大学院医学研究科小児整形外科学 医学フォーラム

医学フォーラム
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医学フォーラム
<部 門 紹 介>
大学院医学研究科小児整形外科学
小児整形外科学部門の設立
平成 24年,京都府健康福祉課の担当者と小児
整形外科学医師の不足の件で面談した.当時,
舞鶴こども療育センターの整形外科常任医師が
退職するため,補充する人材がなく京都府の健
康福祉課から府立医大の関係者との実情に関す
る聞き取り調査であった.小生が面談に応じ
て,京都府における小児整形外科医育成システ
ムの必要性とその重要性について話した.
問題の根源は 20数年間,小児整形外科医とし
て専門的で高度の手術手技を習得している整形
外科医が府内にいないことだった.その点では
京都府の福祉医療の充実度は小児整形外科にお
いては日本の最低レベルに位置していた.この
20数年間,運動器疾患の子供たちの治療を誰が
行ってきたのか.京都府立医大関連病院では現
在の京都第二赤十字病院院長である日下部虎夫
先生とその指導を受けた小生および舞鶴こども
療育センターの張 京先生の 3人であった.少
子化がすすみ今日,年間 100万人に満たない出
生数だが,子供が生まれる限り小児整形外科医
は必要である.若い整形外科医が華やかな人工
関節手術やスポーツ関連に惹かれているのは全
国的な現象であり,小児整形外科医を志す整形
外科医は少数であるが貴重な存在である.健康
福祉課の担当者には今回,張先生が退職,日下
部先生が院長職で実践からはなれ,小生の退職
後は京都府内関連病院の小児整形外科診療は壊
滅状態となる.その際は患者を大阪府母子医療
センター,滋賀県立小児医療センター,兵庫県
立こども医療センターに紹介するしかないと説
明した.これらの施設では常勤の小児整形外科
医が多数(4~10名)従事しており,レベルの
高い小児整形外科医療を提供している.また,
数年のローテーションで小児整形外科医の育成
を担っており,上司が退職すると後輩が継承す
るという形で存続してきた.京都府の行政とし
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ては府民を他府県で治療することはできない.
そこで,府立医大での小児整形外科医の育成シ
ステムが必要と認識され,吉川学長主導で知事
の決定により,平成 25年 4月に小児整形外科部
門が発足し,小生が部門長に任命された.平成
25年 7月からは病院教授を拝命した.現在,小
児運動器センターが開設され週 3回の外来を
行っている.
小児整形外科医の育成と課題
現在,小児整形外科部門は本学では 4名のス
タッフが割り当てられた.小生と腫瘍外科講師
の白井寿治,小児整形外科(学内講師)の岡 佳
伸,手の外科助教の土田真嗣の 4名である(写
真)
.平成 27年 1月からは大学院 3年生 1名(中
瀬雅司)が小児整形外科医を志望しており,現
在 3名の布陣で外来と手術を行っている.一
方,府立医大北部医療センターでは講師の吉田
隆司がひとりで小児整形外科を担当している.
小児整形外科医を府下に送り出すには,さらに
多くの教育側の人材が必要である.
幸いこの 20数年間に小生が小児整形外科以
外に大学で診療してきた外傷,特に骨折や最先
端の創外固定器を用いた脚延長術に興味がある
先生が数名おり,彼らが現在は関連病院で一般
整形外科医として働いている.しかし,小児整
形外科全般の手術技能を備えている医師はまだ
いない.関連病院の症例に対しては現在も小児
整形外科症例検討会を月に 1回行って対処して
きた.是非,小児整形外科に興味ある医師を短
期間でもローテートできるシステム作りが必要
である.
一方,肢体不自由児の整形外科診療ができる
医師は全くいない.京都府立医大ではこども病
院設立当初から小児整形外科部門はなく,小児
整形外科疾患の教育を継承するシステムも人材
も場所もなかった.40数年前までは現在の滋
賀県立小児医療センターが府立医大の関連病院
であったため,小児整形外科診療は充実してい
た.しかし,その当時の医師達は実践から離れ
ている.現在,肢体不自由施設の専門医を育て
る場は舞鶴療育センターしかないが,人材の枠
がない.他府県の肢体不自由児施設から人材を
確保するしかないと府の健康福祉課の担当者に
申しあげた.しかし,健康福祉課も他府県から
の人材確保に努力したようだが無理であった.
どの施設も人材を供給できる余裕がないため
だ.地域医療のために手術が必要な肢体不自由
児に手術時期を逸することなく対応できるシス
テム作りが必要である.
小生の残り少ないエネルギーを,小児整形外
科医の育成のために燃焼させ,京都府民のため
に小児整形外科診療が少なくとも他府県レベル
になり,世界最先端の小児整形外科医療に近づ
けたい.
小児整形外科学部門の魅力
小児整形外科の魅力は幼い子供達と接するこ
とができること,子供の成長に合わせて治療法
を選択できること,子供の自家矯正能力を引き
出す治療法を追求すること,また子供達や保護
者と喜びや悲しみを共有できることである.
