1970年代のリハビリテーション雑誌のなかの「寝たきり

1980年代のリハビリテーション雑
誌のなかの「寝たきり老人」言説
福祉社会学会第6回大会
於:上智大学四谷キャンパス
2008年6月7-8日
田島明子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
坂下正幸(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
伊藤実知子(立命館大学大学院先端総合学術研究科)
野崎泰伸(立命館大学衣笠総合研究機構GCOE生存学研究拠点)
問題の所在

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

リハビリテーションは、クライエントの身体の制御
能力の向上を支援する医療職
1990年代以降、「寝たきり老人」をいかに減らす
か、いかに予防するか、ということが、高齢者の施
策を方向づける、重要なポイントとなっている
重要なことは、「寝たきり老人」をめぐる言説によっ
て、自らの身体を制御する力が衰えた、老いた人
が、どのような位置価を付与され、社会の編制の
力学に作用したか、ではないか
そこで、本報告では、リハビリテーションの雑誌か
ら、「寝たきり老人」をめぐる言説を抽出し、1990
年代以降の、「寝たきり老人」をめぐる言説への影
響、リハ学への影響について考察する
1960~1980年代における
関連する法制度について

1963年 老人福祉法制定
老人の健康の保持、生活の安定を図る必要性が法律で提唱


1965年 理学療法士法及び作業療法士法制定
1966年 養護老人ホーム及び特別養護老人ホームの設備及
び運営に関する基準
施設老人に対するリハビリテーションの必要性の根拠提示

1972年 在宅老人機能回復訓練事業実施要綱
在宅老人のリハビリテーションの必要性の根拠が提示

1983年 老人保健法が施行

「訪問指導」の枠で在宅の「寝たきり老人」のリハビリテーションが認めら
れる
1986年 病院と在宅の中間施設にあたる老人保健施設の創設
施設基準に理学療法士・作業療法士は「入所者の数を100で除して得た
数以上」と明記
1970年代のリハ雑誌のなかの
「寝たきり老人」言説のポイント



「寝たきり老人」の実態や要因、否定的イメージを生成するよ
うな言説とともに、リハビリテーションを行う意義が強調され
ていた。
家族については、家族崩壊の懸念とともに、家族が人為的
に寝たきり老人を作ることが指摘され、地域サービスや訪問
事業の意義が指摘されていた。
施設(特別養護老人ホーム)の寝たきり老人化が指摘される
一方、施設には本当の寝たきり老人は少ないことも指摘され、
施設の寝たきり老人に対する環境の工夫、リハビリテーショ
ンの効果が指摘されていた。
「寝たきり」は作られたもの
リハビリテーションを行う意味はある
第4回障害学会(2007)の報告内容URL
<http://www.arsvi.com/2000/0709ta2.htm>
研究の目的
1980年代のリハビリテーション誌から、「寝たきり
老人」に関する記述を調査し、「寝たきり老人」をめ
ぐりどのような言説が生成されたかを探ること。
評価(考察)の視点:
① 1970年代の言説と比較してどうか
② 1990年代以降の「寝たきり老人」をめぐる言説
との接合
③ 「寝たきり老人」と「リハビリテーション」との接
合
対象

『理学療法と作業療法』誌(1980年~1988年)
選定理由:
1.1970年代の調査で選定したのが本雑誌。前回調査との連続性が持てる
2.1983年までは、理学療法・作業療法に関する唯一の雑誌

『理学療法ジャーナル』『作業療法ジャーナル』誌(1989年)
選定理由:
1.『理学療法と作業療法』が1989年に本二誌に分岐
タイトルに「老い」に関連するキーワードが
含まれる79文献を収集、調査対象とした(資料1)
分析手順・方法

対象とした79文献(資料1)から「寝たきり老人」の記
載のある文献を捜したところ、42文献あった(資料2)
42文献にはNoをつけた→資料2
対象文献、42文献の年代ごとの数→資料3
42文献の内容詳細→資料2


