アインシュタイン平和運動 3回 物理科 尾尻礼菜 ルーズベルト大統領への手紙 1939年8月2日、レオ・シラードの要請を受けて、アインシュタインは、ルーズベルト大 統領宛の原爆の開発をうながす手紙に2週間悩んだ末、署名した。 拝啓 原稿で私に伝達されたE・フェルミとL・シラードの最近のいくつかの研究は、ウラン元 素が、近い将来、新しく、かつ重要なエネルギー源となるという期待を私に抱かせます。現 在生じている状況は、ある面で十分注意深く見守られることが要求され、さらに必要とあら ば、政府当局として、即時、行動に移すことを要求されているように思われます。したがっ て、私は、以下の事実ならびに勧告について、あなたの注意をうながすことが私の義務であ ると信じます。 この4ヶ月間におけるフランスのジョリオとアメリカのフェルミとシラー ドの研究によって、大量のウラニウム中に核連鎖反応を起こすことが可能になり、そして、 それによって、莫大な力と、多量の新しいラジウム様の元素を生み出すことが可能になりつ つあります。そしていまや、これが近い将来に実現されるのは、ほとんど確実なように思え ます。 a)政府の省庁に接近して、さらなる開発に関して周知すること、米国のために、ウラ ンの 確保を確実にする件について特別な注意をうながす内容の、政府の行動にむけた勧告を 提案 すること。 b)現在、研究は、大学の実験室の限られた予算で実施されていますが、必要なら、か くな る理由で、寄付を惜しまない私人との接触を通して、基金を用意することと、そしてま た、 必要な設備が揃っている産業各社の実験室の協力を得ることで、実験作業を速めること です。 私は、ドイツが占領したチェコスロバキアの鉱山からのウランの販売を、ドイツが事実上 停止したことの意味を理解しています。 篠原正瑛との手紙 雑誌『改造』編集者の篠原正瑛が、 アインシュタインの平和思想の根本を鋭く問いただす 「その第一の目的が、人類の福祉と幸福に奉仕すべき科学が、なぜにあのように 恐ろしい結果を、もたらすようになったのか。偉大な科学者として、原爆製造に 重要な役割を演じられたあなたは、日本国民の精神的苦痛を救う資格がある」 →アインシュタインは、あえて、手紙の裏に返事を書いて、送り返す 「原爆が、人類にとって恐るべき結果をもたらすことを、私は知っていました。 しかし、ドイツでも、原爆開発に成功するかも知れないという可能性が、私にサ インさせたのです。戦争が許される条件は、敵の目的が私や私の家族を無条件で 抹殺しようとしている場合です。日本人の朝鮮や中国での行為に対して篠原さん に責任があると言われるのと同様に私は(原爆使用を)阻止するために何もでき なかった。」」 ラッセル=アインシュタイン宣言 ロンドンにて 1955年7月9日 私たちは、この会議を招請し、それを通じて世界の科学者たちおよび一般大衆 に、つぎの決議に署名するようすすめる。 「およそ将来の世界戦争においてはかならず核兵器が使用されるであろうし、 そしてそのような兵器が人類の存続をおびやかしているという事実からみて、私 たちは世界の諸政府に、彼らの目的が世界戦争によっては促進されないことを自 覚し、このことを公然とみとめるよう勧告する。したがってまた、私たちは彼ら に、彼らのあいだのあらゆる紛争問題の解決のための平和的な手段をみいだすよ う勧告する。」 この訴えは世界的に大きな反響を呼び、1957年からは世界の科学者が核廃 絶に向けて話し合う国際会議としてパグウォッシュ会議が開催されるなど、世 界的な核兵器廃絶運動の出発点となった。 アインシュタインは署名の一週間後に亡くなる 参考文献 http://www.pugwashjapan.jp/r_e.html http://www.tv-asahi.co.jp/hst/contents/sp_2006/special/050805.html http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity 145.html
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