逸 見 旬 理学療法士

サッカー選手の道を断念
はじめて理学療法士を知る
今日も足腰の機能回復を目指す患者様
に寄り添い、日々のリハビリテーションを支
先の病院で患者様を担当しながら、近く
えている理 学 療 法 士の逸 見 旬さん。 勤 務
にある 母 校の 専 門 学 校 医 学アカデミー理
学療法学科の教員として、理学療法士︵P
T︶を志す学生の育成にも力を注いでいる。
﹁ 私は 小 学 生の 頃から ずっとサッカーを
やっていて、中学時代には全国大会にも出
ました。プロ選手を目指していたのですが、
高 校で能 力の限 界を 感じ、 別の道に進む
ことを考えました﹂。
逸見 旬
サッカー部の顧問の先生から
﹁運命の先生﹂
を紹介されてPTの道へ。
あきらめかけた患者様の痛みを取り、
涙が出るほど喜んだ新人時代を経験。
今は、
熱い理学療法士の育成に奮闘中。
理学療法士
●専門学校医学アカデミー 勤務
専門学校医学アカデミー 理学療法学科︵2007 年卒︶
い姿勢やトレーニングについてアドバイスでき
ます」
。
さん
Choice is yours
Shun Henmi :
Physical Therapist
し方、爪の切り方などを細かく注意され
の大 切さに気づき ました。 今は 先 生 方か
また夜 間コースのクラスメートやアルバイ
ト先で人 生 経 験が豊 富な 社 会 人と 出 会い、
ら 厳しくご指 導いただき、 本 当に感 謝し
になろうかとも考えた。
ています﹂。
れ、職場を見学させていただいた。
上で刺 激になったという。﹁PTにな りた
逸 見さん自 身の生き 方や働き 方を 考える
いという目 的 意 識の強い学 生が多かったの
﹁ 先 生のお仕 事ぶりを 見て ﹃すごい。 誇
PTはアスリートにも関われるという点に
らめずに勉強を続けることができました﹂。
で、 国 家 試 験 合 格に向けて最 後まであき
り を もてる 仕 事 だ!﹄ と 直 感 し ま し た。
も 惹かれましたし、 先 生が女 性で ﹃こん
う憧れも感じました︵笑︶﹂。
運 命 的な 出 会いを 感じた逸 見さんは 理
学療法士を目指すことを決意し、専門学
校医学アカデミー理学療法学科の夜間コー
スに進 学。日 中はさまざまなアルバイトを
逸 見さんは 学 生 時 代、PTとしての知
識やスキルだけではなく、職業人としての
任された。 逸 見さんは 勤 務 先の病 院でも
理 学 療 法 士一年 目にして 多 くの 患 者 様 を
全 体の七割を 占める職 場で、 逸 見さんは
専門学校を卒業した後、逸見さんは総
合病院に就職した。整形疾患の患者様が
身なりや姿勢、態度など接遇面の大切さ
﹁その患 者 様は 勤 務 中に大きなケガをさ
う。﹁授業では、ただ資格を取るための知
教 員三年目の今でも、 逸 見さんは 教 壇
に 立つたびに 緊 張 と 反 省 を 繰 り 返 すとい
す。言い換えれば、PTがここで患者様の
一・二年次の講義と二・三年次のゼミを担
当している逸 見さん。 授 業の空き 時 間を
すが、なかなかうまくできません﹂。
楽しさややりがい、奥深さを伝えたいので
痛みや 不 具 合をケアでき なければ、 退 院
利 用して、わかりやすい授 業づく り を 追
識 を 教えるだけでは な く、PTの 仕 事の
してもスムーズに日 常 生 活を 送ることがで
求している。
は 治 療や 手 術が終わった 患 者 様の、日 常
きないのです。その方はお子さまがまだ小
ならない方でした。ご家族のためにも何と
か痛みを 取 り 除き、 仕 事に復 帰してほし