42文献中の、「寝たきり老人」の記載のある文章を抜
粋し、①前後の文脈が失われないよう、②なるべく単
一の意味内容となるよう分節化したところ、108カード
が作成された
108カードには、「カードNo」【「年代」-「文献No」-
「頁数」】とカード番号を割り当て、内容の類似性で、グ
ルーピングを行った
結果
12のテーマ群が生成された。それらに以下のようにグループ名をつけた。
()内の数字はカード枚数である。
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
10.
11.
12.
寝たきり老人の実態調査(6)
寝たきり老人は失禁患者になる(1)
寝たきり老人からサービスが遠のく(3)
同じ寝たきりでも重症度により身体相に異なりがある(1)
家族の関わり(8)
痴呆と寝たきりの関連(13)
寝たきりになる原因(12)
寝たきりになるとは本人にとってどういうことか(9)
老人をめぐる様々な諸相の問題(2)
(特老・老人保健施設などの)施設のあり方について(9)
寝たきりに対するリハ・工夫(18)
地域・保健サービスの充実(26)
1 寝たきり老人の実態調査(6)
14【1981-5-182】筆者の訪問指導を担当している中野区の寝たきり老人の90%がベットを使
用し、23%が屋内で車椅子を使用している
42【1984-17-537】現在25万人以上のねたきり老人が家庭で生活している
43【1984-18-542】ねたきり老人の現状はどうであろうか。昭和56年の厚生行政基礎調査に
よると、65歳以上の寝たきり老人数は約44万人で、その内27万人(63%)が1年以上、
ねたきりになっている(表1)。ねたきり老人の現況をみると、入院しているものは13万
人、在宅のものは31万人であり、その介助の状況をみると、入浴時に介助が必要なもの
76.5%、衣服の着脱69.2%、排便59.8%、屋内移動55.6%、食事46.5%となっている
45【1984-19-548】(埼玉県富士見市における)また同年(S56:追記)末現在の60歳以上ね
たきり者は106人(60歳以上老人人口比、3.6%)
95【1989-38-51】2『寝たきり老人実態調査』の実施 このような(筆者追記:要介護老人
の増加と介護力の低下)状況に対応するため、昭和60年10月長野県農協大会は要介護老人
施設の設置を正式に決定した。決定に基づき、「寝たきり老人」及びその介護人の要望をで
きるだけ反映し、要望に応えられる施設づくりをするために南佐久郡、佐久市(一部地
域)の『寝たきり老人実態調査』を病院と組合の共催で行った
97【1989-38-56】長野県社会福祉協議会の調査によれば、病院で機能訓練を受けた老人の内、
約80%は退院後家庭で訓練を継続していない。その結果、病院内で杖歩行の患者の多くが
「寝たきり」に戻っている
1 寝たきり老人の実態調査(6)のまとめ
80年代全般を通して、寝たきり老人の生
活状況についての調査報告結果が見られ
る。特に中盤から後半にかけては、各地
域レベルで、様々な組織による、より詳
細な実態調査がなされるようになってき
たことが伺われる。
2 寝たきり老人は失禁患者になる(1)
17【1982-6-100】尿失禁は極めて不快な症状であるが、
老年者のためのトイレに関する配慮を欠く場合が多く、
とくに入院患者や施設入所者で介護労力の不足と転倒を
恐れるあまり、おむつの使用の例が増加する。寝たきり
患者が即失禁患者となる重大な原因としてあげることが
できる
まとめ
入院や施設入所の際の介護力不足によるおむつ使用が、寝
たきり患者の失禁化を助長する。
3 寝たきり老人からサービスが遠のく
(3)のまとめ
機能回復を主眼におくリハビリテーション
は、その可能性の少ない寝たきり老人を放
置しがち。聴力や会話能力の低下した寝た
きり老人は、意思疎通が困難なことから、
