新生ストラテジーノート 第 191 号 2015 年 6 月 10 日 調査部長 江川 由紀雄 [email protected] (03) 6880-6035 エルマウサミットと証券化リスクリテンション規制の関係 「G20 シャドーバンキングロードマップ」実施、2015 年第2四半期が肝に G7エルマウサミットが 2015 年 6 月 8 日に閉幕したが、ここで金融市場の規制、なかでも、証 券化取引に関して何が合意されたのか、確認しておきたい。エルマウサミットで採択された首脳宣 言の文中、金融市場規制(Financial Market Regulation)に関する記述に2段落が費やされて いる。英文の配布用原文で本文(表紙・目次を除く)全 17 ページ中、1 ページ分にも満たず、扱い としては小さい。この2段落中、最初の段落は、グローバルなシステム上重要な金融機関に関す る記述であり、後半がシャドーバンキングに関する記述である。証券化は、後半部分に関係してく ることから、以下に、その全部を日本の外務省のホームページに掲載されている「仮訳」 1から引 用させていただいた。 「我々はまた,もたらされるシステミックリスクと適切に見合うように,シャドーバンキングセクタ ーの規制と監視を強化することに引き続きコミットする。合意された G20 シャドーバンキングロード マップの適時かつ包括的な実施が不可欠である。加えて,我々は,実体経済を支える上での市場 型金融の役割を確実に果たせるよう取り組む一方,市場型金融から新たに生じつつあるあらゆる システミックリスクを監視し対処する。システミックリスクを低減させ透明性を向上させることを助け るために,我々はまた,金融規制分野,特に,速やかな実施が求められている破綻処理及びデリ バティブ市場改革の分野において,規制がより実効的となるようクロスボーダーの協力を強化す ることの重要性を強調する。我々は,国・地域が,サンクトペテルブルク宣言にのっとり,正当化さ れるときには,相互の規制に委ねることを奨励する。最後に,我々はまた,生じ得るあらゆる新た なシステミックリスクに対処するため,引き続き金融市場のボラティリティを監視する。」 出所: G7エルマウ・サミット首脳宣言本文 日本・外務省による仮訳 ここでいう、「合意された G20 シャドーバンキングロードマップ」は、2014 年 11 月のブリズベン サミットで採択された “Updated Roadmap November 2014” 2 を指している。この「G20 シャ 1 外務省 G7 首脳会合(エルマウ,平成 27 年 6 月 7 日~8 日) http://www.mofa.go.jp/mofaj/ecm/ec/page24_000425.html 2 1 1 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 ドーバンキングロードマップ」では、証券化取引のリスクリテンション規制等の IOSCO による 2012 年 “Final Report” の最終化を 4 番目の項目として挙げている。これも、関係する箇所を引用し ておく。(公式な和訳が存在しないので、英文の原文 3からの引用のみとさせていただく。) 4 2015 Q2 IOSCO to publish the final results of its “level one” peer review on the national/regional approaches to implement the November 2012 IOSCO recommendations to align incentives associated with securitisation, including risk retention requirements, and to consider developing a plan for regular monitoring and reporting on the timeliness, consistency and effects of these reforms. 出所: Updated G20 Roadmap towards Strengthened Oversight and Regulation of Shadow Banking in 2015 これによれば、2015 年第2四半期(4 月~6 月)に、2012 年 11 月の IOSCO による推奨事項 の実施状況について、 “level one” のピアレビューを行うとしている。ピアレビューとは、複数の 国・地域の監督当局が、お互いの国・地域の規制導入の状況などを評価しあうことであり、 “level one” とは、単なる自己申告ベースではなく、他国の当局者などによる検証が加わるもの を意味している。このピアレビューがひとつの区切りとなる。 既に 2015 年 6 月に入っているが、本稿執筆時現在(2015 年 6 月 10 日日本時間午前)、こ こで言及されているピアレビューの結果について IOSCO からの発表はなされていない。IOSCO に よるピアレビュー報告書が公表された後に、本件について、ふたたび、考察を加えてみたい。 (調査部長 江川 由紀雄) https://www.g20.org/sites/default/files/g20_resources/library/updated_g20_road map_strengthened_oversight_regulation_2015.pdf 3 https://g20.org/wp-content/uploads/2014/12/updated_g20_roadmap_strengthe ned_oversight_regulation_2015.pdf 2 2 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 【参考】 リスクリテンション規制導入の背景 リーマンブラザーズの倒産から半年後、2009 年 4 月のロンドンサミットの首脳宣言文には「定 量的な保有義務を考慮することを含め、証券化のリスク管理に係るインセンティブを改善する作業 を進めるべきである」という一文が盛り込まれた。リーマンショックのちょうど1年後にあたる 2009 年 9 月に開催された G20 ピッツバーグサミットでは、首脳声明に「証券化商品のスポンサー又は 組成者は原資産のリスクの一部を保有すべき」 4とする1文が盛り込まれた。 その約 2 年後の 2011 年 7 月には、Joint Forum (IAIS, IOCSO, BCBS の合同体) が “The Joint Forum Report on asset securitisation incentives” と題する報告書 5を公表し、リスクリテン ション規制をひとつの政策上の選択肢として例示した。同年 10 月に、FSB (金融安定理事会)が シャドーバンキングに関する検討の一環として、証券化取引の規制について、IOSCO および BCBS に対して再検討を行うよう提言 6した。この FSB の提言に応じる形で、IOSCO (証券監督 者国際機構)は、2012 年 7 月の意見募集文書を経て、2012 年 11 月、「最終報告書:証券化商 品関連規制に係るグローバルな動向」をとりまとめた。この「最終報告書」で、IOSCO は、2014 年 半ばに、証券化リスクリテンション規制導入状況の確認や、証券化取引参加者のインセンティブ の調整が図られているか等につき、当局間のピアレビュー(相互評価)を行うと述べていた。 2014 年 11 月には、FSB は、G20 ブリズベンサミットに向けた報告書 7の中で、シャドーバンキ ング関連で 2011 年に課題を提示したことに関して、一部を除き、対応を終了した旨を述べている。 4 わが国外務省による仮訳から引用した。原文は “the BCBS and authorities should take forward work on improving incentives for risk management of securitisation, including considering due diligence and quantitative retention requirements, by 2010” 5 Joint Forum (The), The Joint Forum Report on asset securitisation incentives, 2011 (13 July 2011) http://www.bis.org/press/p110713.htm 6 July Financial Stability Board, FSB report with recommendations to strengthen oversight and regulation of shadow banking, October 2011 (27 October 2011) http://www.financialstabilityboard.org/publications/r_111027a.htm 77 Financial Stability Board, Overview of Progress in the Implementation of the G20 Recommendations for Strengthening Financial Stability, 14 November 2014 http://www.financialstabilityboard.org/2014/11/overview-of-progress-in-the-im plementation-of-the-g20-recommendations-for-strengthening-financial-stability -5/ 3 3 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 同時に FSB が作成し G20 に採用された “Updated Roadmap November 2014” 8 では、証券 化取引のリスクリテンション規制等の IOSCO による 2012 年 “Final Report” の最終化は、4 番 目の項目として挙げられ、IOCSO による peer review のみが残存する課題とされた。ブリズベ ンサミットのコミュニケには、「我々は、金融危機に対応して我々が行った中核的なコミットメントの 重要な面を達成した」 9とする一文が盛り込まれた。