熊谷市の湧水復活のための地下水涵養量の復元

熊谷市の湧水復活のための地下水涵養量の復元
小川
進・菅野正人・齋藤恵介・屋代裕介・高村弘毅
1. はじめに
埼玉県熊谷市(図 1)では,近年の水収支の悪化を改善するために雨水浸透施設(写真 1, 2)の設置
を計画している.そこで,湧水を復活させるための浸透施設の最適な設置計画を検討した.まず,現
状の地下水涵養量の空間分布を把握するためにリモートセンシングによる土地被覆分類,1km メッシ
ュの土壌試験および水文解析を行い,GIS による町丁目単位の地下水涵養量を推定した.特に,湧水
復活に必要な地下水位上昇を伴う地下水涵養量を把握するため,地下水深の空間分布の推定を試みた.
2. 方法
2.1
土地被覆分類
1997 年の農閑期(2 月)と農繁期(8 月)の 2 時期の Landsat/TM データを用いて,教師つき土地被
覆分類を行った.分類項目は,森林,水田,畑地,草地,市街地,裸地とした.
2.2 年地下水涵養量分布図の作成
2.2.1 地下水収支のパラメータ
熊谷市の地下水収支のパラメータを以下の順で求めた.
(1) 農業用水量
熊谷市の水田では 6 月半ばから 9 月にかけて約 3,000 mm の水が灌漑用水に使用され,地下へ 15-25
mm/day が浸透する(中澤,1991).これより水田の農繁期の総浸透量を約 2,000mm と仮定し,降雨に
よる水田の浸透量に 2,000mm を加えた.
同様に,畑地では約 400 mm の水が使用されるが,全てが浸透するものと仮定した.
(2) 降水量
計算に用いた年降水量は熊谷気象台の 10 年間(1991~2000 年)の平均値 1,310 mm を使用した.
(3) 土地被覆別の土壌試験と浸透量
熊谷市内を 1km メッシュに分割し,その土地被覆ごとに土壌サンプルを採取し,それぞれに土壌試
験を行った.土壌試験は,透水試験,乾燥密度,間隙率,土粒子の比重,粒度試験,土壌水分特性等
である.
次に,土地被覆ごとの浸透能を以下の浸透方程式を用いた.
1 -1/2
St + K
(1)
S 2 = 4.36 K + 0.00424
2
ここで, i : 浸透能, S : 吸収能, k s : 飽和透水係数である.
i=
(2)
K = k S / 2.8
(3)
土地被覆ごとの浸透能から積算浸透量を算出し,以下の式より流出率を算定した.
∑ ( Pi − I )
(4)
I = St 1 / 2 + k s t / 2.8
Pa
ここで, Pc : 流出率, Pi : 一雨降雨量, I : 一雨積算浸透量, Pa : 年間降雨量 である.
Pc =
(5)
(4) 蒸発散量
Brutsaert(1982)の改良ペンマン法による日蒸発散量を気象データから以下の式を用いて,算定し
た.
E=
∆
γ
*
Qn +
f (u )(ea − ea )
∆+γ
∆+γ
(6)
Qn =
Rn
Ll
(7)
Rn = Rs (1 − α s ) + ε s Rld − Rlu
e
ε a = 1.24 a
 Ta



(8)
Rld = ε aσTa
4
(9)
(10)
Rlu = ε sσTs
4
(11)
1/ 7
ここで, E : 蒸発散量, ∆ = ( de* / dT ) T , γ ≡ c p P / εl , Qn : 有効エネルギー(mm/day), f (u ) : 風関
数(mm/day), u : 平均風速(m/s), ea* : 飽和水蒸気圧(hPa), ea : 水蒸気圧(hPa), Rn : 正味放射量(W/m2),
Ll : 蒸発潜熱(=2.454×106J/kg), Rs : 短波長放射量(W/m2), α s : アルベド, Rld : 下向き長波長放射量
(W/m2), Rlu : 上向き長波長放射量(W/m2), ε s : 表面消散係数(=0.97), ε a : 大気消散係数, σ : ステフ
ァン・ボルツマン係数(5.67×10-8 Wm-2K-4),Ta : 気温(K),Ts : 地温(K) である.なお,土地被覆別アル
ベドは,Kotoda(1986) の値を用いた.
(5) 上下水道の漏水量
上下水道の漏水量を町丁目ごとに求めた.上水道の使用量(1 人あたり 366 ㍑/day)と人口との積よ
り町丁目ごとの使用量を求め,漏水率 10%として,漏水量を算出した.下水道はほぼ上水道の使用量
に相当し,漏水率も同程度と考えられるので,10%とした.
2.2.2 クロス集計
土地被覆分類の結果と地下水収支のパラメータをクロス集計し,年間地下水涵養量の町丁目ごとの
空間分布を求めた.
2.3 地下水深の空間分布
2.3.1 地表面の標高データ作成
GIS に井戸のある地点の標高値を入力,スプライン内挿を使用し,地表面の標高データを作成した.
2.3.2 地下水面の標高データ作成
GIS に 2001 年 8 月の井戸の地下水位データを入力し,スプライン内挿を使用し,地下水面の標高デ
ータを作成した.
2.3.3 地下水深の空間分布図の作成
以上の地表面の標高データと地下水面の標高データの差から,地下水深(地表面から地下水面まで
の鉛直距離)の空間分布を作図した.
3. 結果
3.1 土地被覆分類
作成した土地被覆分類図を図 2 に示す.市街地面積の割合は市全体の半分に及び,特に市の中心部
に集中している.
3.2 年間地下水涵養量の空間分布
土地被覆別に行った土壌試験の結果を表 1 に示す.また,熊谷市表層を覆う関東ロームの平均的な
間隙率は約 20%,土壌水分は 10%だった.したがって,土壌の空隙は 10%であった.作成した年地下
水涵養量の空間分布図を図 3 に示す.市街地では地下水涵養量は著しく少なく,上下水道の漏水の割
合が大きい.
