初期仏教 Early Buddhism

日本のプレ近代思想
Pre-modern Thoughts of Japan
宗教社会学 第8回
2004.6.25
江戸幕府 Shogunate gvmt. と朱子学
徳川の平和 The Peace of Tokugawa
(=元和堰武)
・刀狩の徹底(兵農分離)→士農工商
・一国一城
・宗門人別帳(戸籍登録制)
・藩の自治
・空間的移動の抑制
・朱子学の公認
林大学頭(家元)
江戸幕府 Shogunate gvmt. と朱子学
幕府が朱子学を公認することの矛盾
覇道・・・武力による統治権
王道・・・儒教の正統な統治権
新政権が武力によって統治権を掌握することは
朱子学も認めている
しかし、武士は、読書人階級ではない
武士は家制度によって世襲されるので、科挙を
取り入れることもできない
江戸幕府 Shogunate gvmt. と朱子学
朱舜水 1600-1682
明朝の遺臣 日本に亡命 徳川光圀の師となる
楠木正成を、朱子学の立場から再評価
『大日本史』、水戸学、皇国史観に影響
『大日本史』 光圀の命により、編纂
安積澹泊、栗山潜鋒、三宅観瀾らが参加
天皇の失徳が武家政権をうんだと分析
江戸儒学 Confucuianism in Edo period
林羅山
山鹿素行
熊沢蕃山
伊藤仁斎
荻生徂徠
天皇中国人説
中朝論:いまや日本が儒学の正統
水土論:儒教の原則を日本的に修正
古義学:直接孔孟の思想に学ぶ
古文辞学:古典テキストの意味解釈を
規準に朱子学を批判
山崎闇斎 崎門の学(闇斎学派)を興す
→幕府の正統性を否定
山崎闇斎学派 Yamazaki Ansai’s school
山崎闇斎 1618-1682
僧侶→儒者→神主(垂加神道を興す)
「湯武放伐論」(クーデターの正当化)を否定
弟子に、佐藤直方、浅見絅斎、三宅尚斎ら。
「崎門の学」とよばれる
↓
幕末の「尊皇攘夷」思想に発展
山崎闇斎学派 Yamazaki Ansai’s school
湯武放伐
夏の桀王を殷の湯王が、
殷の紂王を周の武王が、武力で倒した
孟子は、易姓革命の観点から、これを肯定
朱子学も、湯武放伐を肯定
江戸儒学のうち闇斎学派のみが、これを否定
山崎闇斎学派 Yamazaki Ansai’s school
湯武放伐 教科書 225p
殷の紂王は妲妃に溺れ、酒池肉林の宴を催し
抱烙の刑を楽しむ。いさめる大臣をつぎつぎ処
刑。西伯(のちの文王)はとらわれ、のち死亡。
子の発(のちの武王)は兵を起こし、紂王を討伐、
周を興す。
伯夷叔斉の兄弟は、周の正統性を認めず、餓
死する(孔子が称賛)
靖献遺言 Last words of patriots
浅見 絅斎 1652-1711
近江の米商人の家に生まれ、儒者となる。実
家が困窮し、清貧で倫理的な生活を送る。
主著『靖献遺言』 教科書 226p
屈原、諸葛孔明、陶淵明、顔真卿、文天祥、
謝枋得、劉因、方孝孺の八人が、君臣の義を
絶対化して殉じるさまを紹介
→幕末、戦中のベストセラーとなる
靖献遺言 Last words of patriots
文天祥
宋の状元(科挙一番)の宰相。元の軍が襲来す
ると義勇軍をかき集めて防戦。「國亡與亡、此
男子心」 元の総理大臣にと勧められ断る。
家族も乱戦のうちに死亡。降伏の勧めにも
「夷斉は自ら周の粟を食はざりき。人臣は自か
ら其の心を盡くさむのみ。」 帰順せず刑死。
靖献遺言 Last words of patriots
方孝孺
明の三代・建文帝に仕える。燕王がクーデター
で永楽帝となる。勅語の起草を命じられる。
「死せばすなわち死せむのみ。詔は草す可から
ず」「汝焉んぞ能く遽かに死せむや。朕當に汝
の十族を滅すべし」 妻を捕らえにやると、子を
道連れに首をくくっていた。死に損なった娘二
人を都に移送したら、河に飛び込んで自殺した。
靖献遺言 Last words of patriots
方孝孺
弟が捕らえられて、孝孺が涙すると、「阿兄何ぞ
必ずしも涙潛潛たらむ。義を取り仁を成すは此
間に在り」と励まされる。宗族で連座して死亡し
たもの、847人。祖先の墓をあばいて辱める。
友人知己も捕らえて殺す。孝孺を磔にし、口を
耳まで裂く。七日後に死ぬまで、罵声を浴びせ
続けた。姻族も数百人が殺された。
水戸学と尊皇思想
栗山潜鋒 『保建大記』
天皇が規範を失ったので、源義朝が父・為義
を処刑するような無規範が起こり、戦乱が拡大
して武家の天下になった。
三宅観瀾 『中興鑑言』
後醍醐天皇は統治者としての自己規範が欠如
していたので、武家から政権を回復できなかっ
た。
教科書 228p
水戸学と尊皇思想
尊皇思想
日本国の正統な統治者は天皇である
攘夷思想
外国の侵入を実力で撃退すべきである
↓
江戸幕府(征夷大将軍)が天皇に相談なく、外国
と和親条約を結んだのは、越権行為であり、職
務にも反している。 ~倒幕
日本的儒学 Japanese Confucianism
