1999年―2005年 刑事司法の医療への介入

日本医師会よ、ともに戦おう
診療報酬よりもっと重要な戦いがある
キーワードは規範と実情
日本医師会
第3回医師の団結を目指す委員会
2010年1月22日
虎の門病院泌尿器科
小松秀樹
1999年 医療危機が顕在化
• 横浜市立大学病院事件
二人の患者を一人の看護師が搬送。
• 都立広尾病院事件
ヘパリン生食と消毒剤を同じような注射器
に同じ場所で用意。別な看護師が使用。
同じ年アメリカで『人は誰でも間違える』出版。過失に
ついての考え方が一変した。
旧思考:規範優先。過失は罪悪。両事件ではシステム
の問題を個人への刑事罰で対処。
新思考:実情優先。人間は誤りやすい。この性質は変
えられない。システムの改善で対応。
1999‐2004 大混乱:規範と実情のせめぎ合い
• 大量の報道で医療機関と医療従事者が非難された。
• 国民、メディア、司法、行政、病院管理者、医療従
事者のすべてに問題があった。
医師は実情を俯瞰できず、ときに混乱を増幅。
• 開設者、管理者はメディアと刑事司法の論理にすり
寄り、事故の認識をゆがめた。病院の保全や自ら
の立場の擁護を優先。ときに、医療従事者の人権
が侵害された。冤罪事件。
• 医療現場でのクレームが激増。
転機 福島県立大野病院事件
• 現場の医師が刑事司法に対し公然と反論。
• 2008年8月 無罪確定。
• 判決:予見可能性、結果回避可能性を認めた上で
の結果回避義務の有無を、医療現場の実情からの
帰納で判断しようとした。
• 判決の正当性の根拠は、刑法211条業務上過失致
死傷の注意義務の解釈ではなく、刑法35条「法令又
は正当な業務による行為は、罰しない」に求める方
が合理的。
• 当該専門分野の実情の精査が「正当な業務」を決
める。
自律を担う団体が求められている
• 大野病院事件で、医療界は刑事司法に対し暫定
的な勝利を得た。しかし、ボールは医療界にあり、
対応を迫られている。
• 司法や行政が医療を取り締まると医療を破壊す
る。
• 多くの国で、専門分野の制御を専門職団体の自
律に委ねている。
• 日本医師会は自律を担う団体ではない。しかも、
日本の医療崩壊に対し無為無策だった。日本の
医療の維持発展に責任をもっているといえない。
対立してきたのは日本医師会と勤務医
開業医と勤務医に対立する理由はない
• 医師は多様。一部のための政治的主張が対立の原因。
• 開業医の経済的利益を優先してきたために、勤務医を抑圧
してきた。反対意見に対し、対立を煽ると非難することで、自
ら聴く耳を持たないことを示し、勤務医と日本医師会の溝を
深めた。日本医師会を自分たちの団体だと思っている勤務
医はいない。
• 医療事故調の厚労省第二次試案に、現場の医師の声を聴
くことなく、だまし討ちのような形で賛成した。その結果、勤
務医の真の敵になった。現場の医師の反発を招き、日本医
師会の存立が危ぶまれるようになった。
• 東京女子医大冤罪事件の佐藤一樹医師への行政処分問
題は、再診料問題よりはるかに大きな問題。対応で日医の
真価が問われる。
医師が対峙すべきは厚生労働省
• 立法・行政・司法は法による統治機構
• 法は理念からの演繹を、医療は実情からの帰納を
基本構造とする。両者には大きな齟齬がある。
• 官僚の特性
実情に合わない規範を現場に押し付ける。
このため、現場は常に違反状態。
自らの責任を回避する。
このため、常に現場に責任を押し付ける。
権限と組織を拡大しようとする。
チェック・アンド・バランスがないと必ず有害になる。
厚労省の問題は規範優先
例えば新型インフルエンザ
• 専門家が不可能としていた水際作戦を規範化。無
意味な停留措置で人権侵害。日本の国際評価を下
げ、国益を損ねた。
• ガウンテクニックの常識に反して、同じ防護服のま
ま多くの飛行機内を歩き回った。感染拡大の原因に
なりえる。科学と無縁のアリバイ作り。インフルエン
ザの防御はどうでもよかったのかもしれない。
• 実情無視の事務連絡を連発。医療現場は疲弊。
• 行政発の風評被害で関西圏に経済的被害。
• 厚労省は旧日本軍に酷似:レイテ、インパール等々
現実と乖離した目標を規範化することで、膨大な数
の兵士を徒に死に追いやった。
厚労省は法システムによる
医療の徹底管理を狙っている
• 厚労省案による医療安全調査委員会:まだあきらめ
ていない。
• 周辺のルール作りを着々と進めている。
①院内事故調査委員会の在り方:法と医療の意見
の対立のため合意に至らず。
②処分を受けた医師の再教育プログラム:厚労省
の意向で突然中断。
③届出判断の標準化:
医療機関から医療安全調査委員会へ
医療安全調査委員会から捜査機関へ
「医師の自律」の理念的研究
厚労省主導で行われている
• 日本のアカデミズム:研究費を求めて行政にすり寄
り、行政は、研究費、研究班の班長職、審議会委員
など通じてアカデミズムを支配してきた。日本のアカ
デミズムに批判精神は期待できない。
• 医療の質・安全戦略会議では、厚労省からの研究
費で、医師の自律について議論。厚労行政は議論
