結合繊をつくる分子 プロテオグリカン(ムコ多糖タンパク)

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573
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結合繊をつくる分子
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プロテオグリカン(ムコ多糖タンパク)
鈴 木
旺*
皮膚を対象として病理,薬理,臨床的研究を行なう場
結合したもの.
合,直接にせよ間接にせよ必らず遭遇するものの一つ
2.タソパク質の多くの七リソ,トリオユソ残基に短
に,特異な発達をした細胞間マトリックスがある.いね
かいオリゴ糖(二糖程度)側鎖が結合したもの.
ばマトリックスは皮膚であるための“あかじとでもい
3.タソパク質のかなり多くのセリソ(まれにトレオ
うべきもの,したがっていかに医学的観点に立った研究
エンやアスパラギン)残基に長いムコ多糖側鎖が結合し
であっても,このマトリックスの存在を無視することは
たもの.
むづかしいのではなかろうか.つまり,皮膚の細胞群は
の3種に大別できるが,現在これら1,2,3の物質群
どうやってこのマトリックスをつくるのか,薬物あるい
をそれぞれ糖タンパク(glycoproteins),ムチン(mucins),
は損傷に対する急速な応答はどのようにしてなされるの
プロテオグリカンと呼んで区別する場合が多い,ただし
か,正常な異化反応はどのように行なわれているか,そ
厄介なことに,この定義を無視した用語もしばしば文献
してこれらすべてをコントロールする機構はどのような
にあらわれるので注意する必要がある.以下の議論で使
ものか,などの問題が基本的かつ窮極的な目標としてク
用するプ・コテオグリカンという用語はノもちろん上記
ローズアップされてくるに違いない.そしてこれらはま
(3)のカテゴリーに入るものを指す.
た,筆者のような基礎生化学の研究者にとっても最大の
さて結合織マトリックスの成分として分布するプロテ
関心事となりつつある.
オグリカン分子は一般に図1に示すような構造をもって
以下,この皮膚のマトリックスをつくる二大成分,コ
いる.それは(A)の模型図のようにタソパク質から多
ラーゲンとプロテオグリカンの中から,特に後者に焦点
数の多糖側鎖(一説によれば約80本)が分岐した形をし
を合せて最近の研究成果のいくつかを紹介したい.
ており,それら側鎖は(B)のように2本づつ組(dou-
プロテオグリカン分子構造(基礎知識)
blet)になって分布し,
プロテオグリカン(proteoglycan)という用語は比較
硫酸(chondroitin
的新らしく定義されたもので未だよく定着していないと
ース,ガラクトース,グルクロソ酸より成る架橋部分
(C)のように七ソドロイチソ
sulfate)鎖がキシロース,ガラクト
思われるので,以下の議論に必要な範囲内で簡単な解説
(linkage
を行なっておきたい(詳細は総説1)参照).プv=1テオ(pro-
している.これは主として軟骨のマトリックスに存在す
region)を経てタソパク質のセリソ残基に結合
teo-)はタンパク質(protein)を成分としてもつ分子につ
るプロテオグリカンについて成立する構造であるが,皮
ける接頭語であり,ダリカソ(glycan)とは多数の糖残
膚のマトリックスにはこの(C)の式で,
基より成る高分子を意味する.ほとんどすべての動物細
酸(GlcUA)残基がC5−エピ化した分子,つまりL−イ
胞はタソパク質に糖の側鎖が結合した形の分子を合成
ズロソ酸をもつムコ多精鎖(デルマタソ硫酸と命名され
D-グルクロソ
し,自らの細胞膜の表面に埋めこんだり,あるいは細胞
ている図2)が分布する.したがって軟骨のプロテオグ
外に分泌してマトリックスを構築したり,さらには循環
リカ列ぼプl=lテオコソドロイチソ硫酸(proteochondroi-
系や分泌液に送りこんだりしている.こめような分子を
tin sulfate),皮膚のものはプロテオデルマタン硫酸(pro-
化学の立場で分類してみると.
teoderraatan
1.タソパク質(ポリペプチド鎖)のある限られたア
皮膚ではこのプロテオデルマタソ硫酸は比較的真皮の
sulfate)と呼ぶ.
