言語教育の方法論としての アクション・リサーチ

第3回言語教育研究法研究部会 活動報告
2006年12月13日(水)
言語教育研究の方法論としての
アクション・リサーチ
東京外国語大学大学院博士後期課程
松本剛次
本発表のアウトライン
1.ARとは?
2.ARの実例
3.ARへの疑問
4.疑問に対する回答
5.まとめ
アクション・リサーチ(AR)とは?
- 広義の定義‐
• 社会的状況の中で、行動の質を向上させるという観点に基
づいた、社会的状況の研究(Eliott 1991)
• 職業上の実践の、ある面の向上に関連した、システマティッ
クなデータの収集と分析(Wallace 1998)
• 参加者の社会的・教育的実践の合理性と正当性を向上させ
るだけでなく、その実践と実践が生じる状況に対する参加者
の理解を深めるために、社会的状況で参加者自信によって
行われる、集団的な自己内省的調査の一形式(Kemmis
and McTaggart 1988)
アクション・リサーチ(AR)とは?
- 教育分野における定義‐
• 教師の授業のある面に変化をもたらすために作ら
れたアクション・プランの実行とその後における改革
の効果の調査(Richards&Lockart 1994)
• 自分の教室内外の問題及び関心事について、教師
自身が理解を深め実践を改善する目的で実施され
る、システマティックな調査研究(横溝 2000)
ARの手順
(Kemmins and McTaggart 1988より)
ARでは、以下のサイクルが螺旋的に繰り返される。
① 計画 (Plan)
現在起こっていることの向上のために批評的な眼で捉
えた行動を検討する段階
② 行動 (Act)
計画を実施する(実行に移す)段階
③ 観察 (Observe)
批評的な眼で捉えた行動の効果を、それが生じた状況
の中で観察する段階
④ 内省 (Reflect)
効果を内省し、更なる計画、行動へとつなげる段階
ARの例①
Stanleyによる中等教育EFLでのAR(1990)
• リサーチトピック
学習者に学習内容や方法についてより多くの発言権があれば
学習者はより多く英語を使うようになるのか?
①計画
学習者に次の単元でやってみたい活動をアンケートをしたとこ
ろ、ゲームが一番人気があり、学習者はゲームが英語の学習
を促進させていると考えていることが分かった。
②行動
実際にクラスでゲームを実施した。
ARの例①
Stanleyによる中等教育EFLでのAR(1990)
③観察
学習者の目標言語(英語)の使用について焦点を当てた観察
を同僚の教師にしてもらった。また、日誌、録音資料、記録
用紙、インタビューなどで情報を集めた。
④内省
集めた情報から、学習者は積極的に英語を話すことに取り組
んでいることがうかがえた。また、自分の日誌を振り返ってみ
ると自分が以前よりも授業の計画やゲームの授業への取り
込みを考えるのに時間をかけていたことが分かった。
↓
学習者の意見を取り入れることで授業は改善された。学習者
の英語の使用率は増加した。教師自身の授業に対する信条
は強化された。
ARの実例②
発表者(松本)が行ったAR(2006)
• リサーチトピック
教材としてTUFS 日本語会話モジュールをどのように使うの
がより効果的か?
①計画
学習者のロールプレイ会話を観察したところ、そのほとんどは
「質問」→「答え」の繰り返しであった。
②行動
会話というものは「質問」→「答え」の繰り返しではないというと
ころに注意させ、会話モジュールの会話を聞かせることにし
た。
ARの実例②
発表者(松本)が行ったAR(2006)
③観察
②の活動の後のディスカッションで、学習者は質問された側が
質問を返していることや、相づちの使用などに気がついてい
ることが確認できた(録音資料に基づく観察)。
④内省
会話のやり取りという方向に学習者の意識を向けさせること
で、学習者はそれに「気づく」ことができることはわかった。
では、次はどうすればそれを「使える」ようにすることができる
のだろうか?
ARの実例②
発表者(松本)が行ったAR(2006)
⑤計画(その2)
先行研究を調べた結果、情報提供が義務的で、情
報の流れが双方向的で、答えが一つしかないような
タスクを与えることで意味交渉が活発になる(Pica et
all 1991)ということが分かり、そのようなロールプレ
イを「タスク」として取り入れることにした。
⑥行動(その2)
実際にそのようなタスクを与えた。
ARの実例②
発表者(松本)が行ったAR(2006)
⑦観察
学習者が行ったロールプレイを録音し調べたところ、
実際に先の条件を満たしているタスクでは会話のや
りとりが活発に行われていることが確認できた。
⑧内省
意味交渉が活発になるようなタスクを取り入れること
で会話が活発になることは確認できた。
では、それをTUFS会話モジュール(あるいはそれを
使った授業)にどのように取り込めばいいだろうか?
