硫化水素添加水槽を用いたシロウリガイ類飼育 ○長井裕季子 1・豊福高志 1・多米晃弘 2・植松勝之 2・和辻智郎 1・生田哲朗 1・高木善弘 1・吉田尊雄 1・ 小西正朗 1,3 (1 海洋研究開発機構・2 マリンワークジャパン・3 北見工業大学) プレート沈み込み域において、活断層周辺では付加体深部からメタンを含有する冷湧水の噴出が認 められる。世界でも有数のプレート沈み込み域である日本列島周辺にも多くの冷湧水が発見されてお り、これに伴う冷湧水生態系の成立やその構成生物の生理・生態に関する研究を推進する上で絶好の フィールドを提供している。シロウリガイ類はこのような冷湧水域において大規模なコロニーを形成 し、生物量が大きく、本生態系の物質循環を駆動する主要な生物である。シロウリガイ類は、エラ組 織細胞中に化学合成独立栄養細菌である硫黄酸化細菌(以後、共生細菌とよぶ)を共生させている。 冷湧水域の堆積物は嫌気的であり、間隙水は嫌気的メタン酸化反応に由来する硫化水素に富む。宿主 であるシロウリガイ類は、共生細菌が硫化水素を利用して作り出す有機物に依存して生きているとさ れている。この共生細菌はゲノム縮小が認められ、単独での自由生活は困難であると推測されており、 分離培養の成功例も報告されていない。シロウリガイ類の飼育は困難で長期飼育ができていない。シ ロウリガイ類の生態を解明するためには、現場での観察などに加え、実験室における詳細な生態観察 などの多角的な実験的アプローチが有力となると考えられる。そのため、我々は、まずはシロウリガ イ類の安定的な室内飼育手法の開発を進めている。昨年は硫化水素添加水槽を用いることで、43 日間 生存させることに成功した。本年度は、硫化水素添加水槽でシロウリガイ類を飼育した時、共生細菌 が好適な状況で維持されているか評価することを目的として、時系列的なサンプリングを行い、透過 電子顕微鏡(TEM)観察および蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(FISH)法による共生細菌の局在解析 を行った。 飼育に用いたシロウリガイ類は、2014 年 4 月に相模湾初島沖で実施された NT14-05 なつしま/ハイパ ードルフィン調査航海により採取された。採取後は、 現場の水温に保ったまま陸上の研究室に持ち帰った。 研究室では硫化水素添加水槽に殻長 1.9cm−5.2cm の 17 個体を移し入れ飼育を開始した(Fig. 1)。飼育実験期 間中、硫化水素濃度をはじめとする環境データは概ね 5 日/週の割合で測定を行った。0 日目(2 個体)および Fig.1 硫化水素添加水槽での飼育の様子 92 日目(2 個体), 118 日目(1 個体)で解剖し、TEM 観察 および FISH 解析のためのサンプリングを行った。 飼育実験の結果、最も長く生き延びた個体で 128 日間にわたって飼育することができた。飼育期間 中、多くの個体は移動と停止を繰り返しており、死ぬ直前までその行動に大きな変化は感じられなか った。サンプリングした個体のエラの FISH 解析の結果、飼育 118 日の個体を含む全ての個体で共生細 菌のシグナルが検出された。また TEM 観察から、共生細菌と思われる像が観察されたが、その大きさ や分布状態が経時的に変化していることが判明した。さらに、宿主エラ上皮菌細胞の形態にも経時的 変化が見られた。 以上の結果から、硫化水素添加はシロウリガイ類の共生細菌の維持に寄与している可能性が高い。 しかし、十分に共生細菌が維持されていた 118 日から 10 日後にはすべての宿主個体が死滅したことか ら、硫化水素の添加等、今回構築した水槽環境条件だけではシロウリガイの飼育には不足がある可能 性が高い。
© Copyright 2024 ExpyDoc