Discussion Papers in Economics No. 592 NAGOYA CITY UNIVERSITY わが国におけるリース債務と株式リスクの分析 わが国におけるリース債務と株式リスクの分析 清水 望花子 吉田 和生 2015年3月 連絡先:〒467-8501 名古屋市瑞穂区瑞穂町山の畑1 名古屋市立大学大学院経済学研究科 E-Mail : [email protected] 電話:052-872-5717 0 わが国におけるリース債務と株式リスクの分析 清水望花子・吉田和生 要 旨 2010 年 8 月、国際会計基準審議会は公開草案を公表し、使用権モデルによる会計処理を 提案した。これはオペレーティング・リースを含む全てのリース取引をオンバランス化す るもので、国内外で多くの議論が行われている。わが国では、2000 年代の中頃、ファイナ ンス・リース取引の例外処理を巡って活発な議論が行われ、現行の会計基準の制定に至っ ている。使用権モデルの議論はこの延長線上にあり、リース会計、そして、それが適用さ れるリース取引にとって再び重要な問題に直面していると考えられる。会計基準の改正が 問題となっている現在、実証的な見地から議論の基となる資料を提供するため、本稿では リース債務の市場評価について分析した。脚注に開示されているリース債務情報は市場で はどのように評価されているのか、例外処理が適用されていたファイナンス・リース債務 (2004-2007 年度)と現在のオペレーティング・リース債務(2008-2011 年度)について 取り上げて分析した。分析の結果、株式市場は前者については財務リスクとして評価して いるが、後者については評価していないことが明らかとなった。 1 序 わが国のリース会計基準は 1993 年に制定されたが、それ以前からリース取引は行われて おり、企業は実務慣行によってその会計処理を行っていた。その会計処理とは、リース料 の支払額を損益計算書の費用として計上するという単純なものであった。1993 年 6 月、企 業会計審議会は「リース取引に係る会計基準に関する意見書」を公表し、これによりわが 国において初めて会計基準として規定された。当該会計基準においては、ファイナンス・ リース取引についてはリース資産とリース債務を貸借対照表に計上する処理を行うことが 原則とされたが、所有権移転外ファイナンス・リース取引についてはオフバランス処理(例 外処理)も認めていた。そのため、ほとんどの企業が例外処理を採用していた。国際的な 会計基準の統合化の流れの中、わが国のリース会計基準は 2007 年 3 月に改正されて、例外 処理は廃止された。この結果、わが国の現在のリース会計基準は国際会計基準とほぼ同様 な基準となっている。しかし、国際会計基準審議会(IASB)は 2010 年と 2013 年に公開草 案「リース」を作成して、使用権モデルという新しい会計処理を提案している。これに合 わせて、わが国の企業会計基準委員会(ASBJ)も 2010 年 12 月に「リース会計に関する論 点の整理」を公表し、リース会計基準の改正を検討している。この使用権モデルでは、オ ペレーティング・リース取引についてもオンバランスの処理を行うことを規定している。 わが国でも多くの企業がオペレーティング・リース取引を利用しているため、当該モデル が導入された場合、企業への影響は少なくないと予想される。 1 このようにわが国では比較的最近になってリース会計基準が創設されたが、すぐに改正 され、現在も改正の検討が行われている。基準改正の主たる目的の1つは投資家の意思決 定に資することであり、その改正が問題となっている現在、関連する研究は必要であると 考えられる。そこで本稿ではわが国のリース会計情報について市場評価の点から分析して いる。具体的には、脚注に開示されているリース債務情報が株式リスク(株式収益率の標 準偏差)に評価され、反映されているか否かを明らかにする。当該分析を通して、情報の 開示(Disclosure) vs 会計上の認識(Recognition)に関する議論1)に対して1つの証拠 を提示したいと考えている。 2 先行研究 市場評価の視点からリース債務を分析した研究は Imhoff et al.(1993)、 Ely(1995)、 Beattie et al.(2000)や Cotten et al.(2013)等、海外において数多く行われている。まず、Imhoff et al.(1993)と Ely(1995)はアメリカ企業を対象とした分析を行い、ともに脚注に開示されてい るオペレーティング・リース債務が多いほど、株式リスクが高いという結果を析出してい る。当該リース債務は企業の財務リスクとして評価されている。特に、Imhoff et al.