CoNiCrMo 合金のヤング率および強度に及ぼす 冷 - 日本金属学会

日本金属学会誌 第 73 巻 第 2 号(2009)74
80
CoNiCrMo 合金のヤング率および強度に及ぼす
冷間加工熱処理の影響
大 友 拓 磨1,
松 本 洋 明2
野 村 直 之3
千 葉 晶 彦2
1東北大学大学院工学研究科材料システム工学専攻
2東北大学金属材料研究所
3東京医科歯科大学生体材料研究所
J. Japan Inst. Metals, Vol. 73, No. 2 (2009), pp. 7480
 2009 The Japan Institute of Metals
Influence of ColdWorking and Subsequent HeatTreatment on Young's Modulus and Strength
of CoNiCrMo Alloy
Takuma Otomo1,1, Hiroaki Matsumoto2, Naoyuki Nomura3 and Akihiko Chiba2
1Department
of Metallurgy, Materials Science, and Materials processing, Graduate School of Engineering,
Tohoku University, Sendai 9808579
2Institute
for Materials Research, Tohoku University, Sendai 9808577
3Institute
of Biomaterials and Bioengineering, Tokyo Medical and Dental University, Tokyo 1011062
Changes in Young's modulus of the Co
31 massNi
19 massCr
10 massMo alloy (Co
Ni based alloy) with cold
swagtreatment at temperatures from 673 to 1323 K, was investigated to enhance the Young's modulus of Co
ing, combined with heat
Ni based alloy. After cold
swaging, the Co
Ni based alloy, forming〈111〉fiber deformation texture, shows the Young's modulus
swaged alloy at temperatures from 673 to 1323 K, the Young's modulus increased
of 220 GPa. Furthermore, after ageing the cold
to 230 GPa, accompanied by a decrease in the internal fiction and an increase in the tensile strength. This suggests that the increment in Young's modulus is caused by a moving of the vacancies to the dislocation cores and a continuous locking of the dislocations along their entire length with solute atoms (trough model). By annealing at 1323 K after cold swaging, Young's modulus
slightly increased to 236 GPa. On the other hand, the tensile strength decreases to almost the same value as that before cold swaging due to recrystallization. These results suggest that the Young's modulus and the strength in the present alloy are simultaneously enhanced by the continuous dislocation locking during aging as well as the formation of〈111〉fiber deformation texture.
(Received June 10, 2008; Accepted October 23, 2008)
Keywords: CoNi based alloy, young's modulus, internal friction, texture, Suzuki effect, trough model
合金で多く行われてきた14).高ヤング率化の手法としては
1.
緒
言
合金元素の添加,集合組織の制御や高ヤング率を有する第二
相との複合化が挙げられる.これらの手法に基づいて Fe 系
CoNiCrMo を主成分とする合金(以下,CoNi 基合金)
合金では,例えば Y2O3 を微細分散後,加工熱処理による集
は高ヤング率,高強度,高耐食性,高耐熱性の他に,冷間で
合組織制御を行う.さらに,フェライト鋼ではヤング率は
優れた塑性加工性を有している.本合金はこれらの特性を活
〈111〉結晶方位で 282 GPa までに増加し1,2),また TiB2フェ
かし,発電用部品,エレクトロニクスから医療分野まで幅広
ライト鋼では TiB2 を 40 vol以上複合化させることでヤン
く実用されている.
グ率は 300 GPa 以上を示す3,4) .一方, Co Ni 基合金の場
最近,精密機械材料,医療用ステントとして合金素材の高
合,焼鈍後でヤング率はおよそ 230 GPa であり,金属系材
ヤング率化が求められている.例えば時計の動力ぜんまいの
料の中でも高いヤング率を有している.そのため加工熱処
場合,ゼンマイの動力源は復元力により生じるトルクなの
理プロセス法による組織制御により Co Ni 基合金のヤング
で,材料の弾性率が高いほどゼンマイとしてのトルクが上が
率は更に増加することが期待でき,上述した応用例の機能を
り品質が高くなる.また,閉塞している血管を拡張する医療
更に増加させることが可能となる.
用ステントの場合,ヤング率の高い材料を用いることで拡張
力を維持してステントの小型化が可能となる.
これまでに金属素材の高ヤング率化に関する研究は Fe 系
そこで本研究では,この Co Ni 基合金の更なる高ヤング
率化を達成することを目的として, Co Ni 基合金の冷間ス
ウェージ加工後の組織とヤング率の関係,更にスウェージ加
工材の時効熱処理による組織とヤング率の関係を調査した.
東北大学大学院生(Graduate Student, Tohoku University)
第
2
号
Table 1
work.
