10.タレントの発掘 Paul Roetert and Scott Riewald(須田和裕 訳) 1.はじめに 何が偉大なアスリートを作るだろうか.何が偉大なテニスプレーヤーを作るのだろうか.もしこの質 問を 10 人の違ったコーチにすれば 10 通りの答えが返ってくるだろう.しかし,コーチがこのプレーヤ ーが将来偉大なプレーヤーになるということを決めさせる共通的な要因があるだろうか.どのような特 性が将来の成功を予測できるか,という決定過程をたどることをタレントの発掘と呼んでいる.表面的 には簡単に聞こえるがタレントの発掘は思うより難しく複雑なことである. 辞書では, タレントは,特別な生まれつき持った能力 と定義されており,又は 成功する能力 と定義されている.さらに Peltola(1992)は,タレント発掘を特別なテストの結果による最も成功し そうなスポーツに子供たちを導く過程と定義している.明らかに,これら 2 つの定義はパフォーマンス と,テニスというスポーツと関係づけている. タレント発掘は本質的には次の 2 つの要素を持っている. 1.現在は,テニスをしていないアスリートのタレントを発掘し,テニスに導くこと. 2.現在,テニスをしているプレーヤーのタレントを発掘し,彼らの能力を最大限に引き出すこと. これらにより世界のベストプレーヤーとなるべき人がテニスをし,彼らの能力を完全に引き出すこと が目的である. 2.『テニスをしてないアスリートからタレントを発掘する』 Dick(1992)は,タレントが最初にスポーツを選択しなければ,タレント発掘のポイントはないと述 べている.テニスのプロ化により,私たちはスポーツ種目とアスリートやメディアの注目をより激しく 競いあっている.幸いなことに,多くの国でテニスは最も人気のある種目の 1 つである.だから,アス リートをテニスに導くのはそんなに難しいことではない.他のスポーツに比べ,テニスには多くの利点 がある.世界中で組織がつくられており,プレーするのに 1 人のパートナーがいればよい.そして生涯 を通じてプレーすることができ健康になる利点もある.さらに,最高のレベルのプロテニスプレーヤー が稼ぐ金額により人気が高まっている. 底辺では競技者がどんどん増えており,高いレベルで競技をしている国の数も増えている.この例は 2003 年のウインブルドンで 56 カ国は参加していることからも明らかである.だから,他のスポーツに 比べてテニスに導き入れやすい.テニスの中を考えても,高いレベルでプレーする国の数は増えている. テニスにとってこれは幸せなことなのだが,一方でトップになることが難しくなっていることがジレン マである.競争が激しいので,すごく才能のあるものしかトップになれない.そこではどのようにタレ ントを発掘し,それを開発していったらよいのであろうか. 3.テニスプレーヤーの発掘とその開発 1 子供達は小さい時から,1 つのスポーツ種目に絞ってしまっているようである.以前は子供がいろい ろなスポーツをいろいろなシーズンに行うことが普通であったが,今は小さいときから 1 種目に絞って しまっている.テニスコーチとして,だれもがタレントのある人間はどのような感じであるかという考 えを持っている.実際,才能あるコーチならばタレントを持ったプレーヤーを直ぐに,そしてテニスを 始めた直後に見分けることができる.例えばピートサンプラスが,大きくなってから技術が向上した兄 のガスに比べて,若い頃からキャッチボールは上手であった.そして彼はジュニアの大きな大会のタイ トルをとったことはなかったが,多くのコーチが彼を若くて才能のあるプレーヤーだと認めていた. Brown(2001)は,テニスの才能は学校に入る前からあるいは遅くとも 10 代のうちには発達すると述 べている.Hohm(1987)は,テニスの才能の向上を計画している時,テニスを始めて 8―10 年たった 頃にトップになることを考えに入れることが必要だと述べている.また年齢は 16−17 歳でトップにな ることが可能でその状態を 30−33 歳まで維持できると言っている. しかし,プレーヤーは成功するかどうか判断する方程式はあるだろうか?そして,テニスのレベルを 高めるいろいろな要因をわかっているだろうか?いくつかの要因は早い時期に判断できそうである.し かし,小さい時の成功をタレントと勘違いしないように注意しなければならない.多くの研究により, 小さい時の成功が必ずしも成長後の成功を意味しないことがわかった.たとえば,ネットプレーもでき ないのにベースラインの後ろでボールをうまく打ち合う幼い子がいる.また成長が早いため,周りの子 供たちより大きく力強いので,テニスも強い子がいる.こうした子供たちは時間がたつと,きちんと教 えられた子供たちや,成長が遅れていた子供たちに追い抜かれてしまう.また,タレントがあるとして もかならずしもプロとして成功するわけではないことにも注意しなければならない.いろいろな要因が 関係してくるからである.これらはタレントの開発として扱われるものでタレントの発掘とは区別され る.タレントの開発はテニスプレーヤーが持つ能力をコーチが最大限に引き出すことである. Keaney(1999)はタレントの開発とタレントの発掘はシステマチックに行わなければならないといって いる. 4.『誰がタレントをもっているか?』 テニスの研究ではテニス独特のスキルが必要なので,体力測定などではタレントを発見できない.