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紛争回避ニュースレター
(第 151 号)
イングランド高等法院、不偏についての疑いを理由
に仲裁人を解任
2015 年 5 月 13 日
東京
仲裁人が当事者に対して独立と不偏(independence and
impartiality)を保たねばならないことは、広く定着した国際
最近の刊行物
仲裁の原則です。しかしながら最近まで、そのような不偏や
独立に関する懸念が生じ得るとされる事情について考察され
たケースはほとんどありませんでした。
先般の Sierra Fishing Company and others v Hasan Said
Farran and others 事件([2015] EWHC 140 (Comm))に
おいてイングランド高等法院(「高等法院」)は、1996 年英国
仲裁法(「仲裁法」)に照らして、かかる不偏性に関する問題に
ついて検討しました。高等法院は、国際仲裁における利益
相反に関する IBA ガイドライン(「IBA ガイドライン」)から指針
を導き出し、仲裁人と被告との間における法的つながりおよび
ビジネス上の結びつきにより、仲裁人が不偏および独立を
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(英文のみ)
保って行為することに合理的な疑いが生じたことを理由として、
単独仲裁人の解任を求める原告の請求を認めました。
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事実的背景
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訴訟手続
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結語
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問い合わせ先
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事実的背景
申立人は、第一および第二被申立人との間で 380 万米ドルのローン契約(「ローン契約」)を締結しました。ローン契約には、ロンドンでの
アド・ホック仲裁による紛争解決について規定する条項が含まれていました。申立人がローン契約の規定に基づく支払義務を怠ったため、
第一および第二披申立人(併せて「披申立人」)は、仲裁手続を開始しました。披申立人は、レバノンの弁護士であり、Zbeeb Law &
Associates 法律事務所の共同創設者 3 人のうちの 1 人である Ali Zbeeb 氏(「AZ 氏」)を仲裁人として選定し、申立人にも仲裁人を選定
するよう求めました。
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申立人と披申立人はその後仲裁手続を中断し、ローン返済のために一連の契約を締結し
ましたが、これらの契約には、未払債務を返済する目的で第一申立人から披申立人へ
バックナンバー
株式を譲渡する契約(「株式譲渡契約」)が含まれていました。ところが、これらの契約が
2015 年 4 月号
EU によるロシアへの制裁措置に
関する最新情報
申立人により履行されることはなく、披申立人は、申立人が仲裁人の選定を怠ったことに
基づき、今度は AZ 氏を単独仲裁人として仲裁手続を再開させました。
申立人は、AZ 氏が単独仲裁人に選定されたことに対して異議を申し立てましたが、AZ
氏は、自身の不偏に対する異議申立てを退けた上で紛争に係る管轄権を引き受け、仲裁
を続行しました。
訴訟手続
申立人はその後、イングランドの裁判所に申立てを起こし、仲裁法第 24 条第 1 項に基づ
き、仲裁人である AZ 氏の解任を求めました。同条では、「仲裁人の不偏に正当な疑いを
生じさせるような事情が存在する(場合)、裁判所に仲裁人の解任の申立てを行う」ことを
当事者に認めています。申立人は、AZ 氏と披申立人との間の結びつきは、AZ 氏の不偏
について正当な疑いを生じさせたと主張しました。
高等法院は、その判決において、関連する争点を以下のとおり 2 点示しました。
1.
本件の事情が、AZ 氏の不偏について、仲裁法第 24 条第 1 項に基づくところの
正当な疑いを生じさせたかどうか。
2.
