「テニスコートにおける障害予防」

18.テニスコートにおける障害予防
Babette Pluim and Frank van Fraayenhoven(須田和裕 訳)
1.はじめに
毎年,すべてのテニス選手の5∼10%が怪我をしている(Schmikli, 2001).テニスでは,上肢,下肢
ともに同じような割合で障害が起こっている.体幹への障害は比較的少ない(Chard, 1987; Winge,
1989).上肢では,オーバーユースによる微小外傷の繰り返しで障害が多く起こり,下肢では急性の障
害が多い.年齢,プレー頻度,用具,サーフェス,体調などが障害の発生に影響する.怪我のあとは,
筋力,柔軟性などが低下し,復帰にはリハビリテーションが必要となる場合もある.
選手が,テニスコートへ復帰するときには,選手やコーチは,練習の負荷を大目に見積もっておく必
要がある.完全には回復していない可能性があるし,障害部位の筋力や柔軟性が低下している場合もあ
るためである.加えて,障害による安静期間が長ければ,高負荷の練習に取り組む前に,リハビリを行
う必要がある.つまり,復帰するときには,徐々にトレーニングを行っていくことが重要になる.
レクチャールームでのプレゼンテーションでは,テニス肘,腰痛,捻挫,腹筋痛,肩の障害,手関節
や膝関節の問題について説明し,バイオメカニクス的にも考えてみたい.オンコートプレゼンテーショ
ンでは,障害予防のための様々なエクササイズやドリルを紹介する.
2.テニスエルボー
テニスエルボーは,肘関節の外側にある手関節を伸展させる筋や腱に痛みや萎縮が生じる.上級者と
比較すると,初心者はテニスエルボーになりやすい.おそらく,それは,バイオメカニカルな要因によ
るものが大きいだろう.例えば,Blackwell and Cole(1994)の報告によると,片手打ちのバックハン
ドでボールを打つときに,上級者は,インパクト直前にわずかに手関節を伸展させ,それから,さらに
伸展させてボールを打つが,初心者は,屈曲した手関節で,さらに屈曲しながらボールを打つ.つまり,
初心者は,インパクトの時に,筋が過度に引き伸ばされ,筋へのダメージが増加するため,テニスエル
ボーになりやすいのである.
グリップの握りの強さも,ここでは,非常に重要な観点となる.初心者は,特に,バックハンドスト
ロークの間中,ラケットをしっかりと握る傾向にある.また,緊張するような試合や重要なポイントの
間中,ずっと,ラケットを握りしめている初心者もいる.このような握り方には,2 つの負の側面を持
っている.1つは,前腕筋群の筋張力が高くなることによって,肘や肩関節周囲の筋張力を増加させ,
パワーのロスや短いスウィングなどといった,最適状態に及ばないストロークをつくりだすこと,もう
1つは,前腕の一定の高い筋張力がコンパートメント症候群や他の障害をもたらすことである.ラケッ
トをしっかりと握れば握るほど,ラケットから手へ伝わるボールの衝撃力は大きくなり,ますます障害
の危険性にさらされるのである(Hennig and Milani, 1995).
一般的には,インパクトの時に,ラケットをしっかりと握ることは,ボールスピードを生み出すため
には,重要であるけれども,ラケットのセンターでボールをとらえたときには,リバウンドした後のボ
ールのスピードは,握りの強さに関係なく一定であり,ラケットのセンター外でボールをとらえたとき
には,インパクト後のボール速度は,しっかりと握ったときの方が速くなると報告されている.
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3.肩の障害
肩の障害の多くは,肩関節周囲にある腱の微小外傷の繰り返しやオーバーユースの結果によってもた
らされるものである.サーブのワインドアップ後,腕は加速され,その時に,障害がもたらされる.1500°
/秒以上のスピードが加速局面中に生じ,そして,コッキングや減速局面の後半で,大きな力が生じる
からである(Kibler, 1995).肩関節にある上腕骨頭の周囲には,ローテーター・カフと呼ばれる 4 つの
筋があり,サービス動作を生み出したり,関節を固定したりする働きを持っている.しかし,これらの
機能が低下すると,疲労が蓄積し,障害をもたらす.上腕骨頭は,腕を挙上する時に中心となるが,そ
れがずれると周囲の構造にストレスをかけることになる.上腕骨頭が,上方へ移動すると,カフを圧迫
する(インピンジメント).フォロースルーの時に生じる,大きな力によって,ローテーター・カフの
上部と下部に大きなストレスがかかる.肩の障害をもたらす要因は,肩関節周囲筋群が poor である
こと,肩関節の柔軟性が不足していることにある.