(1993) は経営者の報酬契約との関係についても分析し、当該リース債務と報酬契約との関係は強 くないことを明らかにしている。これは株式リスクの分析とは異なる結果であり、情報の 利用方法や利用者の違いによって情報の評価・価値が異なることを示している。 また、Beattie et al.(2000)はイギリス企業を対象とした分析を行っている。アメリカ企業 に比べてオペレーティング・リースの利用度が高く、リース料の開示がより詳細であるの で分析しやすいとされている。分析の結果、一般的には注記情報の有用性が余り確認され ていないイギリスにおいても、当該リース債務は財務リスクとして評価されていることが 明らかとなった。 そして、Cotten et al.(2013)はオペレーティング・リース情報と信用リスクとの関係に焦 点を当て、当該リース債務が社債格付けに反映されているか否かを分析している。分析の 結果、当該リース債務は格付けに反映されており、格付機関は注記情報を考慮して社債の 格付けを行っていることが明らかとなった。 以上のように、海外ではリース債務は証券市場においては利用されており、価格等に反 映されているという結果が提示されている。しかし、わが国の研究である坂井(2010)は 海外とは異なる結果を提示している。坂井はファイナンス・リース情報が開示された 1996 年 3 月期前後においてマーケットモデルの構造変化について分析したが、リース取引規模 が大きいグループにおいても変化は確認できなかった。この結果は、わが国では有価証券 報告書の脚注に新たに開示された当該債務情報は株式市場では利用されていないことを示 している。 わが国では関連する分析が非常に少なく、結論を出すにはより多くの研究が必要である。 2 また、分析の対象サンプルが特定の産業やリース利用度の高い企業に限定していたり、分 析方法も同じではないので、結果の解釈には慎重な判断が必要である。本稿では、海外の 多くの研究で取り上げられている株式リスクに焦点を当てて、わが国の全産業を対象に分 析を行う。 3 わが国のリース会計基準と問題提起 (1) リース会計基準の変遷 ここではわが国のリース会計基準の変遷について説明するが、本稿の分析との関係から 一般企業である借手の会計処理について取り上げる。1993 年 6 月、企業会計審議会は「リ ース取引に係る会計基準に関する意見書」 (以下、旧基準と称す)を公表し、わが国で初め てリース会計基準が定められた。旧基準においては、ファイナンス・リース取引はその経 済的実態に即して、原則として通常の売買取引に係る方法に準じて会計処理を行うことと された。取引開始時に、借手はリース物件を使用する権利としてリース資産を計上し、リ ース期間にわたってリース料を支払う義務としてリース債務を計上する2)。そして、決算時 にリース資産には減価償却が適用され(実務指針三) 、リース料支払時にリース債務は利息 相当額との差額分が取り崩されるとされた(実務指針三 1(2)(3)) 。 しかし、旧基準では、所有権移転外ファイナンス・リース取引については例外的な処理 として通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理(リース料の支払額のみを費用計上 する)を行うことも認めていた。この場合には、①リース物件の取得価額相当額、減価償 却累計額相当額および期末残高相当額、②未経過リース料期末残高相当額等を注記するこ ととされた(旧基準三 1(2)) 。 一方、オペレーティング・リース取引については通常の賃貸借取引に係る方法に準じて 会計処理を行い、そして、解約不能なものに係る未経過リース料は貸借対照表日後 1 年以 内のリース期間に係るものとそれ以外に区分して注記することとされた(旧基準四 1) 。 2007 年 3 月、企業会計基準委員会(ASBJ)は企業会計基準第 13 号として「リース取引 に関する会計基準」を公表し、リース会計基準の改正を行った。この改正は、所有権移転 外リース取引に認められていた例外処理を廃止するものであった。当時、非常に多くの企 業が当該処理を採用しており、リース事業協会の調査によると、2002 年 9 月時点では上場 企業 1,051 社のうち 1,048 社が採用していた3)。これでは会計基準の意義が問われるような 状況であった。また、ファイナンス・リース取引については諸外国ではオンバランス化し ており、国際的な会計基準に合わせる必要性からも改正が行われた。例外処理の廃止に対 してリース業界が激しく反対し、審議開始から約 5 年の歳月を経て改正が実現された4)。 当該会計基準では、ファイナンス・リース取引については通常の売買取引に係る方法に 準じて会計処理を行うことになっている(会計基準 9) 。但し、会計基準適用開始前のリー ス取引には、従来の例外的な処理が認められている(適用指針 79) 。