Co
Ni
Cr
Mo 合金のヤング率および強度に及ぼす冷間加工熱処理の影響
75
Alloy composition of Co-Ni based alloy used in this
mass
Co
Ni
Cr
Mo
W
Nb
Fe
Ti
Bal
31.8
20.2
9.0
0.0
0.5
1.7
0.5
実
2.
験
方
法
Table 1 に本研究の合金組成を示す.これより CoNiCr
Mo を主成分とする合金(今後 Co Ni 基合金と呼ぶ) である
ことが分かる.合金は 7 kg のインゴットを高周波真空溶解
炉で溶製し, 1453 K 36 ks の条件でソーキング処理を行い
作製した.その後,加熱温度 1453 K,打ち止め温度 1173 K
Fig. 1 X
ray diffraction patterns of CoNi based alloy for (a)
as
cold swaged and heat
treated sample at (b) 673 K
7.2 ks,
(c) 1073 K
3.6 ks and (d) 1323 K
14.4 ks.
の条件で熱間鍛造を行い,q26 mm の丸棒に加工した.得ら
れた熱間丸棒材は冷間スウェージ加工により q26 mm から
q7 mm の 丸棒 に 加工 し た. こ の際 , q10 mm まで に 加工
後,一旦中間焼鈍を行っており,最終的な冷間スウェージ加
工後の減面率は 51 に相当する.この冷間スウェージ加工
した丸棒材( q7 mm )を今後,加工まま材と呼び,またスウ
ェージ加工方向を LD と称する.冷間スウェージ加工後に
673 ~1073 K の温度で保持時間 1.8~ 7.2 ks の時効熱処理を
施した.同様に冷間スウェージ加工後に 1323 K 14.4 ks で
再結晶熱処理を行った.ヤング率と内部摩擦は自由共振法お
よ び 減 衰 法 に よ り 測 定 し た ( 日 本 テ ク ノ プ ラ ス 社 製 JE 
RT ).また組織と集合組織は XRD, OIM EBSD ,光学顕微
鏡および TEM により評価した.
結 果 と 考 察
3.
3.1
加工熱処理材の組織
Fig. 1 は Co Ni 基合金の( a )加工まま材,( b ) 673 K 7.2
ks, ( c ) 1073 K 3.6 ks および( d ) 1323 K 14.4 ks 熱処理材の
LD 方向に対して垂直な断面の XRD 測定の結果を示してい
る.これより加工熱処理後で相変化は観察されず,いずれ
の試料も F.C.C. の g 単相であることがわかる.
Fig. 2 は LD に対して垂直に切断した面の中央部における
( a )加工まま材,( b ) 673 K 7.2 ks, ( c ) 1073 K 3.6 ks, ( d )
1323 K 14.4 ks 熱処理材の光学顕微鏡組織を示している.
また,(e )(h )はそれぞれの条件の試料を LD に平行に切断
した面の光学顕微鏡組織を示している.Fig. 2(a)および(e )
の加工まま材には冷間スウェージ加工で導入されたストライ
エーションが結晶粒内に多数観察される.完全に再結晶した
組織は Fig. 2(d )および(h )に示す通り,加工時効材に比べ
て g 相 の 粒 径 は 15 mm か ら 80 mm に 粗 大 化 し て い て ,
(111)を双晶界面とする焼鈍双晶が多く観察される.一方,
加工時効材は Fig. 2 ( a )( b )( c )および( e )( f )( g )で示す通
Fig. 2 Optical micrographs for the center of cross sectional
Ni based alloy for (a) as
cold swaged and heat
area of Co
treated sample at (b) 673 K
7.2 ks, (c) 1073 K3.6 ks, (d)
1323 K
14.4 ks and for longitudinal sectional area of this alloy
cold swaged and heat
treated sample at (f) 673 K
for (e) as
7.2 ks, (g) 1073 K
3.6 ks and (h) 1323 K
14.4 ks.
り,この幅の厚い焼鈍双晶が観察されず,冷間スウェージ加
工後に観察された微細なストライエーションが多く残存した
ままである.
Fig. 3 は( a )加工まま材,( b ) 673 K 7.2 ks, ( d ) 1073 K 
3.6 ks ,および( e ) 1323 K 14.4 ks の熱処理材の TEM 観察
による明視野像を示している.これより加工まま材および時
効材では微細な板状相が観察される. Fig. 3 ( c )はこの板状
相周辺の制限視野回折図形を示しているが,この板状相は
76
日 本 金 属 学 会 誌(2009)
第
73
巻
Fig. 3 Bright field images of CoNi based alloy for (a) ascold swaged, and heattreated sample at (b) 673 K7.2 ks, (d) 1073 K
3.6 ks and (e) 1323 K14.4 ks and selected area diffraction pattern in the vicinity of plate
like phase in microstructure (c).