スパラギソ残基に,かなり大きい分枝オリゴ糖の側鎖が
下層マトリックスに分布し,表面層に近いマ1ヽリックス
には別の種類,ヒアル1=1ソ酸(図2)が豊富に分布す
*名古屋大・理学部
る.ヒアルロソ酸はプl=・テオデルマタソ硫酸のようにタ
鈴木 旺
574
A.
MACROMOLECULER
MODEL
OF
PROTEOGLYCAN
-
E沁てびco陥
HYDDOPHiLIC
POLYS4CCHAR102
CHAIN
j;"'
I
77-:t.
語らい、1y.
、、`゛・yt
SACCKARiDE
Cト仏INS
HY OROPHOBiC
PROTON
CORE
コン・ドロイチン4硫酸(A型)
B, A SEGMENT OF PROTEOCHON
DROITiN
SULFATE
!:hews.1971) I
工Mathews.1971)
, 1
_cトlONDROITIN 5ULFATE c卜倒N SムΓΞぺふ1ぶ0
…... 斗引ACIDS
≫
POLYPEPTIDE' SPLIT 5Y
BY 。・・-"゛;とi
POLYPEPTIばSPLIT
一………7 引 35
TRYPSIN AND 々F三……・ iμ
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Sぷr≧;
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…… Sφ「
−−−−−・
]
コンヅロイチンー6-硫酸(C型)
`1
ミ
ミ
C. SEQUENCE
IN
CHONDROITI
S ?”GlcUA-Gal'NAc
N
SULFATE
凧CH20H
CHAIN
]
-GlcUA‘Gal―Gat一一Xyl-一一‘5er
OH
し
デルヴクソ硫酸(B型)
cooH良ト\0H COOH CKOH cト\0H H …゛`’ヽ回付ズ片吟゜今回゜ノ
≒回丿 LINKAGE
渥?謁 i
叶
R EOION
\
0
図1 プロテオグリカンの分子構造模型1)(Λ)ブ
ロテ才ダリカンは疎水性のクンパク質に多
数0親水性ムコ多糖側鎖が結合しており,生
ヒアルバコッ酸
四辻にこつ二言言言二
図2 プロテオグリカン側鎖として存在するムコ多
糖の例.鎖の主体はここに示したような二糖
ると思われる.(B)(C)本文参照Ser,
セリソ;Xyi,キシロース;
ス;
GlcUA,ダルクロソ酸;
Gal,ガラクトー
GalNAc-S,
N-セ
単位0繰返し構造をもっ.繰返しの数はそれ
ぞれの分子種や組織によって異な乱
-NllAc=N-アセチル基.
チルガラクトサミソ硫酸.
マトリックス構築におけるプロテオグリカンの役割
ソパク質を結合した分子であるかどうか未確認である・
皮膚をはじめ軟骨,大動脈.腱,角膜など便宜的に
もしタソパク質が結合しているとしても,それはかなり
“給合織”と呼びならわされてきた組織をしらべてみる
小さいものであるといわれている.
と,例外なく多量のプロテオグリカソとコラーゲソ(あ
1954年,Meyer3)によって結合織マトリックスに・分布
るいはさらにエラスチソなど)が見いだされる.これは
するムコ多糖成分として図2にあげた4種が報告されて
化学分析でも,あるいは組織学的手法でも広く確認され
以後,これらムコ多糖は結合織を象徴する物質としての
ていることである.当然のことながら,この二種類の巨
地位をかち得てきた.しかし,以上の解説で述べた通
大分子は協[司して,より高次の多分子構造体をつくりあ
り,これらは結合織細胞がつくる“native
げることが予想できよう.つまり,そのようにしてでき
molecule”
でないことは明瞭である.いま細胞とそれがっくり自ら
る多分子構造体こぞマトリックスとよばれ,結合織
の周辺に配置する巨大分子とり相関性を考えようとする
としての形態的,機能的特徴を担う細胞外(細胞間)構
ならば,このMeyer時代の“分子の断片”ではなく,
造に外ならない.