オペレーティング・リ 3 ース取引については、旧基準と同様に通常の賃貸借取引に係る方法に準じて会計処理を行 い、また同様に未経過リース料に関する注記を行う(会計基準 15、22) 。 これらがわが国のリース会計基準の変遷であるが、国際的な動きに目を向けると、国際 会計基準審議会(IASB)は使用権モデルを中心とする予備的見解「リース」を 2009 年 3 月に、公開草案「リース」を 2010 年 8 月に公表した。使用権モデルとはすべてのリース契 約をリース期間にわたるリース物件の使用権の取得として取り扱うものであり、借手にお いては、リース期間にわたってリース物件を使用する権利を表す資産(使用権資産)とリ ース料の支払義務を表す負債を認識する(予備的見解 3.26) 。 当該会計処理は比較可能性の向上や取引を操作する機会5)の減少という効果が期待され、 また、IASB の概念フレームワークにおける資産や負債の定義に適合している。しかし、す べてのリース取引に煩雑な会計処理を適用することやリース期間やリース料について不確 実な見積もりを求めること等、多くの問題点が指摘された6)。これに対応するため、IASB は 2013 年 5 月に公開草案「リース」の修正版を公表している。修正草案においては 12 ヶ 月以内の短期リースとそれ以外の取引に分類され、前者はオンバランス化の範囲から除外 されている(修正草案 118) 。後者のリース取引は Type A(機械設備等)と Type B(不動 産)に分類され、費用認識が異なるものの、リース開始日に資産と負債を認識する点では 同じ扱いとなっている(修正草案 37、42) 。今後、わが国の会計基準もこの使用権モデルの 影響を受けて改正されると予想される。 (2) 問題提起 本稿では、オフバランスとなっているリース債務が、株式市場でどのように評価されて いるかを分析する。2007 年以前の会計基準では例外処理が認められていたので、多くのフ ァイナンス・リース債務は貸借対照表の負債に計上されていなかった。しかし、関連する 情報が脚注に開示されていたので、原則的な処理を適用した場合、負債に計上される金額 を知ることができた。また、現在の会計基準ではオペレーティング・リース債務は負債に 計上されていない。しかし、これについても、注記情報から使用権モデルの会計基準が導 入された場合の負債計上額を計算することができる。 このように問題となっているリース債務は負債に計上されていないが、注記情報からそ の金額を把握することができる。株式市場ではこれらの情報を織り込み、株価に反映して いるかもしれない。これを分析するのが本稿の目的である。株式市場における分析として、 情報効果の分析や価値関連性の分析に代表されるように株価の反応や評価に注目するもの が多い。リース取引の場合、企業が毎年支払うリース料は契約によって確定しており、将 来のキャッシュフローの変更に関する議論はあまり行われていない。それに代わって、リ ース債務が通常の負債と同様に財務リスクとして評価されているか否かという債務の評価 が問題となっている。そのため、株式リスクを直接取り上げた分析が必要であり、リース 債務を取り上げた多くの先行研究がこの分析を行っている7)。本稿でも株式リスクに焦点を 4 当てて、リース債務が財務リスクとして反映されているか否かについて分析を行う。 4 分析方法 (1) 分析サンプル ファイナンス・リース債務の分析として例外処理が認められていた最後の 4 年間(2004 年度から 2007 年度)を、オペレーティング・リース債務の分析としてその後の 4 年間(2008 年度から 2011 年度)を取り上げて分析する。本稿の分析は、金融保険業を除く東証 1 部に 上場する 3 月決算企業を対象に行っている。これらの企業を日経 NEEDS 財務データから 収集しており、上記期間において全部で 9,716 サンプルが収録されている。このうち株式 収益率データのないサンプル、直前 7 年間の ROA が計算できないサンプル、純資産がマイ ナスのサンプルを除き、最終的に 9,061 サンプルを対象に分析する。なお、株式収益率は 日本証券経済研究所データ(株式投資収益率 2012 年 CD-ROM 版)から収集している。 (2) 分析方法 リース債務が株式市場でどのように評価されているのかを明らかにするため、株式リス クの分析を行う。本稿では、リース債務の先行研究である Ely(1995)、Beattie et al.(2000) 等と同様な分析方法を用いる。その分析方法は Modigliani and Miller(1958, 1963)の次の モデルを基礎としている。 σy=(1+(1-τ)D/S)σx σy は株式収益率の標準偏差であり、本稿では株式リスク(Equity Risk)と呼んでいる。 