大学院物理システム工学専攻2004年度

大学院理工学研究科 2004年度
物性物理学特論第1回
-磁気光学効果とは何か-
非常勤講師:佐藤勝昭
(東京農工大学大学院工学系)
この講義のねらい
ファラデー効果、磁気カー効果などの磁気光学
効果は、日常的に応用されている物理現象で
すが、この現象の起源を探る「学び」の過程で、
電磁気学、古典電子論、量子論、固体物理、磁
性論、材料科学など学部で学んだ知識を実の
あるものにします。また、測定法、デバイス応用
などを通じて、理学と工学の橋渡しを学びます。
 今後学ぶ内容は、シラバスを参照してください。

今回学ぶこと:

磁気光学効果とはなにか
光の偏り
 旋光性と円二色性
 ガラスのファラデー効果
 強磁性体のファラデー効果
 磁気カー効果
 磁気光学スペクトル
 その他の磁気光学効果


光磁気効果
光の偏り(偏光)
光は電磁波である。
 電界ベクトルEと磁界ベクトルHは直交
 偏光面:Hを含む面、振動面:Eを含む面

偏光の発見

1808年,ナポレオン軍の陸軍大尉で技術者のE.L.
Malus がパリのアンフェル通りの自宅の窓からリュクセ
ンブール宮の窓で反射された夕日を方解石の結晶を回
転させながら覗いていた時発見された。
http://www.polarization.com/history/history.html
スケッチ
リュクサンブール宮
By K. Sato
直線偏光
偏光面が一つの平面に限
られたような偏光を直線偏
光と呼ぶ。
 直線偏光を取り出すため
の素子を直線偏光子という。
 直線偏光子には、複屈折
偏光子、線二色性偏光子、
ワイヤグリッド偏光子、ブ
リュースタ偏光子などがあ
る。

複屈折とは

方解石(calcite)の複屈折

文字が2重に見えている。
複屈折偏光子
グランテー
ラー偏光子
ウォラストン
偏光子
グランレー
ザー偏光子
ロション偏光
子
グラントムソ
ン偏光子
復習コーナー
質問

偏光子は結晶の軸方向に対する屈折率の異方
性を利用しているようですが、なぜsとpとが分
離できるのかわかりません。

複屈折があると、s波とp波とで屈折率が異なるので
プリズム型にしたときカットの仕方により一方の波に
対しては全反射に、他方の波に対しては透過にで
きるのです。
円偏光


ある位置で見た電界(または磁界)ベクトルが時間とともに回転する
ような偏光を一般に楕円偏光という。
光の進行方向に垂直な平面上に電界ベクトルの先端を投影したと
きその軌跡が円になるものを円偏光という.円偏光には右(回り)円
偏光と左(回り)円偏光がある。どちらが右でどちらが左かは著者に
より異なっている。
復習コーナー
質問

「時間を止めて電界ベクトルの軌跡をみると進行方向に左ま
わりになっている」とありますが、右円偏光は右まわりに回転
しているのになぜ左まわりになるのでしょうか?伝搬する先(x
の大きいところ)では、回転が遅れて到達するからです
t=0
t=/4
t=/2
旋光性と円二色性

物体に直線偏光を入射したと
き透過してきた光の偏光面が
もとの偏光面の方向から回転
していたとすると,この物体は
旋光性を持つという。


例) ブドウ糖、ショ糖、酒石酸
等
これらの物質にはらせん構造
があって,これが旋光性の原
因になる。
復習コーナー
質問

水溶液など分子の方向はバラバラなのにどうし
て全体で旋光性が出るのが不思議です。

螺旋構造の分子について回転のむき(カイラリティ)は、鏡映
対称があっても変わらないというところがミソです。
鏡映面
旋光性の発見

物質の旋光性をはじめて見つけたの
は、フランスのArago(1786-1853)で、
1811年に,水晶においてこの効果を
発見した。Aragoは天文学者としても
有名で、子午線の精密な測量をBiot
(1774-1862)とともに行い、スペイ
ンでスパイと間違われて逮捕されるな
ど波爛に満ちた一生を送った人である。
Aragoの発見は Biotに引きつがれ、旋
光角が試料の長さに比例することや、
François Arago
旋光角が波長の二乗に反比例するこ
1786 - 1853
と(旋光分散)等が発見された。
円二色性

