焦電結晶を用いた投影型電子顕微鏡 Projection Type

焦電結晶を用いた投影型電子顕微鏡
焦電結晶を用いた投影型電子顕微鏡
大谷一誓,今宿 晋,河合 潤
Projection Type Electron Microscope Using Pyroelectric Crystal
Issei OHTANI, Susumu IMASHUKU and Jun KAWAI
Department of Materials Science and Engineering, Kyoto University
Sakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan
(Received 24 December 2014, Revised 26 January 2015, Accepted 29 January 2015)
Applying an electron beam generated extensively from the tip of the needle stood on
pyroelectric crystal, we developed a projection type electron microscope. By electron beam
bombardment to a copper mesh and TEM grids, we acquired enlarged projection images on a
fluorescent screen set behind the mesh and TEM grids.
[Key words] Pyroelectric crystal, Projection type electron microscope, Portable electron
microscope
焦電結晶上に立てたタングステン製の針の先端から発生する電子線を試料に照射し,試料後方に設置した
蛍光板に試料の拡大像を投影する小型装置を製作した.銅製の金網と TEM 観察用グリッドを試料として用い
て実験を行ったところ,試料の拡大投影像を得ることができた.
[キーワード]焦電結晶,投影型電子顕微鏡,小型電子顕微鏡
焦電結晶とは,キュリー温度以下で結晶内
子が発生する.この過程が繰り返されることで
部の正負の電荷の重心が一致しておらず,自発
電子なだれが生じ,電子線が発生する.この現
分極を有する強誘電体結晶である.分極は加熱
象を利用して,Brownridge は焦電結晶である
時に減少,冷却時に増加し,この分極の変化に
硝酸セシウム(CsNO3)単結晶を真空中で温度
よって結晶表面が帯電するが,大気中では気体
変化させ,生じた電子線を金箔に照射すること
分子によって結晶表面の電荷が持ち去られ,帯
で,X 線が発生することを報告した .Geuther
電は直ちに解消される.一方,数 Pa 以下の真
らは z 軸方向の長さが 10 mm である 2 つのタン
空中では気体分子が減少するため,帯電が数分
タル酸リチウム(LiTaO3)単結晶を対向配置し,
間維持される.この帯電によって生じた電場に
真空中で温度変化させることで 200 keV 以上の
よって,浮遊電子が加速される.加速された浮
X 線を発生させることに成功した .X 線発生
遊電子が気体分子などに衝突すると二次電子が
装置だけでなく,イオンビーム発生装置
1)
2)
3)
や,
4)
生じ,この二次電子も電場によって加速され,
小型カソードルミネッセンス装置 ,小型電子
再び気体分子などに衝突すると,新たに二次電
線プローブマイクロアナライザ(EPMA)
4-8)
に
京都大学工学研究科材料工学専攻 京都市左京区吉田本町 〒 606-8501 連絡先:[email protected]
X線分析の進歩 46
Adv. X-ray. Chem. Anal., Japan 46, pp.203-206 (2015)
203
焦電結晶を用いた投影型電子顕微鏡
ついての研究などにも焦電結晶が利用されてい
Fig.1 に本研究に用いた装置の模式図を示す.