だ からといって体力が必要でないということではない.Roetert et al.(1992)は 83 人の 11−12 歳のランキ ングプレーヤーに一連の体力テストをした結果,ランクとの相関が見つかった.統計的に有意だったの は敏捷性だった.言い換えると,この年代では方向を変えてボールを追うことが勝敗の半分を決めるの だ.さらにエキスパートのコーチにこれらのプレーヤーのストロークを評価させると,ランキングに対 して高い相関があった.明らかコーチの目はタレントの発掘に重要である.注意しておかなければなら ないのは,これはあるひとつのステージでそうなのだということである.将来の成績との相関はまだ試 みられていない. もうひとつの研究で,Roetert et al. (1996)は,3つの実力の異なるグループで体力テストの結果から 予想することを試みた.その結果,体力テストから高い信頼性で,運動成績のレベルを予想することが できることを発見した.そこで,一度プレーヤーがテニスに取り組み始めると,体力トレーニングが成 功に導くと考えられる.では,コーチが注意を払う他のことはなんだろうか? 2 5.『コーチをサーベイする』 これまで記したことのほかに,すばらしいテニスプレーヤーを作る科学的な知見はわずかである.し かし,すでに述べたようにエキスパートコーチの目はテニスのタレントの予見に最高である.ここ数年 間,テニスタレントのあるプレーヤーの発掘に一番重要なことを知るためにアメリカの最高のコーチに インタビューしてきた.これらの重要な項目は3つのカテゴリーに分類できる.身体的特性,心理的特 性,あいまいな特性である.これらについて少しずつ述べることにする.これを練習するためによい方 法はすばらしいテニスプレーヤーになるのに必要な特性をそれぞれのカテゴリーについてリストアッ プしてみることである.そしてここで発表するものと比較することにする. A.身体的特性 最近のプレーヤーをみて明らかであるが,身長とか体の大きさはあるプレーヤーにとってはまった く関係ない.また,体のタイプで有利になることもない.Arnot and Gaines(1986)によれば,よいテ ニスはつきつめて考えるとよいストロークとそれをコントロールするシステムがサイズ,スピード, 力,柔軟性に比べてずっと重要である.しかし,身体的特性できわめて重要なこともある . Roetert(1992)は小さいときのテニスの実力を決めるのは敏捷性だといっていることはすでに述べた. テニスは素早さ,調整力,パワー,柔軟性,有酸素的持久力が必要である.テニス界のトップにたつ にはこれら全てが必要である.プレーの質が高度になっているのでどれかひとつでも欠けると,トッ プを争うことはできない.トレーニングプランやその効果を測定し,進歩を記録していくことはタレ ントを見つけるためには合理的である.こうした能力の多くは遺伝的なものであるが,すべてのプレ ーヤーは適当なトレーニングで向上させることができることは心に留めておかなければならない.ま た,テストをするとき特別なエイジグループまたは身体の成熟したときにおこなうこと,つまり同じ レベルで競えることが大事である. B.精神的,感情的特性 調査したところ,コーチはテニスの中で最も重要な成功の決定要素が精神的なものと述べた.特に, 競争したいという願望が良いテニス選手達には必要である(Young and Lacourse,1995).やる気のあ る選手達はいつもテニスの練習をして技術を磨く機会を求めている.この態度はさらに,こうした選 手達同士で競争し,自分たちの技能をテストする機会を求めることになる.世界で一番上の選手達も 自分たちで決めたゴールに焦点を合わせており,彼らがテニスに対する姿勢では,努力する過程を重 要としている.他のテニスにとって重要なこととして考えられた要因は自信,集中力,試合で負けた としても継続することである.コーチには選手がこれらに関して一部を持っていることがあきらかで も,他のものはトレーニングすることももっと難しくあるかもしれない.選手のある精神的な能力の 長所と短所を知るための多くの心理的テストが多くある.身体特性と同様に,何人かの人々がテニス のために必要だとされた精神的なタフネスを向上させるのに不利な性質を持っている.しかし,これ らの心理的技能はすべての選手達においてもちろん開発されることができる. C.漠然とした特性 最後に,心理特性,身体特性以外の選手特性がある.これらは無形の特性である.または,本当は 測られることができないというものである.たとえば coachability や,ゲームのために本能を持 っていること. Athleticism などで,ゲームの上で重大な影響力を持っている. Coachable なプ 3 レーヤーは技術の概念を容易につかむことができ,そしてそれをする前に新しい技術を行っているこ とをイメージさえできる.ゲームにたいする本能があることは彼らに起こりそうであることを予測す る感覚,予期を持っていることである.そして athleticism .いろいろなスキル,複雑なスキルを 行う能力である. そしてテニスの最も高い水準ではすべての運動選手達は体力があり,精神的にも集中している.無 形の特性がそれ以外の人々と違った選手にすることが多くある.例えば,コーチがこのプレーヤーは ネットで素晴らしい手を持っていると言うのを聞いたことがあるだろうか?これはネットにつくと, 突然,ラケット使いがよくなるのではなく,予見と,反応時間とボレー技術の組み合わせなのである. 