酒石酸の水溶液などでは、右円偏光と左円偏光とに対して吸光度
が違うという現象がある。これを円二色性という。この効果を発見し
たのはCottonというフランス人で1869年のことである。彼は図2.
4のような装置をつくって眺めると左と右の円偏光に対して明るさが
違うことを発見した。後で説明するが(3.1節)、円二色性がある物
質に直線偏光を入射すると透過光は楕円偏光になる。
酒石酸

ワインは、葡萄果実の酸を持つお酒
です。この酸は主として酒石酸。ワイ
ンのなかでは、大部分が酸性酒石
酸カリウムとして存在しています。
この酸性酒石酸カリウムは、非常に
溶解度が小さく、時に結晶として析
出することがあります。この結晶が
「酒石」で、「ワインのダイヤモンド」と
も呼ばれています。気温の低いとこ
ろに、ワインのボトルを長い間置くと、
これが徐々に析出するのです。
クラマース・クローニヒの関係


旋光性と円二色性は互いに独立で
はなく、クラマース・クローニヒの関
係で結びついている。
旋光角のスペクトルは、円二色性ス
ペクトルを微分したような形状をもっ
ている。

物理現象における応答を表す量の
実数部と虚数部は独立ではなく、互
いに他の全周波数の成分がわかれ
ば積分により求めることができると
いう関係
復習コーナー
質問

Kramers-Kronigの関係は吸収係数と屈折率で
も見たことがあるが、いろいろなところで使われ
ていますか。

YES、誘電率の実数部と虚数部、磁化率の実数部
と虚数部などいろいろの物理応答関数に適用でき
ます。

NdFe2B14の磁気
光学スペクトル
Kerr Rotation & Ellipticity [degree]
Kramers-Kronig関係の例
0.2
Kerr Ellipticity
0.0
Kerr Rotation
-0.2
鏡のデータを引いたもの
鏡のデータを引いてないもの
-0.5
1
2
3
4
Photon Energy [eV]
5
6
光学活性
旋光性と円二色性をあわせて光学活性という
 物質本来の光学異方性による光学活性を「自然活性」
とよぶ。
 電界(電気分極)によって誘起される光学活性を電気
光学(EO)効果という。


ポッケルス効果、電気光学カー効果がある。
磁界(磁化)によって誘起される光学活性を磁気光学
(MO)効果という。
 応力による光学活性をピエゾ光学効果または光弾性
という

復習コーナー
質問

AOモジュレータはピエゾ光学効果を利用してい
るのですか。
いいえ、AOモジュレータは、フォノンによるブリルア
ン散乱を利用しています。
 ピエゾ光学効果を利用しているのは光弾性変調器
(PEM)というものです。

非磁性体のファラデー効果
ガラス棒にコイルを巻き電流を通じるとガラス棒の長手方
向に磁界ができる。このときガラス棒に直線偏光を通すと
磁界の強さとともに偏光面が回転する。この磁気旋光効果
を発見者Faradayに因んでファラデー効果という。
 光の進行方向と磁界とが同一直線上にあるときをファラ
デー配置といい、進行方向と磁界の向きが直交するような
場合をフォークト配置という。

ファラデー効果

ファラデー配置において直線偏光が
入射したとき出射光が楕円偏光にな
り、その主軸が回転する効果
M. Faraday (1791-1867)
ヴェルデ定数

強磁性を示さない物質の磁気旋光角をθF、磁界をH、
光路長lとすると、
θF =VlH
と表される。V はVerdet定数と呼ばれ、物質固有の比例
定数である。
ヴェルデ定数一覧表 =546.1nm 理科年表による
物質
酸素
V [min/A]
7.59810-6
物質
NaCl
V [min/A]
5.1510-2
プロパン
水
5.005 10-5
1.645 10-2
ZnS
クラウンガラス
2.8410-1
2.4 10-2
クロロホルム
2.0610-2
重フリントガラス
1.33 10-1
直交偏光子
2つの偏光子PとAを互いに偏光方向が垂直になる
ようにしておく 。(クロスニコル条件)
 この条件では光は通過しない。

