生産緑地制度の運用実態と市街化区域内農地の保全可能性に関する研究

生産緑地制度の運用実態と市街化区域内農地の保全可能性に関する研究
A study of the actual management of ‘the Productive Open Space’
and possibility of the farmland-preservation in the Urbanization Promotion Area
公共システムプログラム
13M43288 町田 雅俊
指導教員 中井 検裕
Environmental Design Program
Masatoshi MACHIDA
5
Adviser
Norihiro NAKAI
ABSTRACT
An increasing number of agricultural plots turn into housing site in the metropolitan area.
Although it is necessary to preserve them. However, it is unclear whether ‘Productive Open Space
Act’, which aims to protect the agricultural land in the inner city, works effectively partly because it
leaves local governments to its descrtion. This paper reveals; (1) Many local governments are intend
to preserve agricultural land, by the acception of Additional Designations and the mitigation of its
requirments. (2) It is occurred that local governments reject ‘Additional Designations’ when a farmer
decide to preserve the land. (3) If there is no change in the law, it is expected to occur many
problems.
10
1章 はじめに
1-1 研究の背景と目的
近年、大都市地域の市街化区域内農地は、宅地化が進む
ことで減少し続けている。行政はその対策として「住生活
基本計画」(2011)の中で、
「貴重な緑地資源で、保全を視野
に入れ農地と住宅地が調和したまちづくりなど計画的な利
用を図る」とするなど、都市内の農地保全が図られている。
市街化区域内の農地を保全する制度として、生産緑地法
に定められた生産緑地地区制度がある。これは、1991 年の
長期営農継続農地制度(長営制度)廃止、同年の生産緑地法
改正により本格的な活用が始まった制度で、都市計画上で
農地を「保全すべき農地(生産緑地)」と「宅地化されるべ
き農地(宅地化農地)」に明確に区分するものである。
しかし、生産緑地制度は、農地所有者の申し出によって
のみの指定可能となっており、地方自治体等が計画的に農
地の維持・保全を検討する手段としては不十分な側面があ
る。生産緑地制度の活用のためには農地所有者の同意が不
可欠であり、今後の生産緑地の存続にも大きく影響するも
のと考えられる。
そこで本研究では、生産緑地の追加指定を通じた農地の
保全可能性を検討することを目的とし、自治体の生産緑地
制度の位置付け、制度運用の変遷と実態を把握する。
また、
農業者の実態を把握するため、農業委員・農家へのヒアリ
ング調査を行い、生産緑地制度の課題を整理する。
1-2 本研究の位置づけ
既往論文には、生産緑地法改正時の農地所有者の意思決
定行動を分析したもの 1)や、生産緑地の買い取り請求と追
加指定に関して、
自治体の独自の運用方針の内容を評価し、
活用の事例を把握したもの 2)は見られたが、生産緑地法改
正(1991)以後の運用に着目し、体系的に考察した研究、実
際に農地所有者の意向について検討を行った研究は存在し
ない。
■拡大