る.当研究室では過去に,対向配置した 2 つの
焦 電 結 晶 と し て 6 × 6 × 5 mm の LiTaO3 単 結 晶
焦電結晶の一方に真鍮板を貼り付け,真空中で
を,導電性の針として先端を電解研磨した長
2 つの焦電結晶を温度変化させることで,真鍮
さ 5 mm のタングステン製の針を用いた.6 × 6
由来の高強度の Cu と Zn の特性 X 線を得られ
× 3 mm の針固定台(銅製)の側面にネジ穴を
9)
る,手のひらサイズの X 線管を製作した .こ
開け,上面に開けた直径 1 mm の穴にタングス
の X 線管の原理が,電子線を試料に照射し,得
テン針を立て,ネジで横から固定した.銀ペー
られた特性 X 線から試料の構成元素を分析す
ストを用いて,この針固定台を LiTaO3 単結晶
る EPMA と同様であることに注目して,焦電
の − z 面に貼り付けた.針固定台の表面には真
結晶を電子線源として用いた持ち運び可能な小
空用グリースを塗布し,台表面の帯電を防止
5,
6)
.角柱状の焦電結晶を
した.LiTaO3 単結晶の + z 面にはペルチェ素
用いると,焦電結晶の帯電面から電子線が発生
子を接着した.本研究の試料には,銅製の金
するため,試料以外の場所,例えば,ステンレ
網(ピッチ 250 µm,
ホール幅 150 µm,
バー幅 100
ス製真空容器の内壁や,真鍮製の試料台などに
µm)および二種類の銅製の TEM 観察用グリッ
も電子線が照射され,ステンレスや真鍮由来の
ド(G1000HS,
1000 メッシュ,
ピッチ 25 µm,
ホー
型 EPMA を製作した
Fe,
Cr,
Ni,
Cu および Zn などが検出されていた.
そこで,焦電結晶の帯電面に導電性の針を立
て,針を固定する金属製の台の表面に絶縁性の
真空グリースを塗布して針の先端のみを帯電さ
せ,針の先端を試料に近づけることで,電子線
のスポットサイズを 300 µm にすることに成功
した
6,
7)
.この改良によって,試料の元素のみ
を検出することが可能になった.焦電結晶上に
導電性の針を立てた際に発生する電子線は,針
の先端から広がるように発生していると考えら
れる.真空中での焦電結晶の温度変化に伴って
発生する電子線を,一部分が銅板で覆われたフィ
ルムに照射し,銅板の像をフィルム上に焼き付
ける,といった報告は既にされているが,この
像は銅板とほぼ同じ大きさであった
10)
.我々は,
導電性の針の先端から発生する電子線を試料に
照射し,その後方に蛍光板を設置すれば,試料
の拡大像が蛍光板に投影されると考えた.本研
究では,試料の拡大投影像を取得するための持
ち運び可能な小型装置を製作したので報告する.
204
Fig.1 Schematic view of the projection type electron
microscope: (FS) fluorescent screen, (S) sample, (TN)
tungsten needle, (PEC) pyroelectric crystal, (PD) Peltier
device, (NH) needle holder, (VG) vacuum grease, (SH)
sample holder, (VP) view port, (DC) digital camera,
(PS) power supply, and (RP) rotary pump.
X線分析の進歩 46
焦電結晶を用いた投影型電子顕微鏡
Fig.2 SEM images of (a) copper wire gauge, (b) TEM grid (1000 mesh) and (c) TEM grid (100 mesh) (Enlarged)
and projection images of (d) copper wire gauge, (e) TEM grid (1000 mesh) and (f)TEM grid (100 mesh) measured
by the device shown in Fig.1.
