有限要素法解析による支圧降伏耐力式の検討 山下祥平・玉井宏章・桐山

日本建築学会九州支部研究報告
第 54 号 2015 年 3 月
有限要素法解析による支圧降伏耐力式の検討
正会員○山下
同
2.構造-10.鉄骨構造
桐山
祥平 *1,
同
尚大 *1 ,準会員
玉井
宏章 *2
中島
康太 *3
c.ボルト・高力ボルト
支圧, ボルト接合, H-SA700A,非線形有限要素解析
1. はじめに
建築構造で利用するための普及型高強度鋼
(H-SA700)が開発され,その利用技術に関する研究が多
くの研究者によって行われている
1) .高強度鋼部材の
接合では,超高力摩擦ボルト接合を行っても,かなり
多くのボルト本数を必要とすることが既往の研究で明
らかとなっている
2) .この鋼材を用いた乾式組立材 1)
を普及させるためには,接合方法をより耐力が高くか
つ簡便にすることが必要と考えられる.
著者らは,溶接を行わない場合の接合方法,特にボ
ルト接合のせん断力伝達に関して,この問題を解決す
図1
継手の形状寸法
る新たな接合形式として,複半月テーパ充填ボルト接
合法を提案している 2) .
支圧接合を高強度鋼板の接合に用いるためには,ボ
ルト接合部の支圧による最大耐力や降伏耐力の評価
式等の設計式を作る必要がある.特に降伏耐力を定め
るには精度の高い荷重 -変位関係が必要となること,
支圧降伏以降の大きな変形下における耐力上昇性状
を追跡する必要性から,本研究では,高力ボルト接合
継手について有限要素法解析を行い,ボルト 孔径比,
鋼種及び中板の端あき距離の中板の支圧降伏耐力に
及ぼす影響を示し,当該設計式について考察する.
(a) 初期メッシュ
図2
2. 耐力評価式
(b) リゾーニング後のメッシュ
中板の解析モデル
ボルトの降伏応力,引張強さ, b  y , b  u で表す.
複半月テーパ充填ボルトによる接合は,抵抗形式と
この継手の降伏耐力 Py の算定式を,以下に示す.
しては,支圧ボルト接合に分類される.本節では,文
献 2~6 を参考に設計に利用する,支圧接合継手の降伏
○降伏耐力の評価式
Py  min (b Py , Py1, Py 2 , Py 3 )
耐力評価式を示す.代表的継手の形状を図 1 に示す.
ボルト配列,継手形状,母材の材料特性は,板幅:W,
(1)
Py  n  m  b As  b  y / 3
(2.a)
ボルトの行・列数:n c・n r ,ボルト孔径:D,ピッチ,は
Py1  Ant   y
(2.b)
しあき距離,ゲージ間隔,へりあき距離:p,e1,g,e 2,
Py 2  n  d  t  (  Fy )
(2.c)
材の板厚,降伏応力,引張強さ:t,σ y,σu ,で表す.ボ
Py 3  2  nr  Ans 
(2.d)
b
y
2
ルトに関するデータは,ボルト軸径,d,軸断面積,b As ,
Examination of Bearing yield strength equation by the
Shohei YAMASHITA *1 , Hiroyuki TAMAI*2, Takahiro KIRIYAMA *1,
finite element method analysis
and Kota NAKASHIMA *3
417
表1
N/mm
N/mm
ε st
%
N1,N2
271
414
1.50*
30.0
19.6*
JIS1-A
OM ,HM
-
382
469
546
636
1.63
1.10
20.1
16.0
18.0
12.9
JIS1-A
JIS1-A
HA
795
862
-
11.7
6.6
JIS1-A
Grade of Steel
Test Series
SS4005)
SM 490
2)
9)
SA440
H-SA70012)
素材試験結果
σy
σu
2
2
*assumed values,ε i=0.53-0.51・σ y /σ u
表2
ここで,各式中の諸量は次式のように与えられる.
 d2
,
Ant  (W  nc  D)  t , n  nc  nr , b As 
4
Fy  min( y , 0.7   u ) ,Ans  [(nr  1)  p  e1 ]  t
1)充填支圧ボルトが
ε p * st
σy
2
m
%
1.37
5.0
N/mm
2.47
SM 490
H-SA700
OM ,HM
397
1.37
5.0
2.31
0.16
HA
808
-
5.0
1.39
0.078
SA440
-
469
0.87
3.0
1.97
0.117
Series
nr
(-)
Ⅰ
1
Ⅱ
表 3 解析シリーズの概要
nc
e1
D
p
W
( - ) (mm) (mm) (mm) (mm)
1
1
1
る挙動が,解析的に追跡すべき挙動と考えられる.