“native molecule” の構造に立脚する必要があることは
いうまでもない.
そこで,プロテオグリカンとコラーゲンとの分子間相
互作用があるかどうか,あるとすればどのようなものか
575
結合織をつくる分子プロテオグリカソ(ムコ多糖タンパク)
が問題となる.現在この点について提出されている仮説
このような問題意識のもとに,細胞分化とプロテオグリ
の中で最も多くの支持を得ているのは,多くのコラーゲ
カン分子機能との相関性を追求した仕事のいくつかを紹
ソ分子(トロポコラーゲソ)がそれぞれ長軸をそろえ,
介してみたい.
一定の配列で整然と重なった線維へと組み上げられる際
まず最初の例として,ニワトリ胚(12日口)の脛骨
に,プロテオグリカン分子が必須因子として関与すると
(tibia)をとりあげる.この時期の脛骨は,2∼3日目
いう内容のものである.この仮説が生れる根拠となった
の胚に出現した未分化の間充織細胞(mesenchymal
2∼3の事実を挙げてみよう.
の均一集団(limb
cell)
bud)が,20∼21日目の胚脛骨にみら
真皮を分析するとコラーゲソ線維の発達した領域ほど
れるような関節丘から化骨部にわたる多彩な組織群へと
プI=1テオデルマタソ硫酸が多く,逆に表面に近い線維の
分化するまでに.経由する中間段階とみなすことができ
少ない層ほどヒアルl=1ソ酸が多いという事実2)は,プロ
る.つまり,間充織細胞が単なる同一細胞の増数を行な
テオデルマタソ硫酸とトロポコラーゲソの相互作用によ
ってコラーゲソ線維の成熟が進むという考えを支持して
(A)
BONY
ぽぬ− 4
SHAFT
いる.
電顕組織学的にもプロテオグリカンに特異的な染色を
゛CARTILAGE
してその存在様式をみると,成熟したコラーゲソ縁維東
0 5 10 (
の表面,あるいは周期的縦縞部分にプロテオグリカン分
’‘
mm )
(B)
子の規則的な付着が観察され,上記の仮説が支持され
る4).
さらに,直接トロポコラーゲソとプロテオグリカンを
1
ZONE NO
試験管内で混合して,分子会合体をつくらせ,それをマ
トリックス形成のモデル反応として解析しようとする方
0 1
DISTANCE
向の仕事も行なわれている5).これらは物理学,化学の
問題として興味があるのみでなく,生物学,医学に対し
2
--←・
2
FROM
3 4
←
3
DISTAL
4 5
END
(mm)
(C)
ても有意義な情報を提供するものと期待される.しか
sni30 dO
に]口ΣDZ
それがあることも事実である.
3dOiosi aoj
にのべるような,より基本的な生物学的観点を見失うお
ZOiivyodaooNi
ようなマトリックス構築に限定して考えてしまうと,次
IトIMiOV 3MiV13y
し,コラーゲンとプロテオグリカンの生理機能を,この
細胞とマトリックス高分子との相互関係
いま完成された真皮を一つの“生きている組織”とし
0 1 2 3 4 5
DISTANCE FROM DISTAL END(mm)
て考えてみると,その機能中心として,個性豊かな細胞
図3 (Λ)12日目ニワトリ胚脛骨.(B)同じ脛
(仮にfibrocyteと呼ぶことにする)群の存在がクロー
骨の骨端軟骨の細胞が長軸に沿って骨端から
骨幹方向に,丸くて小さい細胞,細長い細胞,
大きく肥大した細胞へと形態変化しているこ
ズアップされてくる. この細胞は他の組織の細胞,例え
ば表皮の細胞や軟骨細胞などと違ってプロテオデルマタ
ソ硫酸を活溌に合成,分泌する一方で,摂取,分解して
自らの周辺環境,つまりマトリックスの構造と機能を維
持している. このようなfibrocyteとその周辺マトリッ
クスとの動的平衡の上に真皮の正常性は成立していると
いってよかろう.