…生産緑地地区の隣地が指定され、
一団の生産緑地地区となるもの
≪表1 用語の定義≫
宅
生
用語
定義
地
産
化
生産緑地
1991(平成3年)に改正された現行の生産緑地法に基
緑
農
づいたものとする。また、本研究で扱う東京都の市・
地
地
生産緑地制度
区は全て三大都市圏の特定市であるため、生産緑
■新規
地法や税制上の農地の扱いは、それに従う。
市街化区域内農地のうち、生産緑地に指定されてい …新たに生産緑地地区の指定を受けるもの
宅地化農地
ないものを指す。
生産緑地地区
宅地化農地
生産緑地
右の図(図1)のように扱う。
の追加指定
1-3
1-4
用語の定義
調査の概要
≪表2
≪図 1
生産緑地地区の追 加指定≫
調査の概要≫
自治体
農業委員・農家
対象
世田谷区、練馬区、八王子市、立川市、武蔵野市
昭島市、町田市、小平市、東村山市、東大和市
清瀬市、東久留米市、武蔵村山市、多摩市、稲城市
八王子市、町田市、小平市
計7名
日時
2014年10月~2015年1月
方法
訪問、メール・電話によるヒアリング調査
・追加指定実施の経緯と現状について(3章)
主な内容 ・追加指定状況について(3章)
・制度運用の現状と課題(4章) など
2015年1月~2月
訪問によるヒアリング調査
・生産緑地地区の現状(4章)
・追加指定の際の農業委員の関わり(4章)
・地域の農家の農地所有意向(4章) など
1-5 研究の構成
2章では生産緑地制度の概要を整理し、東京都内の市区
の生産緑地の現況を把握する。3章では自治体の市街化区
域内農地の保全意向を調査、追加指定の変遷を自治体の都
市計画決定資料から把握し分析する。4章では追加指定の
活用実態と制度の運用状況を明らかにし、農業者側の視点
も踏まえ考察を行う。以上を元に5章では、今後の生産緑
地制度の活用可能性を検討する。
2章 生産緑地制度の現状
現在の都市内農地に関わる法制度の変遷を整理し、現在
の生産緑地制度の概要についてまとめる。その後、東京都
の市区を対象とし、生産緑地地区の現状を把握する。
2-1 生産緑地制度の概要
≪表3 生産緑地地区の指定要 件≫
生産緑地制度は、
生産緑地地区の指定要件
1991 年 の 生 産 緑 地 法 ・良好な生活環境の確保に相当の効果があり、
公共施設等の敷地に供する用地として適しているもの
改正と長営制度の廃止 ・500㎡以上の面積
により本格的な活用が ・農林業の継続が可能な条件を備えているもの
始まり、
「良好な都市環境を確保するため、農林漁業との調
整を図りつつ、都市部に残存する農地の計画的な保全」を
目的としている。指定の要件は表3の通りである。
生産緑地地区の追加指定は、
農地所有者の申請をもとに、
自治体が審査を行い、都市計画決定される。指定された農
地は、建築物等の新築等や宅地の造成等が認められていな
い。また、生産緑地は使用者が農業を営むことが義務付け
られている。
生産緑地指定解除の流れ
次に、生産緑地地区の削 ・主たる従事者の死亡等
・指定後30年経過
除の流れは、図2の通りで
2)
ある 。調査の結果、14 自 自治体への買取り申し出
治体のうち 7 自治体は買取
買い取らない旨の通知
り実績がなく、残りの自治 買い取る旨の通知
1.9%
0.1%
98%
体でも買取りはほとんど成 公園等公共施設用地 他の農林漁業者
への斡旋
立していない。買取り申出
制限行為の解除
が発生した際、予算を用意
(宅地化が可能な土地に)
することが困難であること
買取り申し出の98%は制限行為解除に至る
が理由としてあげられ、買 ≪図2 買取り申出後の手続き ≫
取り成立した事例の中には、地権者との交渉で翌年の予算
が用意できるのを待ってもらうという事例があった。
≪表4 固定資産税額の概算≫
2-3 生産緑地制度と税制
1000㎡あたりの固定資産税(概算)
生産緑地地区に指定されると、 路線価15万円、税率1.4%の場合
課税評価額 税額
固定資産税が農地評価で課税さ
宅地化農地
15000万円
70万円
れる。(表4)また、相続税の猶 生産緑地
70721円
990円
予を受けることができ、被相続人が生産緑地を継続する場
合、亡くなるまで耕作を継続すると、
相続税が免除される。
