アメリカの数学 戦争 ー Math War in the United

アメリカの数学戦争
- Math War in the United
States -
北村 正直
北海道大学
数学教育改革: New Math
1960年代、1970年代にかけて、新しい数
学教育が導入された
 その特徴は“sets”(集合)概念の導入
 集合は数学の重要な概念であり、数学研究
の有力な“tool”
 しかし、学校教育で有用?
 特に小学校レベルで集合が子供たちの数学
理解の役立っただろうか

New Math その後?

数学者はより抽象的なレベルでの改善を描く
教育学者たちは異なる思惑を抱く
1989:NCTMのStandards(PSSM)
NCTM:National Council of Teachers of Mathematics

PSSM:Principles and Standards for School Mathematics

この基準は“数学”で教える内容や教え方のみなら
ず、数学知識自体の捉え方の規定
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NCTM基準の特徴
基準を支える2本柱
 1.学力観


a)子供は子供なりの理解をすでに持っている
b)与えられるよりも、自ら作り出す知識が子供の身についた
知識となる

2.数学観:

数学的知識は絶対でなく、真ではない。別な数学も在り得る。
(いろいろなπの値が在り得る?)

小学校学習指導要領・理科
新指導要領の特徴はNCTMの数学教育の
Standardsと全く同じである
 1.新しい学力観


“これからの理科教育”:平成10年,東洋館出版,日本理科
教育学会編 第1章9新学力観(角屋茂樹担当)

2.新しい科学観

小学校学習指導要領解説・理科編:平成11年,文部省
NCTM基準の採用は?
国防省所管の海外の学校
 結果:数年後のテストで明白な、信じられないよ

うな学力低下が見られた

対処:基準合うようなテストの採用(通常の意味
での学力診断にはならない。つまり学力低下に
目を瞑る。)
NCTM基準の採用は? その2

California Standards: NCTMに沿う (1992)
California は New York と並ぶ大きな州
教科書出版社は、そこでの大量の教科書の販売と、
他の州がそれに倣うことを期待
全米のテストで第4学年では良かったが、第8学年
では殆ど最低の結果
テストの結果を、どの様に評価するか

良ければ基準の成果、悪ければ基準が徹底していない
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基準の影響に気付いたのは誰か?

1)子供たちの両親

a) 子供の持ち帰る質問を親は理解できない
b) 難しいのではなく、質問が意味を成さない
c) 教科書のない授業
d) 基本的計算(四則演算)は軽視
e) 長い割り算・掛け算、小数計算は教えない
f) 生活に関連する問題解決(生きる力?答えのない問題)
g) なんでもありの教育、答えは一通りではない
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基準の影響に気付いたのは誰か?

2.大学の数学科、物理学科の教授たち

a) 新入生の学力低下が著しい
b) 多くの学生、ときには過半数の理工系学科の学生が
数学の補修コースに入れられる
c) 学生たちは必要な数学概念、計算能力を欠いている
d) 高校で学ぶ数学は数学ではない
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
子供の親は何をしたか
1.“新しい”課程ではなく、“伝統的な”数学
課程も設け、希望者はそれを選ばせる
 2.自宅で子供に数学、英語(Reading)を教
え始める親も現れる
 3. 州、郡(county)、学区(school district)
レベルで“新課程”反対運動の展開、さらに
運動は全国に広げる
 Mathematically Correctの結成

NCTM基準の何が問題なのか?


1.Epistemology(心理学、認識論)の位置づけに
問題あり
学力観は、心理学の学説に基づいているが、
この学説は児童の観察から“推測”から提案された
“仮説”であるにもかかわらず、経験論を超えた、し
かも論理的批判の上にある真理であるかの如く扱
われている。従ってこの学説が批判的に検討される
ことはない
数学は人間が任意に創ったもの
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2.社会構成主義に基づく数学観
2 + 2 = 4 だけが数学ではない
2 + 2 = 5 という数学もありえる

これはある著名な(?)構成主義者の言葉(Barnes, Bloor & Henry:
Scientific Knowledge: A Sociological Analysis 1996)