それでは,極めて合目的性に富むこのようなifibrocyte
の個性はどのようにして生れ維持されているのであろう
とを示す.(C)同じ脛骨の異なる領域にか
る細胞力;DNA,プ9テオコヅドフイチヅ硫
酸,コラーゲンの相対合成活性について波状
の変化をしていることか示す.同一細胞数あ
たりの活性を,最大値か100としトバーセン
トでplotした6).0−O DNA 合成活性(3H−
チミジンとりこみ活性E●−●プロテオコン
ドロイチン硫酸合成活性(35SOI’とりこみ活
性).▲−▲ロラーゲン合成活性(14C−プロリ
か?この問題はとりもなおさずF細胞分化(cytodifferen-
ソとりこみ活性,一般タソパクヘのとりこみ
活性は含まれない).×……×1,500倍顕微鏡
tiation)の分子機構を問うことにほかならない.以下,
3800μ
「視野に存在する細胞数(平均値).
576
鈴木 旺
うのではなく,“時間”と共に次第に特色ある“領域”
をきわだたせるように分化していく様子がこの12日目の
10
脛骨に映しだされる.
工
゛゛
図3は大平らの実験結果6)をまとめたもので,12日日
゛にLz]Zodwo:︶
脛骨の骨端軟骨は,その長軸に沿って細胞が次第にその
形態を変えていると共に,
DNA,プロテオコンドロイチ
L
O
ソ硫酸,コラーゲンの合成活性(細胞あたり)も3つの
8
6
ZONE
U
4
t乃
m
波型を画いて移り変わることを示している.骨端部の細
(V‘)
2
ZONE I
胞ほど激しい分裂増殖(DNA合成)を行ない,形質発
0
現,つまりマトリックス高分子の合成分泌能は相互排除
輔ゆ4S
的な傾向を帯びつつ,次第に骨幹部に向って昂進するの
」
向って,細胞質とくにr-ERやGolgi装置の発達を示
6
4 2
て,骨端部ほど核:細胞質比が大きく,次第に骨幹部に
トZJZ〇dwo:︶
L〇 -”9e
がみられる.細胞の電顕像も,この活性変化に対応し
す.このような細胞の形態と,分裂(DNA)および形質
NEI
0
発現(プロテオコンドロイチン硫酸,コラーゲソ)活性
50 60 70 80 90 100
との対応性は予想通りの結果といってよかろう,しか
TUBE No.
し,未分化の均一細胞集団がいくつかの異なる形質の組
織領域へと変化して行く過程は,単に細胞の分裂,生
長,成熟と,それに伴なうプロテオコソドロイチン硫酸
骨には二種類のブロテオコンドロイチン硫酸
が含まれており,分子量の大きい方を“H”,
小さい方を“L”と名付ける.各部位で合成さ
とコラーゲンとの相対合成活性の量的変化だけで説明で
きるものであろうか
この疑問に答える1つの事実として木全らの実験結
れた35S-プロテオロソドロイチソ硫酸をHと
Lとに分画し,それぞれアルカリ処理とプロ
果7)を図4にまとめて示す.この実験では,12日目脛骨
の骨端軟骨を長軸に沿って約1回づつの間隙でZone
(骨端)Zone
4(骨幹)へと4区分に切断し,それぞれ
のzoneのマトリックスを構成しているプロテオコンドロ
イチン硫酸,および童れぞれのzoneの切片が35S01’
または14C−グルコース添加培地中で30分間にわたって
合成する新生プロテオコンドロイチン硫酸(35Sまたは
(0.6ml/tube)
図4 12日口ニワトリ胚骨端軟骨のプロテオコンド
ロイチン硫酸が部位(Zone
1−4)によって
構造変化していることを示す7).この骨端軟
1
テーゼ消化によってコンドロイチン硫酸側鎖
を遊離させ,その平均鎖長をBio-Gel
A-l,5m
カラムクローでトダラフィーで比較した(溶出
曲線).一方,それぞれの多糖側鎖の4一硫
酸(斜線sector)と6硫酸(点sector)の含
量をコンドロイチナーゼ法で定量し円型図と
して示してある.空白sectorはコソドロイ
チナーゼ抵抗伺多糖(末同定)の割合を示す.
