衛星ダイモス探査計画 山口大輝 1.はじめに 火星には 2 つの衛星がある.火星に近い軌道を周 回しているものをフォボス,遠くを回るものをダイ モスと呼ぶ.この 2 つの星がどのように生まれたの かについては, 「小惑星が火星の引力圏にとらえられ て衛星になった」1)とする説と, 「火星の形成とほぼ 同じころに火星の近くで生まれた」 1)とする説があ り,決着がついていない.もし火星の衛星に探査機 を着陸させ,表面や内部の組成を詳しく調べること ができれば,火星の組成は NASA の探査機などによ って調査が進んでいる 2)ので,火星と衛星の組成を 比較できる.組成に大きな違いがあれば,前述の 1 つ目の説,組成が似ていれば,2 つ目の説の可能性 が高まる.人類の探査機はまだ火星の衛星に着陸し たことがない.今回の実験では,地球から衛星ダイ モスを目指す探査機の軌道を考えて,その最適化を 行うことを目的とした.探査機が,地球を出発して 火星に移動した後,火星周回軌道からダイモスへ移 動する場合を考えた.実験 1 では地球-火星間移行軌 道を,実験 2 ではダイモスへの移行軌道を扱った. 2.実験 1 地球-火星間移行軌道 2.1 方法 太陽を一つの焦点とする楕円軌道上を探 査機が運動するとする.地球-火星間移行軌道を考え る際に前提としたのは,以下の 2 つのことである. ・ランベルトの定理: 「出発,到着点の中心天体から の距離を , ,両点間の距離を c とすると,『2 点 を結ぶ軌道の飛行時間は a ,( ) ,c の三つで決 3) 定される』」 ( a は半長軸径) ・パッチドコニックス法:太陽の重力のみを考え, 地球,火星の重力を無視して惑星間の計算を行う.3) 2015 年 1 月 1 日からの 1 年間で,それぞれの日 の 0 時(UTC,協定世界時)に地球を出発する探査 機の軌道を考え,その長さを比較した.NASA の探 査機マーズ・サイエンス・ラボラトリー(キュリオ シティ)が約 9 ヶ月間かけて火星に到着した 2)こと を参考に,データのとりやすさなどから,飛行時間 を 1 年間に固定した.ただし,2016 年はうるう年 であるので,366 日間に統一した.より実用的にす るには半長軸径 a や軌道の長さを固定し,最短時間 で火星にたどり着く軌道を求めるのが理想であるが, a や軌道の長さが等しい軌道を見つけるのは困難な ため,飛行時間を固定することにした.飛行時間が 共通なら,長さがより短い軌道では平均の速さが遅 くなるので,加速にかける燃料を節約することがで きる.よって,軌道の長さが最も短くなる地球出発 日を求めることにした.地球から見た太陽と火星の 位置情報 4)から前述の , , を求めて式(1)のよ うに s をおき,式(2)で a の関数 , を定めた.3) (1) , (2) 試行する a の値に対して,半直弦 (4)により離心率 e を求めた.3) の式(3)から,式 (3) (4) 楕円軌道の半短軸径 b と a , e の関係は式(5)のよう になるので,軌道の長さ L は式(6)で表される. (5) (6) ここで は平均近点離角であり, を太陽の重力定 数とすると, と の関係は式(7)のようになる.3) ( は飛行時間) (7) 2.2 結果 2015 年の各月 1 日と 16 日の 0 時(UTC) に地球を出発する探査機の軌道の長さをプロットし たところ,次の図 1 が得られた.軌道の長さが 6 月 1 日前後に最小値をとると予測して,5 月 1 日から 6 月 16 日まででさらに区間を細かくして軌道の長さ を調べたところ,図 2 のようになった. 9.0E+08 9.0 8.5E+08 8.5 8.0E+08 8.0 軌道の長さ(km) 10 班 7.5E+08 7.5 7.0E+08 7.0 6.5E+08 6.5 6.0E+08 6.0 5.5E+08 5.5 5.0E+08 5.0 地球出発日(2015年) 図 1. 地球-火星間移行軌道の長さと地球出発日の !!関係(2015 年 1 月 1 日から半月ごと) 3.2 結果 6.70E+08 6.7 軌道の長さ(km) ダイモスの軌道 6.30E+08 6.3 6.10E+08 6.1 5.90E+08 5.9 5.70E+08 5.7 5 月 24 日 5 月 26 日 火星の 低軌道 コース 2 5.50E+08 5.5 5月1日 5月8日 5月15日 5月22日 5月29日 6月5日 6月12日 地球出発日(2015年) 図 2. 