非ユークリッド幾何学の例と混同している、生齧りの数学
知識の無謀な拡張解釈
このような数学観、知識観に基づく教育
日本の一部の教育者、特に理科教育、教育工学の学者の
間にも影響を与えている
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新しい数学教育とは?
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児童は頭脳は白紙ではない
児童なりにすでに自らのアイディアを持つ
学習者は受け取り手ではない
自ら数学知識を作り出す
(四則演算の)計算練習は不要なばかりか、かえっ
て有害である
九九の学習等の暗記は有害
より高度の思考を習得する
新しい数学教育とは? その2
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計算機に計算は任せる(幼稚園から)
学習者は仲間同士で問題解決法を考案する(協調
学習:Cooperative Learning)
教師は“facilitator”であり、教えてはいけない
問題の回答は幾つもある、また一つの回答へいた
る方法も複数考える
個々の知識よりも、知識の正確を知ることと 問題
解決の方法を習得することが大切
教育改革の悲惨な結果
子供たちは計算能力を全く習得できない
 中学2年で小学4年以下の計算能力
 高度の思考(Higher‐order Thinking)を掲
げていたのにも拘わらず、従来の教育よりも
良い結果は出ていない
 しかし、教育改革者たちは決して怯まない
 テスト自体を自分たちの教育に合わせる

California州の対応
1996 新しい委員会に改定を委嘱
 1997 新しい(伝統的な)Standardsの制定
 各学区でもそれに倣い始める
 生徒の学力の向上が見られる
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しかし、教員養成大学の教育者は“新しい”、
かつ革新的な教育理論に固執
アメリカの他の州でも
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California州と同様に、子供の数学力がついてい
ないことに気付いた父兄が立ち上がる
大学の(数学を知っている)数学者、科学者、(まと
もな)心理学者、哲学者が警告を発し始める
特に新しい市長の下で教育改革を始めたニュー
ヨーク市では、熾烈な争いが繰り広げられている
Math War の背景
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Math War はより広い Culture Wars の一部
60年代以降のPostmodernismの広がり
フランス:新しい哲学の流行
アメリカ:ヴェトナム戦争以後の反権力闘争
イギリス:エディンバラ学派のSSK(Sociology of
Scientific Knowledge)
欧米諸国:マルクス主義国家の崩壊と思想の混乱
ポストモダニズム
Postmodernismとは?
 脱近代主義
 近代とは?
 ルネサンス、啓蒙運動(Enlightenment)、
科学革命、産業革命から現代の物質文明に
つながる時代
 この近代が諸悪の根源との歴史認識
 脱近代とはこの近代すべての否定

近代の特徴(Pomoの見方)
人間疎外
 原因は人間の主観的立場は切り離された
科学的、客観的、理性的(論理的)な知識の
追求
 脱近代は近代の破壊(Deconstruction)か
ら始まる
 そして人間社会中心の世界の構築
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近代の特徴 その2
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近代は欧米中心(Eurocentric)
少数民族圧迫、他文化の無視
近代はJudaeo-Christian伝統が幅をきかす
そのような状況の下に育ってきた啓蒙主義、科学思
想は当然Eurocentricであり、男性中心であり、
偏っている
アメリカでは黒人、ヒスパニック、アメリカン・インディ
アン、アジア系人種、女性が圧迫されている
多文化・多民族主義社会
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現在の世界文化も支配階層がヘゲモニーを行使す
るのに都合よいように造られたものであって、その
優位性は打ち砕かれるべき
まず、普遍的“真理”であると主張する、数学、科学
のヘゲモニーを暴露し、その呪縛から人々を解放す
べきである
(アメリカ国内の)少数民族を積極的に優遇すべき
である(Affirmative Action)
社会科学は科学か?
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歴史は科学か?
歴史哲学者Walsh:歴史は科学的に探求されるべ
きであるが、そこには限界がある(The
introduction to Philosophy of History)
社会科学は科学であろうとしたが同様にそこには限
界が存在する
社会科学者は敗北感とフラストレーション
科学・数学自体は彼らの理解の範囲の外
クーンの科学革命の構造
- パラダイム -
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Thomas Kuhn:The Structure of Scientific
Revolution 1962
新しい科学理論は正しいからではなく社会的に受け
入れられてその地位が確保される
これを“pomo”は力関係と解釈
つまり「強いものが正しい」(ヘーゲルに通ず)
「客観的、普遍的真理」などというものは幻想
科学・数学に対する劣等感には悩む必要はない
数学教育・理科教育では
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数学教育学者と数学者間の数学観の差
科学教育学者と科学者間の科学観の差
教育学者は心理学、認識論に逃避し、それに基づ
いて“数学の本質”、“科学の本質”を把握している
と主張
日本では教科に関係のない理科教育の学者が“新
しい科学観”に染まっている
特に元文部科学省教科調査官だった理科教育学
者