世界の海上石油輸送のチョークポイント

JPEC レポート
2015 年度
第2回
平成 27 年 4 月 28 日
世界の海上石油輸送のチョークポイント
米国エネルギー省
(DOE) エネ
1. 各チョークポイントを通過した石油量実績 1
ルギー情報局(EIA)のレポート
2. 各チョークポイント
2
を主なベースとして、
「世界の海
2-1. ホルムズ海峡
2
上石油輸送のチョークポイント」
2-2. マラッカ海峡
5
の現状について紹介する。
なお、
2-3. スエズ運河と SUMED パイプライン
7
本レポートは、
平成23 年度JPEC
2-4. マンダブ海峡
9
レポート第 32 回の続報となる。
2-5. トルコ海峡
9
EIA は、国際的に広く使われ
2-6. パナマ運河
10
ている海上石油輸送ルートの中
2-7. デンマーク海峡
12
で、7 つの狭い海峡(運河を含
2-8. 喜望峰回りルート(その他重要ルート)13
む)を
「世界の海上石油輸送のチ
3.まとめ
13
ョークポイント」として定義し
(参考) 石油タンカーのサイズ分類
14
ている。
これらのチョークポイントは、多数の石油タンカーや LNG 船などが通過するため世界の
エネルギー安全保障上 重要な場所である。万一、これらのチョークポイントが何らかの影
響により通行不能になれば、代替ルートによる輸送距離とコストが増え、世界のエネルギ
ー価格の高騰をもたらすであろう。
また、これらのチョークポイントでは、石油流出などタンカー事故の危険性があると同
時に、海賊によるハイジャック、テロリストによる攻撃、さらには戦闘行為などに発展する
懸念もある。
チョークポイントを通過する石油量から見て、ペルシア湾出口に位置する『ホルムズ海
峡』とインド洋と太平洋をリンクしている『マラッカ海峡』の両海峡が、世界(特に日本を
含むアジア諸国)にとって最重要な戦略上のチョークポイントとなっている。
本レポートで
は、これらを含む 7 つのチョークポイントの現状を浮き彫りにするとともに、代替ルート
についても言及する。
1. 各チョークポイントを通過した石油量実績
2009〜2013 年に各チョークポイントを通過した石油量実績は、表 1 のとおりである。こ
の表からもわかる通り、ホルムズ海峡とマラッカ海峡の通過量が圧倒的に多く、2013 年実
績ではそれぞれ 1,700 万 BPD と 1,520 万 BPD となり、合わせて 3,220 万 BPD と世界の海上
石油輸送量合計(5,650 万 BPD)の実に 57%を占めている。また、同年の世界の海上石油輸送
量合計は、世界の石油供給量合計(9,010 万 BPD)の 63%に相当する(表 1、図 1 参照)
。
1
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表 1 海上石油輸送のチョークポイントを通過した石油量(100 万 BPD)
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
ホルムズ海峡 (Strait of Hormuz)
15.7
15.9
17.0
16.9
17.0
マラッカ海峡 (Strait of Malacca)
13.5
14.5
14.6
15.1
15.2
スエズ運河 (Suez Canal)と SUMED パイプライン
3.0
3.1
3.8
4.5
4.6
マンダブ海峡 (Strait of Bab el-Mandeb)
2.9
2.7
3.4
3.7
3.8
デンマーク海峡 (Danish Straits)
3.0
3.2
3.3
3.1
3.3
トルコ海峡 (Turkish Straits)
2.8
2.8
3.0
2.9
2.9
パナマ運河 (Panama Canal)
0.8
0.7
0.8
0.8
0.8
海上石油輸送量 合計
53.9
55.5
55.6
56.7
56.5
世界の石油供給量
84.9
87.5
87.8
89.7
90.1
Notes: All estimates are in million barrels per day. Data for Panama Canal is by fiscal years.
Sources: U.S. Energy Information Administration analysis based on Lloyd's List Intelligence, Panama Canal
Authority, Eastern Bloc Research, Suez Canal Authority, and UNCTAD, using EIA conversion factors.