そこで,解析モデルでは以下の点に工夫を施した.
1) 鋼素材特性に真応力-対数塑性歪関係を用いる.
n
2
N/mm
271
40
16.5
-
Ⅲ
1
2) ボルトと中板との接触・離間を取扱う.
1
Plate
(Grade)
Bolt
(Type)
HM 14T
M 16
H-SA700
-
-
16.5
-
100
SS400
SM 490
H-SA700
SA440
16.5
17
20~80 18
19
20
-
100
H-SA700
20
%
0.171
100
中板のボルト孔側に接触し剛性が変化する挙動と,2)
中板のボルト孔が大変形して拡がりつつ耐力が上昇す
C
N1,N2
接合部の支圧降伏荷重を規定するには,初期の荷重-
2) から
Remark
SS400
3.解析モデルと解析シリーズ
予備接合部引張試験結果
εi
%
応力・歪関係数値モデル
Grade of Steel Test Series
変形関係と最大耐力を把握する必要がある.
εu
%
3) 中 板 の ボ ル ト 孔 の 大 変 形 を 取 扱 う た め に リ ゾ ー n r :列数,n c :行数,e 1 :はしあき距離,p :ピッチ,W :板幅,Grade:鋼種,
HM :複半月充填ボルト,F:通常摩擦ボルト,nc= 1,t =9mm
ニングを行う.
要素の有効性を示すシリーズ(シリーズⅠ),中板の鋼
4) 体積ロッキングを回避する要素を用いる.
種を H-SA700,SM490,SS400,SA440 として,はし
○解析モデル
あき距離:e1 を様々に変化させて解析し,鋼種とはしあ
解析対象の対称性を考慮して,図 2 に示す中板の半
き距離の中板の支圧荷重 Q p-支圧変位 δp 関係に及ぼす
領域を解析する.中板はボルト孔から 100mm と十分
影響を調べるシリ-ズ(シリ-ズⅡ),中板の鋼種を
離れた位置を荷重方向に固定した.ボルトは剛体とし,
H-SA700 とし,ボルト孔径 D を 16.5,17,18,19,20(mm)
と変化させ,はしあき距離 e 1 を様々に変化させて解析
中板とボルトは,摩擦接触する.ボルトを強制変位
し,
 p させて,加力 Q p を作用させる.中板は,平面応力
ボルト孔径が中板の支圧荷重 Qp -支圧変位 δ p 関係に及
状態の 4 節点 2 次元四辺形要素を用いる場合と,支圧
ぼす影響を調べるシリーズ(シリーズⅢ)を用意した.
解析では,鋼種に応じた表 2 に示す数値素材特性パ
部の増厚の効果を見るため,3 次元応力状態の 4 節点 3
次元四面体要素(Herrmann 要素
ラメ-タ及びボルトと中板との摩擦係数 μ は 0.25 を採
7) )を用いる場合を用意
用した.中板の要素は,平面応力状態を仮定した 2 次
した.
元四辺形要素を用いている.
○解析シリーズ
各試験体の素材試験結果を表 1 に示す.また対応す
4.結果とその考察
る
解析シリーズⅠの結果を図 3,4 に,解析シリーズⅡ,
Ⅲの結果を図 5,6 及び表 4 に,それぞれ示す.
素材の応力-歪関係数値モデルのパラメータを表 2 に
図 3 には,実験値
示し,解析シリーズの概要と解析パラメータを表 3 に
9) は実線で,2
次元四辺形要素の
示す.まず中板の鋼種を H-SA700 試験体で e 1 =40mm
解析値を破線で,3 次元四面体要素で体積ロッキング
について,有限要素法モデルを 3 次元四面体要素
を回避しうる要素(Herrmann 要素
(Herrmann 要素)として解析し比較して,2 次元四辺形
を点線で,通常の 3 次元四面体要素の解析値を一点鎖
418
7) )
を用いた解析値
線で示す.