赤穂義士論争
教科書 229p
主君の仇を討つ
・仇討ちはもともと、親の仇を討つもの(孝)
・ところが、主君の仇討ちが実行された(忠)
否定論 仇討ちは不法行為
肯定論 主君に対する忠誠の絶対化は立派
「忠孝一如」(浅見絅斎)
日本的儒学 Japanese Confucianism
皇国史観
天皇は神々の子孫であり、日本は神の国
(神話を歴史の一部に組み込んだ)
平泉 澄
『国史学の骨髄』『建武中興の本義』など、
戦前の皇国史観のイデオローグ
日本の歴史学界は皇国史観を克服していない
神道の展開 Development of Shintoism
伊勢神道(外宮神道、度会神道)
度会行忠(1226-1305) : 伊勢神宮外宮の神職
内宮・・・天照大神を祀る
外宮・・・豊受大神(記紀に記載なし)を祀る
幽契(かくれたるちぎり)によって世界を二分した
天照大神 =幽契=豊受大神(天御中主尊)
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天皇(政治)
神社(神道)
神道の展開 Development of Shintoism
伊勢神道の奥義は、神道五部書に書かれている
という
『天照坐伊勢二所皇太神宮御鎮座次第記』
『伊勢二所皇太神宮御鎮座伝記』
『豊受皇太神御鎮座本紀』
『倭姫命世記』
『造伊勢二所太神宮宝基本記』
・・・ 菅野覚明 2001 『神道の逆襲』 講談社現代新書
神道の展開 Development of Shintoism
吉田神道(卜部神道、唯一神道、元本宗源神道)
吉田兼倶(1435-1511) : 京都吉田神社神職
・ 『唯一神道妙法要集』『神道大意』を著す
・斎場所大元宮(さいじょうしょだいげんぐう) を建立
・独自の神道の行法を樹立
これまでの神道 本迹縁起神道 特定の神社の神道
両部習合神道 真言、天台の神道
ほんとうの神道 元本宗源神道
神道の展開 Development of Shintoism
究極神・・・国常立尊(くにのとこたちのみこと)
神々に先立つ、事物そのものの成り立ちにかか
わる根元神
記紀の神話は、この根元神が個々の神々に
具体化していく世界生成の論理を描くもの
∽ 無形の心/形ある身体
心は「身体の内なる空所」、すなわち神の場
祭りは、個々人が神と対話し交流する営み
神道の展開 Development of Shintoism
人事を司る・・・天皇
神事を司る・・・天児屋命→卜部氏
神人合一の秘事 祀るひとと祀られる神とが一
致する
神道の展開 Development of Shintoism
垂加神道
山崎闇斎(1618-1682) : 禅僧、還俗して25歳
で儒者(朱子学)に。晩年、吉田惟足の弟子
となり、神職に。
朱子学 君臣関係は天理のあらわれで、親子
関係よりも根源的
神道
神と人の世界は、天皇を頂点とした
厳しい上下関係に再編成される
神道の展開 Development of Shintoism
保科正之(1611-1672) : 闇斎の弟子、会津藩主。
什の掟
一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
一、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
一、虚言を言うことはなりませぬ
一、卑怯なふるまいをしてはなりませぬ
一、弱い者をいじめてはなりませぬ
一、戸外でものを食べてはなりませぬ
一、戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ
ならぬことはならぬものです
神道の展開 Development of Shintoism
復古神道
国学 賀茂真淵(1697-1769)
本居宣長(1730-1801)
真淵の霊魂観
イザナミ
黄泉の国
素盞鳴尊
幽
大国主命
ケガレ
イザナギ
この世界
天照大神
天皇
ミソギ
顕
神道の展開 Development of Shintoism
平田神道
国学 平田篤胤(1776-1843)
『霊之真柱』(たまのみはしら)
イザナミは死んでいない。出産を恥じて隠れた
だけ。
人が死後、穢れて黄泉の国に行くと考える宣長
は誤り。死後の魂はこの国土にとどまる。
→ 死者の魂は、英霊となり神となる。
神道の展開 Development of Shintoism
靖国神社 Yasukuni Shrine
明治2年に、明治維新の戦没者を祀った
東京招魂社が、のちに恒久化したもの。
「国事殉難者」の霊を祀る。
陸軍省、海軍省、内務省の所管する国家施設。
「神道は宗教ではない」が、明治政府の公式
見解であった。
1946年、占領軍指令により宗教法人となる。
今後の予定
7月2日
宗教音楽
宗教美術
7月9日 質問大会
なるべく7月2日までに質問を
寄せて下さい。
7月16日 試験
講堂にて。持ち込み可。