図 1 2013 年 海上石油輸送のチョークポイントを通過した石油量(100 万 BPD)
2. 各チョークポイント
2-1. ホルムズ海峡
ホルムズ海峡は、
イランとオマーン(アラビア半島北端のアラブ首長国連邦の領土に囲ま
れたオマーンの飛び地)の間に位置し、ペルシア湾とアラビア海を繋いでいる。同海峡の最
も狭い部分は、幅 21 マイル(約 34km)である。双方向の航路幅は、各々わずか 2 マイル(約
3.2km)で、それらは中央の幅 2 マイルの緩衝帯により仕切られている(図 2、3 参照)
。
2
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図 3 ホルムズ海峡の拡大図
図 2 ホルムズ海峡の位置
2013 年 世界の海上石油交易量の約30%に当たる1,700 万BPD の石油が通過した同海峡は、
世界で最も重要なチョークポイントである。なお同年、同海峡を通過した原油の 85%超が
アジア市場(日本、インド、韓国、中国等)へ向かった。また、2013 年 カタールは、ガス
換算で年間およそ 1,050 億㎥の LNG を同海峡経由で輸出した。この輸出量は、世界の LNG
交易量合計の 30%以上に相当する。
米国は、世界で最も重要なチョークポイントである同海峡を警備するために、バーレー
ンに司令部を置く同国海軍の第 5 艦隊とカタールの同国空軍基地の航空機が、常時同海峡
を含む海域(ペルシア湾・紅海・アラビア海)の警戒に当っている。
万一、同海峡が何らかの影響により通行不能になった場合の代替ルートとして、同海峡
を迂回しペルシア湾外(オマーン湾または紅海)へ原油出荷が可能なパイプラインが 2 本敷
設されている(図 4、5:参照)
。
1 本はサウジアラビアの「Petroline(East-West Pipeline)」
、もう 1 本はアラブ首長国
連邦(UAE)の「Abu Dhabi Crude Oil Pipeline」である。なお、2013 年末時点における利
用可能なパイプライン容量は、合計で 370 万 BPD となっている(表 2 参照)
。
原油および LNG 輸送用各パイプラインの概要については以下に記す。
・Petroline (East-West Pipeline)
サウジアラビアのペルシア湾岸の都市アブカイク(Abqaiq)から同国を横断して紅海沿
岸の都市ヤンブー(Yanbu)に至るルート。全長約 1,200km、公称輸送能力は 480 万 BPD
だが、現在の実動能力は 200 万 BPD であり、280 万 BPD の輸送余力がある。
・アブダビ原油パイプライン (Abu Dhabi Crude Oil Pipeline)
アラブ首長国連邦(UAE)を構成するアブダビ首長国 ペルシア湾側のハブシャン
(Habshan、アブダビ近郊)から同国のオマーン湾側のフジャイラ(Fujairah)に至るルー
トで、2012 年に稼動開始した新しいパイプラインである。全長約 370km、公称輸送能
3
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力は 150 万 BPD だが、現在の実動能力は 60 万 BPD であり、90 万 BPD の輸送余力があ
る。
図 4 サウジアラビアの石油パイプライン経路図(緑色部分)
図 5 アラブ首長国連邦 (UAE)の石油パイプライン経路図(緑色部分)
4
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・アブカイク〜ヤンブー天然ガス液(NGL)パイプライン
(Abqaiq-Yanbu Natural Gas Liquids Pipeline)
同パイプラインは、
「Petroline(East-West Pipeline)」と並行して走っている。公称
輸送能力は 30 万 BPD に過ぎず、現在フル稼動中で輸送余力はない。
・イラク パイプライン(Iraqi Pipeline in Saudi Arabia)
サウジアラビアからイラクに至るルートだが、現在は原油から天然ガスパイプライン
に変更されている。
表 2 2013 年 ホルムズ海峡 迂回パイプライン能力(100 万 BPD)
パイプライン名
国名
稼働状態
公称輸送能力
実動能力
輸送余力
サウジアラビア
稼働中
4.8
2.0
2.8
UAE
稼働中
1.5
0.6
0.9
アブカイク〜ヤンブー
天然ガス液パイプライン
サウジアラビア
稼働中
0.3
0.3
0.0
イラク パイプライン
サウジアラビア
稼働中
(天然ガスに変更)
1.7
-
-
8.2
2.9
3.7
Petroline
(East-West Pipeline)
アブダビ原油パイプライン
合計
Notes: All estimates expressed in million BPD. Unused Capacity is defined as pipeline capacity that is not currently
utilized but can be readily available.
