事業リスクマネジメント学習支援教材 事業リスクマネジメント ケーススタディー NO.3-1 リスクファイナンス・リスクコントロール ティーチングノート 1 学習にあたって 学習のポイント 事例分析を通じてリスク処理手段(リスクコントロール、 リスクファイナンス)の選択・利用手法と実務において 生じえる問題、課題に対する理解を深める。 学習するスキル内容 リスクコントロール手法の種類および効果について説明できる コントロール手法の評価を確認するための測定方法について 説明できる リスクの移転の成功・失敗要因についての説明ができる 個々の具体的なリスクに対応するためのコストと効果を 認識できる 実効性のある手段を講じるために、コストと効果を吟味する 際に考慮すべき要素を説明できる 対策後のリスク評価と費用対効果の検証方法について 説明できる 基本テキストで対応しているのは: 第5章です。 (注)本ノートについて: 本ティーチングノートは、平成15年12月に開催された 「事業リスク評価・管理人材育成システム開発事業」実証プログラムにおける 実習「リスクファイナンス・リスクコントロール」 の内容を学習支援用教材に再編集したものです。 自習される場合は「実習解説」、「実習解答」と合せてご利用ください。 2 この実習の目的 「リスクファイナンス・リスクコントロール」では、リスクに対する処理手段を取り上 げます。 事業に少なからず影響を与えるものとして認識されたリスクに対しては何らかの処理を 施す必要があります。自らリスクを管理してリスクそのものの性質を変える、つまり、発 生頻度や損失を減らすのが「リスク・コントロール」であり、主に金銭的対価を支払って 第三者にリスクを負担してもらうのが「リスク・ファイナンス」です。なお、自らリスク をそのまま抱える「リスクの保有」も含めて、リスクの処理手段を大きく3つに分けるの が一般的です。(リスクの保有についても簡単に触れます) 同じリスクへの対応方法も、主体によって、時と場合によって様々です。常に絶対的な 答えがあるわけでなく、ケース・バイ・ケースで最適なものを選択していかなければなり ません。また、リスクは突発的に発生することが多いものです。突然降って湧いた問題へ の対応を迫られ「よく検討すればもっと適切な対応ができたのに」と後悔した経験は誰に でもあるのではないでしょうか。ほんの少し知識と意識を高めるだけで、リスク対応力が 格段に向上する例は無数に見られます。ここでは、ケース・スタディーを通して、 ○様々なリスク処理手段の中から柔軟に最適な対策を選ぶことの重要性 ○日頃から発生しえるリスクとその対策をイメージしておくことの重要性 を学んでいただければと思います。 リスクの回避(5.1.2.) リスクの予防・防止(5.1.3.) リスク・コントロール リスクの軽減(5.1.3.) リスクの集約・結合・中和(5.1.4.) リスクの低減 リスクの分散・分離(5.1.4.) リスク情報の収集・分析 業務の外部委託(5.3.1.-5.3.2.) リスクの 処理手段 保険技術(5.2.1.) リスクの移転 (リスクファイナンス) デリバティブ技術(5.2.2.) 資産証券化技術(5.2.3.) その他金融技術(5.2.5.) ART技術(5.2.4.) 自家保険・資金引当等(5.2.4.-5.2.5) リスクの保有 リターン最大化(6章) (リスク・ソリューション) 消極的保有・無視(6章) (注)括弧内はテキストにおいて記述されている節(章)。 3 この実習の進め方 この実習では、ケーススタディ「株式会社青空油圧」を通じて典型的なリスク処理手 段を学び、それぞれの特徴やメリット、デメリットを討議することで、リスクに遭遇し た際にどう対応すればいいか、皆さんの対応能力を高めることを狙いとしてます。 講師は青空油圧の中型クレーン事業に焦点を当て、一見順調に見える事業の問題点を 挙げます。特に、予想外に高まった割賦販売の比率と、それにともなう割賦債権回収リ スク(信用リスク)と資金繰りの問題点に言及します。 皆さんには、青空油圧の社員としての立場から、そうした問題点にどう取組むべきか、 また、同時に出てきた「銀行からの提案」についてどう対応すべきか検討していただき ます。 さらに、ファイナンス関係に限らず青空油圧の抱えるリスクを広く考えていただきま す。