北海道におけるインバウンド観光の現状

研究員の視点
〔研究員の視点〕
北海道におけるインバウンド観光の現状
運輸調査局 研究員 野口知見
※本記事は、『交通新聞』に執筆したものを転載いたしました
北海道で外国人観光客が急増している。道
と、実際に欧米からの観光客の約 5 割が関
の発表によれば、2000 年度(平成 12 年度)に
東地方を、3 ~ 4 割が関西地方を訪れてい
20 万人台であった外国人来道者は、2012 年
る。一方、アジアからの観光客は、フィリピ
度 ま で に 3 倍 以 上 の 79 万 人 ま で 増 加 し、
ン、ベトナム、インドで欧米と同様の傾向が
2013 年暦年では、初めて 100 万人を突破
見られるが、その他の国々については関西へ
して 101 万人を記録した。北海道における
の来訪率が 2 ~ 3 割弱にとどまる代わりに、
道外観光客の約 12 人に 1 人は外国人であ
北 海 道 が 1 ~ 3 割 を 占 め て い る。「JNTO
り、さらに日本を訪れる外国人の約 10 人に
訪日旅行誘致ハンドブック」のまとめによる
1 人が北海道を訪問している計算になる。
と、欧米の人々が、大都市東京・大阪に加え
北海道では今後も観光客を増加させたい意
て、神社仏閣の多い京都などを選好するのに
向である。本稿では北海道における観光政策
対し、地理的に近く、文化的・宗教的に類似
の動向と、近年の受け入れ態勢に関わる課題
点のあるアジア圏からの旅行者は、神社仏閣
について整理する。
よりも、「食」、「四季・風景・自然」、「ショッ
ピング」、「温泉」といった要素を目当てに日
アジア諸国における北海道ブーム
本を訪れる傾向がある。特に、北海道は豊富
そもそも、なぜこれほど多くの外国人が北
な海産物、果物、製菓などの特産品に加え、
海道を訪れるのか。道による「北海道観光入
自然、温泉、ショッピングスポットと、これ
込客数調査報告書(平成 24 年度)」(以下、「報
ら全ての要素がそろっている。また、気候の
告書」)によると、2012 年度における来道外
温暖な香港、台湾、タイといった国々では、
国人の内訳は、最も多いのが台湾で 36%、
自国では体験できない冬の雪など、四季の移
次いで韓国、中国、香港、タイと、アジア諸
り変わりを体験できることが大きな魅力と
国だけで 84%を占める。もともと訪日外国
なっている。
人全体でも、地理的に近いアジアからの観光
近年のアジア諸国における経済成長と、相
客が 78%を占めるが、北海道では特にその
次ぐ訪日ビザの緩和措置によって、こうした
割合が高い。
国々からの来道者が急増していると考えられ
一般に、日本観光のゴールデンルートと呼
る。
ばれるのは東京-京都-大阪方面であり、観
道は 2013 年 4 月に、「北海道外国人観光
光庁による外国人延べ宿泊者構成比を見る
客来訪促進計画」を策定した。道によれば、
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北海道における総観光消費額は年間約 1 兆
告書」における 2012 年度の延べ宿泊者数
3000 億円に上り、うち外国人を含む道外客
を見ると、北海道の 6 つのエリアのうち、
による消費は約半分の 6000 億円を占める。
全体の 5 割以上(うち、外国人観光客では 7 割
中でも、外国人の平均消費額は、道民観光客
以上)が札幌・小樽を含む道央エリアに集中
の約 9 倍、道外日本人観光客の約 1.7 倍と
している。その他のエリアについては、函館
なっており、道の観光収入に大きく寄与して
を含む道南エリアと、稚内、富良野、旭川
いる。
を含む道北エリアがそれぞれ 1 割強である
道は計画の中で、外国人来道者の実人数を
ものの、オホーツクエリア、十勝エリア、釧
2017 年までに 120 万人以上とすること、
路・根室エリアなどはいずれも 5 ~ 6%前
さらに、訪日外国人数全体に対するシェアを
後にとどまっている。
10%とすることを目標に掲げた。国の「観
こうしたことから、夏季シーズンを中心
光立国推進基本計画」による訪日外国人旅行
に、日本人観光客と外国人観光客のピーク期
者数の目標が 1800 万人(目標年次 2018 年)
が重なり、特定観光地での観光バスや宿泊施
であることから、仮にこの目標が達成されれ
設の供給が追い付かない事態となっている。
ば、道の目標はその 10%である 180 万人
2013 年の夏には、台湾からの複数の団体ツ
となる。
アーが団体専用バスを確保できず、タクシー
2013 年には、新たに訪日観光ビザ免除国
での代替輸送やツアーの催行中止を余儀なく
の対象となったタイからの来道者が、前年
されたとして、日台の報道でもとりあげられ
比 3.1 倍の 7 万 3000 人と急増し、今後イ
た。道はバスの営業区間の緩和を国交省に申
ンドネシア、フィリピン、ベトナムについて
し入れ、営業区間外のバスも必要に応じて営
も、観光ビザの免除が検討されていることか
業可能とする措置を取ったが、今後目標通り
ら、新規市場のさらなる開拓も期待される。
に来道外国人が増加すれば、こうした措置も
一時しのぎになってしまいかねない。受け入
北海道観光の課題
れ態勢が整わないまま来道外国人が増加すれ
このようにインバウンド観光で好調な北海
ば、良質なサービスを提供できず、イメージ
道であるが、課題もある。
の低下につながる危険性もあるだろう。
第一に、特定季節への集中である。2013
年における観光庁の宿泊旅行統計を見ると、
おわりに
北海道で最も延べ宿泊者数が多い季節は 7
ピーク時の供給体制が不足している現状に
~ 9 月の夏季シーズンであり、日本人、外
おいて、単純に供給を増加させるだけでは、
国人共に全体の約 35%が夏季シーズンに集
オフピーク時の稼働率低下や不安定な雇用、
中している。一方、最も延べ宿泊者数が少な
それに伴うサービスの低下といった新たな問
いのは 4 月であり、日本人ではピーク月と
題の要因となる。そのため、道は外国人観光
比べてその差は約 2.5 倍、外国人では同約
客に対して、より広域に分散した旅行を促す
4.2 倍にも上る。
とともに、現状で 6 割以上を占める団体旅
第二に、特定観光地への集中である。「報
行者を個人旅行へとシフトさせる取り組みを
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進めている。具体的には、道内各地を効率的
のに対し、日本人による北海道観光は圧倒的
に周遊する複数のモデルルートの設定や、や
に夏中心である。まずは日本人に対しても、
る気のある道内地域と民間事業者をマッチン
四季を通じた北海道の楽しみ方を積極的に
グさせ、土地の特性をいかした体験型観光を
PR する必要があるのではないか。また北海
促進する「交流参加型国際観光地づくりモデ
道には、知床半島や釧路湿原のほか、牧歌的
ル促進事業」の推進等である。
な景色と数々のアウトドア活動が体験できる
しかし、外国人観光客が日本人観光客の 1
十勝エリアなど、さらなる集客余地のある観
割であることを考慮すれば、外国人だけでな
光地が数多くある。外国人観光客に向けて新
く日本人観光客に向けても、季節の平準化と
たな魅力を発見・発信していくためにも、日
広域分散化を促すことが急務であると思われ
本人観光客による実績をいかして、さらなる
る。特に季節の平準化については、雪景色や
外国人観光客の誘致につなげることが有効で
ウィンタースポーツを目的とする外国人観光
はないだろうか。
客が冬にも第二の来道ピークを形成している