ドイツ文学講義 104 第 7 回 (6 月 10 日) ■ リアクションペーパーへの解答 Q.長い間人間社会から離れていた人の言語はどうなるのか。 A.上記の様な人間をドイツ語では Wolfskind というが,第二次大戦後戦地で 両親が亡くなり、身寄りの無くなった残留孤児のことも Wolfskind という らしい。言語習得の大事な時期に母語から隔離させてしまう点では共通し ていると言えるかもしれない。 話は元に戻るが、言語学的には、「言語習得の臨界期(kritische Periode)」 が存在する。これはある一定の時期に学ばないと言語学習に苦労するよう になる、子どもの頃のこの一定時期を臨界期とよぶ。 例えば、人間社会から全く隔離された子どもが 10 数年ずっとそのままの 状態で生活を強いられ、後に解放されて人間社会に復帰したとしても、言 葉ができないままである。勉強しても普通の人のレヴェルにまではならな い。この事からある一定の時期における言語(=母語)学習は非常に重要 な意味を持つ。 Q.言語としての普遍性はあるのか。 A.母語習得の際に 6 歳までに「聴く」能力が発達する。つまり、6 歳までに は母語の発音やイントネーション等をマスターし、自分で使えるようにな るのだ。この事から,赤ん坊の頃から外国語に触れていれば、その外国語 の発音に関してはネイティヴ並になることが可能かもしれない。「バイリ ンガル」の場合,例えば夫がドイツ人で妻が日本人の家庭で、子どもが家 の中では日本語を使うが、外ではドイツ語を使うという状態だと両方の言 語は生きていく上で必要であり,バイリンガルに成長することは可能であ ろう。しかし日本で小さい頃から英語の英才教育を施したとしても、実際 の社会では日本語しか使われず,家の中でも日本がだけが必要なのであれ ば,英語は生活にとって必要ない。こういう環境でバイリンガルになれる かどうかは疑わしいし,そこまでして必要なものかも怪しい。 外国語学習の際には「大人」の時と「子ども」の時で、外国語学習の方法 は異なる。例えば論理的思考能力等は大人になってから学習したほうが良 いのではないだろうか。 脳には,機能の分化、新たな機能の習得など、いわゆる「可塑性」がある。 潜在的な能力があるが、環境に応じてカスタマイズされるようになってい る。 ■ 左脳と右脳での言語能力の違い 左脳と右脳での言語機能の違いについては左脳のほうが言語機能が集中し ている。 Hermann/Fiebach, 22007, S.109 による 上記の図で色が塗られている部分が言語情報処理に関連する領野である。 左脳の方が右脳より言語情報処理に関わる領野が広くなっていることがわか る。また言語情報でも、左脳は言語聴覚情報処理、言語の理解、発話、論理 的、分析的計算能力を司る。聴覚情報も音の長さなど,言語の流れの中での 音の分節に関わる処理がなされる。一方、右脳はプロソディー(音の高低、 音色認識)、感情表出、音楽、空間認知、直感的、総合的、言語の情緒的側面、 絵画、音楽の理解を司る。上記の図を見てもらえれば分かるように左脳のほ うが言語に関する部分が右脳に比べて多い。 この事を「大脳半球優位性」 (Latelisierung)という。例えば利き手が右の 人の 95 パーセントが左脳に言語機能優位が現れ、逆に左利きの人の 75 パー セントが左脳に言語優位がある。 資料 03 の 15 ページにある図 26 では、脳卒中にともなう言語障害発生の 男女差を表している。実際脳の後ろの部分で脳卒中が起こりやすく、その際 に男性のほうが失語症になりやすい。一方で女性には脳の後部ではその確立 は男性よりも低いが、脳の前の部分では逆となる。 よく、男性より女性のほうが外国語能力が高いという事が噂されているが、 女性のほうが言語能力を使う際に左脳のみならず右脳の部分も使っているの からではないかと推測される。 図 26:脳卒中にともなう言語障害発生割の男女差(Calvin/Ojemann 2004, S.71) また資料 03 の 13 ページの図 23 では、普通の話者と手話を使う人との脳活性 領野の違いを表している。 