Sources: U.S. Energy Information Administration, Lloyd's List Intelligence.
2-2. マラッカ海峡
マラッカ海峡は、インドネシアとマレーシアおよびシンガポールの間に位置し、アンダ
マン海(インド洋)と南シナ海(太平洋)を繋いでいる(図 6、7 参照)。同海峡は、ペルシア湾
からアジア市場(日本、中国、韓国、環太平洋地域)へ石油を海上輸送するための最短ルー
トに当り、重要なシーレーンとなっている。また、ペルシア湾岸(特にカタール)やアフリ
カの LNG 輸出各国からアジア(特に日本、韓国)向けの輸送ルートとしても重要である。
同海峡に関し国際海事機関(IMO)が、250 海里(463km)に渡り国際分離通航帯を定めてお
り、シンガポール沖では東行きが 1,617m・西行きが 530m と非常に狭い幅で設定されてい
る。また、同海峡の最浅部の水深は 22.5m で、VLCC(図 17 参照)は満潮時に合わせて通過す
るための時間調整が必要である。
一方、同海峡を通ることができない ULCC(図 17 参照)は、遠回り(同海峡経由に比べて約
1,700km 増加)、
バリ島〜ロンボク島間の水深の深いロンボク海峡(水深約 250m)を通ってい
る。ただし、空荷の ULCC は、同海峡を通り抜けることができる。
5
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Lombok Strait
図 6 マラッカ海峡の位置図
図 7 マラッカ海峡周辺の拡大図
同海峡の最も狭い部分の幅は 1.7 マイル(約 2.7km)で、常に船舶の衝突と石油流出の危
険性や海賊によるタンカーの乗っ取りの脅威に晒されている。IMO の報告によれば、同水
域の海上パトロールを強化した結果、2005 年以降 海賊行為は減少している。
同海峡を通過した石油の 2013 年実績は、1,520 万 BPD(90%:原油、10%:石油製品)で、
2009 年の 1,350 万 BPD に比べ 170 万 BPD も増加した。(表 3 参照) 一方、LNG は、2013 年
ガス換算で 1,190 億㎥(4 兆 2,000 億 ft3)通過し、2009 年の 450 億㎥に比べ約 2.6 倍も増
えている。
表 3 マラッカ海峡を通過した石油量(100 万 BPD)と LNG 量(億 ft3)
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
マラッカ海峡 通過石油量
(①+②)
13.5
14.5
14.6
15.1
15.2
① 原油
11.9
12.8
12.9
13.3
13.4
② 石油製品
1.6
1.7
1.7
1.8
1.8
LNG
1.6
1.9
2.5
3.2
4.2
Notes: Tcf = Trillion cubic feet. 2013 LNG is a preliminary estimate.Sources: U.S. Energy Information
Administration analysis based on Lloyd's List Intelligence, Cedigaz, BP.