σx は営業リスク、τは税率であり、D/S は負債比率(負債/純資産)で財務リスクを表 している。これは、株式リスクは基本的には当該企業の営業活動のリスクによって説明で きるが、財務リスクが高いほど高くなることを示している。本稿では、貸借対照表に計上 されている負債に加えて、オフバランスのリース債務が財務リスクとして評価されている か否かを明らかにする。そのため、負債比率を次のように定義する。 D/S=(貸借対照表上の負債+オフバランスのリース債務)/純資産 この理論に基づき、次の実証モデルを推定する。 σy=β0+β1・σx+β2・(貸借対照表上の負債/純資産)・σx +β3・(オフバランスのリース債務/純資産)・σx + ℇ 5 σy:株式リスクは、各年度末 3 ヶ月後の 6 月を 0 月とし、-11 月から+12 月までの 24 ヶ月間の株式収益率の標準偏差として定義している。但し、最低 18 ヶ月以上のデータ があるものに限定している。 σx:営業リスクは、各年度以前の 7 年間の ROA((税引前当期純利益+金融費用)/総資産) の標準偏差として定義している。 但し、 1年でも ROA がないサンプルは除外している。 オフバランスのリース債務:2004 年度から 2007 年度はファイナンス・リース債務、2008 年度から 2011 年度はオペレーティング・リース債務として定義している。 旧基準(2007 年度以前)では、所有権移転外ファイナンス・リース取引について例外処 理(オフバランス処理)を行った場合、未経過リース料期末残高相当額が注記されていた (旧基準三 1(2)) 。この期末残高相当額は利息法による利子相当額が控除されており、割引 現在価値額を表している。本稿ではこの数値をファイナンス・リース債務のデータとして 分析に用いる。また、オペレーティング・リース債務は、注記として公表されている未経 過リース料を用いて次式によって計算している。 オペレーティング・リース債務=L1/(1+r) + L2/(1+r)2 + … + Ln/(1+r)n Lt:t 年後に支払う未経過リース料を示している。 r:借入資本利子率は、支払利息を短期借入金と長期借入金の合計額で割って計算してい る。 n:リース期間は 1 年を超える未経過リース料を 1 年内のもので割り、それに 1 を足した 期間として定義している。 5 分析結果 株式リスクとリース債務の分析を行う前に、表 1 に示されている分析変数の基本統計量 をみてみる。2004-2007 年度のデータでは、負債比率の平均値は 1.800、中央値は 1.132 と なっている。ファイナンス・リース債務比率の平均値は 0.031、中央値は 0.009 であり、通 常の負債に比べて非常に低くなっている。2008-2011 年度のデータでは、オペレーティン グ・リース債務比率の平均値は 0.038、その中央値は 0.0002 となっている。ファイナンス・ リースと比べると、平均値はほぼ等しいが、中央値は低くなっている。その最大値は 3.415 であり、ファイナンス・リースの最大値である 1.412 よりも高くなっている。わが国の企 業では総じてオペレーティング・リース債務は少ないが、一部の企業では極めて多くなっ ていると言える8)。 表 2 は分析変数の順位相関係数(Spearman)を示している。2004-2007 年度と 2008-2011 年度において営業リスクと負債比率×営業リスクの相関係数は高く、0.576 と 0.514 という 6 値になっている。これら 2 つの説明変数の間には正の相関関係があるが、多変量分析で注 意すべき多重共線性の問題は生じていないと思われる。 表 3 は、株式リスクとファイナンス・リース債務の関係について分析した結果を示して いる。2004-2007 年度の分析では、営業リスクの係数は 0.190、そのt値は 8.646 となって いる。営業リスクにかける係数は統計的に有意であり、営業リスクが高いほど株式リスク は高くなっている。 負債比率×営業リスクの係数は 0.009、 そのt値は 1.866 となっている。 10%水準でこの係数は有意であり、財務リスクが高いほど株式リスクが高いことを示して いる。そして、リース債務比率×営業リスクの係数は 0.571、そのt値は 2.005 となってい る。5%水準でこの係数は有意であり、リース債務は他の負債と同様に財務リスクとして市 場から評価されている。なお、この分析では、コントロール変数として年度ダミー変数と 産業ダミー変数も含めて推定している。表 3 の 2 行目以下は各年度別に同様な分析を行っ た結果を示している。リース債務にかかる係数は有意ではないが、安定した結果を示して いる。