2010 年 12月12日 京都難病患者医療講演会 京都大学消化器内科学 内視鏡部 仲瀬裕志 炎症が治癒していても、 排便回数がうまくコントロールできない。 炎症性腸疾患の治療後、粘膜治癒が得られたけれども、 排便回数がコントロールできない?? Bowel movement 17~20 times/day Bowel movement 10 times/day みなさんストレスたまっていませんか? 原因不明の おなかの痛み? ストレス 胃と腸 はじめに腸ありき 腸は動物の最初の器官であると考えられます。 脳、脊椎、心臓がない動物はいても、「腸がない」動物はいません。 進化系統樹 節足動物 哺乳類 鳥類 爬虫類 両生類 軟体動物 板鰓類 硬骨魚類 環形動物 円口類 原索動物 扁形動物 腔腸動物 出典:福土 審. 内臓感覚, NHKブックス (NHK出版), 2007. 日本では昔から、消化器関連の言葉を 使って感情を表現している! 「腹黒い」「腹が立つ」「腹の内を探る」 「腹わたが煮えくり返る」「腹芸」 「飲めない(話)」「喰えない(奴)」「味のある(文章)」 英語では 「gut feeling」 →「直感」あるいは「直観」という意味 過敏性腸症候群(大腸炎)って何? 過敏性大腸症候群 ( Irritable bowel syndrome;IBS) の定義 慢性的に腹痛あるいは腹部不快感があり、 便秘あるいは下痢などの便通異常を伴い、 排便によって腹部症状が改善するもので、 その症状を説明をする器質的疾患あるいは 生化学的異常が同定されないものを指す。 原因不明(検査しても異常が指摘されない) IBSの診断基準 表 2 ROME II およびROME III におけるIBSの診断基 準 今日も会議でなにいわれるのやろ~~ 考えるだけでおなかが痛くなってきた。 無理難題 部下 上司 ストレス 腹痛 過敏性腸炎や 炎症性腸疾患は現代病?? ローマ皇帝もIBS? ローマ帝国の初代皇帝ア ウグストゥスは見かけが青 白くひよわで、腸が弱く、湿 疹と気管支炎に悩み、小食 で、酒も飲まず、つねに腹 巻、襟巻、毛糸の帽子を身 につけ、常備薬を携帯し、 侍医を身辺においていたこ となどから、IBSであった可 能性が高いと考えられてい ます。 石田三成もIBS? 関ヶ原の戦いに向かう道中、三成は腹痛と下痢に悩まさ れたといわれています。神経が細やかであった三成にとっ て、戦いは大変なストレスであったことが考えられます。 徳川家康もIBS? 三方ヶ原の戦いに敗れ浜松城に逃げ帰る途中、武田軍に 追いつかれた家康は、その極度なストレスで便失禁したと いわれています。 ジョン・F・ケネディ大統領もIBS? 中学生の時から腹痛と 下痢に悩まされながら、 何度検査しても異常が 見つかりませんでした。 大統領になってからも、 鎮痙剤が手放せなかっ たといわれています。 医療受給者数 潰瘍性大腸炎 クローン病 25,000 80,000 70,000 20,000 炎症性腸疾患患者は増加傾向の一途 をたどっている。 15,000 では過敏性大腸炎患者は? 60,000 50,000 40,000 10,000 30,000 20,000 5,000 10,000 0 ’85 ’89 ’93 ’97 年度 ’01 ’04 0 ’85 ’89 ’93 ’97 年度 ’01 ’04 2004年度医療受給者証交付件数より 世界の過敏性大腸炎患者の頻度 (2000-2004) ROMEⅡ診断基準(Manning診断基準) ノルウェー 5.1% (16.2%) カナダ 13.5% 中国北京 (7.3%) イギリス 12% (22%) 中国南部 5.7% (11.5%) イラン 5.8% (3.4%) アメリカ (20%) 日本 6.1% スペイン 7.3% (10.3%) 韓国 6.6% インド (7.5%) 香港 6.6% (17%) シンガポール 8.6% (11%) オーストラリア 6.9% (13.6%) Gwee KA: Neurogastroenterol Motil. 17(3): 317, 2005. 過敏性大腸炎の有病率 下痢または 便秘症状 43.8% IBS患者 13.1% 調査方法 日本全国20代~60代以上(各年代男女各1,000人)の一般生活者10,000人を対象として、 2006年にインターネットにて排便状況に関するアンケート調査を実施した。 Miwa H: Patient Preference and Adherence. 2: 143, 2008. 過敏性大腸炎とその他の疾患の比較 疾患名 過敏性大腸炎 推定患者数 1,200万人1) 高血圧 3,500万人2) 糖尿病および予備群 1,870万人3) 高脂血症 2,200万人4) 1)鳥居明: 診断と治療, 96(8): 1611, 2008 2)日本高血圧学会 高血圧治療ガイドライン作成委員会 編: 高血圧治療ガイドライン2004, ライフサイエンス 出版, 2004. 3)厚生労働省 平成18年度国民健康・栄養調査 4)厚生労働省 第5次循環器疾患基礎調査 さて、 過敏性大腸炎の原因 とはいったい??? FGIDs:機能的消化管障害 上部消化管愁訴 FD:Functional Dyspepsia 機能性ディスペプシア 消化管運動が問題なのでは ないかしら?? 