ここまでのまとめと疑問
• ARとは「自分の教室内外の問題及び関心事につい
て、教師自身が理解を深め実践を改善する目的で
実施される、システマティックな調査研究」
• そのステップは①計画②行動③観察④内省の螺旋
的な繰り返し
• 実際、ARをやってみて「理解の深まり」と「実践の改
善」は実感できた。
↓
• しかし、これは「Action(実践)」ではあるが
「Research(研究)」なのだろうか?
ARに関する疑問
ARは「リサーチ」なのか?
「ARの「内省」は基本的に主観的行為であり、
経験の客体化の方法としてはあまりにも不安
定すぎる。「A」に始まるARは、結局「A」に終
わり、実践報告以上の「R」にはなり切れない
宿命にあるのではないか。」
長友(2000)
「疑問」に対する3つの反応
①ARにおける研究のパラダイムというものは、いわゆる実証主
義的な研究におけるパラダイムとは違うのだから、実証主義
的なパラダイムで、ARの評価をすべきではない。
②ARでも言える範囲の「妥当性」と「信頼性」を高めることで、
実証主義的な要素は取り入れることができる(ARの内部に
実証主義的な要素を取り入れることはできる)。
③ARに代表されるような「現場」における研究と、実証的研究
に代表されるような仮説検証的でなんからの一般化を目指
すタイプの研究を循環的なものとして捉え、両者を含むより
大きな研究のパラダイムで考えていくことが必要である(自
称主義的なパラダイムをAR的なパラダイムに取り込むこと
が必要)。
「妥当性」と「信頼性」
「妥当性」
研究者が調査しようと意図したものを、その研
究が実際に調査しているのかどうか。
「信頼性」
調査から得られた結果がどの程度首尾一貫
していて、研究そのものがどの程度複製可能
なのか
「疑問」に対する一つ目の反論
ARの「質」を考えるにあたっては実証主義的な研究における妥当性と信頼
性とは異なる別の基準を立てるべきである。
Altrichter,Posch and Somekh(1993)
教育的実践の向上性
行動方略を発展させそれを実行に移したことがどのくらい実際の行動の
向上に貢献したかどうか。
倫理的正当性
リサーチ自体がリサーチの対象である場の教育目標と共存できているか
どうか。またリサーチのやり方が民主的で協力的な関係を作り出している
かどうか。
実用性
時間的制約や他の教師や教育機関との関係を考慮に入れて、リサーチ・
デザインとデータ収集の方法が自分の仕事と共存できるかどうか。
「疑問」に対する一つ目の反論
Anderson,Herr and Nihlen(1994)
民主的妥当性
リサーチに関係のある人々(教師・教育機関の管理者・学習者・親など)とどのくらい協力し
てリサーチができたか、その人々の多くの声がどのくらいリサーチに含まれているか。
結果の妥当性
行動が研究中の問題の解決にどのくらいつながったか、また問題解決だけにとどまらず、
問題を捉えなおし更なる疑問を持つ段階へと行動がどのくらい結びついたか。
プロセスの妥当性
リサーチ実施のプロセスがどのくらい適切であったか、単純すぎたり偏見に満ちたりする解
釈を避けるために、いろいろな見方や様々なデータを使って出来事や行動を調べているか。
反応発生的(catalytic)妥当性
リサーチが行われている場の社会的現実について参加者が理解を深め、それを変えてい
くために参加者が行動を起こすように、リサーチがどの程度方向付けができたか。
対話的妥当性
協働調査を通して、また「批評的な友人」や厳しい意見を言ってくれた人々との内省的対話
等を通して、アクション・リサーチ実践家である他の教師に、自信のアクション・リサーチを検
討してもらったか。
「疑問」に対する二つ目の反論
実証主義的な「妥当性」「信頼性」の考え方をより細かく分類し
て、当てはめられるものは、ARにも当てはめよう。
Nunan(1992)、佐野(1997)による妥当性と信頼性 の分類
a.内的妥当性
リサーチの結果が、実験として行ったことに帰因していると、
どのぐらい自信を持って主張できるか。
b.外的妥当性
リサーチの対象者から出てきた結果が、どのぐらい一般化
できるか。
(これはARには当てはまらない)
「疑問」に対する二つ目の反論
c.内的信頼性
データの収集と分析と解釈がどのぐらい首尾一貫している
か。もう一度同じデータを分析した場合、どの程度同じ結論
に達することができるか、すなわち、実験データとその分析
に信頼がおけるか。
d.外的信頼性
同じ実験を再度実施して、どの程度同じ結果が得られるか、
すなわち、実験のデザインそのものに信頼がおけるか。
↓
bの「外的妥当性」以外はARの各段階において、「緻密な」
設計「システマティック」な調査手続きが踏まれていれば AR
でも高めることが可能。
「疑問」に対する二つ目の反論
横溝(2000)では、以下のデータ収集の手法と「トライアンギュ
レーション」の原則をARでも取り入れることにより、「緻密」で
「システマティック」であること(=信頼性と妥当性を高めるこ
と)を提案している。
「フィールドノート」
「ティーチング・ログ」
「ダイアリー」「学習者の内省ダイアリー」
「情報書類」「写真」
「他者による授業観察」
「録音」「ビデオ録画」
「インタビュー」「アンケート調査」
「疑問」に対する三つ目の反論
「実証的な研究」とARに代表される「実践的な研究」
は相容れないものなのだろうか?
