴呆なのだろうか、という思いが生まれるんです よ(field-notes03/04/23) • 「たまにスイッチが入る」(field-notes04/01/) Dさんの事例:疾患としての知識を有 していても困難 • 痴呆をかかえる義父の下の失敗 • 疾患としての痴呆に基づく適切な対応の自覚 • But「問題行動」失敗の自覚と変容を求める → 「意図→行為」という想定の回帰 → 「問題行動」からの免責の失敗 なぜか?解釈における類型間の葛藤 • 三つの解釈類型 ①痴呆をかかえる者、②「正常な」人間、 ③過去の相手のパーソナリティ → ①を参照すべき局面で②③を参照 → 「正常な人間」像の呼び込み なぜか?経路の<異常>性 • 疾患論:「正常」と「異常」の連続という経路の 特性自体についても示す → 連続の存在についての指摘は可能 → But 終点の設定や共通の規則性の確定 は困難(経路自体の<異常>性) → 場面に応じた類型適用の困難 疾患論の限界 • 実際のコミュニケーションにおいては自他の 免責を必ずしももたらさない → 疾患論がそのまま介護者に安定をもたら すわけではない → 関係論の想定する疾患論の効果は素朴 に過ぎる 5.おわりにー関係論の強調が持つ 意義の考察に向けて 疾患論の効果 • 「問題行動」からの自他の免責の論理 • But 実際のコミュニケーションにおいて貫徹 困難 → 痴呆をかかえる者の意思・意図との出会 いが不可避 関係論の効果を考える上での論点 1.意思・意図の尊重の新しさは何か? →発見する意思・意図を豊かなものとする社 会関係との関わり考察 2.免責構造の変化 →関係という「問題行動」の原因帰属先が強 調されていくことの効果 ex.)家族の関係責任の発生と集中
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