2-4 都内の市区における生産緑地地区の現況
ここでは、市・区域に農地がある東京都内の 37 市区に関
して、現在の生産緑地地区指定面積の割合、当初注 1)の指定
割合、指定面積の減少量などの比較を行った。
東京都全体の生産緑地地区の総面積は平成 10 年 3970ha、
平成 24 年は 3430ha で、13.6%が減少している。保全すべ
き農地に位置付けたとしても、所有者の相続等によって、
減少することは避けられないものと思われる。一方、宅地
化農地の減少率は 49.6%(2155.2ha→1085.3ha)となっている
ことから、生産緑地に指定することで農地減少を抑制する
ことになり、保全にも効果があると考えられる。
緑地活用、③生産緑地・農地自体の維持・保全の方策の検
討、の3種類の取り組みに分けられる。また、約半数の自
治体で、生産緑地の追加指定を通じて、市街化区域内農地
を保全することが位置付けられていることがわかった。
≪表5
調査件数
内容
(件数)
プラン・計画ごとの生 産緑地活用に関する方 針≫
都市計画マスタープラン
緑の基本計画
農業振興計画
37自治体
追加指定の促進・拡充 (18)
公園等用地として活用 (6)
区画整理による農地集約 (2)
市民農園として活用など
31自治体
追加指定の促進・拡充 (17)
公園等用地として活用 (12)
市民農園として活用 (5)
他の営農者への斡旋など
26自治体
追加指定の促進・拡充 (17)
他の営農者への貸与・斡旋 (3)
市民農園として活用 (2)
農地の集積 (2) …など
3-2 制度運用の変化と追加指定の実施状況
ここでは、生産緑地の追加指定がいつから、どのような
経緯で行っているかを把握し、追加指定の実績と比較した。
3-2-1 追加指定に関する制度運用の変化
都内の 17 自治体に対して、生産緑地の追加指定を始めた
時期と経緯に関してヒアリング調査を行い、制度運用上の
変化が起こった要因を把握した。(表6)
≪表6 追加指定の活用変遷≫
②の自治体
パターン
自治体数
自治体例
の追加指定再 ①平成4年から継続
4
練馬区、東大和市、小平市など
開の理由は、 ②平成15年前後に再開
10
八王子市、町田市など
3
武蔵野市、多摩市、福生市
農業委員会か ③数年の期間を開けて実施
らの建議、市民・農業者からの要請、平成 12 年に都市計画
運用指針(国土交通省)の中で「地域の実情を踏まえた都市
計画決定権者の判断により生産緑地の追加指定ができるも
のである。」と明記されたこと、となっている。なお、この
文言は平成 5 年の通達の中でも述べられており、町田市で
はそれをもとに農業委員会の発議が検討されている。また、
東京都が「東京の新しい都市づくりビジョン(平成 13 年 10
月)」で指定の促進を掲げたことも理由にあげられた。
③の自治体は、平成 16 年に追加指定を実施した後、平成
26 年に追加指定を再開した武蔵野市、平成 18 年~24 年ま
で追加指定を凍結していた多摩市である。武蔵野市は、ヒ
アリング調査から、平成 16 年の追加指定の際に、5~10 年
ごとに実施を検討することを担当者間で確認していたこと
がわかっている。当初の生産緑地指定率が 84.9%と非常に
高かったことから、宅地化農地が少なく、追加指定の要望
も多くなかったことが考えられる。
3-2-2 制度の変化と追加指定の実績
追加指定に関して、制度上の扱いの変化があった八王子
市、昭島市、町田市、多摩市に関して、制度の変化と生産
3章 自治体の市街化区域内農地の保全意向と 生産緑 地
緑地面積の推移を詳細に把握した。
追加指定の実施状況
②平成 15 年前後 追加率(%)
八王子市
5
3章では、各自治体の①都市計画マスタープラン,②緑の
から追加指定を再開
町田市
基本計画,③農業振興計画から、生産緑地地区の位置付けを
した八王子市, 昭島 4
昭島市
調査する。(表5) また、自治体の追加指定の変遷を把握し、 市,町田 市,稲城 市の 3
稲城市
農地保全に向けた各自治体の取り組みを把握する。
追加指定率( 追加指 2
3-1 市街化区域内農地の保全意向
定面積÷前年の生産 1
都市計画マスタープランにおいては、37 市区のうち 34
