日本語を外国語として教えると

日本語教育を科学する-職人芸の分析-
早稲田大学大学院日本語教育研究科 川口義一
学生からの「CERTIFICATE」
WASEDA UNIVERSITY
CERTIFICATE
世界に一番いい先生
川口先生
-絵が上手で、かんたんにせつ
めいしました。
-授業のスケジュールをよく作っ
てくれました。
学生達
世界で一番いい先生
川口先生
-絵が上手で、絵で説明してもら
うと簡単に理解できました。
-毎週授業のスケジュールを作っ
てくれました。
学生一同
「職人芸」の内容
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技術的な面
□ティーチャー・トーク:スピードが速いのに分かる
□繰り返し:すぐに分からなくてもだいじょうぶ
□ジェスチャー・教具・イラスト:抽象から具体へ
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理念的な面
「文脈化」:だれが・だれに向かって・何のために
□ 「個人化」:「自分」について語り、「他者」を理解する
□支持的教室風土:「心理フィルター」の低下
□表現指導:最終的な目標は「自分が表現できる」こと
□
「自然な」ティーチャー・トーク
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参与観察者と学習者の意見(レポート集(2006)より)
そうすることが適切であるというビリーフを持つ筆者に
とって、川口教授の話し方は衝撃的であった。(児崎)
ときどき速いと感じるが、別にかまわない。 (児崎)
大体いつも60~80%ぐらいは理解できる。 (児崎)
何語もそうだと思うが速く話す人もいれば、遅く話す人も
いる。…これがかえって自然だから、…いいと思う。 (丁)
ゆっくり話すと子どもの授業みたいになってしまう。それ
は、とても不愉快なことだ。 (丁)
「繰り返し」の重要性
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学習者の意見(レポート集(2006)より)
文法説明の時、少し速いと思う。でも、2、3回繰り返して
聞けば分かる。(児崎)
川口先生は繰り返してくれるので、特別焦らない。 (児崎)
そのうちまた出てきた時にメモを取ればいい。私はそんな
に焦らない。 (丁)
今回覚えきれなくても、また出てきた時にどこかで聞いた
ことがあるという印象が残っただけでも…勉強になったと
私は思う。 (丁)
ジェスチャー・教具・イラスト
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参与観察者と学習者の記述(レポート集(2006)より)
大事なことは…拍の等時性を保つことであり、その感覚
を定着させるため、手をタクトのように振りながら… (金)
ぜんまい仕掛けのイヌのおもちゃを教壇の上を使って歩
かせる。教壇の上にはチョークがたててある。 (山内)
…「飛ぶ」の説明である。黒板に蛙と魚、鳥と飛行機の絵
を描き、…意味と使い方を示している。 (丁)
ホディランゲージ、絵、表情(児崎)
なぜかわかる。川口先生は、繰り返してくれるし、ボ
ディーランゲージなどから推測できる。 (児崎)
「文脈化」と「個人化」
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文脈化(Contextualization)
★「誰が・誰に向けて・何のために」を考えて表現させる
Q1-私、日本で就職したいんです。
A1-じゃ、会社に履歴書を送ってみたら、どうですか。
Q2-私、お金がないんです。(!??)

個人化(Personalization)
★常に「自分」について語らせ、書かせることを促す
* あなたは、遅刻すること/お風呂にはいらないことがありますか。
「文脈化」の活動例:出席ゲーム
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参与観察者の記述(レポート集(2006)より)
7月19日【遅刻者が多数である状況(意向形の導入)】
「私が呼んだら返事をしてください。今日は遅かったですね、
と言うので、早く来ようと思ったんですけど…と言い、その
後でExcuseしてください。あっ、△さんは、早かったので
(今日は遅かったですね、と)言いません。(小田)
 犬が歩きます。…で、とまります。名前を呼びますね。女
の人は、この犬がチョークのところに来たら、「はい」と
言って、返事をしてください。男の人はこの犬が止まった
ら、返事をしてください。女の人は…(山内)
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「個人化」活動の例①:個人化質問
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参与観察者の記述(レポート集(2006)より)
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(教科書の練習問題から)
T:S4さんは、スポーツの中でなにが一番おもしろいです
か。
S4:見るですか、するですか。
T:ああ、するほう。
S4:する。たぶんテニスが一番おもしろいです。
T:するスポーツのなかで、テニスが一番おもしろいと思
います。
S4:見るスポーツ…。
T:見るスポーツのなかで、なにが一番。
S4:たぶん、アメリカンフットボール。(小田)
「個人化」活動の例②:個人化作文
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学習者の作品例(JaH講演資料(2007)より)
☆私の自慢
*また、絵をかくことができます。風景画がいちばん好き
です。水彩絵の具でかきます。いなかの風景を見ること
がすきです。きれいですから。/手を床に置いて足を組
んで、手で体を持ち上げます。私は三分体を持ち上げる
ことができます。
*それから、いなかでオートバイを一輪で運転できました。
それは16歳のときできました。今はできません。おとなに
なったから、したくないです。自転車でもできます。
「個人化」志向の教育の意義
■表現の「個人化」 (縫部2001:51)
★学習者自身の経験・思想について「語る」ことの意義:
「自己の成長について話すこと,自分にとって重要なことを分かち合い,
自己を確立し合うインターアクションに参加すること-----これが外国
語学習の本質である」
この引用中には大切なことが3点含まれている.第一は,自己の真実
について表現すること(自己開示---self-disclosure),第二はそれを
互いが他者に伝達しあうこと(コミュニケーション),第三は人間的触
れ合い(インターアクション)である.第一の点は情動的領域
(affective domain),第二の点は認知的領域(cognitive domain),
第三の点は相互作用的領域(interactive domain)に属する内容であ
る.
⇒自己を開示してその真実を表現し、それを他者とお互いに分かち合
うことで学習者同士が人間として交流し、ともに成長する
「支持的教室風土」の醸成
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学習者の意見(レポート集(2006)より)
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授業初日からおもしろいからとてもすきだった。川口先
生はいつも笑顔だし、淡々と授業するタイプじゃないの
で好きだ。(丁)
また、先生はあまりよくできていなくても、よくほめてく
れるから、授業中あまり緊張せずに、ものを理解する。
…分からなかったら、みんなが助けてくれるし、先生は
怒らないから授業が楽しい。(丁)
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結論:表現指導のために
■ FL/SL教育の目標:
◆実用的なニーズための表現指導
◆相互理解のための表現指導
◆人間的成長のための真の「表現教育」の必要性
■FL/SL教育の科学的研究課題:
◆ 「文脈化」による 言語機能の研究
◆ 「個人化」のための支持的学習環境の確保
◆ “Good Learner”と”Good Teacher”の研究
参考文献
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小田晶子(2006)「表現をささえる「文脈化」「個人化」についての一
考察-「日本語1A」の参与観察をとおして-」
金周熙(2006)「初級クラスにおける発音指導」
児崎静佳(2006)「初級クラスにおけるティーチャートーク-学習者
の行動パターンとインタビュー結果からの考察-」
丁雪花(2006)「直接法による教室活動におけるティーチャートーク
について-日本語1A・1Bの参与観察から-」
山内薫(2006)「日本語指導における「環境を見抜く力」の育成-
「日本語1A」と「日本語1B」の参与観察を通して-」
{以上、全編,『2006年度初級実践研究 春学期レポート集』(早稲田
大学大学院日本語教育研究科刊・非売品)に所載}
縫部義憲(2001) 『日本語教育学入門』,瀝々社
ご清聴ありがとうございました
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早稲田大学大学院
日本語教育研究科 川口義一
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