2015 年 2 月のイスタンブール G20 財務大 臣・中央銀行総裁会合の声明では、「ブリスベンで合意されたシャドーバンキングの更新されたロ ードマップを実施する」(日本の外務省による和訳)とされ、ブリズベンサミットのコミュニケの追認 を行っている。 米国におけるリスクリテンション規制 米国では、2010 年 7 月に成立したドッド・フランク法 Section 941 に基づく連邦機関による規 制規則 10が 2014 年 12 月 24 日に Federal Register に掲載(公布)され、2015 年 12 月 23 日に発効(施行)予定となっている。住宅ローンについては、2015 年 12 月 23 日から規制対象、 それ以外の資産については 2016 年 12 月 23 日から規制対象となる。住宅ローンについては、 2015 年 12 月 23 日から規制対象になるといっても、同規則で “Qualified Residential Mortgage” と 定 義 さ れ る 住 宅 ロ ー ン は 適 用 除 外 と な る 。 同 規 則 に お け る “Qualified Residential Mortgage” は、 Truth in Lending Act が定義する “Qualified Mortgage” 11 を意味するとされている 12。主な要件は、貸出期間が 30 年以内であること、DTI (収入に占める 返済額の負担率)が 43%以下であること、ローン金額が 10 万ドル以上の場合は事務取扱手数 料(ポイントを含む)が 3%以下であることなどが含まれる。 8 https://www.g20.org/sites/default/files/g20_resources/library/updated_g20_road map_strengthened_oversight_regulation_2015.pdf 9 日本の外務省による和訳より。原文は “We have delivered key aspects of the core commitments we made in response to the financial crisis.” 10 11 Credit Risk Retention, Final Rule http://federalregister.gov/a/2014-29256 CFPB (Consumer Financial Protection Bureau) によるわかりやすい解説として http://www.consumerfinance.gov/askcfpb/1789/what-qualified-mortgage.html 12 米国の大手法律事務所等による解説を2例挙げておく。 http://www.lexology.com/library/detail.aspx?g=d1a66a93-dbe0-46b3-b836-d0b 9eb563dae http://www.sfindustry.org/images/uploads/pdfs/SFIG_Briefing_Book_Credit_RR_Fi nal_Rule.pdf 4 4 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 日本における問題認識の例 日本において証券化取引に関係する当事者の動機の問題について論じたものは多くはないが、 ここでは、一例として、2008 年 6 月 23 日の佐藤隆文金融庁長官(当時)の会見録から引用して おく。この金融庁長官の発言に、「証券化という金融技術を前提とした」、「オリジネイト・トゥ・ディス トリビュート」モデルに基づく「取引の大部分は米国において行われていました」、「米国以外で相 当なウェートを占めているのはおそらくロンドンのマーケットであろうかと思いますけれども、我が 国におけるこのビジネスモデルの実践というのは相当限定的でありました」とあるように、証券化 取引の当事者の動機に由来する問題は、主に米国で顕在化したことをリーマンショック直前の 2008 年 6 月の段階で認識していたことが読み取れる。 問) 先週末ですが、アメリカの検察当局がベアー・スターンズ傘下のヘッジファンドの運用責任 者 2 人を証券詐欺の罪で起訴したのですが、サブプライム・ローン問題がこういった刑事問題に 発展してきたわけですけれども、これに絡んで、日本の金融機関等でこの起訴案件について被害 を受けている投資家はいないのかどうか、現在日本の当局でどのあたりまで把握しているのかと いうことと、サブプライム・ローン問題がこういう形で刑事事件にまで、大手証券会社の幹部が逮 捕されるような事態にまで発展したことについてのご見解をお願いします。 答) 海外の司法当局・警察当局の動きについて直接コメントすることは差し控えたいと思いま すけれども、このサブプライム・ローン問題をめぐってこういう動きに発展したということの背景に は、昨年の秋以来金融庁としては基本的な認識としてそういう問題点を認識しておりましたし、渡 辺大臣の「金融市場戦略チーム」の第一次報告にも述べておりますけれども、証券化という金融 技術を前提とした、いわゆるオリジネイト・トゥ・ディストリビュート(originate-to-distribute)とい うビジネスモデル(自らは保有せず他に移転することを前提に信用を創造するというビジネスモデ ル)は、原債権が貸し手と借り手との間で創造された後、証券化商品の組成者(アレンジャー)に よって証券化を経て、最終的に投資家に販売されるまでの一連の流れで構成されているわけであ ります。