の形成過程などを,マイクロプレートを含めた西 とともに,海底におけるマンガンや鉄の地球化学 南日本のテクトニクス全体のなかで論じているの や微生物学を学ぶ研究者のための学術書であり, は説得力もあり圧巻である。「第 7 章:過去から 海洋地球科学や環境科学を学ぶ学生にも勧められ 学ぶ」では,おもに山口県で過去に起きた地震と る教科書でもある。 津波について,古記録との関わりから防災対策に 第 1 章から 3 章には,海底鉱物資源としての も言及しながら論じている。山口県の古記録をこ マンガンクラスト,団塊の調査・研究の歴史や, のように発掘しまとめあげた努力には敬意を表し これらの資源の分布や産状,成因についてまとめ たい。「第 8 章:西日本大震災に備える」では, られている。これらの章を読むだけでマンガンク その発生が危惧されている南海トラフ巨大地震に ラスト,団塊の概要を把握することが可能であ ふれ,巨大震災に備える必要性を説いている。ま る。第 1 章の“海底鉱物資源としてのマンガン た,山口県内での直下型内陸地震の発生に備える 鉱床”および第 2 章“海底マンガン鉱床の分布・ ため,山口県内の大原湖断層系が動いた場合の震 性状”の前半部分は,地球科学の専門知識が十分 度予想図などを例示して,その対策について提言 ではない技術者にも理解できる内容になってい している。 る。これらの章を読めば,わが国の研究者がいか 以上みてきたように,本書には,高い学術レベ に海底マンガン資源に関する調査・研究を精力的 ルを保ちながらも,「ローカル(山口)な視点か に行ってきたか,海底マンガン資源がわれわれの ら一般的・普遍的課題へ」というユニークな視点 将来にとっていかに重要か,そして今後とも海底 と哲学が貫徹されているように思える。 マンガン資源に関する調査・研究を継続していか 単なる研究者ではなく学者とよばれるために なくてはならないかを理解することができる。 は,視野の広い教養,独自の哲学や独創的な体系 第 2 章の後半,および第 3 章の“海底マンガン 性,あるいはとくに地質学の場合には「地域性」 鉱床の生成環境” では,マンガンクラスト,団塊の に根差した「普遍性」といった背景が必要である。 化学組成や鉱物組成に関する基礎知識や,それら 活断層に対する独自の見解と,中国地方西部山口 の団塊最先端の分析手法が学生にも理解できる平 県といった地域性に根差した研究を推し進めてき 易な内容で記述されている。これらの章を読むこ た金折氏には,その資格が十分にあるように思え とにより,マンガンクラスト,団塊が海洋地球科 る。そうした金折氏の研究の集大成ともいえる本 学の対象としていかに興味深いものか,そして著 書は,活断層がさまざまな方面から注目を集めて 者らがなぜこれらの研究対象に没頭したかを実感 いる現在,いろいろな意味できわめて示唆に富ん できる。 だ読みごたえのある作品といえるのではないだろ 第 4 章の“海洋の鉄・マンガン酸化物の地球化 うか。広く諸分野の諸兄に一読をお勧め出来る好 学”はレベルの高い内容になっており,分量も 65 著である。 ページにわたる。X 線吸収微細構造(XAFS)や X 線吸収端近傍構造(XANES),マルチコレク (高橋正樹) ター型 ICP 質量分析計などの専門用語が注釈な 臼井 朗・高橋嘉夫・伊藤 孝・丸山明彦・ しに登場してくるので,気合を入れて読む必要が 鈴木勝彦:海底マンガン鉱床の地球科学 東 ある。しかし内容は素晴らしく,この章を読むだ 京大学出版会,2015 年 2 月,264 ページ,A5 けで海洋を含む水圏におけるマンガンや鉄,そし 判, 定 価:3,500 円( 税 別 ),ISBN978-4-13- てヒ素,カドミウム,鉛などのいわゆる重金属元 062722-1 素や希土類元素の挙動に関する知見や,こうした 元素の挙動を把握する上で必要となる最先端研 究手法に関する情報を得ることができる。また, 本書はマンガン団塊やマンガンクラストの海底 “Eh-pH 図”,“表面電荷”,“共沈反応”,“吸着反 資源開発に関係する技術者のための専門書である N4 — — い研究環境に置かれた経緯がある。