特に重大性が高く、早急な対応が必要と思われるものを選んで、どう対処すべきか、 やはり、青空油圧の社員の立場から考え、可能な限り多くの処理手段を出した上で、ど のような処理手段が最適であるか論じていただきます。 なお、青空油圧のケースの中には他にもリスクコントロール・リスクファイナンスの 観点から考えていただきたい問題がいくつか含まれています。限られた時間で、その全 部を議論することはできませんが、そのいくつかを「プラスα」という形で挙げており ます。ご興味があれば、これらについても少し考えていただければ、ケース・スタ ディーを使った議論をより深めることができるでしょう。 なお、講師は代表的な手法等を紹介、解説しますが、必ずしも正解というものがある わけではありません。討議を通じて他の方の意見に耳を傾け、様々な考え方や手段があ ることを実感し、柔軟な発想を育てていただければ幸いです。 (注)財務諸表作成上の前提条件等について 中型クレーン事業の財務諸表は以下のような前提を踏まえて作られております。ただし、あくまで、リスクの所在と対策を 議論するための仮想事例として作成していることにご留意いただけるようお願いします。 このケースでは、会計処理の問題や税金対策の問題等に深入りしないことは予めご了承願います。 ①事業の仮想B/S上、当初の割当資本金は60億。2期目、3期目の資金流出への対応として、社内で割当資本を増額。 (ケース上のキャッシュフロー表は事業CFまでの表示で割当資本増額によるCF増加は、明示的には表示されていない。) ②4期目からは全社の現金が枯渇するため、資金流出への対応として短期借入金が発生。事業にもこれが割り当てられている。 ③税率は単純に50%とし、税効果は考えない。 ④当初固定資産は土地等が5億、その他減価償却対象分が20億で10年償却、毎年2億、ただし、毎年2億の追加投資で残高一定。 追加投資ケースでは40億円(減価資産への投資で)毎年6億(=2+4)減価償却、ただし、その後の(毎年の)設備投資はない。 ⑤貸倒引当金は、単純化のため、毎年の繰入額相当を翌年費消し、新たに繰入が発生するという想定。 4 実習1 リスクファイナンス手法 実習① ケーススタディ「株式会社青空油圧」にある《銀行からの提案》(P15参照)を 検討する前に、信用リスク、資金繰りリスクに関して青空油圧が自らできる、ある いは、自ら行うべき対応策はありませんか? 実習② 《銀行からの提案》の4つのプランについて、メリット、デメリットを論じてく ださい。また、それぞれのプランについて青空油圧から提案できる改善策(カウン ターオファー)はありませんか? 5 (実習①) 青空油圧のリスク対策 -----信用リスク、資金繰りリスクに対して----- 6 (実習2)【提案1】私募債発行について 私募債発行のメリット 私募債発行のデメリット 銀行に対するカウンターオファー 7 (実習2)【提案2】割賦債権証券化について 証券化のメリット 証券化のデメリット カウンターオファー(改善案) 8 (実習2)【提案3】取引信用保険について 取引信用保険のメリット 取引信用保険のデメリット カウンターオファー(改善案) 9 (実習2)【提案4】手形割引について 手形割引のメリット 手形割引のデメリット カウンターオファー(改善案) 10 実習2 リスク処理手法 実習① 青空油圧にとって重大だとあなたが考えるリスクに関して、想定しうるリスク処 理手段とリスク削減目標等を考え、リスク対策シートにまとめてください。 (注)次頁以降の記入例、及び「リスク対策シートに関する説明」を参考にしてく ださい。なお、「リスク削減目標等」、「効果、費用等」は想定して記入してくだ さい。 11 リスク対策シートのイメージ(為替変動リスクのケース) リスクの内容 為替変動(円/米ドル) リスクの重大度 (発生確率×影響度) リスク対策の分類 円高時に輸出額(中古クレーン販売価格)が低下する恐れ。 (発生確率と影響度は火曜2「個別リスクの把握方法2」で検討予定です) 考えられる対策 効果、費用等 回避 輸出市場からの撤退、あるいは、 円価格での取引に限定。 為替リスクはなくなるが、輸出に よる収益機会もなくなる。 低減 輸出比率を一定限度に抑える。 輸出にあたって価格条件を設け る。 輸入比率拡大、現地事業開始等 により外貨使途を増やす。(リス クの中和) 為替リスクは減らせるが、収益 機会も減少。 実際に外貨使途があれば極め て有効。 