ル幅 19 µm,
バー幅 6 µm,
Gilder 社と 75/100 ダブ
ペルチェ素子を,直径 12.5 mm の 2 本の銅製の
ルメッシュの 100 メッシュ部分,
ピッチ 230 µm,
棒の底面に銀ペーストを用いて接着し,真空継
ホール幅 200 µm,
バー幅 30 µm,
日新 EM 社)を
手を溶接したフランジを用いて試料と蛍光板が
用いた.Cu,
Al を添加した ZnS を Ti 板上に塗
対向するように NW25 クイックカップリングに
布して製作した蛍光板と,焦電結晶を接着した
取り付け,試料室として利用した.真空度は 1
X線分析の進歩 46
205
焦電結晶を用いた投影型電子顕微鏡
Pa とした.試料および 2 本の銅製の棒は接地
いた装置で得られた拡大投影像の最大倍率は約
した.銅製の金網を試料に用いた際のタングス
50 倍であり,この時のタングステン針の先端と
テン針の先端と試料の距離は 3 mm,タングス
試料の距離は 1 mm,タングステン針の先端と
テン針の先端と蛍光板の距離は 55 mm,TEM
蛍光板の距離は 55 mm であった.導電性の針,
観察用グリッド(1000 メッシュ)を試料に用い
試料および蛍光板の幾何配置を最適化や電子レ
た際のタングステン針の先端と試料の距離は 1
ンズの導入により拡大投影像の倍率は向上する
mm,タングステン針の先端と蛍光板の距離は
と考えられる.さらに,より z 軸長の長い焦電
40 mm,TEM 観察用グリッド(100 メッシュ)
結晶を用いることで,薄膜試料の透過電子像の
を試料に用いた際のタングステン針の先端と試
取得も期待できる.また,本装置は当研究室で
料の距離は 1 mm,タングステン針の先端と蛍
過去に開発した小型 EPMA とほぼ同様の構造
光板の距離は 30 mm とした.LiTaO3 単結晶を
をもつ
ペルチェ素子を用いて 100 ℃で 2 分間加熱した
で本装置を用いた試料の形状観察と小型 EPMA
後,1 分間かけて − 10℃まで冷却し,冷却中に
を用いた試料の元素分析を行うことができる.
発生した電子線が試料および試料後方に設置さ
焦電結晶上に針を立てずに同様の実験をしたと
れた蛍光板に照射された際の蛍光板の発光の様
ころ,投影像は得られないため,針は必須であ
子を,ガラス製のビューポートを通じてデジタ
ることは確認した.
4-8)
.そのため,簡単な装置の組み換え
ルカメラで撮影した.
Fig.2
(a)
(b)
(c)に銅製の金網と 2 種類の TEM
観察用グリッドの SEM 像を,
(d)
(e)
(f)に本装
参考文献
置を用いて得られた拡大投影像を示す.本装置
1)
J.D. Brownridge: Nature, 358, 287 (1992).
を用いて試料の拡大投影像が得られた.拡大投
2) J.A. Geuther, Y. Danon: J. Appl. Phys., 97, 104916
影像は蛍光板上の像の縦横比が 1:1 になるよう
に補正をかけてある.Fig.2
(d)
(f)において,蛍
光板がない位置で発光が見られるのは,蛍光
板での発光がクイックカップリングの内壁で
反射しているためである.銅製の金網の拡大
投影像の倍率は約 16 倍,TEM 観察用グリッド
(1000 メッシュ)
の拡大投影像の倍率は約 24 倍,
TEM 観察用グリッド(100 メッシュ)の拡大
投影像の倍率は約 15 倍であった.また,タン
グステン針と試料の距離,タングステン針と蛍
光板の距離を変えて実験を行ったところ,タン
グステン針と試料の距離を短くするほど,タン
グステン針と蛍光板の距離を長くするほど,拡
大投影像の倍率は高くなった.今回の研究に用
206
(2005).
3) J.D. Brownridge, S.M. Shafroth: J. Appl. Phys., 79,
3364 (2001).
4)
今宿 晋,大谷一誓,河合 潤:鉄と鋼,100, 905
(2014).
5)
S. Imashuku, A. Imanishi, J. Kawai: Anal. Chem., 83,
8363 (2011).
6)
今西 朗,今宿 晋,河合 潤:X 線分析の進歩,
44, 155 (2013).
7)
S. Imashuku, A. Imanishi, J.Kawai: Rev. Sci. Instrum.,
84, 073111 (2013).
8)
大谷一誓,今宿 晋,河合 潤:X 線分析の進歩,
45, 191 (2014).
9)
弘 栄介,山本 孝,河合 潤:X 線分析の進歩,
41, 195 (2010).
10) N. V. Kukhtarev, T. V. Kukhtareva, G. Stargell, J.
C.Wang: J. Appl. Phys., 106, 014111 (2009).
X線分析の進歩 46