一方,小児整形外科学部門の魅力としては大
学に属しているため,他府県にある小児医療セ
ンターなどと違って,基礎・臨床研究ができる
ことである.現在,日本で小児整形外科学部門
がある大学はほとんどない.この利点を最大限
に活かして,今後も臨床と関連した基礎・臨床
研究を行っていきたい.以下われわれが行って
いる基礎・臨床研究を紹介する.
1.基礎研究
・光触媒を用いて脚延長に使用する創外固定器
固定ピンに抗菌作用を付加する医療材料の開
発
・SQUI
Dを用いた生体磁場計測により四肢の
骨・軟部腫瘍に組織検査を必要としない非侵
襲的悪性度判定法を確立する研究
・府立医大が世界で初めて行った電気仮骨の流
れを継承し,交流電気刺激による延長仮骨形
成促進をはかる研究
・仮骨の成熟度判定のためのインピーダンス値
計測法の確立
・外傷分野では外傷後に成長につれて変形や成
長障害をきたす骨端線部分早期閉鎖の早期診
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断法とナビゲーションシステムを用いた低侵
襲手術療法の確立をめざしている.
2.臨床研究
・生体物理刺激による仮骨形成促進法の臨床応
用
・延長仮骨のインピーダンス計測による仮骨形
成モニタリング法の確立
・光触媒ピンを用いた感染予防の臨床応用
・ペルテス病の新しい治療法の追求と病態の解
明
・筋性斜頚の術後装具療法(ラガータイプブ
レース)の有効性
・幼児の易転倒性内旋歩行に対する内側楔状挿
板の転倒予防効果の確立
・骨端線早期閉鎖に対する低侵襲手術法の確立
・疾患による成長過程での下肢アライメント変
化の相違
小児整形外科診療と教育体制
診療体制:小児運動器センター外来は外来棟
1階の整形外科外来受付から鴨川寄りに位置し
ている.新患外来は水曜日(岡担当)と金曜日
(金・吉田・中瀬担当)で再診は月曜日(岡・
金・中瀬担当)と水曜日(岡担当)で行ってい
る.小児整形外科の入院病棟は D5病棟である
(5床)
.夏休み時期にはベッドが足りないため
一般整形外科のベッドの使用を許してもらって
いる.昨年度(平成 25年)も多数の手術を夏休
み,冬休みに行った(100例以上)
.最近認知さ
れてきたため,今後も手術件数の増加が予想さ
れる.
教育体制:小児整形外科学部門は現在の整形
外科学教室に属しており,他大学では経験でき
ない小児整形外科学を学生,研修医,専攻医に
提供できる唯一の大学と自負している.
1.対象疾患
小児整形外科診療の対象疾患は小児整形外科
三大疾患をはじめ多岐にわたっている.
・乳幼児期:先天性股関節脱臼,先天性内反
足,先天性筋性斜頚,扁平足,手指・足趾の
先天奇形,骨形成不全症,乳児感染症,くる
病,内分泌・代謝異常
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・幼児期:易転倒性による歩行障害,O脚,X
脚,内旋歩行,外反扁平足,単純性股関節炎,
成長痛
・学童期:ペルテス病,大腿骨頭すべり症,J
I
A,
特発性側弯症,骨軟部腫瘍による成長障害や
長幹骨の変形
・外傷:小児骨折後の遷延治癒骨折,偽関節,
変形治癒骨折,骨端線部分早期閉鎖による成
長障害と変形,成長期のスポーツ障害と外傷
・感染症:急性・慢性骨髄炎,化膿性関節炎
・肢体不自由児施設からの疾患:麻痺性股関節
脱臼,麻痺性足部変形,下肢アライメント異
常,麻痺性側弯症
2.主な治療法
小児整形外科疾患の多くはギプス,装具,入
院牽引療法などの保存療法で対応できる.
・先天性内反足: Po
ns
e
t
i
法(ギプス矯正)
,後
方解離術,後内方解離術,距骨下関節全周解
離術
・小児先天性股関節脱臼(DDH)
:超音波診断
(Gr
a
f
法)
,Rb
(リーメンビューゲル)装具療
法,OHT(牽引療法)法,徒手整復術,広範
囲展開法による手術療法
・先天性筋性斜頚:胸鎖乳突筋部分切除術,両
端切離術,ラガータイプ装具による後療法
・学童期疾患:大腿骨頭すべり症の手術療法(i
n
s
i
t
upi
nni
ng
,矯正骨切り術)
,化膿性股関節炎
の掻爬・洗浄(関節鏡)
,ペルテス病の NPS
装具療法
・骨折:ギプス固定,経皮的ピニング固定法,
髄内釘固定,創外固定法,プレート固定
・偽関節,変形治癒骨折,成長障害:創外固定
器による脚延長法(*イリザロフ法)を利用
した変形矯正骨切り術
・低身長:創外固定器を用いた両下肢・上肢の
脚延長術(*イリザロフ法)
・内旋歩行による易転倒性に対する足底挿板を
用いた治療
*イリザロフ法は自分の骨を徐々に延長して変
形や長さを調節する手術法である.
文責(金 郁喆)