緑地面積)は図3の
0
自治体が生産緑地・農地の保全を明記している。その中で、
通りである。追加指
開始年 2年後
4年後
6年後
8年後 10年後
具体的な保全の方法としては、追加指定の継続・拡充(江
定を再開した年に多
≪図3 追加指定率の変遷≫
戸川区、日野市等)、生産緑地を活用して公園等の整備(足
くの指定が行われ、その後は収束している。町田市では、
立区、武蔵野市等)が多い。また、援農体制の構築(町田市)
平成 14 年の追加指定再開の際、生産緑地の拡大時に「一団
や都市農地保全条例の検討(三鷹市)などの記載も見られた。 で 3000 ㎡以上」等、厳しい指定基準があったため、要件の
緑の基本計画でも同様の傾向が見られたが、買取り請求
緩和や要綱の策定に伴い、数年に亘って追加指定がある。
を期に公園等用地として取得するという内容の記載が多く、 要件が厳しかったのは、
「旧生産緑地法の流れを汲んでいた
永続的な緑地を確保したいという意図が読み取れる。
こと」が要因だと、調査からわかった。
農業振興計画においても、追加指定の継続・拡充は多く
③の多摩市では、
平成 18 年から無期限に追加指定を凍結
の自治体で記載されており、他の営農者への斡旋なども検
することが決まっていたことから、平成 17 年に 10100 ㎡(新
討されていることがわかった。
規 9 件、拡大 4 件)の追加指定が行われた。追加指定の凍結
調査の結果、生産緑地・農地の保全を目指すという方針
が行われたのは、直前の 3 年間追加指定がなかった等、
「追
の中で、内容は①緑地保全のための生産緑地追加指定の継
加指定の需要があまりなかったため検討された」というこ
続・拡充、②公園等、永続的緑地整備の用地としての生産
≪表7
とがヒアリング調査からわかっている。追加指定を凍結す
るという決定によって、農地所有者に決断を迫ることにな
ったことが推察される。
3-3 3章のまとめ
・ほぼすべての自治体で、農地を保全する意向があること
がわかった。また、保全意向のある 34 自治体のうち 18
自治体が追加指定の継続・拡充を施策としてあげている。
・当初の指定の後は、①継続して追加指定を受付けている
自治体、②平成 15 年前後に追加指定を再開した自治体、
③数年の間を開けて検討する自治体、がある。②の自治
体は、農業委員会・市民・農家などからの要請によって
追加指定を再開している。③の自治体は追加指定の要望
が多くなかったことが考えられる。
自治体が定めている積 極要件≫
自治体数
に生産緑地だったが、
積極要件
(N = 16)
行為制限が解除された 既に指定されたものとの一団化・ 整形化
16
災害対策、防災の観点で効果がある
16
もの」を指定できない 公共施設等の用地の確保
14
10
としている。(表8)「過 市民農園としての活用が可能
良好な風致の保全
10
去に農地転用が起こっ みどりの基本計画に位置付け
8
公園等緑地機能の補完
8
たもの」を消極要件に 都市計画マスタープランに位置付け
7
4
記している八王子市で 平成4年に手続きができなかったもの
他の制度に基づき、指定がふさわしい
3
は、登記地目が宅地や 行為制限解除でも現況農地なら
3
農地転用が出ていても現況農地なら
1
雑種地になったもので 住環境の保全が期待できるもの
1
1
も、現況として農地と 市民の健全な食生活に寄与
都市農業の振興
1
して扱われ、一定期間 学校・福祉施設の隣地
1
≪表8 自治体が定めている消 極要件≫
の後に農地に地目変更
自治体数
消極要件
がなされたものは追加
(N = 23)
22
指定可能としているこ 農地転用が出ている
都市施設の計画と重複する
18
4章 生産緑地制度の運用状況と農業者の意向
とが調査からわかった。商業用途、高度利用地区等の指定がある地域
18
過去に生産緑地の指定が解除されたもの
16
4章では、自治体、農業委員・農家へのヒアリング調査
東村山市では、
「 農地 市街化を図る上で支障があるもの
14
6
をもとに、追加指定の際の指定手順と、基準を把握する。
転用 が 出さ れ た農 地 」 施工中の都市計画道路の区域内
幹線道路沿い
2
その後、
制度運用上、