14Cでラベルされている)の微細構造がしられている.
(この図では35Sでラペルされた分子の分析結果のみ示
れてきた)の混合比の変化によるものではなく,同一鎖
してある.ラベルされていない分子/ででラベルされ
上に共存する4−硫酸と6−硫酸の割合が連続変化して
た分子についても以下の議論は成立する).
いるものである.その証拠には各zoneのコソドl=・イチ
詳細は原報にゆずるとして,この結果を一と口にいえ
ソ硫酸画分を酢酸カルシウム中で濾紙電気泳動にかけて
ば,それぞれのzoneの細胞がっくり出すプロテオコソ
みると,図5に示すように,決して2つのバンドにわか
ドl=1イチソ硫酸分子は一定の規則性をもって微細構造の
れることなく,骨端部から骨幹部に向って(つまり4/6比
連続変化を示すということである.具体的には骨端部か
の上昇と共に次第に)易動度が上昇する1つづつのバン
ら骨幹部に向ってプロテオコンドロイチソ硫酸は次第に
ドを与える.
側鎖(コント=・イチン硫酸部分)の長さを増し,硫酸基
このように1つの組織のマトリックスに含まれる主要
の位置を4位から6位(図2参照)へと変化させる.硫
成分の1つが細胞分化の段階に応じて構造変化をすると
酸基の位置の変化は4−硫酸をもった鎖と6硫酸をもっ
いうことは,何を意味しているのであろうか?この問題
た鎖(古くからA型,C型と呼ばれ別々の多糖と考えら
には2つの解答が用意できるように思われる.第1に考
結合織をつくる分子プロテオグリカン(ムロ多糖タンパク)
+
cm
3
577
胞分化の方向を定めるためになくてはならない勾配でも
ある.
このような.“化学勾配”の存在を示唆する第2の証拠
として羽淵らの観察がある8).この研究ではヒト関節の
半月板(semilunar
cartilage;meniscus ともいう)のマ
トリックスを構築するプロテオグリカンがしらべられ
た. この軟骨は,上記の骨端軟骨と違って,はるかに多
-
STAND- 1 2 3 4
ARDS /
Z0りE かノ0 。
1
(AFTER
CHase-ABC
DIGESTION)
図5‥胚骨端軟骨の4つの部位(Zone
1 − 4 )に
分布するプロテオコンドロイチン硫酸のコソ
ドロイチン硫酸側鎖の濾紙電気泳動(緩衝液
=
0.2M酢酸カルシウム).左端は比較のため
の標準ムコ多糖試料:(a)ヒアルロン酸;
(b)ブタ小腸粘膜のデルヴタソ硫酸;(c)クジ
ラ軟骨のコンドロイチン硫酸(4−硫酸:6
−硫酸=4:0,(d)サノ軟骨のコソドロイ
チソ硫酸(4−硫酸:6−硫酸=1:9).
量の,しかも成熟したコラーゲソ線維をもっており.