3.3 地下水深の空間分布
作成した地下水深の空間分布図を図 4 に示す.高水位期の 8 月では,かつての湧水地点が集中する
地域の地下水深は 1.0~4.0m だった.すなわち,雨量換算して,100~400mm に相当する.
4. 考察
4-1. 土地被覆と地下水涵養量
不浸透域である市街地が集中する地域では,地下水涵養量が著しく少ない.市街地では上下水道の
漏水による涵養量が増加するが,雨水が浸透しないことによる地下水涵養量の減少がはるかに上回る.
したがって,不浸透域の地下水涵養量の増加が最も重要である.
4-2. 雨水浸透ますによる地下水位上昇
地下水深の空間分布図より,地下水の高水位期である 8 月の湧水付近の地下水深は 1.0~4.0m だっ
た.熊谷市の住宅の約 5 万 5000 棟(熊谷市,平成 16 年)が 1 棟あたり 60m2 の屋根面積だと仮定す
ると総屋根面積は 3.3km2 である.平均的な年降水量 1,310mm がこの面積に浸透する場合その量は 432
万 3000m3 となり,同市街地の面積 38.2km2 で割れば約 113mm が市街地に浸透することになる.表層
の関東ロームの平均的な間隙率は 20%,土壌水分は 10%であり,土壌の空隙は 10%である.土壌が一
様に分布していると仮定すると,113mm の浸透で 113cm 地下水位が上昇する.すなわち,かつての湧
水地点の地下水深(1.0~4.0m)が一部地表に出ることで,湧水の復活が見られることになる.宅地の
浸透ます設置は,湧水復活の最優先施策である.
4-3. その他の施策
60m2 の屋根面積に 50 mm/h の降雨を仮定すると 3m3/h の降雨であり,雨水浸透ますの標準処理量 1.6
m3/h から 2 基で対応できる.熊谷市の住宅約 5 万 5000 棟の 1 棟あたりに 2 基の雨水浸透ますを設置
すると,約 11 万基の雨水浸透ますが必要となる.民間企業および公共施設にも雨水浸透ますを設置し
て,浸透域化し,また道路も透水性舗装や植栽工などの雨水浸透施設を設置し,浸透域化することで,
湧水復活に必要な地下水位の上昇に寄与するであろう.
5. 結論
埼玉県熊谷市では,水収支を改善するために雨水浸透施設の設置を計画している.リモートセンシ
ングによる土地被覆分類,土壌試験および水文解析,GIS による地下水涵養量の推定,地下水深の空
間分布を推定し,以下の結論を得た.
(1)土地被覆分類と地下水涵養量の空間分布の結果より,不浸透域である市街地で著しく地下水涵養量
が少なかった.市街地を優先的に地下水涵養量の増加を求める必要がある.
(2)地下水深の空間分布の結果,地下水位の高水位期である 8 月のかつての湧水地点付近の地下水深は
1.0~4.0m だった.熊谷市の住宅の全てに雨水浸透ますを設置すると,地下水位上昇は 113cm となり,
湧水の復活が期待される.雨水浸透ますの設置数は約 11 万基である.
(3)民間企業と公共施設を浸透域化し,また道路を透水性舗装,雨水浸透側溝などの雨水浸透施設も併
用し,建築物以外の不浸透域も浸透域化することが湧水復活に必要な地下水位の上昇に寄与しうる.
参考文献
[1] 中澤弌仁,水資源の科学,朝倉書店,1991
[2] 小川進・和泉清,流域の浸透パラメータとその評価法,土木学会論文集,第 423 号,1990, pp.121-129.
[3] Brustsaert, W., Evaporation into the Atmosphere, Kluwer Academic Publishers, 1982.
[4] Kotoda, K., Estimation of river basin evaporation, Environmental Research Center Papers, University of
Tsukuba, 8, 1986.
[5] 熊谷市水道部,平成 13 年度水道事業年報,2002
図 3 年間地下水涵養量の空間分布
湧水枯渇(97年9月)
図 1 熊谷市の 1997 年 2 月の Landsat-TM 画像
(R:4, G:3, B:2)
湧水がある(97年9月)
地下水涵養量(mm/年)
0-200
201-400
401-600
601-800
801-1000
1001-1200
1201-1400
1401-1600
1601-1800
1801-2000
図 3 地下水涵養量の空間分布
写真 2 雨水浸透ます
写真 1 家屋に設置された雨水浸透ます
E 内挿に使った井戸
湧水枯渇(97年9月)
湧水がある(97年9月)
地下水深(m)
湧水枯渇(97年9月)
湧水がある(97年9月)
水田
畑地
森林
裸地
市街地
水域
図 2 土地被覆分類図
草地
0.00-1.00
4.01-5.00
8.01-9.00
1.01-2.00
5.01-6.00
9.01-10.00
2.01-3.00
6.01-7.00
10.01-24.00
図4 地下水深の空間分布
(01年8月 高水位期)
表 1 土地被覆別の土壌試験結果,面積率および地下水涵養量
水田
畑地
森林
草地
裸地
市街地
-2
-2
-2
-2
-2
飽和透水係数(cm/s) 1.8×10 1.6×10 2.6×10 3.5×10 1.9×10
吸収能(cm/s1/2)
1.3×10-2 5.0×10-2 3.0×10-2 7.6×10-2 8.3×10-2
31.2
12.8
2.6
4.1
3.9
44.9
土地被覆率(%)
875
340
402
527
108
地下水涵養量(mm/年) 2,956
水域
0.4
287
3.01-4.00
7.01-8.00