はしがき - フランテック法律事務所

はしがき
――本書の使い方のガイダンス
1
本書のコンセプト
本書は、筆者が講義を担当する慶應義塾大学法学部における民法演習(「民法の基礎理論
とその応用」
)の講義録、そして、研究テーマとしている現代型契約(著作権のライセンス
契約と商標権やノウハウのライセンス契約であるフランチャイズ契約)の論文を基礎にし
て、知的財産法に興味を持つ学生を対象にして執筆したものである。
近時、知的財産法の重要性が高まり、また、知的財産法(特許法および著作権法)が新
司法試験の選択科目とされたことなどから、知的財産法に興味を持つ学生が増えている。
しかし、知的財産法を民法とは異なる科目として勉強している学生が多いように見受けら
れる。知的財産法は、あくまでも民法における有体物を対象とする法理論の応用編であり、
民法の理論と比較しつつ勉強すれば、理解はそれほど難しいものではない。本書は、「民法
の基礎理論からその応用として知的財産法を解説する」という基本コンセプトでまとめら
れている。知的財産法の入門書として、本書を読むにあたっては、常に民法理論との比較
を念頭に置いて読み進めてほしい。
次に、本書の読み方のガイダンスとして、民法の学び方、そして、知的財産法の学び方
について一言したい。
2
民法の学び方
民法は私法の基本法であるから、民法の勉強の学び方を身につければ、その特別法であ
る知的財産法、また、商法、労働法などの法律についての学び方を身につけることができ、
ひいては法律学全体の学び方を修得することができる。このように重要な民法の学び方を
一言でいえば、
「条文の解釈方法を前提に、基礎概念を用いて論理(ロジック)を理解する」
ということである。
教科書では、民法の条文の説明がなされ、議論がなされている論点についての学説が説
明されている。ここで、注意してもらいたいのは、民法は学説によって成り立っているの
ではなく、条文を基礎にして成り立っているということである。まず、条文があり、そこ
には立法者・起草者によって与えられた意味内容(条文の趣旨・制度趣旨。必ずしも明ら
かであるとはいえない場合も多い)があり、それについて検討・議論する学説等に基づい
て、その意味内容を公権的に確定する判例が形成されているのである。そうすると、民法
の学び方は、まず、条文に与えられている意味内容(条文の趣旨・制度趣旨)の理解とそ
れを前提とする条文の解釈方法が重要になる。そこで、これらの事項について次に説明を
する。
まず、条文を理解するには、当然であるが、条文の文理・文言としてどのような内容で
あるかについて検討がなされることになる。この文理解釈(文言解釈)からスタートし、
次に、条文に与えられている意味内容(条文の趣旨・制度趣旨)を踏まえて、条文の解釈
論として、その文理(文言)を①縮小・制限するか(縮小解釈・制限解釈)または②拡張
するか(拡張解釈・拡大解釈)の議論がなされるべきものである。そして、その文理(文
言)に該当しない事項についての問題が生じた場合には、③反対解釈、④類推解釈、そし
て⑤勿論解釈の三つの方法がとられるのである。
このような解釈方法に関する基礎理論については、本書において資料として巻末に掲載
している(「民法を中心とした法律の条文の解釈方法」)ので、本書を読み進める前に、一
読してもらいたい。そして、本文では議論の対象となる条文に関して、これらの解釈方法
のうち、どのような解釈方法を採用しているかを記載し、クロスレファレンスの記載をし
ているので、解釈方法を意識して、巻末資料を常に参照してもらいたい。条文の解釈方法
について十分な理解ができれば、新しく制定された法律に接した場合、その制度趣旨や立
法趣旨の理解を前提として、自分でそれらを解釈することができ、さらには、法曹となっ
た場合に契約書の条文を的確に起案することができるのである。
条文の解釈方法の前提として、民法の学び方として重要なことは、法律専門用語(テク
ニカルターム)の理解と記憶である。法律専門用語には、法律学として意味内容が確定さ
れているものと、その意味内容自体に学説上争いがあるものがある。まず、法律学上、法
律専門用語として意味内容が確定しているものについては、外国語と同様に理解し記憶す
る必要がある。そして、それを前提として、条文における文言で解釈上意味内容に争いが
あるものについては、論理(ロジック)で考えていくことが必要なのである。講義におい
て、法律専門用語について学生に質問すると答えられないケースが極めて多い。これは、
法律学を学ぶにあたり、
「暗記をしないで理解しなければならない」というアドバイスを受
けることが多いからであろうが、そこでいう「理解」とは、法律専門用語を用いて論理(ロ
ジック)で条文を解釈するということであることを忘れてはならない。
3
知的財産法の学び方
知的財産法のうち、特許法を中心とする産業財産権(工業所有権)の勉強の方法につい
て述べる。まず、基本的な視点として、手続法としての意識が必要である。産業財産権制
度では、権利の発生に関して一定の手続が要求される方式主義がとられている。そこで、
どのような手続により権利が発生するかを時系列に従い、理解することである。これは民
事訴訟法などの手続法の勉強方法と同一である。教科書を読みながら、手続についてのフ
ローの図(特許庁のサイトにおける「特許を取るための手続」http://www. jpo. go. jp/cgi/link.
