Title 9勝6敗を目指せ Author(s) 吉田, 丈児 Journal 歯科学報, 114(4

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Author(s)
Journal
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9勝6敗を目指せ
吉田, 丈児
歯科学報, 114(4): 4i-4i
http://hdl.handle.net/10130/3374
Right
Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College,
Available from http://ir.tdc.ac.jp/
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9勝6敗を目指せ
吉
田
丈
児
最近の IT 技術の進歩により私たちの生活は一変した。車に乗れば,カーナビがルートを提示して
到着予測時刻まで教えてくれる。歩いていて道に迷えば,スマホの地図アプリが助けてくれる。分か
らないことは,ネットで検索すればすぐに答えが返ってくる。
知らない道を歩いていても,不安になることはもう無い。いわば「ナビ付き生活」である。
「ナビ
付き人生」と言っても良いかもしれない。
しかし,この「ナビ付き人生」が,私たちの意識を生命の不確実性や有限性を受け入れない方向に
変えている一因になっていると思う。そして,それは医療や研究の分野にも影響している。
先日も,患者さんと話をしていたら,
D:「ご妊娠おめでとうございます。分娩予定日は12月1日です」
P:「では先生,12月1日の朝に病院に行けば良いのですね」
D:「え⁉ 実際にいつ生まれるかは誰にも分かりません。37週から42週になるまでの間に生まれる
のが正常です。予定日ピッタリに生まれるのは,100人のうち4人しかいませんよ」
P:「そんな曖昧なものなのですか⁉」
これはやや極端な例ではあろうが,私たちが昔より物事の曖昧さに不慣れになったことは確かだ。
もちろん,病気は計画通りに,できれば前倒しして治る事にこしたことはないが,時には計画通りに
行かないこともある。
治らないだろうと思いながら病院を受診する人はいない。当然である。病院の門をくぐる時に,患
者さんは
(私も含めて)
たとえ自分の身体がどんなにひどい状況にあったとしても,病気や怪我は即座
に診断され,たちどころに治ることを期待している。しかし,医療はその期待に十分に応えられる程
完全ではない。医師と患者さんとの話が,時としてかみ合わなくなる根本には,こうした医療とはど
ういうものかに対する認識の違いがあると思う。
(参考:医療崩壊,小松秀樹)
研究活動でも同様なことが言える。研究では,自分で考え計画を立てなければならない。教科書も
ナビもない。実験を始めても,思い通りに進むことはまずない。計画自体を変更しなければならない
ことすら起こる。誰も終了予定日を教えてはくれない。こうした「上手く行くかはどうかはやってみ
なければ分からない」と言うことを,私たちはいつしか忘れてしまい,慣れていない。だから不安に
なる。
閑話休題,ここからが本題である。こうした状況ではあるが,少なくても研究に限っては,ゆっく
りとじっくりとやろうではないかと言いたいのである。たまには「ナビ付き人生」をやめてみること
も大切なことなのではないか。失敗したって良いではないか。この歯科学報に掲載された論文は成功
例だ。賞賛に値する。でも私は,今回は間に合わなくて依然として格闘中の人も応援したい。
「麻雀放浪記」などで有名な小説家で,プロの麻雀打ちだった阿佐田哲也
(色川武大)
は,若者向け
に書いたエッセイ「うらおもて人生録」の中で「麻雀に限らず何だって,参戦している人の実力に大
差はない。だから全勝しようなどと考えてはいけない。相撲で言えば9勝6敗が理想だ。人生も同じ
だ。凌いで,凌いで9勝6敗を目指せ」と記している。私はこの本に50歳を過ぎてから出会ったが,
とても感銘を受けた。今でも読み返している。
最後に,私の大好きな言葉を書いておきたい。
「挑戦の先は成功か学びしかない。失敗とは何もし
ないこと,行動しないこと,そして諦めること」
(大嶋啓介)
。
(東京歯科大学市川総合病院リプロダクションセンター 教授)