ファラデー効果による光スイッチ

PとAの間に長さ0.23 mのクラウンガラスの棒を置
き106 A/m(=1.3T)の磁界をかけたとすると、ガラス
中を通過する際にほぼ90゜振動面が回転して検光
子Aの透過方向と平行になり光がよく通過する。
ファラデー効果の非相反性
ファラデー効果においては磁界を反転すると逆方向に回
転が起きる。つまり回転角は磁界の方向に対して定義さ
れている。ここが自然活性と違うところである。
 図に示すように、ブドウ糖液中を光を往復させると戻って
きた光は全く旋光していないが、磁界中のガラスを往復し
た光は、片道の場合の2倍の回転を受ける。

自然旋光
ファラデー効果
復習コーナー
質問

磁界中のガラスを往復した光は、片道の場合
の2倍の回転を受けるのはなぜですか?

自然旋光では、回転が光の進行方向について決
まっているのに対し、磁気光学効果では回転が磁
化の方向に対して決まっているからです。
回転が進行方向で決まる
回転が磁化の方向で決まる
強磁性体のファラデー効果
ガラスのファラデー効果に比べ、強磁性体、フェ
リ磁性体は非常に大きなファラデー回転を示す。
 磁気的に飽和した鉄のファラデー回転は1cm
あたり380,000゜に達する。この旋光角の飽和
値は物質定数である。


1cmもの厚さの鉄ではもちろん光は透過しないが
薄膜を作ればファラデー回転を観測することが可能
である。例えば30 nmの鉄薄膜では光の透過率は
約70 %で、回転角は約1゜となる。
代表的な磁性体のファラデー効果
物質名
旋光角 性能指数 測定波長 測定温度 磁界 文献
(deg/cm) (deg/dB)
(nm)
(K)
(T)
-------------------------------------------------------------------------------------------------Fe
3.825・105
578
室温
2.4
4)
Co
1.88・105
546
〃
2
4)
Ni
1.3・105
826
120 K
0.27
4)
Y3Fe5O12* 250
1150
100 K
5)
Gd2BiFe5O12 1.01・104
44
800
室温
6)
MnSb
2.8・105
500
〃
7)
MnBi
5.0・105
1.43
633
〃
8)
YFeO3
4.9・103
633
〃
9)
NdFeO3
4.72・104
633
〃
10)
CrBr3
1.3・105
500
1.5K
11)
EuO
5・105
104
660
4.2 K
2.08
12)
CdCr2S4 3.8・103
35(80K)
1000
4K
0.6
13)
ファラデー効果で磁化曲線を測る
強磁性体では旋光角は物質定数であるが、飽和して
いない場合には、巨視的な磁化に関係する量となる。
従って、ファラデー効果を用いて磁化曲線を測ること
ができる。
 ファラデー効果は磁化ベクトルと光の波動ベクトルと
が平行なとき最大となり、垂直のとき最小となる、すな
わち,磁化と波動ベクトルのスカラー積に比例する。
測定に使う光のスポット径が磁区よりもじゅうぶん大
きければ近似的にいくつかの磁区の平均の磁化の成
分を見ることになる。

ファラデー効果による磁化曲線測定
原理
ファラデー回転角θ
入射偏光
透過偏光
試料
装置
青色LED
偏光板
試料
コイル
差動検出器
差動検出器の説明
偏光ビームスプリッタ
透過光
光センサー
偏光光
反射面
-
光センサー
+
出力
結果
ファラデー効果
1.5
ファラデー回転角(deg)
1
0.5
0
-300000
-200000
-100000
0
100000
200000
-0.5
-1
-1.5
磁場(A/m)
300000
補正前
補正後
磁性ガーネットの磁区の変化
趙(東工大)、
佐藤(農工大)
ファラデー効果を用いた
磁区のイメージング
CCDカメラ
検光子
対物レンズ
偏光子
試料
穴あき電磁石
光源
ファラデー効果で観察した
(Gd,Bi)3(Fe,Ga)5O12の磁区
NHK技研 玉城氏のご厚意による
磁気カー効果

磁気カー効果は、反射光に対するファラデー
効果といってもよい。Kerrという人は電気光
学効果の研究でも有名で一般にカー効果と
いうと電気光学効果のほうをさすことが多い
ので区別のため磁気カー効果と呼んでいる。
磁気カー効果

