お医者さんになりたくないあなたへ

医学生・研修医のための 第19回
家庭医療学夏期セミナー
3日目セッション
キャリアパス危機管理
国立秩父学園
池田正行
国家試験予備校で,事務長談
• 国家試験に目出度く合格しても
• 臨床現場に出ない人が増えている
– 健康診断業務や生命保険会社
• 保険診療は(一生)できなくてもいい?
• 敵前逃亡以前の,徴兵拒否?
医者やめたい病の有病率1
地域医療をまもる近畿の医
師・医療者のつどい
431人の勤務医アンケート
2007/1~3
民間病院62%
大学病院15%
自治体病院14%等
30代、40代が70%
医者辞めたい病の有病率2
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いつも辞めたいと思っている
■
時々辞めたくなる
■
あまり辞めたいとは思わない
■
まったく辞めたいと思うことはない
総数 : 378
一体どちらが病気なのか?
ケアネットアンケートより
(投票受付期間:2006/06/14 12:10 − 2006/06/30 12:00)
“医者やれファシズム”?
• 臨床研修必修化は徴兵制か?
• 医者辞めたいは
– うつ病で片付ければいいのか?
– 隠れ切支丹か?
– 脱北計画者か?
• 立ち去り型サボタージュは
– 敵前逃亡か
– 脱北者か
現実はそんなにひどくもない?
• 医学部の倍率はやたらと高い(医学部志望
者はそんな世間知らず?)
• それでも9割以上は卒業していく
• 医者が2/3に減ったという話も聞かない
• 今まで出会った素晴らしい先生方がみんな
嘘つきとも思えない
一体どこがどうなっているのだろう・・・
大学入学後判明した問題点
私の場合
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みんな優秀に見える:覚悟していた劣等感
どんな完璧主義者も押し潰す膨大な勉強量
教育者の欠如,教育システムの不備
同級生がのびのび:社会的な成熟度の違い
– 運動,娯楽,男女交際,趣味
– 何をやっても不器用な自分
• 現場から来る悪い知らせの数々
救世主願望の光と影
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救世主に憧れる
救世主になれて満足する
救世主になれて仕事の意欲が増す
救世主になれなくて失望する
仕事の意欲が低下する
自分への攻撃性が高まる
自分自身への攻撃性は身近な存在
• 軽度:後悔,反省
• 重度:うつ病
• 最重度:過労死,自殺
医者になるのが怖い
• 職業人としての資質に不安
– 勉強ができない
– コミュニケーションも下手である
– 手技ができるようになる自信もない
• 性格・人格への不安
– ストレスに強くない
• 悪い知らせ→職場環境への不安
– 現場で守ってもらえそうにない
現場に関する悪い知らせの数々
• 医療事故の多発と訴訟の増加
• 労働負担:量と質
– 医療の高度化:生物学的側面&社会的側面
• 薄給
• 教育制度の不備
• 人的関係の難しさ
周囲の人間から受ける圧力
うつ病への励ましと類似
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これまでの自分の業績:高校では優等生
身近な人々の期待
積極的な医学生の活動
素晴らしい先輩の数々
医業に対する社会的な期待
励ましよりも,共感,支持が欲しいのに・・・
医学教育という名のファシズム
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医学部を卒業して
医師免許を取って
臨床研修に出て
臨床医にならなければ
非国民である!!
この全体主義に子羊のように従うのか?
“医者になりたくない”病患者が
知っておくべきこと,できること
• 稀少疾病ではない:仲間は大勢
• 同じ障害を持つ人の気持ちがわかる
→助けられる
• いい医者でありたい気持ちの裏返し
– 自分の欠点を理解している
– その欠点を補おうと勉強し続ける
研修開始前の気持ち
私の研修医時代からのストレス
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自分一人の夜が怖い(当直,救急)
休日も受け持ち患者が心配でたまらない
いつ電話がかかってくるかとびくびく
見落としを恐れる強迫観念
患者・家族とのコミュニケーション障害
スタッフとのコミュニケーション障害
手技が下手
仕事がのろい
家族・友人との軋轢
私がやめようと強く思ったのは
• 患者の重症化・死亡
– 自分が何か間違いをしでかしたのでは?
• 仕事場での人間関係のトラブル
– 職場のスタッフ・患者家族
• 私生活での危機
– 親や,異性のパートナーとの関係崩壊,貧困
なぜ辞めなかったのか?