自治体ごとに見解が異なる点を示し、
「過去に生産緑地が解 コンクリート塀などで囲まれているもの
1
現在の生産緑地が抱える課題を把握、
今後の方向性を示す。 除された農地」についても、生産緑地としての機能を重視
4-1 生産緑地地区指定の基準
し、農業委員会の意見に基づき、再指定ができるものとし
4-1-1 生産緑地地区指定における各主体の役割
ている。行為制限解除農地の再指定に関しては、
「1回まで
生産緑地指定の流れ
生産緑地の追加
(練馬区)」「所有権が移転している場合(調布市)」という条
都市計画部署への相談・申請
指定に際しては、 農政部署への相談
件付きで認めている自治体もあることがわかった。
自治体による審査
都市計画決定の手 農業委員による確認
自治体へのヒアリング調査から、上記のような積極要件
・要件を満たしているかどうか
・要件を満たしているかどうか
続きだけでなく、 ・自治体独自の要綱を満たすかどうか
がある場合でも、積極要件にあてはまらないため指定でき
・自治体独自の要綱を満たすかどうか
必要に応じて
指定要件を満たしていれば
営農状況等の確認
なかった事例はなく、
実際の追加指定時に問題になるのは、
農業委員による指導
現地調査
が必要である。こ
生産緑地法に定められた
「肥培管理、面積要件、接道要件、
必要に応じて
指定要件を満たしていれば
農業委員による指導
現地調査
れらの手続きの手
生産性の有無」と「農地転用・行為制限解除の状況」であ
順には自治体によ 生産緑地地区指定の手続きへ
るということがわかった。
生産緑地地区指定の手続きへ
って、図4の2通
4-2 自治体によって判断が異なる運用上の要件
≪図4 追加指定の流れ≫
りがあることがわかった。農政部署への相談から手続きが
4-2-1 土地区画整理事業による生産緑地の継続
始まる場合、地域の農家の事情を把握している農業委員を
都市計画運用指針で、土地区画整理事業と生産緑地地区
通じて、指定に向けた指導等を行うことができる。一方、
の重複については問題ないことが明記されているが、生産
都市計画部署への申請から手続きが始まる八王子市では、
緑地地区を含む土地区画整理事業が行われる場合に、所有
申請を受け付けてから地域の農業委員が追加指定される農
者に生産緑地継続を確認する自治体(14 件中 3 件)と、解除
地を把握することになっている。
を認めず換地後も生産緑地としている自治体(14 件中 8 件)
町田市では、追加指定の要件を検討する目的もあり、追
があることがわかった。注 3) ≪表9 区画整理による生産緑 地の減少≫
事業前後の
加指定の可能性がある宅地化農地を把握し、追加指定を促
表9のように、生産緑地の 継続確認 自治体例 生産緑地減少率
47.5%
すよう農業委員への働きかけを行っている。また、生産緑
継続確認を行っている自治体 解除あり 町田市
稲城市
43.9%
地制度と納税猶予制度を十分に理解していない農家が多い
では土地区画整理事業によっ
八王子市
30.5%
原則継続
ことから、都市計画担当者が農家との座談会を通じて制度
て多くの生産緑地が解除され
昭島市
36.7%
の説明・質疑応答を行うと同時に、追加指定の可能性があ
ているのに対し、解除を認めていない自治体では生産緑地
る農地を把握している。
の減少が比較的少なく、保留地や道路等都市施設のための
八王子市、小平市では、追加指定の受付を行っているこ
減歩による減少しか起こっていないことが推察される。
とは農業委員会を通じて広報されているが、個人の資産で
継続確認を行っている自治体では、
「新たな指定をすると
あることを考慮し、営農者からの相談等がなければ、農業
30 年間の営農が義務付けられ、所有者の行動を大きく制限
委員が適用を促すことはしていないということがわかった。 してしまうこと」や、
「生産緑地は都市計画の用に供する用
4-1―2 生産緑地地区指定の要件
地の確保という観点もあることから、計画的な市街化のた
都内 23 自治体注 2) が独自に定めている生産緑地地区の指
めの土地区画整理事業によって宅地化することもあり得る」
定基準・要綱を把握し、
「 追加する農地と位置付けたもの(積
という判断がなされていることがわかった。