“線維性軟骨”(fibrous cartilage)ともいわれる.つま
り,典型的なhyaline tissue
( 例えば骨端軟骨)と典型
的なfibrous tissue(例えば真皮)とのちょうど中間に
位置する結合織ということもできよう.このいささか乱
暴とも思われる組織特性の説明が,驚いたことには組織
マトリックスのプロテオグリカンの分子構造にそのまま
反映しているのである.分析方法は原報にゆずるとし
て,この半月板プロテオグリカンの側鎖は,コソドロイ
チソ硫酸(つまり軟骨の分子)とデルマタソ硫酸(つま
り真皮の分子)との混成鎖であることが示された.しか
えられることは,細胞が自ら保有するプログラムに従っ
も,その混成の割合(degree
て時間と共に分裂増殖し,次第に遺伝情報の転写翻訳様
%デルマタソ硫酸の鎖から,100%コソト=lイチソ硫酸
式を変えると共に,それぞれ生長成熟することによっ
の鎖に到るまですべての組合せが連続的に存在してい
て,例えばより長い側鎖をもち6−硫酸に富むプロテオ
る. これはさらに別の型の“化学勾配”の実体を明らか
コソドロイチソ硫酸を優先的に合成分泌するようになっ
に.しているといってよかろ‰つまり,前にのべた 1)
て行くということであろう.もともと細胞はよりすぐれ
側鎖の長さの連続変化, 2)
た複雑な構造と機能をもった組織をつくるべく運命づげ
続変化,のほかに,3)I)−ダルクロソ酸(コソドロイチ
られているという考え方である.前述のように細胞の電
ン硫酸に個有の成分)とL・イズロン酸(デルマタン硫酸
顕像にあらわれる細胞内オルガネラの成熟度が,その周
に個有の成分)との連続変化がそれである.
辺で合成されるプロテオコソドロイチン硫酸の構造変化
現在,真皮のマトリックスについて上記のような“化
(分子の成熟度)と対応している点はこのような“運命
学勾配”があるかどうかを示す実験は報告されていな
of hybridization)は100
4-硫酸:6−硫酸比の連
論”にとって好都合なデータといってよかろう.これと
xjy しかし,個体発生に伴なう皮膚のウロソ酸組成変化
は違う第2の解釈は,細胞をとりまくプロテオコソドロ
を測定した実験では分化の進行と共に皮膚プロテオグリ
イチソ硫酸を単に細胞分化の“結果”あるいぱ生産
カン分子中でI)−グルクロソ酸残基→L−イズロソ酸残基
物”ではなく,積極的に細胞に働きかけ,細胞分化の方
への組成変化のあることが示唆されている2).図6は胚
向を誘導する“作用物質”であるとみなすことから生れ
発生における真皮の形成に当って,プロテオグリカン側
てくる.つまり細胞は自らがっくり出したプロテオコソ
鎖の“化学勾配”が出現することを予想して画いたもの
ト=’イチソ硫酸の分子構造を認識しその結果,必然的に
であるが,はたしてこの予想が適中するかどうかは今後
新たにつくられる分子の構造がわずかづつ変化するよう
の実験にまたねばならない.いずれにせよ,これは上述
なしかけをもっていると考える.このようなしかけがあ
の考え方の正否をうらなり上で興味ある課題といえよ
るために,細胞はいま自らがどのような時期,領域に位
う.
置しているかを知り,他の領域゛に位置している細胞とは
すでに多くの実験がプロテオグリカンによって細胞活
次第に異なる方向へと運命づけられて行くことになる.
性がコントロールされることを示唆し,その具体的内容
このような細胞をとりまく環境分子の連続変化を“化学
がどのようなものであるかに向って解析をすすめてい
勾配”という言葉で表現することもできよう.これは細
る.