の対象とならず。現場の医師ではなく研究者が主導。
理念優先、実情を考慮せず『10年後のあるべき姿』
を提言。厚労省が医師の自律の議論を誘導。
• 正義を振りかざす研究者が、厚労省のバックアップ
で制度を設計する可能性がある。
正義は暴走する
• 大災厄は小悪人ではなく、「正義」によってもたらされる。
異端審問官、ヒトラー、スターリン:正義の名のもとに多
くの人たちを殺した。
耐震偽装による実被害なし。耐震偽装をきっかけとした
実情無視の建築基準法改正で多くの会社が倒産。
• 自律処分では、裁判と異なり、処分を下すための手続
きの正当性を担保するのは至難。医師は人権について
の実務的知識が乏しい。その分、権力をもった医師、
特に現場を知らない研究者は検察官・裁判官より危険
である。
• 本気で対応しないと、無茶な自律制度を押し付けられ、
医療提供体制が脅かされかねない。
日本医師会は戦略の大転換を迫られている
• 歴史的に日本人は経済的要求に対し、冷淡。
困窮した農民の越訴(直訴)は、成功しても代表者
は死罪。
戦後も、ストライキに対し日本社会は一貫して反感
をあらわにしてきた。
• 小選挙区制はポピュリズムを強める。医師は経済
的状況に関わらず妬みの対象。日本医師会は社
会に敵視され、政治的影響力を弱めてきた。
• 大同団結をして強引に利益を主張すると、社会の
反発を招く。→自殺行為
公益法人制度改革
• 2013年11月30日までに公益社団法人か一般社団
法人に移行しなければならない。
• 公益社団法人:不特定多数の利益の増進に寄与し、
会計を含めて活動が社会から監視でき、公平な参
加の道が開かれ、社員は平等の権利を有し、特定
の個人の恣意によって支配されない。現状の日本
医師会ではダメ。
• 一般社団法人:日本医学会が離れる方向に動く。勤
務医が参加する理由がなくなる。権威と社会的影響
力を失う。
日本医師会の状況
• 従来の組織形態を実質的に温存したまま新組織に
移行すると主張。法律的にも、政治的にも常識外れ。
この主張は、影響力を減ずる方向に働く。
• 鳩山政権による冷遇を社会が後押し。
• 日本医師会が裸の王様であることを誰もが口にする
ようになった。
• 空疎になった権力を求めて、従来以上に会長選挙が
激化。
• 唐澤、原中両候補は将来展望を提示せず。だれが
選挙に勝っても、従来の権力は望めない。時代に取
り残された組織は、独力では未来を切り開けない。
日本医師会三分の計
• 医師を代表する公益団体
• 開業医の利益を代弁する団体:議会制民主主義の
下、堂々と利益を主張できる。開業医は設備投資が
あり、勤務医より収入が多くて当然。開業する時に
は跳躍がある。ある種の名誉と医師としての醍醐味
の一部を捨てざるをえない。日本は、江戸時代300
年を通じて、金、権力、名誉を分けた。
• 勤務医の利益を代弁する団体:全国医師ユニオン
が昨年創設された。
定款変更が改革の表現。公益団体と開業医の利益
団体に分ければよい。
公益団体としての新医師会の業務
① 医療の質向上:患者権利の擁護。医師の教育。
質評価による医療の底上げ。医師の適性審査
と処分など。
② 情報の集積と配信:医療政策を規範ではなく、
実情に基づくものにさせるために、医療に関す
るあらゆるデータを集め、専門家が使えるよう
にする。厚労行政には、実情より規範を重視す
るという原理的欠陥があるので、医療の発展の
ためには、恒常的チェック体制が不可欠。
医師を統合するための方策
• 外部に向かって経済的利益に関わる主張をしない。
実際、大きな圧力団体単独の主張より、さまざまな
団体や個人がそれぞれのやり方で、ばらばらに、あ
るいは、同時多発的に主張する方が、政治的にも有
効。
• 理事を直接選挙(インターネット投票)。理事が会長
を互選。
• 投票を単記にすれば勤務医と開業医で役員を分け
合う。利害に関わる政治的主張がなければ、対立が
なくなるので、分け合う必要もなくなる。
定款変更:残された時間は3年10カ月
法の施行後、1年が無為に過ぎた
• 2013年11月30日までに新組織に移行しなければ解
散したものとみなされる。
• 定款変更には代議員会で出席者の3分の2以上の
多数による議決と、総会での議決が必要。
• 3分の2はきつい条件。対立があれば、定款変更は
無理。→消滅
• 合意形成には、未来への明確な展望、周到な戦略、
元気をもたらす説得力、そして、時間が必要。
ソフトランディングで日本医師会を再編
• 従来の日本医師会を、無理に継続しようとすれば、す
べてを失う。損得計算をすべし。
• 大義名分のある機能は残す努力をすべき。
• 医療を必要とする人たちへの、質の高い医療の継続
的な提供を目的とすべき。これは医師にとってもメリッ
トになる。
• アイデアがないのなら、外部に智恵を求める。
• 考え方を大転換して時代の先頭に立つべし。対立関
係が協力関係に変わる。日本医師会の再編は江戸
城無血開城に例えられたことがあるが、日本医師会
会員は、薩長同盟のつもりで、積極的に歴史に参加
すべき。
ご清聴を感謝します。
小松秀樹