もしそうならば、申立人が仲裁へ参加したことは、仲裁法第 73 条第 1 項に基づき、
申立人が AZ 氏の選定に対して異議を唱える権利を喪失したことを意味するかどうか。
争点 1-第 24 条第 1 項に基づく不偏についての正当な疑い
裁判所は、3 つの具体的な事情が AZ 氏の不偏に正当な疑いを生じさせたと判示しま
した。
(1) 法的つながりおよびビジネス上の結びつき
第一披申立人である Farran 氏は、Finance Bank SAL (「Finance Bank」)の頭取であり、
AZ 氏は、Finance Bank の法律顧問を務めていました。また、(AZ 氏の法律事務所の
共同パートナーでもある)AZ 氏の父親は、過去において Farran 氏と Finance Bank
双方の法律顧問を務め、その後もこれを継続していました。AZ 氏の父親は Finance
Bank 内部における親密な役職も保持しており、経営管理委員会の委員を務めていま
した。
高等法院はこれらの事実に鑑み、当該事情が IBA ガイドラインの「放棄不可能なレッド・
リスト(Non-Waivable Red List)」に規定されるところの、「仲裁人またはその事務所が、
一方の当事者(本件においては、第一披申立人)を代理することにより重大な財務上の
収入を得ている」状況に、明らかに該当すると結論づけました。IBA ガイドラインによれば、
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このような利益相反は、仲裁人の不偏について正当な疑いを「必然的に」生じさせること
から、仲裁人は選定を辞退しなければならないとしています。
高等法院は更に、これらのビジネス上の結びつきは、IBA ガイドラインの「放棄可能なレッド・リスト(Waivable Red List)」に規定される
ところの、仲裁人の法律事務所が一方の当事者との間で「重大な商業上の関係」を有する状況にも該当すると述べました。
高等法院はまた、AZ 氏と第一披申立人との間の結びつきを見出すのは原告の責任であったとする AZ 氏の主張についても批判し、仲裁
人はむしろ、自身の不偏についての疑いを正当化し得る結びつきについて、自主的に開示しなければならないと諭しました。
略言すれば、高等法院は、「公正な観察者(fair minded observer)」であれば、AZ 氏が、AZ 氏自身、その事務所、およびその父親に
とってのビジネス上の関係を維持して財務上の利益を得るために、仲裁手続において第一披申立人を優遇するであろうことを、「現実的な
可能性(real possibility)」として考えるであろうと結論づけました。
(2) 株式譲渡契約における AZ 氏の関与
高等法院は、以下の状況下において、公正な観察者であれば、AZ 氏が披申立人を優遇したがるであろうことは、現実的な可能性として
考えられるであろうという見解を示しました。
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1.
被申立人は、その主張を裏付けるため、(ローン契約だけではなく)株式譲渡契約の規定にも依拠していた。
2.
AZ 氏は、株式譲渡契約の規定についての交渉と起草を行っていた。
3.
AZ 氏は、株式譲渡契約の規定が意味するところについて、おそらく被申立人に助言を行っていた。
高等法院は、ここでもまた IBA ガイドラインに言及し、当該事情が、放棄可能なレッド・リストに規定されるところの、「仲裁人が一方の当事
者に法的な助言を行っていた」または「仲裁人が過去において当該事件に関わっていた」状況に該当する可能性があると指摘しました。
(3) 第 24 条に基づく異議申立てに関連した AZ 氏の行為
高等法院は、第 24 条に基づく裁判所への異議申立てに関連して、AZ 氏の行為について、同氏の不偏を疑う根拠となる側面が 2 点ある
という主張を認めました。
1.
第一に、申立人と披申立人の双方が AZ 氏に対して仲裁判断言渡しの延期を要請しているのにもかかわらず、AZ 氏がそれを拒否
していること。
2.
第二に、裁判手続中における AZ 氏の発言内容や口調。高等法院は、この点についてとりわけ批判的に評し、AZ 氏は披申立人を
代理して、当人らが自らは提示しなかった主張を繰り出した上、第 24 条に基づく申立てを行った申立人の善意(good faith)につい
ても疑問を呈したことにつき、「舞台(arena)に降り立ち、[被申立人]の代わりに戦いを買って出た印象」を与え、紛争の本案につき
十分な客観性をもって判断するには、「個人的に関与し過ぎていた」と指摘しました。
争点 2-第 73 条に基づく異議権の喪失
高等法院は、上記の事情がそれぞれ、AZ 氏の不偏について正当な疑いを生じさせるのに十分な要因であったため、申立人が積極的に
仲裁手続に参加することにより、AZ 氏の選定に対する異議権を失ったかどうかを個別に検討しました。
略言すれば、高等法院は、本件仲裁における(審問延期の請求または合意、および仲裁手続「凍結」の合意などを含む)申立人の行為は、
せいぜいのところ中立的または手続上の行為とみなされるべきものであると判断しました。高等法院によれば、これらの行為は、仲裁手続
への「参加」を示すものではなく、更には原告が AZ 氏の管轄権を受け入れたことを証明するものではなかったことは、確実だったのです。
結語
本件の判決は、イングランドの裁判所が、偏向の認識を理由として仲裁人の解任を命ずる状況について、有用な指針を提供するものです。
重要なのは、仲裁人の不偏に疑いを生む可能性のある結びつきや関係について、仮に当事者がデューディリジェンスを通じてそのような
結びつきや関係を特定することが可能であったとしても、これを自主的に開示すべきであるという仲裁人の義務が、しっかりと確認されたと
いうことです。
最後に、同判決は、仲裁法第 73 条に関し、とりわけ、仲裁人に対して後日異議を申し立てる当事者の権利を害することなく、当事者が
仲裁において取り得る措置について、有益な洞察を示しています。ただし、当事者としては、全ての権利を確実かつ完全に保全するため、
異議申立てを行う根拠を見出したときは、速やかに仲裁人の選定に異議を申し立てる必要があります。
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問い合わせ先
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