株式市場は、従来の負債に追加する財務リスクとしてリース債務を評価しているよ うである。 表 4 は、株式リスクとオペレーティング・リース債務の関係について分析した結果を示 している。2008-2011 年度の分析においてリース債務×営業リスクの係数は-0.022、そのt 値は-0.281 となっている。この係数は有意でなく、当該リース債務は株式市場では評価さ れていない。各年度別の分析においてもリース債務×営業リスクの係数は有意ではなく、 オペレーティング・リース債務は財務リスクの追加的要因として評価されていないと考え られる。 6 結語 同一の有形固定資産を同様に使用しても、購入かリースによって異なる会計基準が適用 され、さらにリースも種類別に異なる会計処理がわが国でも海外でも実施されている。こ の複雑な処理を簡素化する方向でリース会計基準の改正が実施され、そして、現在でも検 討が行われている。これについては株式市場ではどのように評価しているのであろうか。 本稿では、オフバランスのリース債務に注目して株式リスクの点から分析を行った。例外 処理となっていたファイナンス・リース債務と現在のオペレーティング・リース債務につ いて取り上げて分析した結果、前者については株式市場は財務リスクとして評価している が、後者については評価していないことが明らかとなった。 本稿の分析結果はリース取引の種類で異なっており、注記情報の市場評価の点において 明確な結論は得られなかったが、次のような解釈ができると考えられる。リースの分類は 厳密には各国で異なっているが、解約の可能性と経済的便益・負担の点から行われている9)。 この視点からリース取引によって所有権、すなわち権利・義務関係が異なり、これが市場 評価の違いとして現れたと考えることもできる。しかし、海外の研究ではオペレーティン 7 グ・リースも財務リスクとして評価されており、国内外を包括する説明としては難しいと 考えられる。わが国のリース取引の特徴として、その規模が極めて小さいことが指摘でき る。当該リース債務の株主資本に対する比率(中央値)をみると、アメリカでは約 3%、イ ギリスでは約 7%となっている10)。わが国では 0.02%であり、外国企業に比べてその規模 は非常に小さく、株式リスクへの影響も限定的であったと考えられる11)。 <注> 1 Johnson(1992)の指摘以後、様々な分野で多くの研究が行われている。例えば、Ahmed et al.(2006)や Al-Jifri and Citron(2009)等。 リース資産・債務は、原則として契約締結時に合意されたリース料総額から利息相当額 2 の合理的な見積額を控除する方法によって算定される(実務指針三) 。 3 日本経済新聞(2003.10.3)参照。 4 国際的な会計基準にそろえる議論については日本経済新聞(2005.9.6)を、例外処理の 廃止に対するリース業界の姿勢については日本経済新聞(2006.3.16)を参照した。 リース取引の分類については Imhoff and Thomas(1988)が分析しており、ファイナン 5 ス・リースのオンバランス化により、オペレーティング・リースへのシフトが確認され ている。 6 加藤(2011) 、角ヶ谷(2013)参照。 7 貸借対照表の資産や負債を評価するバランスシートモデル(Barth(1991))やオールソ ンモデル(Ohlson(1995))をベースとする研究では、リース情報についても価値関連性 について考察することは考えられる。その場合、リース資産とリース債務の差額の分だ け純資産は変動し、その市場評価が問題となる。 本稿の分析サンプルでは、ファイナンス・リースは 85%(3,714/4,373)の企業が利用 8 しているが、オペレーティング・リースの利用は 54%(2,534/4,688)と少なくなって いる。なお、本稿では全サンプルを対象に分析しているが、リース取引のあるサンプル に限定した分析でも結果は同様であった。 企業会計基準第 13 号「リース取引に関する会計基準」5 参照。 9 10 Ely(1995)及び Beattie et al.(2000)参照。Ely(Table1, p.402)はリース取引がある 212 社について計算しているので、当該リースがない 102 社を考慮して、第 1 四分位を中央 値として引用している。 11 オペレーティング・リース債務の大きい産業(商業と運輸業、850 社、2008-2011 年度) に限定した分析では、リース債務×営業リスクの係数(t値)は 0.862(2.551)となってい る。特定の産業では、市場は財務リスクとして評価しているという結果が得られている。 8 <参考文献> Ahmed, A. 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