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他に仕事ができるわけでもなし
自分だけ惨めなままで終わりたくない
腕が上がればストレスも少なくなるだろう
研修医期間さえ終われば・・・
家族や上司の手前
怒涛の2年間の研修が終わると
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少しは余裕が出てきた
教授から大学院を進められた
研究って・・・?
専門医資格も取りたい
病理,放射線への未練が薄れた
6年目終了時点
• 研修医2年→神経内科2年(都市部総合
病院)→基礎研究2年
• 大学の臨床は楽でいい
• 基礎研究も面白そうだし
• 大学に置いてくれないかなあ・・・
ところが・・・・
うつ病危機の7-8年目
• 千葉県の某総合病院
– 650床+精神科200床
– 剖検年間400例
• 研修医時代の悪夢再現・増幅
• 神経内科医一人医長
– 交代できない.切磋琢磨の仲間がいない
• キャリアパスの先が見えない
ただし,苦労は後で生きてくる
→BMJの研究の背景に
• 病歴・診察訓練の基礎
• 大勢の患者,限られた人手と資源
→病歴・診察による水際での見極め
• 初診外来・救急外来から剖検報告までの
全経過を追える環境
• 戦友とも言える仲間意識
第二部
医者辞めたい病への対処
医者辞めたい病は?
成熟の一過程?
通過儀礼?
立派な抑鬱症状?
語ること自体がタブー?
これまで,医者辞めたい病が
語られなかった理由
• 自己否定に繋がる懸念
– 楽をしたい自分?
– 崇高な使命を拒否する自分?
• 隠れキリシタン状態:カミングアウト禁
– 言ってもとりあてもらえなかった
• この病を語ると敵前逃亡者が増加する懸念?
– むしろ脱落を予防する効果は?→後述
“医者辞めたい”の中身?
• トラウマ、ストレスから解放されたい
• でも現場にいる限り解放されない
• だから現場を去るしかない
All or Nothingのデジタル判断でほんとにいいの?
医者を続ける/辞めるはデジタル?
辞める
続ける
誤ったイメージ
正しい理解
医者を続ける/辞める
カットオフポイントは単一ではない
• 人によって違う
• 時期によって変化する
–
–
–
–
日内変動:大きな事件
ローテーションの診療科による変動
職場による変動
キャリアの経過による変動
何を辞めたいのか?実は様々
• 特異的:今の現場の,このストレスが嫌だ
– 今の勤め先とおさらばしたい
• 自分の診療科が嫌になった
– 他の診療科に移りたい
• 一般的:臨床現場のストレスから逃れたい
– 臨床とおさらばしたい
• 医師免許そのものとおさらばしたい
現場から離れたいと思う理由
• 過大な労働負荷,休めない
– 身体的にきつい:睡眠時間
– 私的な時間がとれない
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緊張感:事故の恐怖,受療者からの圧力
孤立感:自分だけがストレスに弱いのか?
評価の低さ:経営者,同僚,家族
人間関係
競争:昇進・昇給
医者を辞めないという選択肢の
味わい深い価値
• 辞める選択肢が残る
– やめない選択肢=やめる選択肢を残す=い
つでもやめられる選択肢
• 引き返す選択肢も残る
• 辞める前に逃げ道を作る
• 逃げ道ができると安心して辞めなくなる
→医者を辞めるという“切り札”を留保する
完璧な職業人の追及 vs自己の折り合い
現実
自分の理想
排他的→誤り
カットオフポイントの多様性
(人により,時期により)
医師免許の意義
• 下記の目的を達成する手段に過ぎない
– 言いたいことを言う
– やりたいことをやる(面白いことをやりたい)
• 臨床医をやめても上記が実現できれば可
• 臨床医とは別の場で上記が実現できても可
• 臨床現場の仕事で上記が実現できれば可
医者を辞めることは,
手段であって,目的ではない
医者を辞めても,やりたいことをやれなければ,言い
たいことを言えなければ意味がない→医者を辞める
か辞めないかの二者択一にこだわるのは無意味
現場監督の方々へのお願い
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“医者辞めたい・なりたくない病”の存在
潜在的高有病率(重症例が1/3)
立ち去り型サボタージュの原疾患
緊急的対処の必要性
– 患者教育・啓発,受療行動,相談窓口
• 語ることが治療に直結する可能性
診療現場で養成される資源・技術
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コミュニケーション能力
プレゼン―ション能力
リスクマネジメント能力
面接能力
日本語能力
ストレスマネジメント能力
豊かな人的関係
いますぐ辞めなければ
• より上手な辞め方を学べる
• より有利な職場を得る機会を狙える
• 今の現場へ戻れる選択肢を残す
医者を続けることで得られるもの1
• 現場を回避する方策の開拓
– 重症心身障害者施設,精神病院,介護老人保
険施設,病理,
– 行政,製薬会社,生命保険会社
– 開業
– 医学教育
• ストレスマネジメント法学習
医者を続けることで得られるもの2
• 人生を続けるノウハウ
–
–
–
–
–
四苦八苦への対処
人との出会い
診療知識・技術
コミュニケーション能力
プレゼン能力
• 自信と図々しさと気楽さ
– 等身大の自分と,諦念による到達目標の現実化
– 金,教授の椅子,酒食(色)へのこだわりの低下
今の私とこれからの私
現症と予後は?