辛いと感じる 食後のもたれ感 早期飽満感 心窩部痛 心窩部灼熱感 下痢 腹痛 腹部不快感 便秘 下部消化管愁訴 IBS:Irritable Bowel Syndrome 過敏性腸症候群 IBS過敏性大腸炎発症のメカニズム -脳腸相関- 遠心性 腸 求心性機序 ストレス 脳 中枢神経 脊髄・迷走神経 腸管の運動機能異常と知覚過敏 腸内機序によるもの? 腸管神経叢 消化管運動異常 下痢 内臓知覚過敏 便秘 腹部不快感 腹痛 IBS 峯徹哉: 日本臨牀. 64(8): 1483, 2006. 改変 過敏性腸症候群に なりやすいタイプとは? • 過敏性腸症候群の兆候は、比較的早いうち から出始める。 • 10代のころから胃腸が弱かった人が、社会人 となって仕事上のストレスにさらされ、症状が 悪化するケースが多い。 過敏性腸症候群チェック • □ 腹痛を伴う下痢(便は泥状、粘液が出ることも) □ 便秘、あるいは便秘と下痢を交互に繰り返す □ 時折、うさぎの糞のような便が出る □ 排便後は腹痛が収まることが多い □ 排便後、残便感はあるが、便は出ない □ ガスがたまりやすい □ 午前中の腹痛が多く、午後からは回復する □ 体重の変化はなく、食欲も普通にある □ すぐトイレに行けない状況で症状が出る □ 睡眠時や休日には症状が出ない □ 症状が1カ月以上持続している 過敏性大腸炎患者の特徴 年代別IBS有病率(下痢型及び混合型) 若い人に多い傾向 (%) 16 14 下痢型・混合型IBS;n=974 男性 14.3 12.7 13.1 女性 13.0 12 10.4 9.4 10 8.4 7.3 8 6.2 6 4.9 4 2 0 20代 30代 40代 50代 60代以上 20代 30代 40代 50代 60代以上 調査方法 日本全国20代~60代以上(各年代男女各1,000人)の一般生活者10,000人を対象として、 2006年にインターネットにて排便状況に関するアンケート調査を実施した。 Miwa H: Patient Preference and Adherence. 2: 143, 2008. IBSの臨床像 腹部症状 便通異常 反復性の経過 器質的疾患の有無により、IBSとIBDはまったく異なる疾患 と考えられてきた。 器質的疾患の除外 ストレスの関与 症状に対する苦痛感 こ れ 以 外 は 炎 症 性 腸 疾 患 と ほ ぼ 同 じ 臨 床 像 を と る IBD(炎症性腸疾患)の累積発症率の比較 0.012 0.010 I 0.008 B D の 累 0.006 積 発 症 0.004 率 IBS(n=250) 一般集団(n=20,000) FD(n=250) 0.002 0 0 12 24 観察期間 36 48 (月) Garcia-Rodriguez LA: Scand J Gastroenterol. 35(3): 306, 2000. IBSから炎症性腸疾患(IBD)への危険性 地域:イングランド、ウェールズ 年齢:20‐79歳 受診:1994年(登録GPに過去2年以上の記録がある患者) 844,690例 ⇒ 機能性胃腸症: 9,900例、IBS:2,956 例 それぞれ無作為に250患者を抽出、一般:20,000例 IBDとIBSは関連しているかもしれない? 最終解析:機能性胃腸症:222例(89%)、IBS:216例(86%) 潰瘍性大腸炎 N RR(95% CI) クローン病 N RR(95% CI) 炎症性腸疾患 N RR(95% CI) 一般人口 4 1 3 1 7 1 機能性胃腸症 6 2.7(0.8-9.8) 3 1.7(0.3-8.5) 9 2.3(0.8-6.1) IBS 8 12.5(3.6-43.2) 9 21.9(5.6-85.1) 17 16.3(6.6-40.7) Garcia-Rodriguez LA: Scand J Gastroenterol. 35(3): 306, 2000. IBDとIBSの病因に関連はあるのか? 環境因子 遺伝的素因 食餌・感染 化学薬品等 腸内細菌 免疫異常 発症 再燃/増悪 関連する遺伝子の比較検討 IBS IBD NOD2 OCTN1/2 DLG5 TNF gene IL-10 gene ATG16L1 G-protein beta 3 subunit IL-10 gene TNF gene CCK-1 receptor Alpha 2 adrenoceptor and Serotonin transporter 炎症を抑制するサイトカイン 共通の遺伝子が関係している? Interleukin 10 (IL-10) (-1082) polymorphism allele and genotype distribution IBS (n=230) IL-10 Allele frequency§ -1082*G (high) -1082*A (low) Genotype¶ G/G (high producer) G/A (intermediate) A/A (low producer) % 48% 52% 21% 53% 26% Controls (n=450) % 52% 48% 32% 39% 29% IBS患者ではIL-10を高産生する遺伝子を有する人が少ない(?)