Fig. 4 (111) and (100) pole figures of as
cold swaged and heat treated (673 K
7.2 ks, 1073 K
3.6 ks and 1323 K
14.4 ks) Co
Ni
based alloy on vertical plane to longitudinal direction (LD).
( 111 )双晶であり,加工後に多量の( 111 )変形双晶が導入さ
る.スウェージ加工後および熱処理後では〈111〉
および
〈100〉
れたことがわかる.また加工まま材および時効材では組織中
の繊維集合組織が形成されている.ここで Fig. 4 中に示し
に多量の転位が観察されるが, 1073 K では一部,転位のな
た Intensity の最大値は極点図の中心,すなわち〈 111 〉およ
い結晶粒と焼鈍双晶が観察され,再結晶が開始していること
び〈100〉のそれぞれの集積強度に相当している.集積強度は
がわかる. 1323 K で再結晶熱処理を施した試料には転位が
加工まま材,熱処理材ともに〈 111 〉の方が〈 100 〉に比べて強
ほとんど観察されず(Fig. 3(e)),再結晶が完了している.
いことがわかる.
Fig. 4 は LD に対して垂直方向に切断した断面における加
Fig. 5 はこの加工まま材および 1323 K 14.4 ks の再結晶
工まま材と熱処理材の( 111 )および( 100 )の正極点図であ
熱処理材の OIM EBSD 像(( a )加工まま材 OIM 像,( b )
第
2
号
Co
Ni
Cr
Mo 合金のヤング率および強度に及ぼす冷間加工熱処理の影響
77
Fig. 5 OIM images and corresponding inverse pole figures of Co
Ni based alloy for (a)(c) as
cold swaged and (b)(d) 1323 K
14.4
ks heat treated samples.
Fig. 6 Relationship between the annealing temperature and
cold
Max intensity ratio of (111) and (100) pole figure of as
Ni based alloy.
swaged and heat treated Co
Fig. 7 Relationship between the annealing temperature and
Young's modulus of ascold swaged and heat treated CoNi
based alloy.
1323 K 14.4 ks 熱処理材の OIM 像,( c )加工まま材の逆極
点図による方位分布,(d )1323 K 14.4 ks 熱処理材の逆極点
しないことがわかる.ヤング率と集合組織との関係を評価す
図による方位分布)を示している.この逆極点図の方位分布
るにはバルクの集合組織を調べる必要がある.その意味で
(Fig. 5(c)(d))から再結晶後に〈100〉配向は弱くなり,〈111〉
は,試料表面層からの情報を検知する EBSD の結果と比較
配向が強くなることが示唆される.
して,XRD の結果はよりバルク特性を反映していると考え
Fig. 6 は XRD 測定で得られた(111)および(100)の正極点
られる.前述した様に EBSD の結果では,再結晶前後で
図をもとにそれぞれの最大強度比(以下,Max 強度比と称す
〈111 〉および〈 100〉の結晶配向に変化が認められたが, XRD
る.)と時効温度との関係を示している.Max 強度比 R は以
による測定結果では明瞭な変化は認められない.したがっ
下の式( 1 )で求めた.
て,冷間スウェージ加工で形成された〈111〉// LD の〈111〉繊
R=100
I
I〈111〉+I〈100〉
(1)
I〈111〉および I〈100〉はそれぞれ(111), (100)極点図の最大強
度であり,I には I〈111〉あるいは I〈100〉を代入する.Fig. 6 か
ら〈 111 〉,〈 100 〉のそれぞれの Max 強度比は熱処理後も変化
維集合組織と,〈100〉//LD の〈100〉繊維集合組織のバルクの
配向強度比は熱処理後もほとんど変化しないことが分かる.
3.2
加工熱処理材のヤング率と内部摩擦
Fig. 7 は CoNi 基合金の加工熱処理後の熱処理温度とヤ
78
日 本 金 属 学 会 誌(2009)
ング率の関係を保持時間毎に示している.ヤング率は加工ま
まの状態で 220 GPa, 673 K 時効で 230 GPa まで増加し,
1073 K の時効温度までほぼ一定の値を示し,1323 K の熱処
理で 236 GPa までに増加する.ここで,ヤング率は各熱処
理温度で保持時間に依存しないことがわかる.
第
73
巻
て考えられる.