ところで・・・
“医者辞めたい”って
本当に病気なの?
“医者をやっていること”が
病気じゃないの?
病気とつきあう
医者をやること自体が病むこと
なのかもしれない
ならばその病気とつきあおう
医者という職業人の脆弱性
• 常に命のやりとりの現場にいる
• 常にNobles Obligeを求められる
–清く,正しく,美しく+貧しく
病的な要求→病気にならない方がおかしい
医師としての自分史を病歴と捉える
• 下記の指標への欲望を症状と捉える
– 収入
– 臨床能力の評価
– 論文のインパクトファクター
– 大学での出世
– 社会的名声
• その経過表をまとめる
私のこだわり度の変遷
勤務
収入 基礎 地位 臨床 教育 人気
学生
×
◎
1-2年
研修医
○
×
◎
3-4年
総合病院
○
×
◎
5-6年
基礎研究
○
◎
○
○
7-8年
総合病院
◎
○
○
◎
9-10年
留学
×
◎
◎
×
11年
大学助手
○
◎
◎
○
○
12-18年
障害者施設
○
○
○
◎
◎
○
18-21年
国立療養所
○
○
○
◎
○
22年-
厚労省
◎
◎
◎
○
臨床現場の劇場性
Entertainmentの探求
主演ばかりでなく
観客として,脇役として,演出家として,
脚本家として,解説者として,芝居小屋
支配人として,臨床現場の劇場性を追
求したい
“美しい自分”というカードを増やす
• 臨床現場で:例
–
–
–
–
ウィルソン病を診断できた
ツツガムシ病を見つけた
肘内障を治せた
GOMER感情をコントロールできた
• 臨床現場の周辺領域で
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–
–
地方巡業:Mobile Medical Schoolの先駆者
EBM Evangelist
病理解剖当番引受人
BSE評論家
日本のFDAでのChief Medical Reviewer
臨床という名の劇場での
“美しい自分”
=仕事を継続する原動力
今後やりたいこと
他の人がやりたがらないこと
• 教育
–
–
–
–
実践的な神経学教科書執筆
地方巡業
EBM
悩める医師のサポート業務
• 日本の臨床試験環境整備
– 行政との人のつながり
– 製薬企業からのコンサルテーション
• 医療サービスと社会のコミュニケーション
– Media & Public Relations
– リスクマネジメント,リスクコミュニケーション
双方向教育:私が伸びた秘訣
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•
•
•
医師として⇔患者
指導医として⇔研修医
教官として⇔学生
病棟医として⇔臨床検査技師
神経内科医として⇔家庭医
PMDA Reviewerとして⇔製薬企業
BSE問題評論家⇔吉野家社長
私の中期目標:神様になる
神経学
病理
MR/PR
重心
精神疾患
臨床試験
神様になること
リスクマネジメント
BSE
食品衛生
EBM
臨床疫学
医学教育
私の最終目標=仏様になること
=お払い箱になること!!
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自分はかけがえのない存在
自分が失われたら(辞職,病気,死=仏様)
たくさんの人が被害を受け,悲しむ
だから,自分のバックアップを豊かにする
そのためには教育に力を入れる
バックアップが豊かになれば
自分はお払い箱になる