メディア言説の批判的分析 「改憲」関連社説を事例に 金 光成 (京都大学大学院) [email protected] 1.本研究の背景と目的 【背景】 湾岸戦争以降,読売新聞は改憲問題に強力にコミットしてきた。 世論調査の結果もその推進する方向へと変化してきている。 改憲に賛成する人たちは,現憲法が時代遅れで,現実との間でズ レが存在しているという点を一番の理由として挙げている。 → (社会)言語学の観点からの検討がなされていない。 【目的】 フレーム意味論の観点から読売新聞と朝日新聞の言説を比較分 析することによって,読売新聞の言説が効果的である理由を分析 する。 2.分析の対象 1990年~2008年までの読売新聞と朝日新聞の社説の中で‘憲 法・憲法改正’を中心トピックとする社説(読売新聞120件,朝日 新聞61件) [改憲賛成率の変化] 3.分析の枠組み フレーム意味論(cf. Fillmore(1982, 1985), Goffman(1986)) → Lakoff(1996,2004, 2006ab, etc.) ■ 言説と関わっているフレーム (a)深層フレーム(deep frames) (b)論点定義フレーム(issue-defining frames) (c)常識フレーム(commonplace frames) (d)表層フレーム(surface frames) (e)メッセージフレーム(messaging frames) 4.本研究の前提 (ⅰ) 大部分の思考は無意識中に行われている。 (ⅱ) 人間のすべての思考は概念的フレームに依存している。 (ⅲ) フレームは境界線を有している。 (ⅳ) 言語は状況を(再)フレーム化する際,用いられることができる。 (ⅴ) 大部分の思考は概念メタファーを用いる。 (ⅵ) 理性的な思考には感情が要る。 ■ フレーム:“現実”を理解するために用いられる精神構造 ■ フレーミング: 護憲原理主義(護憲+原理主義) 5.分析の枠組み フレーム意味論(cf. Fillmore(1982, 1985), Goffman(1986)) → Lakoff(1996,2004, 2006ab, etc.) ■ 言説と関わっているフレーム (a)深層フレーム(deep frames) (b)論点定義フレーム(issue-defining frames) (c)常識フレーム(commonplace frames) (d)表層フレーム(surface frames) (e)メッセージフレーム(messaging frames) 6.深層フレーム 「言説を支える根本的な思考の枠(fundamental frame)」 7.論点定義フレーム 「論点(issue)になるべき対象を性格づけるフレーム」 (ⅰ) 何が論点(問題の焦点)になるべきかを決める。 (ⅱ) 非難の矛先がどこに向かうべきかを決める。 (ⅲ) 可能な解決策を限定する。 (ⅳ) そのフレームの外側にある考慮対象を排除する。 (ⅴ) 深層フレームと密接に関わっている。 例:「不法労働者」 vs. 「不法雇用主」 8.常識フレーム ► 常識フレームは世界(世の中)がどのようにまわっているのか を理解するために用いられる。 ► 常識フレームは,特定のグループや共同体が共有している 知識(Members’ Resources)と関わっている。 • Majority-is-right frame • Adaptation frame • Discussion-leads-to-solution frame 9.表層フレーム[1/2] 「特定の語彙や句が喚起するフレーム」 時代遅れ,押し付け(GHQ),一国平和主義,不磨の大典,普通 の国,平和ぼけ(読売) 歯止め,平和ブランド,不戦の証し(朝日) • 要するに,“護憲原理主義”的な主張を唱え続けている勢力に は未来はない,ということである。 (2000年4月15日) • 冷戦と一国平和主義の下の“護憲原理主義”によって,憲法改 正は長くタブー視された。 (2004年1月15日) 読売新聞の社説では2000年4月15日の社説から今まで“護憲 原理主義”という表現が13回使われている。 10.表層フレーム[2/2] • 「原理主義」はあるグループの成員が特定の思想なりイデ オロギーを絶対視し,盲目的に追従する(その思想を守り 抜くためには手段を選ばない)というフレームを喚起させる。 • その他に,朝日新聞では,読売新聞によってフレーミングさ れた用語(一国平和主義,不磨の大典,自主憲法,普通の 国,押し付け,神学論争等)を否定することによって,結果 的に相手に有利なフレームを喚起させている(cf. Lakoff 2004)。 