↓
臨床心理学からの提案 (下山2000:21)
研究のあり方として基本研究となる「実践を通して
の研究」と関連研究となる「実践に関する研究」の2
種があり、その両者が循環的に組み合うことで臨床
心理学研究全体が構成される。「実践を通しての研
究」とは、研究者が実践を行いつつ研究するあり方
であり、(中略)、「実践に関する研究」は、研究者は、
実践活動から離れ、実践活動を客観的対象として
研究するありかたである。
下山(2000)による「関連の循環図式」
実践を通しての記述的研究
モデル構成
実践に基づく統合的研究
関連
基本
実践を通しての研究
<実践性>
実践に関する研究
モデル
<科学性>
実践に関する評価的研究
実践で参照する統制的研究
モデル検討
このモデルの特徴:循環性(実践⇔研究、実践性⇔科学性、構成⇔検討、記述⇔評価)
「疑問」に対する三つ目の反論
• 言語教育学も、言語教育という臨床的な現場
を持つという意味で臨床心理学に似ている。
• ARに代表される「実践的な研究」と、実証主
義的ないわゆる「科学的な研究」の相互の循
環が必要と考えられる。
「日本語教育学と関連領域」
宇佐美(1999)
まとめ
• ARとは「計画」「行動」「観察」「内省」のプロセスがら
せん状に繰り返される実践的な研究。教師自身が
理解を深め実践を改善する目的で実施されるもの
で、何らかの一般化を急ぐものではない。
↓
「教師自身が理解を深め実践を改善する」という点か
ら、近年では「教師養成」「教師の成長」の観点から
もARに対する注目が集まっている。特に、教師間、
教師と学生の間での「協働」的なARが注目されてい
る。
まとめ
• ARは実証主義的なパラダイムからは「研究」
とは言いがたい部分もあるが、可能な限りで
「妥当性」「信頼性」を高めることは可能であ
る。また、パラダイム間の対立を超えて、「実
践的な研究」と「実証的な研究」とを循環的に
つなげていくことが、特に、「臨床的」な分野で
は求められている。ARにはその両者をつなぐ
ものとしての役割も期待できる。
参考文献
Richards,J.C & Lockhart,C. 1994.Reflective Teaching in Second
Language Classrooms. New York. Cambridge University Press. 新
里真男 訳(2000)『英語教育のアクションリサー チ』 研究社出版
宇佐美まゆみ(1999)「視点としての日本語教育学」 月刊言語 第28巻第4
号
下山晴彦 編著(2000)『臨床心理学研究の技法 シリーズ・心理学の技法』
福村出版
長友和彦(2000)「実習雑感:ARが風化していく…!?」 『多言語・多文化社
会を切り開く日本語教員養成 日本語教育実習を振り返る』pp.107 お
茶の水女子大学大学院博士前期課程人間文化研究科言語文化専攻日
本語教育コース
松本剛次(2006)「会話教材としてのTUFS日本語会話モジュールの使用‐イ
ンドネシア北スマトラ大学でのアクション・リサーチ‐」『言語情報学研究報
告』No.10 21世紀COEプログラム「言語運用を基盤とする言語情報学
拠点 東京外国語大学大学院地域文化研究科
横溝紳一郎(2000)『日本語教師のためのアクション・リサーチ』凡人社