3つのMO-Kerr 効果



極カー効果(磁化が反射面の法線方向、直線偏光は傾い
た楕円偏光となる)
縦カー効果(磁化が試料面内&入射面内、直線偏光は傾
いた楕円偏光となる)
横カー効果(磁化が試料面内、入射面に垂直偏光の回転
はないが磁界による強度変化)
代表的な磁性体のカー回転角
物質名
カー回転角 測定光エネルギー 測定温度
磁界
(deg)
(eV)
(K)
(T)
----------------------------------------------------------------------------------------Fe
0.87
0.75
室温
Co
0.85
0.62
〃
Ni
0.19
3.1
〃
Gd
0.16
4.3
〃
Fe3O4
0.32
1
〃
MnBi
0.7
1.9
〃
CoS2
1.1
0.8
4.2
0.4
CrBr3
3.5
2.9
4.2
EuO
6
2.1
12
USb0.8Te0.2 9.0
0.8
10
4.0
CoCr2S4
4.5
0.7
80
a-GdCo * 0.3
1.9
298
PtMnSb
2.1
1.75
298
1.7
CeSb
90
0.46
1.5
5.0
復習コーナー
質問

Kerr効果はエバネセント波のファラデー効果と
考えられますか
NO, 後の授業で話しますように、境界で一部の光
は物質中に入り一部の光は反射されます。このとき
の境界条件で決まるのがカー効果です。
 MDやMOでは、ファラデーとカーを両方とも利用し
ているといえるでしょう。
 エバネセント波の条件では、たぶんカー効果は起き
ないでしょう

磁気光学スペクトル
磁気旋光(ファラデー回転、カー回転)に限らず一般に
旋光度は、光の波長に大きく依存する。旋光度の波長
依存性を化学の分野では旋光分散(optical rotatory
dispersion;ORD)と呼んでいる。物理の言葉では旋
光スペクトルである
 旋光度や円二色性は物質が強い吸光度を示す波長
領域で最も大きく変化する。これを化学の方では異常
分散と称する


何が異常かというと、一般に吸収のない波長では旋光度は
波長の二乗に反比例して単調に変化するのに対し、特定の
波長でピークを持ったり、微分波形を示したりするからであ
る
磁気光学ヒステリシス
ループの波長依存性
図はいくつかの測定波長に
おけるアモルファスGdCo薄
膜のカー効果のヒステリシス
曲線である
 この図を見るとヒステリシス
ループの高さばかりでなく、そ
の符号までが波長とともに変
ることが分る

復習コーナー
質問

磁気光学で見た磁気ヒステリシスが波長によっ
て符号が変わるのが興味深かった。しかし、何
に使うのですか。
波長による回転角・楕円率の符号や大きさの変化
(スペクトル)を調べると物質の電子構造の情報が
得られます。
 日大の伊藤研では2層構造のMOディスクをつくり、
波長によって符号が異なることを利用して、2つの
層の記録ビットを独立に読みとる技術を開発してい
ます。

GdCoの磁気光学スペクトル


ゼロ磁界におけるカー
回転およびカー楕円率
を光子のエネルギーE
に対してプロットしたス
ペクトルは図に示され
ている。
(光の波長λとエネル
ギーEの間の関係は、
波長λをμmを単位とし
て表した場合、EをeV
単位としてE=
1.2398/λで与えられ
る。)
なぜスペクトル測定?
なぜエネルギーを横軸にとるかというと、このよ
うな磁気光学効果スペクトルはそれぞれの物質
の電子エネルギー構造に基づいて生じているも
のであるからである。
 第4章で述べるように磁気光学効果は物質中
での特定の光学遷移から生じるので,物質の
電子構造を調べるための手段として磁気光学
効果を用いることもできることを示唆している.

磁気光学効果と光磁気効果

磁気→光:磁気光学効果(Magneto-optical
effect)
スペクトル線の分裂、移動(ゼーマン効果)
 磁気共鳴:強磁場ESR、マグネトプラズマ共鳴
 狭義の磁気光学効果(Faraday, Kerr, Cotton Mouton)


光→磁気:光磁気効果(Photomagnetic effect)
熱磁気効果:キュリー温度記録→MOディスク
 光誘起磁化:ルビー、磁性半導体
 光誘起スピン再配列→光モータ