a は英語を母語している人が英文テキストを読んだ時の脳の活性化する領野 を示している。b は聴力の無い人が英文テキストを読んだ時の、そして c は聴力 の無い人が「アメリカ手話」 (Amerikan Sign Language)を理解する際の,脳活 性化領野の図である。 a 図では言語処理の際に左脳の多くの部分が活性化して いる一方で脳の右側は全く使われていないことが示されている。。他方 b 図の方 では聴覚の無い人は反対に脳の右側のほうが活性化していることが示されてい る。また c 図においては耳の聞こえない人が手話を理解する際本来使われるべ き左脳のかわりに右脳が使われていることが示されている。 図 23:手話と活性化領野(Herrmann/Fiebach 22007, S. 77) この事から脳機能が別の脳領域で補われている事が分かる。つまり、どこか で脳機能がダメージを受けても、別の部分で処理能力の補填が可能であり、外 国語学習の際には例えば高齢者が一から外国語を学ぶ事も不可能ではない。 ■ 断絶脳 断絶脳とは、右脳と左脳とを繋ぐ脳回路が病気など何らかの理由により断絶させ らあれているケースをさす。左手で触れた物が触覚でわかるのに言語化できない。 左手の触覚情報は右脳で処理されるが,その情報が左脳に伝わらないからである。 また画面右に示される「Apfel(リンゴ)」という語を発音することはできるが,画面左 に示される「Löffel(スプーン)」という語は発音できない。左側の文字は右脳で認知 されるが,左脳にその情報が伝われないからである。しかし理解はしているので, 左手で該当する対象物であるスプーンをさわることはできる。 図:脳断絶と言語(Herrmann/Fiebach 22007, S. 112) ■ バイリンガル また資料 03 の 14 ページにある図 24、25 ではバイリンガルとそうでない人の脳 内における言語能力処理を表したものである。 図 25 は英語、フランス語のバイリンガルの脳図で、濃い所が母語(英語)、薄い 所がフランス語(外国語)部分である。この人の場合脳内で言語を司る分野で母語 と外国語に共通する部分が存在する。 図 25:言語に共通する活性化領野(Herrmann/Fiebach 22007, S. 73) 一方で図 24 では、バイリンガルでない人の脳内では母語と外国語の区別がはっ きりとしている。 図 24:言語によって異なる活性化領野(Herrmann/Fiebach 22007, S. 72) ■ どのような順序で言語処理がなされるのか 今まで紹介した脳図(例えば資料 03 の 5,7 ページ)では,どの領野がどのような 機能を担っているがを特定することはできても,どのようなプロセスで言語が処理さ れるか、すなわち時間軸に沿って言語情報がどのように処理されるかを俯瞰する 事ができない。 しかし資料 03 の 6 ページで紹介している EEG では、言語処理の時間経過が測 定できる。電極で測定される領野は位置関係を基準としてアルファベットでの一略 号と番号の組み合わせで示されている。 図 7:EEG 測定装置 図 8:EEG 電極配置図 Hermann/Fiebach 22007, S.25 Hermann/Fiebach 22007, S.27 図 9:EEG グラフ Hermann/Fiebach (22007), S.28 また資料 03 の 8 ページ図 3 のアイ・トラッキングでも目の動きがグラフ化されて 言語処理が時系列で理解できる。 図 12a:アイトラッキング装置 図 12b↓ (ともに www.eyelinkinfo.com より 2008 年 5 月 22 http://www.eyelinkinfo.com/mount_main.php) 図 13:アイトラッキングモデル図(Hermann/Fiebach 22007, S.34) ■ 次回予告 次回はどのような順序で言語が処理されるかを具体的に検証する。
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