2010. 1. 5 大阪大学・生命機能研究科 最近の研究から No. 1 明るい所で素早く動く物体を検出できる目の仕組みが 明らかになりました 光 暗いところでは色が見えにくくなり、モノクロの世界になる ことはご存じでしょう。これは、私達の視覚を担う視細胞に、 薄暗いところで働く桿体(かんたい)と明るい所で働く錐体 (すいたい)という2種類の細胞があるからです。暗いところ で働く桿体は、感度は高いのですが色を見分けることがで きません。また、桿体は目の中心部にはないので、暗い時 はちょっと視線をそらした方が良く見えるのです。しかし、感 度の高い桿体は応答が遅いので、暗い所では動いているも のを見分けるのが難しいのです。 視細胞がどの様に光を検出するかというメカニズムの研 究はこれまでほとんど桿体で行われてきました。桿体は薄 暗いところで働くため、薄暗いところでの光検出のメカニズ ムは分かってきたのですが、ヒトが行動する昼間の視覚の メカニズム、つまり、錐体での光検出メカニズムについては 良く分かっていませんでした。 錐体や桿体内では光を受けるとcGMP (環状ジーエム ピー)という物質の分解が起こります。cGMPはイオンの流 れを制御することにより、桿体や錐体の興奮の程度を制御 します。つまり、cGMPの分解に伴って、桿体や錐体は興奮 をやめるのです。これが電気的な信号となって最終的には 脳に送られ、光が届いたと感じます。 一度光を受けた後、次に来る光を検出するためには、桿 体や錐体はcGMPを合成して再び興奮した状態に戻る必要 があります。錐体ではこの速さが速いので、昼間は動く物体 を目で追うことが出来るのです。そこで、錐体では高い cGMP合成能力を持っていると推測されているのですが、そ の直接的な証明はありませんでした。 網膜 錐体 桿体 視細胞 光 視物質 R イオンの流れ cGMPはイオン の流れを制御 cGMP 分解 合成 錐体では合成が10倍 以上速い 河村研究室ではcGMP合成活性を桿体と錐体で比較し、錐体ではcGMP合成活性が桿体よりも10倍以上高 いことを、生化学や電気生理学の手法を使って明らかにしました。これにより、錐体において素早く興奮状態へ 戻ることが直接証明できたのです。この研究成果は米国の科学雑誌プロシーデングス・ナショナル・アカデ ミー・オブ・サイエンス誌2009年7月号に掲載されました。 用語解説 cGMP(環状ジーエムピー): ホルモンの作用発現を仲介する物質で、細胞の増殖機能にもかかわる。 細胞の興奮: 細胞内は普通、負の電位に保たれている。細胞内に正イオンが流れ込むことにより電位が0に近く なることを興奮という。桿体や錐体は暗い所で興奮し、光が当たると興奮をやめる。 論文 “High cGMP synthetic activity in carp cones”, Norihiko Takemoto, Shuji Tachibanaki, and Satoru Kawamura Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 106:11788-11793 (2009) 内容に関するお問い合わせ先 河村 悟(かわむら さとる) 大阪大学大学院/生命機能研究科/ナノ生体科学講座/ナノ生体科学講座 /TEL 06-6879-4610/FAX 06-6879-4614 2010. 1. 6 大阪大学・生命機能研究科 最近の研究から No. 2 タンパク質合成を抑制する小さなRNAを選択的に輸送 する仕組みが解明されました RNA干渉(RNAi)の仕組み 生命機能研究科(米田研究室)は蛋白質研究所、兵庫県 立大学、韓国忠北大学と共同で、大型放射光施設 SPring-8を使って、タンパク質合成を抑制する小さなRNA を選択的に輸送する仕組みを解明しました。 この部分がエクスポーティ ン5とランの複合体に堅く 結合します この部分が切れます プレ-マイクロRNA 細胞質 二重鎖構造部分 ヒトの細胞では数万種類のタンパク質が生命の営みを支 えています。それらは常に必要なわけではなく、不必要な ときには合成が抑制されています。そうしたタンパク質合 成の抑制に関わる小さなRNA(マイクロRNA)があって、 そのRNAによるタンパク質合成の抑制をRNA干渉と呼ん でいます。その働きは大変重要で、RNA干渉の発見者に は2006年にノーベル生理学医学賞が贈られました。 マイクロRNA 核 mRNA このマイクロRNAのもととなるプレ-マイクロRNAは核で合成され 伝令RNA(mRNA)にマイクロRNAが結 ます。核から細胞質に運ばれて、2つに切断されて、一方がマイク 合して、タンパク質合成が止まります ロRNA になるのです。核から細胞質へのプレ-マイクロRNAの輸送 は、エキスポーティン5とランという2種類のタンパク質の複合体に よって行われます。今回の研究で、エキスポーティン5とランおよび エキスポーティン5 ラン プレ-マイクロRNAの3者が核内で結合している構造が初めて明ら プレ-マイクロRNA かになりました。 核では無数のRNAが合成されており、そのうちRNA干渉に関与 するプレ-マイクロRNAは、ヒトでは約700種類見つかっています。 今回の研究によって、プレ-マイクロRNAの先端はエキスポーティン 5とランの複合体に堅く結合することが分かりました。このことから、 なぜ700種類のプレ-マイクロRNAだけを選んで、核から細胞質に 運ぶことができるのか、その理由が明らかになったのです。 マイクロRNAの中には、ある種のがんの発症、C型肝炎ウイルス やエイズウイルスの増殖などに関わるものが見つかっています。こ の研究をもとにして、マイクロRNAの機能の調節に関わる研究を進 展させ、これらの疾病の予防や治療に貢献できるかもしれません。 この研究成果は米国の科学雑誌サイエンス2009年11月27日号に 掲載されました。 用語解説 エキスポーティン5とランの複合体は、野球の ミットのような形をしていて、プレ-マイクロRNA の二本鎖部分を柔らかくつかみ、端の一本鎖 の部分は強固に結合します。 SPring8: 兵庫県佐用郡佐用町にある放射光実験施設 RNA: リボ核酸。細胞の核や細胞質中に存在し, 伝令、リボソーム、運搬の3つの主要な型がある マイクロRNA (miRNA) : 細胞内に存在する長さ20から25塩基ほどの1本鎖RNAをいい、他の遺伝子の 発現を調節する機能を有すると考えられている エキスポーティン (Exp) : 核内から細胞質に物質を運搬するタンパク質の総称 ラン(RanGTP): 核内でエクスポーティンへの積荷の結合を促進するタンパク質 論文 “A High-Resolution Structure of the Pre-microRNA Nuclear Export Machinery”, Chimari Okada, Eiki Yamashita, Soo Jae Lee, Satoshi Shibata, Jun Katahira, Atsushi Nakagawa, Yoshihiro Yoneda, and Tomitake Tsukihara, Science, 326 (5957), 1275 – 127927 (2009), published online 27 November 2009. 内容に関するお問い合わせ先 米田 悦啓(よねだ よしひろ) 大阪大学大学院/生命機能研究科/細胞ネットワーク講座/細胞内分子移動学研究室 /TEL 06-6879-4605/FAX 06-6879-4609
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