cgi? url=/tetuzuki/t_gaiyou/tokkyo1.htm)を手元において、方式主義におけるどこの手続
の説明がなされているのかを常に意識することである。例えば、特許要件に問題がなく特
許査定(審査の結果、拒絶理由がない場合になされる特許すべき旨の査定)がなされるこ
ともあれば、また、特許を受けることができない拒絶理由がある場合には、拒絶査定がな
され、それに対して不服があれば、拒絶査定不服審判請求手続がある。そして、特許権な
どの権利が発生したとして、次に、その権利について具体的にどのような効力があるのか
を民法の物権法の応用として理解し、その後、その特許権の利用として、専用実施権や通
常実施権の理解、そして、担保権設定などの手続を理解するという順序で理解することが
大切である。ただ、一度権利が発生したとされるとしても、それに関して、無効審判請求
手続として権利を無効にするための手続が設けられているので、それらについても手続法
としての視点を持ちつつ、検討することが必要となる。
これに対して、著作権法の勉強方法に関しては、権利の発生につき無方式主義がとられ
ているので、手続法的な視点を考える必要はない。そこで、民法の物権法の応用として、
著作権の効力を中心に勉強していけばよい。ただ、注意しなければならないことは、著作
権の内容について、著作権法上、さまざまな制約がなされており、著作権の効力が及ばな
い範囲(著作権の制限)が多く規定されていることから、それらについての理解が必要と
なるということである。
以上、特許法を中心とする産業財産権法と著作権法の学び方を簡単に述べた。知的財産
法を理解するには、条文上規定されている用語の定義を理解し、記憶することが大切であ
る。民法の学び方でも、法律専門用語について理解し記憶することが大切であることを述
べたが、知的財産法の場合には、日常用語ではない法律専門用語が使用されることも多々
あるので、民法以上に法律専門用語の理解や記憶に力を入れることが重要である。
4
おわりに
本書の執筆には、多くの書籍・論文を参考にさせていただいている。本書のコンセプト
に基づいて本書をまとめるにあたり、教えられることが多かったものを参考文献として掲
げている。参考にさせていただいた書籍・論文の著者の方々には厚く感謝したい。参考文
献は、同時に、その部分に関してより詳しく勉強をしようとする読者のためでもあるので、
より深い内容に興味を持った場合には参照してほしい。
筆者の民法の研究に関しては、慶應義塾大学名誉教授新田敏先生が主宰される財産法研
究会で新田敏先生以下諸先生方に多く教わることがあり、また、知的財産法の研究に関し
ては、弁護士・慶應義塾大学大学院法務研究科教授田中豊先生に、本書の知的財産法の解
説部分の基礎となったフランチャイズ契約や著作権のライセンス契約などに関する研究に
つき論文発表などの機会を与えていただいている。この場を借りて、感謝の意を表したい。
筆者の講義のかつての受講生であり、講義内容をまとめて出版することを勧めてくれ、
本書の生みの親となった日本評論社第一出版部の室橋真利子氏による出版の企画から2年
半の期間における協力なしには、本書の出版はなかったものである。また、筆者の法律事
務所のリーガルスタッフである山岸弘幸氏には、文献の収集、原稿の校正などさまざまな
協力を受けた。本書を刊行することができたのは、室橋氏と山岸氏の協力によるものであ
る。この場を借りて、お二人に厚く謝意を表する。また、筆者がこのような本をまとめる
ことができたのは、弁護士となってからの研究に対して常に温かく見守ってくれた両親の
おかげでもある。この場を借りて両親にも感謝したい。
本書の出版後、民法の改正、そして特許法や著作権法の改正がなされるであろうが、本
書をよりよいものとするため、読者の意見を聞きながら、本書を改訂していきたい。
なお、筆者のホームページ(フランテック法律事務所 http://www.frantech.jp/)において
本書に関する情報を提供する予定であるので、本書の内容につき質問などがある場合には、
連絡をいただければ幸いである。
2008 年4月
フランテック法律事務所
弁護士
慶應義塾大学法学部・大学院法務研究科講師
金井
高志