移転 為替先物予約 為替オプション 無料だが為替収益機会は失う。 ヘッジ可能だがコスト高。 保有 外貨での資金運用開始、あるい は、外貨運用担当者を置く。 コストはかかるが収益(損失)機 会も拡大。 低減 ロスカットルール(円高が進めば 輸出停止、為替予約を実行等) 低コストだが、ある程度の損失 は生じる。 移転 先物契約の実行。 オプションの実行。 先物は逆効果(損失)の場合も あり、オプションは効果大。 保有 相場が回復するまで含み損を抱 えた外貨を保有。 相場回復時に外貨を円転。 表面上低コストだが資金運用機 会喪失。損失拡大危険有り。 表面上低コストだが資金運用機 会喪失。損失拡大危険有り 事前対策 回避 発生時対策 (緊急時対策) 及び 事後対策 (復旧対策) 適用するリスク対策 リスク削減目標等 1.短期的にはブローカとの取引は円建てとする。 2.中期的には為替先物予約を取り入れる。 3.長期的には輸入品利用、中国事業による外貨使途を増やす。 短期的には為替リスクゼロ。長期的には外貨ポジション(残高)を資 本の○○%以内にとどめる。 12 リスク対策シートに関する説明(1) このシートは発見、認知、分析、評価を経て事業に与える影響が比較的大きいと思われるリスクに対して、 組織として取るべき対策を検討し、決定するために使用します。加えて、リスク対策の検討過程を記録とし て保存し、社内外に対する情報提供や将来におけるリスクマネジメントの参考資料として利用することも可 能です。 (リスクの内容) ここで検討すべきリスクの内容について記述します。「地震リスク」といった大きなカテゴリーから、「地震 によってライフラインが止まった場合のリスク」等のブレイクダウンしたものまで、様々なレベルが考えられ ますが、自分が取組んでいる事業のレベル、範囲にあわせて設定してください。 (リスクの重大度) リスクの内容について、事業、あるいは組織にとってどの程度重大なものかを説明します。発生確率(一 年あたりの発生確率○○%等)、影響度(予想被害額○○%等)といったリスクマッピング上の評価を使っ た表現が一般的です。具体的な数字がなくても、発生頻度と影響度の相対比較(リスク・マトリックス)によ る位置づけでも十分でしょう。 (事前対策) リスクの発生に備えて予め立てておく対策で、地震に備えて地震保険をかけたり、自社ビルに施す耐震 補強工事などがあります。また、為替の変動に備えて為替予約契約、為替オプション契約を結んでおくこと も事前対策の一種と考えられます。 (発生時対策及び事後対策) リスク(事故や変動等)が生じている最中に迅速に行うのが発生時対策で、例えば、地震発生時の消火 活動や避難誘導がありますし、円高などの為替の急激な変動が生じた際に外貨資産を即座に処分するロ スカット(ルール)などもこれに当たります。 リスクの発生後一段落した後に施されるのが事後対策で、地震発生後の被害確認、工場やオフィスの復 旧、従業員の安否確認、保険金に関する交渉などがありますし、為替変動が一段落した後の資産再評価、 為替オプション契約の決済なども考えられます。 (効果、費用等) それぞれの対策によって、削減できるリスクのレベルとそのために要する費用等を記述します。 (適用するリスク対策) 通常、一つのリスクに対しても様々な対策が考えられます。下記(次頁)のような視点から挙げられた各 種対策を比較して、最終的にどう対処するか結論をまとめておきます。実務上は複数の対策を講じておくこ とも少なくありません。 (リスク削減目標等) リスク対策の成果としてどのようなことが考えられるか?なにをもって対策が成功したと判断するか?な どを記述します。また、どの程度の頻度で対策を評価したり、見直したりするかも付け加えた方がいいで しょう。 13 リスク対策シートに関する説明(2) (回避) リスクに関わる行為自体を行わない消極的な手段です。リスクの排除という言い方もあります。例えば、 地震の多発する地域の工場を閉鎖する、ドル建ての輸出入取引を止めるなどの対策が考えられます。 (低減) リスクの発生する頻度(発生確率)を無くしたり、減らしたりする「リスクの防止」、リスクが生じた際の影 響度を減らす「リスクの軽減」の2つのアプローチがあります。