578
鈴木 旺
すれば,もともと皮膚型コラーゲンを優先的につくる性
質をもった細胞が,軟骨型マトリックスにとり囲まれた
環境下では全く別のポリペプチド,つまりa
H n
H H H J
H H H H H
H H H
1 (n)と
呼ばれる軟骨固有のぼ鎖の生産を行なうことを意味し
ている. これをさらに支持する実験として,
Deshmukh,
H H H
H
Nimni12)はウシ関節軟骨切片をウサギ肝臓のリソソーム
GGGGGGGGGG-GGGGGGGGGGGGGGGGGGQG
GGGGC-GGGG・GGG工工GGC-GGGGGGGGエエIGG
系粗酵素(プロテアーゼやヒアル1=1ニダーゼを含む)で
GGGGGGGGG工工GGG工工GG工GGC-GG:[G工 G G G
GGG工GG工C工GGG工工GGG工GGIGGGエ エ G G 工 G
37°C,2時間処理してから培養すると,軟骨型コラーゲ
GG工GIG工GGエエGGG工工GG工G:[GG 工 G G : E : I G G
IG工GIGIIGGG工G工工GGG工GIGエエGG工 工 G G
IGlOlIGGlCr'i
1:G工GGエエG G 工 G I G 工 G G 工 I G
IIGGIIIG:[G:[G工工GI工工GailGlCrllGIG
工GIC-IIGG工II工GG工{}:IIGG工GG工工工 C i I G I
I工CtGIII:r:IGGIエユ2GG工エエ:11工工GGGI I I 工
工工工GG工工ll:llG:r工エエエII工G G 工 工 エ エ 1 工 エ エ
ユエエエ11エエ:E工GIIユ.:r:ロエG工工工 工 工 工 エ : [ 工 工 工
エエエnil工工工工エエエエエエ:E:Eエエエエエ : r 工 工 工 工 l
図6.胚発生における真皮では表層から深層に向け
て,プロテオグリカンのムコ多糖側鎖がI)−ダ
ルクロン酸に富む鎖(コソドロイチソ硫酸
型)からL−イズロン酸に富社鎖(デルマクソ
ンの生産をやめ皮膚型コラーゲンの生産を開始すること
を報告している・
これらの実験例が示すように,マトリックスのプロテ
オグリカンは細胞と緊密な相互作用を行たっており,プ
ロテオグリカン分子の構造と存在状態は細胞の正常な形
質発現にとって必須条件である.もしこの相互依存のバ
ラソスがくずれるときは,細胞は敏感にそれを察知し,
何らかの形質変化をひき起すこととなろう.この原理は
硫酸型)へと連続変化していることを予想し
医学分野にも適用されosteoarthritisはこのような細胞
た模型図.Gはダルタロゾ酸,Iはイズロソ
とマトリックスの定常状態の崩壊現象であるとする研究
酸の略で,Iが多いほど側鎖はデルマタソ硫
酸型に近づくことを示す.Hはヒアルロソ酸
(構造は図2参照)を示す。
成果も報告されている13)
“化学勾配”を撹乱する生化学手法と試薬
最近,岡山ら14)は軟骨組織培養の培地にO.OOlMのβ-
Hardingham,
Muir^'はヒアルロニダーゼ処理によって
I)−キシロース配糖体(図7A)を添加すると,効率よく
マトリックスのプロテオグリカンの75%を除去した胚軟
細胞内に侵入し,プロテオコンドロイチン硫酸の生合成
骨組織を培養したところ,処理を加えていない組織に比
前駆体であるβ-L−キシロシルータソパク質のアナp−
べて,明らかに分子量の小さいプロテオグリカンの生産
が加速されることを報告している.一方Nevo,Dorfmanlo)
(A)
0―R
は胚軟骨細胞を培養する場合,培地にプロテオグリカン
やコンドロイチン硫酸のような多糖硫酸エステルを添加
すると,プロテオコソドロイチン硫酸の合成速度がいち
じるしく増大することを報告している,このように,胚
R=
軟骨細胞と細胞外プロテオグリカン分子との間には,か
Methyl-,
Phenyl-,
p-NitrophenyL-,
なり直接的な“communication”が行なわれているもの
と思われる.
4-Methylumbe叩eryl-.