極要件)」と「追加しない農地と位置付けたもの(消極要件)」
一方、解除を認めていない自治体でも、事業によって宅
を整理する。
地に転用する可能性が高まることは承知であり、農地の保
積極要件(表7)を定めている 16 自治体の全てで「既に指
全に寄与するものではないと考えていることがわかった。
定された生産緑地地区の一体化・整形化によって一団の農
4-2-2 故障による生産緑地の一部削除
地になるもの(整形化・一団化)」があげられており、追加
営農者の高齢化・故障等によ ≪表10 一部解除の可能性≫
高齢化・故障による
自治体数
指定による拡大は全ての自治体で認められていることがわ
って、農地の全体を管理するこ 生産緑地一部削除の判断 (N=15)
5
かった。また、6 自治体で積極要件を設けておらず、生産
とが困難になった場合の生産緑 可能
後継者がいる場合、可能
5
緑地法の要件のみを指定の要件としている。
地の一部解除可能性で、自治体 認めていない
1
農業委員会が判断
1
消極要件を定めている 23 自治体のうち、22 自治体が「農
による差があった。(表 10)
事例なし
3
地転用が出ているもの」を定めており、16 自治体が「過去
一部解除が可能であるとした自
治体は、
「すべてが解除されてしまうよりは可能な範囲で営
農を続けてもらう」ことを重視している。後継者がいる場
合のみ認めている自治体、認めていない自治体では、
「解除
要件では、営農の継続が不可能な場合でないと解除できな
い」という本来の規定に沿って判断していることがわかっ
た。
一方で、農業委員へのヒアリング調査から、後継者がい
ないことで畑を管理しきれず、問題農地になっているもの
が存在することがわかっており、高齢化でやむを得ない状
況が表出していることが推察される。
4-3 生産緑地制度の運用に関わる課題
4-3-1 宅地化農地の追加指定可能性の検討
追加指定が行われた事例では、追加指定の決断理由とし
て、
「当初、将来の活用のために宅地化農地として残してい
たが、農地として耕作を続けていたから追加する場合」以
外に、
「子供が相続税猶予を受けることが可能になるよう、
他の用途で使っていた土地に果樹を植える等の措置をする
場合」があることがわかった。
追加指定ができなかった事例として自治体から、面積要
件欠如、接道がないもの、農地転用が過去に出ていたもの
等があげられた。都市計画の用に供するためには面積・接
道が必要だが、防災・緑地機能や、農地として風致に寄与
するという観点では問題とはならない。農業委員・農家の
意見として、500 ㎡未満では農業生産ができない可能性は
あるが、きちんと耕作されているものであれば保全される
べきであると考えられている。
追加指定の可能性がある宅地化農地に関しては、(1)活用
の機会を伺っていたが、農地のままになっているところ、
(2)車が運転できなくなると農地に行けなくなるため、申請
していないもの、(3)相続の際、相続税支払いのために解除
したものが売らずに済んだもの等があることがわかった。
(1)(2)については、追加指定してから 30 年の営農が義務づ
けられること、営農不能になる程の重大な故障でないと指
定解除ができないこと、が障害となっている。(3)過去に生
産緑地だった農地に関しては、自治体の指定要件の変更に
よって再指定が可能になると考えられる。
4-3-2 生産緑地地区の抱える課題
1.肥培管理が適正でない生産緑地地区への対処
現在指定されている生産緑地地区において、肥培管理の
状態が悪く、指導を行っても改善されないものが問題とし
てあげられた。このような農地の発生要因は、(1)当初の指
定作業の際、指定までの期間が短かったため、長期の営農
継続の意思確認が十分にできなかったこと、(2)相続の際、
制度を十分理解せずに相続税猶予を受けてしまったこと、
(3)故障・高齢化により営農継続が難しくなったが、相続税
の猶予があるため解除ができない、等があり、農地所有者
の意思によって改善の可能性がある場合と、人手が足りず
改善が難しい場合があることがわかった。
営農者の意思によって改善の見込みがあるものは宅地並
み課税をすべきという意見もあり、罰金等、法的拘束力の