地球-火星間移行軌道の長さと地球出発日の $関係(2015 年 5 月 1 日から 6 月 16 日まで) 2.3 考察 0 時(UTC)出発の軌道の長さが最も短 いのは,5 月 24 日に地球を出発する場合であった. しかし,図 2 を見ると,24 日の前後では移行軌道の 長さが大きく変化している.この時期には,適切な 軌道が急激に変わって不安定になっていると考えら れる.よって,探査機の軌道としてふさわしいのは, 軌道が安定していてかつ最も短い,5 月 26 日出発の 軌道である. 3.実験 2 ホーマン遷移軌道 3.1 方法 フォボスとダイモスの軌道は,軌道傾斜 角や離心率が非常に小さい 5)ので,図 3 のように, それぞれ半径 9270 km,23400 km5)の同心円として 扱える。図 3 に色で示したような,内側の円軌道か ら外側の円軌道に遷移する軌道を,ホーマン軌道と いう.6)フォボスとの衝突を避けつつホーマン軌道 を用いてダイモスに到達する道筋は,複数考えられ る.図 3 のコース 1 は,火星低軌道から直接ダイモ スへ移動する場合であり,コース 2 と 3 は,フォボ スに出会わないタイミングで一度フォボスの軌道に 入ってからダイモスを目指す場合である.別の形の 軌道に移る際には,探査機は加速をする必要がある. 今いる軌道を維持しつつ次の軌道に移るためには, 境界付近で一気に加速することが求められる.必要 な速度増加量が大きいほど,加速しきれずに適切な 軌道から外れてしまうリスクが高まるので,一度に 増やす速度は小さい方がよい.ゆえに,図 3 の 3 つ のコースで速度増分の最大必要量を比べ,その値が 最も小さいコースを調べた.円軌道上では,等速円 運動をするとして探査機の速さを求めた.楕円軌道 上では,焦点が火星になることに注意し,傾斜角, 昇交点経度,近点引数は全て 0°で,平均近点離角 が軌道の近点,遠点でそれぞれ 0°,180°になると して,楕円軌道のケプラリアン座標の要素をカルテ シアン座標に変換し,探査機の速さを求めた. コース 3 コース 1 フォボスの軌道 図 3. 火星の低軌道と 各衛星の軌道および ホーマン軌道の関係 速度の増加量(km/s) 1.2 6.50E+08 6.5 1 0.8 0.6 0.4 0.2 0 A-1 B-2 C-2 A-3 D-3 C-3 加速する点とコースの種類 図 4. 各コースにおける 加速点と速度の 増加量の関係 図 4 の横軸は, “図 3 の点の記号-コースの番号” の形式で,各コースにおける軌道の境界となる点を 示したものである.速度の増加量の最大値は,コー ス 1 が最も大きく,コース 3 が最も小さかった. 3.3 考察 コース 1,2,3 の順に,加速が必要な点 の個数は 1,2,3 となっている.このことと結果を 照らし合わせると,加速する回数が多いコースほど, 一度に増さなければならない速度は小さくなるとい うことが分かる.コース 3 が,最も加速不足のリス クが小さい軌道である. 4.おわりに (1) 2015 年の各日の 0 時(UTC)に出発して 366 日 後に火星に到達する探査機の軌道を考えると,5 月 24 日に地球を出発する軌道が最も短い道のりで火 星に到達できる. (2) 5 月 24 日前後では地球-火星間移行軌道が不安定 なので,探査機の軌道としては 5 月 26 日出発の軌 道がふさわしい. (3) ホーマン軌道による移動では,道筋を何種類か の楕円軌道に分けた方が,軌道の境界で一度に必要 とされる速度の増加量が小さくて済む. 参考文献 1) 小森長生,火星の驚異,平凡社(2001) 2) 的川泰宣他,宇宙博 2014,NHK,NHK プロモ ーション,朝日新聞社(2014) 3) 木田隆,小松敬治,川口淳一郎,人工衛星と宇 宙探査機,コロナ社(2001) 4) 宇宙航空研究開発機構,軌道情報提供サービス 5) 6) http://odweb.tksc.jaxa.jp/odds/main.jsp (2014/12/23 アクセス) 清水幹夫訳,金星・地球・火星,朝倉書店(1986) 堀源一郎,天体力学講義,東京大学出版会(1988)
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