(B)
Laymanら11)はウサギ関節軟骨の細胞を単層培養し
て,それが生産するコラーゲソのび鎖をCM−セルp−ス
カラムで分析したところ,出現するピークの位置と大き
さからみて,a1型とα2型が2:1の割合でつくられ
ていることを明らかにした.すでに軟骨のマトリックス
にはぼ2型が全く含まれていないことがわかっているの
で,上記の結果はマトリックスを除いて裸にされた軟骨
細胞は,もともとつくっていた軟骨型コラーゲン”の
生産をやめ,皮膚型(つまりα1:び2=2:1)のコラ
ーゲンをつくりはじめたことを示している.逆の表現を
(GlcUA->GflりNAc)「i→GlcUA―>GqL→GaL→xy1→R
、__∠二z
CHONDROITIN
SULFATE
□NKAGE
SUGARS
へ、_._/
FROM ADDED
REAGENT
図7 (Λ)胚軟骨プロテオコソドロイチン硫酸の
生合成を撹乱するキシp−ス配糖体.ば一異性
体や糖残基がガラクトース,jV・アセチルガラ
クトサミソ,タルクgン酸などの場合は全く
活性はない.
(B)
Aに示した試薬投与によ
って胚戦骨細胞か合成を開始する異常分子の
構造.糖の省略記号は区にと同じ.
579
結合織をつくる分子プロテオグリカン(ムコ多糖タンパク)
グとして働き,図7Bのような異常分子の生産を誘導
対象は皮膚ではなかろうか.真皮のfibrocyteはこの試
することを明らかにした.この場合,細胞は何ら本質的
薬の侵入をゆるすかどうか,もしゆるすとして,異常デ
な障害をうけることかく,分裂増殖も阻害されない.し
ルマタソ硫酸分子が生産されfibrocyte周辺のマトリッ
かし,この状態がっづく限り,細胞周辺のマトリックス
クス分子環境を変えるならば,細胞形質はどのような対
はタソパク質の代りにベソゼソ核をもった異常分子でと
応をし,どのように変化するのであろうか?これらの観
り囲まれることとなる,いいかえればこの試薬は特異性
察は,細胞とそれをとりまく環境分子との相互作用の実
の高い“化学勾配”撹乱試薬として今後,面白い使いみ
体とその機構の原理をわれわれに明らかにしてみせてく
ちがあるといってよかろう,現在までこの試薬の活性は
れるに違いない.そしてそれは皮膚の病態から薬理学的
細胞培養および組織培養によってその有効性が確認され
研究にわたる有意義な基本原理を生むことになるかもし
ているが,hでの効果はしらべられていない.も
れない.
しt?t tタtvaでの実験系を組むとして,最も着手しやすい
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リカソ鎖は長さに変化がないか?
報獲得の機序に.ついて.
鈴木,プロテオコンドロイチン硫酸は平均して分子量
鈴木,マトリックスのプロテオグリカンは単なる細胞
2万程度の側鎖(コソドI=lイチソ硫酸)を結合してい
分化の“結果”,あるいぱ産物”ではなく,逆に細胞
る・P−ニトロフェニルーβ-D-キシロシド存在下に細胞が
に働きかけ,その分化形質を誘導する物質であることは
合成分泌する分子は,還元末端にタンパクではなく,添
多くの証拠から支持される.しかし,この細胞外分子と
加したp−ニトlコフェニルキシロシドを結合しているの
細胞との認識反応,相互作用の実体が何であるかは想像
みならず,コンドロイチン硫酸の鎖の長さ(分子量)
の域をでない.1つの有力な仮設として,細胞表面に分
も,かなり短かい様々な長さのものとなる.そのような
布するglycosidaseやglycosyl
鎖の変化が起る原因は細胞内プロテオグリカン合成分泌
としてのプロテオグリカンとの相互作用(酵素と基質の
transferaseと,その基質
装置の特性にあると思うが,具体的には説明するに到っ
結合,反応性)が機構の一端を構成しているという考え
ていない.
もある.