ある指導を通じて改善を促すことが求められる。また、人
手不足によるやむを得ない状況に対しては、援農支援等、
地域や自治体が支援する方策を検討し、保全することが望
まれ、そのための制度設計も必要である。
2.一部解除による要件欠如発生の可能性
複数所有者が一団の生産緑地を所有している場合、一人
が買取り申出をしたことによって、残りの農地が 500 ㎡を
下回り、解除せざるを得なくなったものがあることがわか
った。同様に一部解除によって接道が取れなくなってしま
う可能性がある。事例では、接道のない農地の所有者に解
除要件が発生し、転用ができないという問題が起こり、隣
地所有者の買取りを斡旋したというものがあった。
2022 年に、
当初指定した生産緑地が指定後 30 年経過し、
解除が可能になった場合、農地所有者は転用の目的が明確
になるまで固定資産税の優遇を受けることが予想される。
その際、
一部買取り申出によって面積要件欠如等が発生し、
生産緑地地区の継続が困難になる農地が発生すると考えら
れる。自治体が買取り申出の可能性を事前に把握し、個別
に対応を検討するか、生産緑地法に規定された要件そのも
のの改定が行われることが必要である。
都市内農地の空間としての価値を再考し、営農継続が可
能であるにも関わらず、納税のために売却・縮小せざるを
得ない現状を打破することが望まれる。
5章 おわりに
5-1 本研究の結論
1.生産緑地地区は、東京都内で 13.6%減少している。宅
地化農地の減少率が 49.6%であることから、生産緑地に
指定することで農地を保全する効果があると考えられる。
2.ほぼ全ての自治体で農地・生産緑地を保全する意向が
あり、約半数の自治体で追加指定による保全が位置付け
られている。また、追加指定の再開、要件緩和等、都市
内農地の保全に向けた取り組みが進められている。
3.自治体独自の指定要件のうち、
「過去に農地転用が出て
いるもの」
「過去に生産緑地が解除されたもの」に関して
は自治体によって扱いが異なり、基準の変更等が議論さ
れている。
4.営農意欲があるにも関わらず、面積要件、接道要件、
過去の農地転用や生産緑地解除によって指定ができない
農地があることがわかった。これらについては、都市内
の農地を保全するという方向性を鑑み、方策を検討する
ことが求められる。
5.農業者は、30 年の営農継続義務、重大な故障でなけれ
ば解除できないこと、等を追加指定への障害と捉えてい
る。また、耕作している宅地化農地の固定資産税抑制だ
けではなく、相続税猶予を受けるために追加指定を受け
ることがあるということがわかった。
6.今後、生産緑地の一部解除によって、面積要件・接道
要件が欠如する農地が発生することが考えられ、それら
に対する方策として、解除可能性のある農地を把握し、
個別に対応することと、法改正による要件変更が考えら
れる。また、適切な肥培管理が継続されない農地に対す
る指導・支援策も検討が必要である。
5-2 今後の課題
・本研究では、今後の追加指定の可能性の検討という観点
から、主に東京都の市部での調査を行った。都市内農地
の希少性という視点では、都心部に近い地域の方が農地
保全の価値が高いと考えられる。周辺住民との関わりを
含め、都市内農地の意義について検討する必要がある。
【補注】
注 1). 本 研究では、平成 3 年の 法改正に伴い、平 成 4 年から 6 年に多く の
指定が行われていることを考慮 し、初期の指定が確定 したと考えられる
平成 10 年の値を「当 初の生産緑地指定状況 」としている。
注 2). 自治体独自 に策定している指定基 準・要綱に関しては、22 自治体 か
ら提供をいただいた。
注 3). ヒアリング 調査を行った自治体の うち 3 自治体は、事例 なし。
【参考文献】
1). 清水(1997)「 農地所有者の土地 利用選好に関する統計 的検討―生産緑 地
法改正による農地転用問題を課 題として」総合都市 研究 第 62 号 p31-45
2). 渡辺・大村・横張(2003)「首都圏地方自治体における 生産緑地法の買 い
取 り 請 求 と 追 加 指 定 に 関 す る 運 用 実 態 の 検 討 」 都 市 住 宅 学 43 号
p138-143