3.3
時効硬化による内部摩擦およびヤング率の関係
Fig. 6 からわかるように冷間スウェージ加工で LD と平行
に形成されたバルクの〈 111 〉繊維集合組織と,〈 100 〉繊維集
Fig. 8 は熱処理温度と加工熱処理後の内部摩擦( Q-1 )の
合組織の配向強度比は熱処理後もほとんど変化しないことが
関係を示している.これより加工後では高い内部摩擦を示す
分かった.したがって,本研究においては加工後の熱処理に
のに対して,673 K 時効熱処理後で著しく低下し,熱処理温
よるヤング率の増加には集合組織の変化は関係せず,他の機
度によらずほぼ一定の値を示すことがわかる.内部摩擦は主
構が寄与していると考えられる.
に相変態,結晶粒界,転位などの格子欠陥に起因し,結晶内
それぞれの時効温度で最大のヤング率を示した試料を対象
部での原子の再配列に関係すると考えられている.内部摩擦
に引張試験を行った.Fig. 10 は時効熱処理温度と引張試験
が大きいほど材料内部の欠陥が多いとされている5,6).Fig. 1
後の 0.2耐力および引張強さとの関係を示している.これ
から本合金は加工熱処理後において g 単相であり,第二相
より強度は時効熱処理により増加して,部分的に再結晶が開
の生成は確認されない.そのため, Fig. 7 および Fig. 8 で
始する 1073 K の熱処理で減少し,完全に再結晶組織になる
観察されたヤング率および内部摩擦の加工熱処理後の変化
1323 K の熱処理では加工前の強度に回復することがわかる.
は相変態や第二相の析出とは関係ないことがわかる.したが
って,加工まま材での高い内部摩擦の値は,加工により導入
された高密度転位とらせん転位同士の切り合いにより生じる
原子空孔の存在に起因すると考えられる.一方,加工によっ
て導入された転位が再結晶によりほとんど消滅する 1323 K
の熱処理材の内部摩擦の値が,高密度転位を維持しているそ
の他の時効熱処理材(Fig. 3)と比べてほとんど変化していな
いことについては考察が必要である.
Fig. 9 は本合金の加工熱処理後の XRD による(111)回折
ピークの半値幅を示しており,時効に伴う半値幅の減少が観
察される. Fig. 3 で観察されたように 673 K ~ 1073 K での
時効後の組織には変形双晶や転位が多く観察されるが,この
Fig. 9 の結果は加工で導入された巨視的な不均一ひずみが時
効後に回復していることを示している.
Granato らは原子空孔が可動転位周辺に集積することで内
部摩擦が減少することを指摘している7,8) .本合金でも加工
Fig. 9 Full Width Half
Maximum (FHWM) of (111) XRD
cold swaged and heat treated Co
Ni based alloy.
peak of as
で導入されたランダムに分布した空孔が時効過程で転位や双
晶周辺に再配列したことが推察できる.Fig. 8 に示される加
工後の時効熱処理による内部摩擦の低下は,このような原子
空孔の転位や双晶境界周辺などへの再配列も一つの要因とし
Fig. 8 Relationship between the annealing temperature and
internal friction (Q-1) of ascold swaged and heat treated Co
Ni based alloy.
Fig. 10 Relationship between the strength (0.2 proof stress
and ultimate tensile stress) and the annealing temperature on
cold swaged and heat treated Co
Ni based alloy.
as
第
2
号
Co
Ni
Cr
Mo 合金のヤング率および強度に及ぼす冷間加工熱処理の影響
79
Chiba ら911)によるとこの CoNi 基合金では加工後に時効熱
にヤング率も上昇する.さらに再結晶によりヤング率は僅か
処理することにより特に 873~973 K 付近の時効で強度が著
に増加するが,強度は再結晶組織のため軟化する.したがっ
しく増加することが報告されている.これは加工で導入され
て,高強度化と高弾性率化を同時に実現するためには,再結
た転位が熱処理により拡張し,積層欠陥を形成し,その積層
晶が起きない熱処理温度でのひずみ時効硬化を利用した高弾
欠陥に溶質元素が偏析して転位の運動を固着する,いわゆる
性率化により可能となる.
鈴木効果によるひずみ時効硬化であると報告している.これ
これまでの金属合金の一般的な高ヤング率高強度特性の
を考慮すると Fig. 10 で示された時効熱処理後の強度増加は
実現は高弾性率の析出相を利用した手法が主であり,本研究
この鈴木効果による転位の固着で説明できる.また 1073 K
で示したように,転位の全固着機構( Trough model )を利用
の時効熱処理後の強度低下は Fig. 3 (d )で観察されるように
した高弾性率化の可能性については全くといっていいほど報
再結晶が開始・進行するためと考えられる.