11.論点定義フレーム[1/3] 「論点(issue)になるべき対象を性格づけるフレーム」 • “湾岸貢献策づくりで「憲法の制約」の見直し論議を求める” (『読売新聞』1990年8月29日) 読売新聞は論点定義フレームとして「憲法の制約・限界」を 定着させながら,憲法に関する議論の必要性を訴えている。 しかし,論点が「憲法の限界」になってしまうと,そこから考 えられる対策は限られてくる。 12.論点定義フレーム[2/3] • 憲法論争に何が欠けているか。(1993年5月3日) : 9条の精神 • 集団的自衛権の迷走 憲法49歳の記念日に(1996年5月3日) : 集団的自衛権論(の危うさ) • 個が尊重される明日を(1999年5月3日) : 将来像(をどう描くべきか) • 憲法論議を国民の手に(2002年5月3日) : 国民による憲法論議の必要性 • 憲法論議を考える 世直し気分と歴史の重さ(2005年5月3日) : 世直しムード(の問題点) 13.論点定義フレーム[3/3] • 朝日新聞の社説で扱われている論点はまちまちで,推進さ れているまとまった一つの論点定義フレームは見当たらない。 → 主張が効果的に伝わらない。 • 読売新聞など改憲勢力の主張に反応している傾向が強かっ た。 → 受動的姿勢; 相手のフレームを強化してしまう。 • 論点定義フレームは,一貫性(consistency)を持って語らない と人々の頭の中には残らない。 14.常識フレーム[1/2] 「常識として共有されている知識」 • 読売新聞の社説120件のうち,82の社説の中で常識フレー ムの一つである適応フレーム(adaptation frame)が用いら れている。 • 社会,経済の急速な変化を背景に,憲法の規定と政治や社 会の実態との間の矛盾は,ますます広がっている。 (2001年11月3日) • 憲法と現実との乖離(かいり)が最もはなはだしい九条の改 正問題が,差し迫った現実的な課題となっているのは,歴史 の必然といってよい。 (2004年8月27日) 15.常識フレーム[2/2] • その他に,目だった常識フレームとしては,majority-isright frame(43回),DLS(discussion-leads-to-solution) frameがあった。 • 「適応フレーム」は朝日新聞の社説でも用いられている。この ように,常識フレームは深層フレームや論点定義フレームと 密接に関わっているわけではない。 • 朝日新聞では,論点定義フレームの場合と同様,読売新聞 のように一貫して用いている常識フレームはなかった。 16.深層フレーム • Lakoffの仮定に従うのであれば,読売新聞の立場はSFモ デル内の論理に,朝日新聞の立場はNPモデル内の論理に そった形で語られていることになるだろう。 • 読売新聞では,‘改憲論議を避けるのは無責任な行為だ’, ‘日本が国際社会の中で責任を果たしていくためには改憲 が必要である’など,「責任」という語彙が多く用いられてい る。 • 読売新聞での「責任」の概念と朝日新聞で用いられている 「責任」の概念は同じ意味を持つのだろうか。 17.比較 読売 朝日 深層フレーム Strength,Authority Empathy, Responsibility 論点定義フレーム 現憲法の制約・限界 ? 常識フレーム Adaptation, Majority-is-right DLS, Majority-is-right 表層フレーム 押し付け, 護憲原理主義 歯止め, 改憲気分 物語構造 GHQ ? 推論 現憲法と現実との間には,乖離 が存在している。また,現憲法 はGHQによって押し付けられた ものである。したがって,憲法は 改正されるべきである。 ? 18.まとめと課題 (Ⅰ) 読売新聞は「改憲」という論点に対して①イニシアティブを取って ②持続的に,③一貫性を持ってフレーミングを行ってきた。 (Ⅱ) Lakoff(1996, 2006ab, etc.)の枠組みを用いることによって,言 説的実践(discursive practices)やメンタルモデルで起きているとさ れる認知プロセスの内実に貢献できる。 (Ⅲ) 表層・論点定義・常識フレームの道具立てを用いて分析すること によって間テキスト的な言説の流れをより効果的に捉えられる。 (ⅳ) 社会-認知的な観点から‘必然的に争われる概念(essentially contested concepts)’を検討していく必要がある。 (ⅴ) Lakoffの枠組みを精緻化していく。
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