。 (実は人種差があるので。。。なんとも) Gonsalkorale WM, et al. Interleukin 10 genotypes in irritable bowel syndrome: evidence for an inflammatory component? Gut 2003;52:91-93. TNF-α遺伝子多型がIBSに関与する?? IBS (n=111) TNF-α G-308A Allele frequency§ -308*A (high) -308*G (low) Genotype¶ A/A (high) A/G (high) G/G (low producer) 21% 79% 17% 83% 1% 41% 59% 4% 26% 70% IBS (n=111) IL-10 G-1082A Allele frequency -1082G* (high) -1082A* (low) Genotype¶ G/G (high) G/A (intermediate) A/A (low) Controls (n=162) Controls (n=162) 52% 48% 53% 47% 26% 51% 23% 28% 51% 21% Van der Veek PPJ, et al. Role of tumor necrosis factor-alpha and interleukin-10 gene polymorphisms in Irritable bowel syndrome. Am J Gastroenterol. 2005; 100:2510-2516. IBDとIBSの病因に関連はあるのか? 環境因子 遺伝的素因 食餌・感染 化学薬品等 腸内細菌 免疫異常 発症 再燃/増悪 なぜ、TNF-α遺伝子多型が注目されるのか??? 感染後に生じる IBS 炎症後に生じる IBS 感染後過敏性腸炎 -腸炎患者のIBS発症率- (%) 20 1994年 Mckendrick and Readによって初めて報告された。 (感染性胃腸炎の後に生じるIBSの頻度は4~23%。) 16.7 15 発 症 10 IBSの発症に炎症(免疫学的機序)が関与している! 率 5 1.9 0 対照 腸炎患者 (n=206) (n=108) Parry SD, et al.: Am J Gastroenterol. 98(9): 1970, 2003. Mycobactrium avium subspecies paratuberculosis(MAP) もIBSをおこす?? 47歳女性 IBS患者 生検組織からのIS900-DNA PCRの結果 クローン病で注目されている菌です。 IS900-DNA positive ratio Non-IBS/IBD control 3/20 (15%) IBS patients 15/20 (75%) Crohn’s patients 20/23 (87%) MAP感染が引き起こす慢性的な弱い免疫反応が IBSの引き金に?? Terminal ileum MAP-DNA陽性 上行結腸 下行結腸 MAP-DNA陽性 MAP-DNA陽性 Scanu AM, et al. Mycobacterium avium subspecies paratuberculosis infection in cases of irritableBowel syndrome and comparison with Crohn’s disease and Johne’s disease: common neural and immune pathogenicities J Clin Microbiol. 2007;45:3883-3890. 腸内細菌の異常増殖と過敏性大腸症候群 空腸の腸液の培養 IBS (n=162) Bacteria (cfu/ml) >105, any bacteria >5x104, any bacteria >104, any bacteria >5x103, any bacteria 6% 6% 24% 43% Controls (n=26) 4% 4% 4% 12% IBS患者では健常者にくらべると 細菌異常増殖あり→IBDと似ている。 原因か結果か? Probioticsによる治療がきくかも? Posserud I, et al. Small intestinal bacterial overgrowth in patients with irritable bowel syndrome. Gut. 2006;56:802-808. 本当にIBS患者ではIBD患者さんと 同じように炎症がおこっているので あろうか? 