とくに 1990 ど,環境化学や土壌学などを学ぶ学生が理解しな 年代になると海底鉱物資源開発は非現実的との認 くてはならない事柄に関する詳細な説明があり, 識が広がり,科学研究や資源探査への投資が激減 彼らの教科書としても活用することができる。 した経緯がある。 第 4 章には補遺として“酸化還元反応”につい しかし、本書執筆の中心的役割を果たした臼井 ての記載が補足されているが,この補遺を読むこ 朗氏は,こうした環境変化のなかにあってマンガ とによりマンガンの“Eh-pH 図”の作成法を学 ンクラスト,団塊を生涯の研究対象としてきた研 ぶことができる。あえて欲を言えばマンガンだけ 究者である。本書の“あとがき”には,著者らが でなく,第 4 章で詳細に記述されている鉄や鉛, 約 3 年の歳月をかけて議論して完成させたこと セリウムについても記載していただけると,学生 が述べられているが,本書はまさに臼井 朗氏ら 達から喜ばれるのではないかと思う。 のマンガンクラスト,団塊への情熱が結実したも 第 5 章の“マンガン酸化物形成に関与する微生 のと言える。「マンガンクラスト,団塊は未来の 物活動”は,微生物の専門家ではない私でも理解 鉱物資源としての可能性があるのみならず,地球 できる平易な内容で記述されており,マンガンが 科学にとって第一級の研究対象である」という 地球科学のみならず,微生物学にとっても重要な 臼井 朗氏らの主張が本書の行間から読み取れる。 元素であることを理解することができる。また, 本書は第 1 章から第 3 章までで内容は閉じて この章を読むことにより地球科学と微生物学の境 いるので,マンガンクラスト,団塊の専門書とい 界領域の研究の重要性が認識できる。この章は う視点で本書を読むならば第 1 章から第 3 章ま 22 ページしかないため,読み足りないというの で読めばよい。引用文献に関する記載の充実度に が正直な感想であり,続編の登場を期待したいと より,資料集としても活用できる。 ころである。 また,地球化学に関心のある人は第 4 章だけ 第 6 章の“地球環境変遷史とマンガン鉱床の 読んでもよいと思う。この章は海洋科学や環境科 形成”は陸上に分布するマンガン鉱床の概要をま 学,土壌学などを学ぶ学生の教科書としても活用 とめたもので,20 数億年前に形成された巨大マ することができる。 ンガン鉱床をはじめ,地球史を解読する上でマン しかし,やはり第 1 章から 6 章まで一気に読 ガン鉱床は重要な存在であることが論じられてい んでもらいたい。第 6 章の最後の記載である「海 る。残念ながら日本ではこうしたマンガン鉱床の 洋の古環境研究の主流の一つは,無攪乱,高堆積 ことがあまり知られておらず,地球科学の講義で 速度,かつさまざまな手法で年代決定がなされ時 も縞状鉄鉱床に関する紹介はあるものの,マンガ 間軸が明確となった堆積物を対象とした古環境学 ン鉱床のことはあまり紹介されていないのが現状 となっている。(中略) マンガンクラスト,団塊 である。わが国にも青森県や秋田県などの新第三 は堆積物と比較して何桁も成長速度が遅い。時間 紀グリーンタフ地域にマンガン鉱床が分布し,黒 分解能で競うことは得策でなく,年代の点では多 鉱鉱床の成因との関係が議論された時期があった 少見劣りするとしても,通常の堆積物からは決し が,今ではどこに鉱床があったのかさえわからな て得られないユニークな情報をいかに抽出できる くなっている。しかし,現世のマンガンクラス か,という点が重要となるだろう」という問題提 ト,団塊に関する地球科学データが蓄積されれ 起を意識した上で,再度第 1 章から 3 章まで読 ば,陸上に分布するマンガン鉱床が海洋の古環境 みかえしてみると面白い。マンガンの奥深さを改 解読に不可欠な研究対象になる時がやがて来るこ めて実感できる。 とを,第 6 章は予測している。 (丸茂克美) マンガンクラスト,団塊の調査や研究は,国際 政治や世界経済の影響を受けやすく,時には厳し N5 — — 地 学 ニュー ス 応”,“相転移”,“表面錯体”,“選択的抽出法“な
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