職員の足が遠のきがちになる。しかし本来
であれば、そういう人たちこそ職員の積極
的処遇が必要。
4 同じ寝たきりでも重症度により
身体相に異なりがある(1)のまとめ
一口に「寝たきり」と言っても、その病態
の種類と程度には、法的にも臨床的にも
かなりの様相の違いがあると指摘、「寝
たきり」状態を運動機能、ADL機能など
で、軽症、中症、重症の3相に分けてい
る。
5 家族の関わり(8)のまとめ
「寝たきり老人」にとって、家族の「生き
てほしい」という思いは生きる支えになる一
方、家族が施設入所の決定者となり、生活の
主体性を奪ったり、寝たきりを助長させる存
在となりうることも指摘。一方、「家族」に
とっては、ストレス・負担な存在であるとと
もに、自分達で「在宅ケア」を作ろうと思う
きっかけとなることも。
6 痴呆と寝たきりの関連(13)
のまとめ
痴 呆の 人 の身 体 機能 の 維持 が リハ ビ リ
テーションの重要な課題となることが言
われる一方で、痴呆の悪化が寝たきり化
を作ることや、痴呆がリハビリテーショ
ンの阻害因子となることも指摘。また、
痴呆の人への処遇の方法論の進展や事業
が寝たきり老人に比べて遅れていること、
寝たきり化した痴呆老人の処遇が職員に
とって過度な負担であることも指摘。
7 寝たきりになる原因(12)のまとめ
骨折や廃用性、疾患では、脳卒中、パーキ
ンソン症候群、交通災害などにより寝た
きりになることが多い。
8 寝たきりになるとは本人にとってどういうことか(9)
のまとめ
「寝たきり」になるとは、目的を放棄せざ
るを得ない、主体的に生きられない苦悩
があり、寝たきりを防ぎいかに主体的に
生きるかが大切である、動く意欲が失わ
れた状態、「寝たきり」になることの不
安、という記述がある一方で 、「寝たき
り」であっても、投薬をやめ、意識が清明
になり、穏やかな日々を過ごしている、
という記述もあった。
9 老人をめぐる様々な諸相の問題
(2)のまとめ
「寝たきり」も、一人暮らし、痴呆とならぶ、
老人問題の1つととらえられる。その内実と
しては、介護力の脆弱化、社会関係の希薄化、
世帯員の生計維持の困難、家族関係の不調、
など。
10 (特老・老人保健施設などの)施設
のあり方について(9)のまとめ
介護・看護・医療・機能訓練を併せ持っ
た施設の必要性が言われたり、各地域レベ
ルでの独自の先駆的な取り組みが紹介さ
れたりしているが、一方で、施設が「寝た
きり生産工場」となっているや、寝たき
りになってからの施設替えは本人にとっ
ての負担となること、施設職員の不慣れ
な対応が、施設・家族ともに不安を呼び
起こすなどの指摘がなされている。
11 寝たきりに対するリハ・工夫(18)のまとめ
日中の座位時間の延長・確保が全身耐久性の向
上につながること、また、リハの目的としては、
可能な限り参加を促し、心身の活性化、介護の
必要度を減らすこと、OTアプローチとしては、
その人らしく過ごす時間の提供、生活のリズム
作り、介護負担の軽減、日常生活能力の維持、
離床を図ることなどが、あげられていた。福祉
機器については、寝たきり老人の足としてのケ
ア車の紹介、寝たままの便器の活用が歩行機能
の低下を招く怖れがあるとの指摘などがなされ
ていた。
12 地域・保健サービスの充実(26)のまとめ
1 つ には 、 老 人 保 健法 に 基づ く 「 予 防 」
「自立」をキーワードとした保健事業の
目的や、保健事業の1つである、「機能
訓練」の目的・意義、「老人健康審査」
の効果、老人福祉法制定後20年におけ
る「家庭奉仕員の派遣」や「老人クラブ
への助成」などの地域サービスの充実、
「訪問指導」については、NSだけでなく、
PT、OT,栄養士など、多職種の連携の必
要性などが記述されていた。
結果2
1 「寝たきり老人」をめぐる3者の視点
本人にとって(2、5、8)