4.手関節の障害
ダブルバックハンドを用いた選手の非利き腕側の手関節の腱において,しばしば,障害がみられる.
これは,おそらく,バックハンドの準備動作の時に生じる尺骨のずれとラケットがボールとぶつかると
きに生じる,筋−腱単位での伸張性収縮と急激な減速によるものであろう(Retting, 1994).
5.腰痛
若年層の時に,多くの回旋動作や過伸展を伴った高強度の練習では,脊柱のストレス骨折の危険性を
増加させる.前方へのせん断力に耐えるための成長板の能力は,骨成熟に依存する(Kajiura et al., 2001).
さらに,姿勢が伸展されればされるほど,脊柱は,ますます姿勢を安定させる役割を担う.筋が疲労し
てくると,椎間板や靭帯にますます負荷がかかるようになる(Kong, 1996).そのため,トップスピン
サーブのように,脊椎が過度に伸展されると,腰部の障害の危険性が増加するのである.特に,若年層
において,注意すべきことである.ジュニア選手やエリート選手の障害予防として,中心部の安定性を
高めるための運動を行うことは,重要である.
5.膝の障害
膝の障害の多くは,膝蓋腱,膝蓋骨,大腿四頭筋のオーバーユースや繰り返される肉離れによって生
じる.膝蓋骨は,楔形をしており,大腿骨顆によって形成されている溝に滑り込んでいる.膝蓋骨の滑
らかな動きは,下肢のアライメント,筋の状態,柔軟性に依存する.膝の障害の要因は,大腿部の内旋
によって生じる不適切な膝蓋骨の移動,膝の打撲,足関節の過度な内旋,大腿四頭筋や股関節外転筋群
と外旋筋群の筋力の問題,ヒラメ筋,腓腹筋やハムストリングの硬縮などがあげられる.
6.腹部の筋損傷
腹部の筋損傷は,腹直筋の1つの部分断裂をいう.通常は,非利き腕側の腹部に生じる.サーブのコ
ッキング局面中に,選手は,ラケットの加速距離を獲得し,ラケットスピードを生み出すために,肩の
外転と外旋動作,脊柱の過伸展によって,ラケットを身体から遠ざける.選手の軸骨格が完全に伸展し
たときに,腹部の筋は最大に伸展され,弾性エネルギーが貯蔵される.そして,動作が戻される時に,
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腹部の筋が危険にさらされる.外腹斜筋や内腹斜筋の障害は,比較的,少ない.加速局面中に,最も
EMG 活動がみられるのは,キックサーブのような,打点の位置が後方にあるようなサービス動作のと
きであり,したがって,腹部の筋損傷は,腹部の筋の過度な伸張によってもたらされる.
7.足関節捻挫
足関節捻挫は,足関節の 1 つ以上の靭帯が伸びる,あるいは裂傷する場合をいう.テニスの一般的な
急性傷害である.オランダのテニス障害における疫学的研究において,足関節捻挫の 40%は,バックハ
ンドを打った時に生じると報告されている(Weijermans et al., 1998).捻挫をもたらすメカニカルな要
因として,バックハンドを打つときに,ネットと並行に前足を置くことにあり,このような前足の位置
が,捻挫を増加させる.前足のつま先の位置をわずかに前方へむけるように位置を変えることは,捻挫
の危険性を減少させるかもしれない.
8.痛み
選手が苦痛を訴えていても,コーチは選手の痛みを正確に指摘することは,難しいかもしれない.
一般的に,筋の痛みや固さは,朝起きた時や練習の開始の時にみられる.ウォーミングアップや練習
の間に,痛みや固さがとれたら,それは正常なことである.しかし,練習中に痛みが残っているようで
あれば,それは,重大なことである.2 週間以上,痛みや固さがとれなければ,医者に見てもらう必要
があるだろう.
9.結論
このプレゼンテーションにおいて,我々は,オンコート上でできる様々な 障害予防 の運動を実践
してきたが,コーチや選手の努力によって,障害の危険性を減少することができるのである.
参考文献
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Kajiura, K. Katoh. S., Sairyo. K.. Ikata. T., Goel. V.K., and Murakami, R.I. (2001). Slippage
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Weijermans, N., Backx, F. J. G., and van Mechelen, W. (1998). Blessures by outdoor-tennis.
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