図 4 には,解析シリーズⅠについて,(a)中板の最終
状況(  =30mm)の実験結果
9) ,(b)δ
p =20mm
の 2 次元四
辺形要素の解析結果,(c)3 次元四面体要素(Herrmann
要素)の解析結果を示す解析値は,板厚方向変位のコン
ター図も併せ示している.
図 5,6 には,ボルトの基準支圧降伏耐力で基準化
した降伏耐力 Py (d  t  Fy ) と,ボルト軸径で無次元化し
たはしあき距 e1 d との関係を示す.図 6 には,支圧
降伏耐力算定式(2.c)式(α=1.875)とはし抜け降伏耐力算
定式(2.d)式を太線で示す.
図3
表 4 には,シリーズⅡ,Ⅲについてボルト軸径で無
中板の支圧面増厚による影響
図 3 中板の支圧面増厚による影響
(シリーズⅠ,H-SA700 中板,1 行 1 列配置)
次元化したはしあき距離 e1 d が 2.5 以上のデータにつ
(シリーズⅠ,H-SA700 中板,1 行 1 列配置)
いて,ボルトの基準支圧降伏耐力で無次元化した降伏
耐力 Py (d  t  Fy ) の平均値 α を示す.これらの結果から
以下のことがわかる.
4.1 解析予測の精度
〇支圧面増厚の影響
大きな支圧変形に伴って表裏に 0.16mm 程度の板厚
が図 3,4(a),(c)からわかるように中板の支圧面では,
増す.図 3 からわかるように,通常の 3 次元四面体要
素では,解析途中の収斂計算前に体積ロッキングのた
め荷重が高めとなる一方,Herrmann 要素を用いること
により,初期から最大荷重までの荷重-変位関係は,3
板の支圧降伏現象を良好な精度で追跡しうることがわ
次元解析と実験値は良好に一致する.また,2 次元四
辺形要素における解もこれらの両者と同様に一致する
ことから,支圧面の変形に伴う増厚の中板最大耐力に
及ぼす影響は小さく,従ってより簡易な 2 次元四辺形
要素を用いた解析手法により H-SA700 鋼板を含む中
板の支圧降伏現象を良好な精度で追跡しうることがわ
かる.
4.2
(a) 実験値
9)
(b) 実験値
9)
各種条件の降伏耐力に及ぼす影響
〇中板の鋼種
(b)
図 5,表 4(a)より,どの鋼種ともボルト軸径で無次
元化したはしあき距離 e1 d が 0~2.0 までは,降伏耐力
Py は e1 d によって変化することから,はし抜け降伏に
対応する降伏耐力式(2.d)式が必要なこと.また, e1 d
が 2.5 以上となると Py はほぼ一定となり支圧降伏耐力
式(2.c)式が必要なことがわかる.(2.c)式における係数
α(ボルトの基準支圧降伏耐力で無次元化した降伏荷重
値 )は , 鋼 が 高 強 度 化 す る に 従 っ て 高 い 値 を 示 し ,
H-SA700 では α=2.0 となる.
〇ボルト孔径
図 6,表 4(b)より,H-SA700 中板の場合についてボ
ルト孔径をボルト軸径と比べ 4mm 程度まで増やすと,
降伏耐力は 15%程度まで大きくなる.α を鋼構造設計
基準値の 1.875 とした(2.c)式と(2.d)式を用いれば,
419
解析値(2 次元四辺形要素)
(c) 解析値
図 4 中板の最終状況
解析値
図 4 (c)
中板の最終状況
((HA40 試験体)シリーズⅠ,H-SA700,1 行 1 列配置)
((HA40 試験体)シリーズⅠ,H-SA700,1 行 1 列配置)
表4
シリーズⅡ,Ⅲの結果
(a) 中板鋼種
Series
Ⅱ
図5
Grade of plates
SN400
SM490
SA440
H-SA700
(b) ボルト孔径
α
1.712
1.771
1.898
2.01
Series
Ⅲ
鋼種の支圧降伏耐力に及ぼす影響
図6
(解析シリーズⅡ,1 行 1 列配置)
α
2.01
2.092
2.213
2.3
2.384
D (mm)
16.5
17
18
19
20
ボルト孔径の支圧降伏耐力に及ぼす影響
(解析シリーズⅢ,1 行 1 列配置)
H-SA700 中板の降伏荷重を安全側に評価できる.