い思いで必死でした﹂。
痛みの局 所ばかりにとらわれず、 体 全
体 を 見て 数々の 可 能 性 を 探った 逸 見さん。
﹁ 理 学 療 法 士は 日 常 生 活に 復 帰 する 患
者様やご家族から〝ありがとう〟と言われ、
最 後に 逸 見 さ んに、 理 学 療 法 士の 魅
力と 将 来の目 標について語っていただいた。
やりがいしかない仕事だと思います。私は
インソールを何度も試すなどの模索が続い
﹁ 痛みがなくなった 患 者 様から 感 謝され
末、ようやく痛みを取り除くことができた。
幸せにしたいという 思いで向き 合っていま
PTとして、 患 者 様の 希 望 をかなえたい、
すが、 技 術や 知 識、 人 格すべてを 備えな
たときには、涙が出るほどうれしかったで
聞いた〝 PTは 最 後の 砦 〟 という 言 葉が
らも続く。
逸 見さん。 可 能 性を 広げる挑 戦はこれか
さまざまな経験を経て、スポーツ選手か
ら理学療法士の道へとまっすぐ進んできた
していきたいと思います﹂。
ると思いますし、私自身もチャンスを開拓
学 療 法 士は 今 後、さらに活 躍の場が広が
療 法 士 を 活 用していた だきたいです。 理
に動ける体づくりのお手伝いとして、理学
若い人にも、六〇・七〇歳になっても 元 気
ツをしたり健康面に気をつけたりしている
の患者様だけではなく、ふだんからスポー
成長したいです。また病気やケガの回復期
ければ務まらないですし、私自身ももっと
き受けしました﹂。
験を生かしてPTを育てたいと思い、お引
のを 感じました。 今 度は 私が現 場での経
見ると、〝 熱い思いが足 り ないな 〟という
務するクリニックに母 校から 来る実 習 生を
と を すべて 学 びまし た。しかし、 私が勤
は 母 校から、 理 学 療 法 士として必 要なこ
ながら、教員になることを決意した。﹁私
る病 院で理 学 療 法 士としての仕 事に就き
その 後、 母 校の 恩 師から ﹁ 教 員になっ
てほしい﹂ と 言われた 逸 見さん。 隣 接す
母校の教員になって三年目
熱い理学療法士を育てたい
あらためて身に染みました﹂。
すね。 高 校 生のと きに 出 会った 先 生から
た。 そして 患 者 様との 努 力の二人三脚の
多くの人に動ける喜びと
幸せを感じてほしい
さく、一家のお父さんとして働かなければ
生活に向けたサポートをする役割を担いま
れて、足の痛みが消えない方でした。PT
﹁運命の出会い﹂があったという。
を 学んだ。﹁ 先 生から 服 装から 姿 勢、 話
こなし、夜はPTの授業に集中した。
患者様の痛みを消したい
一心で最後まで
あきらめられなかった
な素敵な人がPTの仕事をしている﹄ とい
た。 先 生から一人の 理 学 療 法 士 を 紹 介さ
しかし、 進 路 を 決 め ら れ ずに 迎 え た
高 三の 夏、 顧 問の 先 生に 進 路 を 相 談 し
だ、と 反 発し ましたが、 就 職してからそ
人の歩き方からリハビリ上の課題が見えるとい
う。「スポーツをする人なら、気をつけてほし
ました。 なぜそこまで厳しく言われるん
感じてもらえる授業にしたいです」
。逸見さん
の得意分野は “ 足 。足を診ただけで、その
高校生の頃は何となくアスリートに関わ
る仕事に就きたいと思ったという逸見さん。
間の合間に教科書を読みながら、熱心に授
業の研究をする。
「PT の楽しさ、やりがいを
ケガに悩む部員を見て、スポーツトレーナー
母校での教員と隣接する病院での理学療法
士を兼任している逸見さん。学校では休み時