また、多くの類似リスクをまとめて管理する 「リスクの集約(統合)」、リスクにさらされている対象をより小さなグループに細分化して管理する「リスク の分散(分離)」、リスクの集約の一種で特に反対方向の変動をする複数のリスクを組み合わせることで 影響度を減らす「リスクの中和」などもリスクの低減の範疇で捉えます。 地震に備えて建物の構造を強化すると比較的震度の大きい地震に遭遇しても建物に損害(リスク)が生 じないという意味でリスクの防止になりますし、損害も比較的軽微で済むという意味でリスクの軽減です。 輸出により受取るドルの全額を予め先物契約でヘッジしておけば為替変動の影響を受けずリスクの防止 が可能ですし、半額について先物契約でヘッジしておけば円高に動いても影響を抑えられることができ、 リスクの軽減となります。 地震等の自然災害に対して、工場等を地震等の少ない安全な地域に集中立地させればリスクの集約 の考え方ですし、遠隔地に分散して立地させて、例え一つの工場が災害に遭遇しても全社的な影響を軽 微に抑えるのがリスクの分散の考え方です。また、為替リスクも輸出だけでなく、輸入も合せて管理すれ ばドル→円、円→ドル、双方のニーズを組合わせることで、追加コストなくリスクを減らすリスクの中和が 可能です。 (移転) リスク(損害または変動)を第三者に代わりに引受けてもらうことです。多くの場合は金銭的対価の支払 いをともないます。保険は代表的なリスク移転の手段ですし、デリバティブ、証券化等の金融取引にも市 場リスク、信用リスクの移転の手段となります。一部の業務を外注することもリスク移転の一種と見なせる でしょう。 地震に備えて保険をかけておくこと、地震で自社の工場が機能停止に陥った場合に他社から製品等の 供給を受けられる契約を結んでおくことはリスクの移転に当たります。為替の先物契約、オプション契約 なども為替リスク移転のための取引です。 (保有) リスクとして認められても影響が軽微なものは特に対策を立てずに無視(消極的リスク保有)しますし、 費用対効果の点からリスク対策を講じる効果が薄い場合も自己で保有することになります。逆に、敢えて リスクを取って事業の収益(リターン)を追求するために積極的にリスク保有する場合もあります。例えば、 年に一回少額の輸出を行う企業にとっては為替リスクは無視できるレベル(消極的保有)ですが、グロー バル展開する銀行の多くは為替ディーリングで収益を追求(積極的保有)しています。 14 リスク対策シート リスクの内容 リスクの重大度 (発生確率×影響度) リスク対策の分類 考えられる対策 効果、費用等 回避 低減 事前対策 移転 保有 回避 発生時対策 (緊急時対策) 及び 事後対策 (復旧対策) 低減 移転 保有 適用するリスク対策 1. 2. 3. リスク削減目標等 15 実習 プラスα (ご興味があれば考えてみてください) 実習① 経営者の立場に立って中型クレーン事業の追加投資計画について考えてください。 事業価値評価(資料1)を見て担当者に確認すべき点、さらに検討を要求すべき点はあり ませんか? 実習② 青空油圧の事業活動において、意識的、あるいは、無意識に採用されているリスク処理、 リスク対策を挙げて、どのような効果を上げているか議論してください。 実習③ 《経理・財務部担当者からのメモ》にある2つの設問(P19)を解いてください。 16 実習の進め方 講師挨拶 5分程度 目的、進め方説明 5分程度 ※ケースの内容自体は月曜3限、火曜3限の2度の実習を経て理解されており、 リスクファイナンス等の概要も、木曜1、2限の講義で説明済みであることを前提とする。 解 説 35分程度 ※ティーチングノートの1.中型クレーン事業計画~3.リスク処理手段(P18)までを一気に説明し、 問題意識を確認した後、グループディスカッションを促す。 グループ討議・発表 60分程度 ※受講者のグループ内で実習1①②、実習2①について討議してもらい、適宜、実習1、または 実習2について討議結果を発表してもらい、議論を行う。 プラスα (?) ※時間の経過具合、受講者の反応を見てプラスαの議論(個人発言)を促す。 まとめ 15分程度 ※リスク処理手段には色々な方法があること、予め対応策について知っているのと、知らないのでは、 実際にリスクに遭遇した際に大きな違いが出ること、などで話を締める。なお、残り時間により解答イ メージ例等から適宜、講師が解説を加える。 ( 計120分) 17
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