ボルト孔径を大きくすると降伏耐力が上昇する現象
は,安井の研究結果 6)と逆の結果となっているが,安
井は高力ボルトの大きな初期張力による拘束効果を考
慮している一方,今回の研究は初期張力のほとんどな
い支圧接合を対象としているのが原因と考えられる.
参考 文献
1)佐藤篤 司 ,吹 田啓 一郎 ,井 上 一朗 ,建築 構造 用高 強度 鋼材 H-SA700A
を用 いた 柱梁 材を 弾性 に留 める 乾式 接合 法の 開発 ,
日本 建築 学会 構造 系論 文集 ,第 74 巻 ,第 646,pp.2355-2363,2009.12.
2)玉井宏 章, 高松 隆夫 ,尾 川勝 彦, 高強 度鋼 用の 複鋼 構造 年次 論
文報 告集 ,第 19 巻,pp.201-208,2011.11.
3)日本建 築学 会,鋼 構造 接合 部設 計 指針,技報 堂,pp.41-61,2006 年.
5.まとめ
支圧ボルト接合部の実験結果を対象とした中板の接
触・複合非線形有限要素法解析を行って,その解析精
度を検証した後,支圧ボルト接合部の H-SA700 高強度
中板の降伏耐力評価式について検討を行った.得られ
た知見は,以下のように要約できる.
1) 支圧変形により支圧面近傍が増厚する場合でも平
面応力状態を仮定した 2 次元四辺形要素による解
析により大変形時の支圧変形による耐力上昇の実
験結果を最大荷重値まで良好に追跡できる.
2)
3)
4)American Institute of Steel Construction: Specification for S tructural
Steel Buildings,2005.3.
5)佐 藤 篤 司 , 吹 田 啓 一 郎 , 多 田 裕 一 , 支 圧 を 考 慮 し た 高 力 ボ ル ト 接
合部 の最 大耐 力評 価,日本 建築 学会 構造 系論 文集 ,第 76 巻,第 662
号,pp.845-853,2011.4.
6)安 井 信 行 , 高 力 ボ ル ト 支 圧 接 合 部 の 降 伏 耐 力 , 鋼 構 造 年 次 論 文 報
告集 ,第 19 巻,pp.193-200,2011.11
7)L.R.Herrmann, ’Elasticity equations for incompressible, or nearly
incompressible materials by a variational theorem; J.A.I.A.A. , 3, 1896,
1965.
8)O.C. Zienkiewicz, R.L.Taylor, J.Z.Zhu; ‘The Finite Element Method:
Its Basis and Fundamentals, -sixth editions, ELSEVIER, pp.383-393,
中板には,はし抜け降伏と支圧降伏の 2 種の降伏
2010.
9)玉 井 宏 章 , 桐 山 尚 大 , 山 下 祥 平 , 高 強 度 鋼 用 の 複 半 月 充 填 ボ ル ト
現象が存在する.
H-SA700 中板では,α を 1.875 とした(2.c)式と(2.d)
式の降伏耐力算定式は,解析値を 10%程安全側に
評価できる.また,ボルト孔径が大きくなれば,
降伏耐力は上昇することから孔径の精度管理に特
殊な配慮は必要ない.
接 合 法 に 関 す る 基 礎 的 研 究 .そ の 4
充填ボルト支圧接合継手の
載荷 実験,長崎 大学 大学 院工 学研 究 科研 究報 告,第 44 巻 ,82 号,
pp.13-20,2014.1.
*1 長崎大学大学院 工学研究科 大学院生
*1 Graduate Student, Graduate School of Nagasaki Univ.
*2 長崎大学 工学部 構造工学コース 教授 博士(工学)
*2 Prof, Faculty of Eng.Nagasaki Univ, Dr. Eng.
*3 長崎大学 工学部 構造工学コース
*3 Student, Faculty of Eng.Nagasaki Univ.
学部生
420