その中で、それぞれの証券化プロセスの各段階でいわゆるモラルハザードの問題がある のではないかという認識を持っていたところであり、具体的には原債権の信用リスクについてきち んとした情報伝達がなされていなかったとか、ディスクロージャーが不十分であったとか、あるい は原債権の組成の部分、つまり借り手と貸し手の関係においても、商品性のきちんとした説明と かがなされていたのかどうか、といったことがあったのであろうと思っております。特に、借り手と 貸し手との間に関しては、貸し手が貸出債権の売却や証券化ということを通じて、貸した後自分が 抱える信用リスクがすぐ移転されるということで、融資の際に甘い審査を行なっていたのではない か。それから、セールス・トークの中でも住宅価格の上昇を前提として借換えが可能である、返済 5 5 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 も容易であるといったことを前提に安易な融資を勧めていたということもあるわけですし、原債権 のリスクについて、証券化商品の組成者に対して十分な情報提供を行っていたのかどうか、とい った点があるわけであります。こうしたことも背景としてこのサブプライム・ローン問題は、米国の 住宅市場における問題に留まらず、幅広い証券化商品の市場やその他の金融・資本市場へグロ ーバルに広がっていったということであります。 こういった極めて大きな問題を引き起こしたビジネスモデルについて、この問題の発信源であり、 先ほども申し上げたオリジネイト・トゥ・ディストリビュートというビジネスモデルの相当部分、あるい は大部分と言ってもいいかもしれませんが、それが実際に行われたマーケットである米国におい て、各当事者に対する責任追及が適切に行われるということは、現在も続いている市場の動揺の 解消や、あるいは貸し手等への規律付けと言ったことを通じて、こういったサブプライム・ローンあ るいはこれに類似した問題の再発防止に資するのではないかというふうに思っております。 先ほども申し上げましたように、このビジネスモデルに関わる取引の大部分は米国において行 われていました。勿論、最終投資家への販売という点でとらえますと、米国以外のマーケットにお いても行われていたということではありますけれども、その大部分は米国において行われ、それに 即して米国の当局がご質問のような動きをされたということであろうかと思います。オリジネイト・ト ゥ・ディストリビュート・モデルのうち、米国以外で相当なウェートを占めているのはおそらくロンドン のマーケットであろうかと思いますけれども、我が国におけるこのビジネスモデルの実践というの は相当限定的でありました。特にこのサブプライムに関わる取引というのは限定的なものであった のではないかというふうに思っております。 出所: 金融庁 佐藤金融庁長官記者会見の概要 (平成 20 年 6 月 23 日(月)17 時 02 分~ 17 時 28 分 場所:金融庁会見室) 13 以下余白 13 http://www.fsa.go.jp/common/conference/com/2008a/20080623.html 6 6 新生ストラテジーノート 新生証券株式会社 調査部 7 名称 :新生証券株式会社(Shinsei Securities Co., Ltd.) 金融商品取引業者 関東財務局長(金商)第95号 所在地 :〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目4番3号 日本橋室町野村ビル Tel : 03-6880-6000(代表) 加入協会 :日本証券業協会 一般社団法人金融先物取引業協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 資本金 :87.5 億円 主な事業 :金融商品取引業 年 成 年 本書に含まれる情報は、新生証券株式会社(以下、弊社)が信頼できると考える情報源より取得されたものですが、弊社 はその正確さについて意見を表明し、または保証するものではありません。情報は不完全または省略されたものである ことがあります。本書は、有価証券の購入、売却その他の取引を推奨し、または勧誘するものではありません。本書は、 特定の商品やサービスの勧誘・提供を行う目的で作成されたものではありません。本書で言及されている投資手法や取 引については、所定の手数料や諸経費等をご負担いただく場合があります。また、これらの投資手法や取引について は、金融市場や経済環境の変化もしくは価格の変動等により、損失が生じるおそれがあります。本書に含まれる予想及 び意見は、本書作成時における弊社の判断に基づくものであり、予告なしに変更されることがあります。弊社またはその 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