家族の愛情は生きる支えになる
目的を放棄せざるを得ない、主体的に生きられない苦悩
家族にとって(5)
「寝たきり老人」は、ストレス・負担な存在
 「寝たきり老人」の主体性を奪ったり、寝たきりを助長させる
存在になりうる

セラピストにとって(3)

機能回復を主眼に置くリハビリテーションは、回復可能性が
少ない寝たきり老人を放置しがち
結果2
2 「寝たきり老人」のリハビリテーションについ
て(4、6、7、11)
 寝たきり状態の病態像の分類(4)
 痴呆がリハビリテーションを妨げ、痴呆の悪
化が寝たきり化を作る(6)
 寝たきりの原因の究明(7)
 「寝たきり老人」のリハビリテーションについて、
全身耐久性向上や、介護負担の軽減、自己
能力の最大限の発揮など、機能回復とは異
なる次元の目標が設定(11)
結果2
3 行政主導によるサービスの充実(1.10.1
2)
 各県・区市町村における「寝たきり老人」に対
する独自の調査についての紹介(1)
 各地区の施設や地域・保健サービスにおける
独自の取り組み、その効果の紹介、あるべき
形について(10、12)
考察1
1970年代の言説と比較、90年代言説との接合について
 対象文献数、「寝たきり老人」を含む文献数とも倍増しており、「老い」
「寝たきり老人」に関する問題関心は深まっている(資料3)
 1970年代:「寝たきり」は作られたもの、リハビリテーションを行う意味
はある
と比べると、回復可能性の低い「寝たきり老人」のリハビリテーションは
放置される、という指摘からも、1980年代はそのトーンが落ちた印象
(資料5)
リハビリテーション従事者の関心の多くは、機能回復の見込める医療機
関における脳卒中の早期治療に向き、そちらが90年代以降の「寝たき
り老人」をめぐる「自立」「予防」をキーワードとする諸言説に影響を与え
たのではないか(資料5)
考察2
1990年代以降の「寝たきり老人」をめぐる言説との接合について
1 「寝たきり老人」をめぐる3者の視点から

身体を制御し意思的に行動が行えない「寝たきり」状態を「不
幸」とする言説が見られるが、そうした言説は、多くの身体制
御の自由を持つ人たちの気分とも同調しており、90年代以降
の「寝たきり」に対する延命措置の是非の議論を、延命措置
否定に言説を傾かせる影響力を持った可能性がある

「家族」の愛情のみが「寝たきり老人」にとって支えになる
という言説がある一方、「寝たきり老人」は 「家族」にとって負
担である言説も見られ、「家族」の愛情を得られない「寝たきり
老人」は、本人にとっても家族にとっても、 生きる価値を見出
せない生として暗に位置づけられており、こうした言説構造は、
90年代以降の言説を「寝たきり」状態の生を否定する方へ傾
斜させる影響力を持ったと考えられる。
考察3
「寝たきり老人」と「リハビリテーション」との接合について
2 「寝たきり老人」のリハビリテーションについてから

「寝たきり老人」をリハビリテーションの対象として設
定し、「機能回復」とは異なる次元を設定している
(せざるを得ない)ことは、早期治療に比べてその言
説数は少ないとはいえ、その後のリハビリテーショ
ンの理念的な―例えばQOL―「職域拡大」に結び
つく萌芽的言説であると考える。
考察3
「寝たきり老人」と「リハビリテーション」との接合について
3 行政主導によるサービスの充実から
 1980年代は、1983年に老人保健法が施行され、リハビリがそ
の眼目の1つとしてあることの紹介がなされたり、老人福祉法
制定(1963年)と老人保健法制定(1983年)の20年間に、「地
域」でのサービスが展開したことを指摘する言説がみられたり、
また、 老人保健法における「訪問指導」の枠で、多職種に混じ
り、PT・OTも介入する必要があるという言説は、医療機関を出
てリハビリテーション従事者が広がること、いわばリハビリテー
ションの担う領域的-例えば、生活・福祉・介護-な「職域拡
大」を期待・鼓舞する言説と受け取れる。(資料5参照)
まとめ
1980年代のリハビリテーション雑誌における「寝た
きり老人」言説から、次の3点が考察された。
1.
2.
3.
1990年代以降の「予防」「自立」をキーワードとする「寝た
きり老人」をめぐる政策的言説には、脳卒中の早期リハビ
リテーションに関する言説が大きく影響していたと考える。
1980年代における言説には、「寝たきり老人」を否定的に
みなす言説構造が含まれており、1990年代以降の「寝た
きり老人」を否定する言説にも影響を与えたと考える。
一方で、「寝たきり老人」は、機能回復を主眼としたリハビ
リテーションにとって新領域であり、「寝たきり老人」をリハ
ビリテーションの対象に包摂することで、仕事領域的・リハ
理念的な双方の「職域拡大」の路線が拡がってきたと考え
る。