告はなく,新しいタイプの高ヤング率高強度化の手法とし
1323 K での熱処理により加工材は再結晶により転位など
て今後期待できる.
の格子欠陥を消滅させる.それにより強度も加工前の値に低
下するが,内部摩擦の値は,高密度転位を含んだひずみ時効
結
4.
言
硬化材の値とほとんど同じ値を示す(Fig. 7).このことは,
ひずみ時効硬化の原因となる鈴木効果による転位固着は,析
本研究で得られた知見を以下にまとめる.
出物による局所的な転位固着とは異なり,転位線全長に亘る


減面率 51の冷間スウェージ加工を施した CoNi 基
model )12) (このことを全固着と呼ぶことにす
合金(加工まま材と称す)は多量の転位を含んだ組織であり,
る)であることに起因すると推察される.内部摩擦は転位が
冷間スウェージ加工方向( LD )に結晶配向度が強い〈 111 〉と
外部からの振動エネルギーを吸収することも一因として考え
弱い〈100〉の繊維集合組織を形成する.その後,時効熱処理
られ,本合金のように鈴木効果により転位が全固着されてい
をすると 673 ~ 1073 K では変形組織は多く残存したままで
固着( Trough
ると外部の振動エネルギーを吸収するための転位の運動が起
あり, 1323 Km, 14.4 ks の熱処理を施すと完全な再結晶組
こり得ず,内部摩擦の発生に寄与しない.本合金の時効硬化
織となる.また,繊維集合組織はいずれの熱処理後でも変化
熱処理後の内部摩擦の低下はこのような鈴木効果による転位
しない.


の全固着機構も要因として考えられるが,詳細な機構解明に
加工まま材のヤング率は 220 GPa であり, 673 K ~
1073 K の時効熱処理を行うと,230 GPa に増加した.引張
は今後の研究が必要である.
以上を考慮すると時効硬化熱処理後も多量の転位などの格
強さは 973 K の時効熱処理により 1500 MPa の最大値を示
子欠陥を含んでいるが(Fig. 3),673 K の比較的低い時効硬
した.中間温度での時効熱処理によるヤング率および引張強
化熱処理で内部摩擦が急激に減少し,その後の時効熱処理で
さの増加は,加工で導入された空孔の転位芯周辺への集積に
ほぼ一定値を示す(Fig. 8)のは上述した巨視的な不均一ひず
加え,拡張転位への溶質元素の偏析により転位が全固着した
みの回復と微視的組織変化(点欠陥の再配列や鈴木効果によ
ことに起因する.完全な再結晶組織となる 1323 K の熱処理
を施すと,ヤング率は 236 GPa までに増加するが,引張強
る転位の全固着)に起因していると考えられる.
また時効熱処理後のヤング率(Fig. 7)についても内部摩擦
さは 825 MPa までに減少する.
と同様な議論で説明できる.つまり,加工後に転位などの格


転位が高密度に存在しても,中間温度で時効熱処理を
子欠陥や,それらによりもたらされる不均一ひずみによりヤ
施すと転位が全固着されるために,内部摩擦の上昇や,ヤン
ング率は減少する.これは,加工により導入された転位の全
グ率の減少を引き起こさない.その結果,高強度でかつ高ヤ
部あるいは一部が可動転位として働く場合は,外部からの振
ング率化が可能となる.
動により可動転位部が張り出し,その張り出しの際に消費さ
れるエネルギーが以下の式に表現されるヤング率 E の低下
として現れるためである13,14).
DE=-r
l2
E
6a
本研究は文部科学省「都市エリア産学連携推進事業」によ
り行われた.本研究に用いた合金試料はセイコーインスツル
(2)
ここで,r は転位密度を示している.l は固着された 1 本
株 より提供いただいた.記して謝意を表します.

文
献
の転位線の可動転位部の長さに相当する.また a は l の関数
である.時効後では不均一ひずみの回復,点欠陥の転位芯周
りへの再配列や鈴木効果により転位が全固着するため,加工
で導入された転位の可動部が消失する.これは式( 2 )の l が
ゼロになることを意味しており,転位によるヤング率の低下
の寄与が消失し,ヤング率は増加すると考えられる.また,
再結晶によるヤング率の増加は転位が消失したためであると
考えられる.
以上 Co Ni 基合金で冷間スウェージ加工(減面率 51 )
によりヤング率が低下するが,時効熱処理過程で強さと同時
1) S. Yamamoto, K. Asabe, M. Nishiguchi and Y. Maehara: Tetsu
to
Hagane 82(1996) 771
776.
ISIJ
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7(1994) 651.
to
Hagane 84(1998)
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586
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to
Hagane 84(1998)
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