素晴らしい手と良いタッチはテニスの中で無形の特性の例である. しかしながら,テニスを楽しんで行うことこそ,多分,最も重要な無形の特性だろう.それは,も し自分のしているスポーツが嫌いなら最終的にそのスポーツをやめるか,自分の全部の可能性を発達 させることはないだろうからである.「おもしろいから」これが,彼らがなぜそのスポーツをするか と尋ねられたときのよくある答えだ.何回あなたはそのような選手達に会っただろうか?少しはそう いう人がいる.そういう人たちが試合で勝つのだ. 6.『いつテニスに絞るか』 最後にタレントの開発について議論するとき,いつ専門的に絞るべきかについてはとても大事なこと である.すでに言及したように,テニスプレーヤーは年齢の小さい時にテニスに専念してしまう.その ため 10 年前の運動選手達でさえしていた幅広いスポーツ経験もない.研究者達は長い間,若い運動選 手達はいろいろなスポーツをし,10 代の早期までは専門化しないよう主張してきた(Bloom, 1985).多 くの違うスポーツをすると,テニスの中で重要な 2 つの要因である athleticism と調整力がよく発達す る.テニスのトレーニングに特別なことではないが,Brown(2001)は才能のある子供をあまり早くから 試合をさせることに反対し,「いろいろなスポーツや運動をすることによって調整力を身につけさせる ことは,子供を早期にテニスのスターへの道に進ませることよりも重要である」と述べている. 7.結論 テニスのタレント発掘は,難しいことであって,いつかは Grand Slam 優勝者になるプレーヤーを早 期に発見できるという科学的な証拠などない.しかしコーチは何が選手を成功させるかについてかなり の洞察力を持っている.それは身体的,心理的,無形的なスキルの正しい組合せなのだ.テニスのエリ ートプレーヤーは「自然の気まぐれ」で生まれるものなのである.非常に高い水準でテニスのスキルを 全て持ち合わせている選手はコーチに,ただ一度一生の間来るか来ないかの存在なのかもしれない.そ して,あなたの仕事はこれらの特徴を見つけ出すことであり,見つけられなくてもその能力を開発する ことなのである.「伝統的な型」に合わない選手でも門を開いておくことは大事である.時々,誰とも 似ていないプレーヤーがツアーに現れることがある.才能はそのようにも働く.タレント発掘は完全な 科学ではない.しかし次の優勝者を生み出すためにいくつかの特性を発見する努力をするべきなのだ. 参考文献 Arnot, R., & Gaines, C. (1986). Sports Talent. Viking Penguin: New York. 4 Bloom, B.S. (1985). Developing talent in young people. Ballantine Books: New York. Brown, J. (2001). Sports talent. How to identifu and develop outstanding athletes. Human Kinetics: Champaign. Dick, F. (1992). Winners are made - not born. New Studies in Athletics, 7, 3, 13-17. Hohm, J. (1987). Tennis: Play to Win the Czech Way. Sports Book Publisher: Toronto. Kearney, J.T. (1999). Talent identification and development: The foundation of Olympic success. White paper presented by the USOC Sport Science and Technology Division. Peltola, E. (1992). Talent identification. New Studies in Athletics, 7, 3, 7-12. Roetert, E.P.. Garrett, G.E.. Brown. S.W., and Camaione, D.N. (1992). Performance profiles of nationally ranked junior tennis players. Journal of Applied Sport Science Research, 6, 4, 225-231. Roetert, E.P.. Brown, S.W., Piorkowski. P.A., and Woods, R.B. (1996). Fitness comparisons arnong different levels of elite tennis players. Journal of Strength and Conditioning Research, 10, 3, 139-143. Young, D.E., and Lacourse, M.G. (1995). Selection and identification of talented junior tennis players. Sport Science for Tennis. Spring, 6. 5
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