粘膜内リンパ球 Ascending Transverse Descending Rectum IELs 健常人 5.6 5.1 IBS 患者粘膜 10.4 9.0 Lymphocytic colitis (LC) 26.4 21.9 IBS患者では軽微な炎症 CD3 cells/sq mm lamina propria Control 712.9 IBS患者粘膜 1112.6 Lymphocytic colitis (LC) 1804.6 4.7 8.6 19.2 が生じている 752.5 1220.3 1509.4 671.0 1173.8 1373.4 3.5 6.1 17.4 572.8 1034.3 1154.0 Chadwick, et al. Activation of the mucosal immune system in irritable bowel syndrome Gastroenterology 2002; 122: 1778-1783. 過敏性大腸炎発症のメカニズム -消化管運動異常の発生機序- 炎症 ストレス 内因性 corticotropin-releasing hormone CNS 腸管神経叢 内因性5-HT 5-HT3受容体 5-HT含有神経 腸クロム親和性細胞 ムスカリン受容体 大腸機能異常 下痢 排便亢進 5-HT:セロトニン CNS:中枢神経系 CRF:副腎皮質刺激ホルモン放出因子 Miyata K, et al.: J Pharmacol Exp Ther. 261(1): 297, 1992. 改変 IL-6がIBSの病態に関与 クローン病で注目されている物質 IL-6の濃度とIBSの症状の強さは相関する Pain/discomfort+bloating 腹部症状の強さ 20 15 10 5 0 0 5 10 15 20 25 IL-6 (pg/ml) Dian TG, et al. Enhanced Cholinergic-mediated Increase in the pro-inflammatory cytokine IL-6 in irritable bowel syndrome: Role of muscarinic receptors. Am J Gastroenterol. 2008;103:2570-2576. ストレス 内因性 corticotropin-releasing hormone CNS 腸管神経叢 内因性5-HT 5-HT3受容体 5-HT含有神経 腸クロム親和性細胞 ムスカリン受容体 大腸機能異常 下痢 排便亢進 IL-6 腸管運動とセロトニン(5-HT) IBS患者:健康人と比較して食後の血中5-HT濃度が高値 Bearcroft CP, et al.: Gut. 42(1): 42, 1998. セロトニン5-HT3受容体拮抗薬が下痢型IBSに対して有効 Chey WD, et al.: Am J Gastroenterol. 99(11): 2195, 2004. Caras S, et al.: Gastroenterology. 120(Suppl 1): A217, 2001. セロトニンによる5-HT3受容体の活性化が 腸管運動の病態に深く関与している セロトニンの分布と役割 脳・松果体 ●分布 1~2% ●役割:神経伝達物質として、睡 眠、認知・記憶、不安、 強迫性障害、気分障害、 統合失調症などに関与 消化管 ●分布 90% ●役割:平滑筋収縮作用、消 化管機能調節作用な どに関与 消化管 血小板 ●分布 8~10% ●役割:腸管で生成された セロトニンを全身に 運搬 作用機序 IL-6 ラモセトロンは5HTをブロックすることにより アセチルコリンを介したIL-6の産生を抑制。 抗炎症作用も期待できる?? 腹部症状の全般改善効果(男性) ラモセトロン 5µg(n=215) プラセボ(n=226) (%) 60 月間レスポンダー *** 50 月 間 40 レ ス ポ 30 ン ダ ー 20 率 10 47.7 *** *** *** 46.9 38.2 33.2 25.3 21.2 24.2 16.1 0 1ヵ月 2ヵ月 3ヵ月 最終評価時 投与期間 *** :P<0.001 vs プラセボ χ2検定(有意水準:両側0.05) 患者日誌に基づく被験者 自身の週ごとの5段階評 価で1ヵ月(4週)のうち2週 以上で、スコアが0または1 であった被験者 0=症状がなくなった 1=かなり改善した 2=やや改善した 3=変わらなかった 4=悪くなった レスポンダー以外を ノンレスポンダーとした。 IBS IBD まったく同じ疾患ではないが、発症機序、 病態は似ている部分がしばしば ストレスは炎症を誘発し、 消化管運動に影響を与える。 いままで考え方 心理的異常 炎症は関係 なし? 脳腸相関 消化管運動異常 内臓知覚過敏 福土審: 過敏性腸症候群 脳と腸の対話を求めて. 東京, 中山書店, 9, 2006. より作成 今後の病態の考え方? 遺伝子 心理的異常 感染 消化管運動異常 炎症 内臓知覚過敏 最後に IBDとIBSの病因は関連する! ストレスを避けること (難しい) ストレスをうまくのりこなす自分自身をつくることが重要
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