仮に同海峡が何らかの影響により通行不能になった場合は、全てのタンカーはロンボク
海峡(バリ島〜ロンボク島間)またはスンダ海峡(ジャワ島とスマトラ島間)を抜け、インド
ネシアの島嶼群を迂回する必要がある。
上記リスク回避とマラッカ海峡を通るタンカーの混雑を軽減するため、同海峡バイパス
オプションを建設する計画案がいくつか持ち上がっている。2013 年 7 月に中国とミャンマ
ーがベンガル湾沿いのミャンマーの複数の港から、中国の雲南省に至る「ミャンマー〜中
国 天然ガスパイプライン」(120 億㎥/年)を開通させた。さらに両国は、前記ガスパイプ
ラインに並行して走る石油パイプライン(44 万 BPD)も建設し、マラッカ海峡を迂回して中
東原油を輸入できる同石油パイプラインは、2015 年 1 月末に試験操業が開始された。
6
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2-3. スエズ運河と SUMED パイプライン
エジプトに位置するスエズ運河は、全
長約 193km で紅海と地中海を繫いでいる。
スエズ運河
同運河は閘門(コウモン)のない水平式運
河であるため、運河内の水流は常に変動
している。
同運河は、2010 年までは喫水制限に
より Suezmax 級タンカーが同運河を通航
できる最大サイズだったが、スエズ運河
庁が同運河を79 フィート(約24m)まで深
く浚渫(シュンセツ)したため、現在はよ
り大型のタンカーが通れるようになって
いる。
また、同運河と SUMED パイプラインは
図 8 スエズ運河と SUMED パイプラインの経路図
ペルシア湾岸諸国から石油を欧州と北米
向けに出荷する重要ルートとなっている。超大型原油タンカー(VLCC および ULCC)は、半積
載もしくは空船時でしか同運河を通れなかったが、同パイプラインを利用し一部積み荷を
下ろすことにより、VLCC の通航が可能となった(図 8 参照)
。2013 年 これら 2 つのルート
を通った石油は、世界の海上石油交易量合計の約 8%を占めた。同年、同運河を通過した貨
物(重量ベース)の 20%が石油(原油と石油製品)、3%が LNG であった。
2013 年 これまでで最大の 320 万 BPD もの石油(原油と石油製品)が同運河を通過した。北
行き(欧州と北米向け)に 190 万 BPD、南行き(アジア市場向け)に 130 万 BPD が通過した。北
行きの 79%は、ペルシア湾岸諸国(サウジアラビア、イラク、クウェート、アラブ首長国連
邦、イラン、オマーン、カタール、バーレーン)からの石油輸出で、その最大の輸出先は欧
州諸国が 68%、米国は 16%であった。南行きの 66%は欧州諸国から、次いで 16%が北アフリ
カ諸国(アルジェリアとリビア)からの石油輸出で、最大の輸出先(74%)はアジア市場であっ
た。
1977 年 スエズ運河庁は、同運河を通れない超大型原油タンカーのために、バイパスル
ートとして、紅海沿岸の Ain Sukhna 石油基地から地中海沿岸の Sidi Kerir 石油基地に至
る全長 200 マイル(約 322km)の SUMED パイプライン(スエズ〜地中海パイプラインとも呼
ぶ)を敷設した。
口径 42 インチ(約 107cm)の配管が 2 本並行に走る同パイプラインの輸送能力は、234 万
BPD である。2013 年に同運河と同パイプラインを通った原油の合計量は 460 万 BPD となっ
た。前年に比べ 10 万 BPD 増え、これら 2 つのルートを通った石油は、世界の海上石油交易
量合計の約 8%を占めた(表 4 参照)
。
しかしながら、ここ過去数年、同運河を通過する原油量が増えている反面、同パイプラ
インを経由する原油量は減少している。
7
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表 4 スエズ運河と SUMED パイプラインを通過した石油量(100 万 BPD)と LNG 量(億 ft3)
2009 年 2010 年 2011 年 2012 年 2013 年
スエズ運河と SUMED パイプライン
石油通過量合計 (Ⅰ+Ⅱ)
3.0
3.1
3.8
4.5
4.6
0.6
1.3
1.8
0.8
0.7
1.3
2.0
1.6
0.7
1.4
2.2
2.1
1.4
1.6
3.0
1.5
1.5
1.7
3.2
1.2
0.3
0.7
1.0
0.8
0.4
0.7
1.2
1.5
0.5
0.9
1.4
1.8
0.9
0.8
1.7
1.2
1.1
0.7
1.9
1.0
④ LNG
0.3
0.6
0.9
0.1
0.3
0.5
0.8
0.1
0.2
0.6
0.8
0.2
0.5
0.8
1.3
0.3
0.4
1.0
1.3
0.2
(Ⅱ)SUMED パイプライン 原油輸送量
1.2
1.1
1.7
1.5
1.4
(Ⅰ)スエズ運河 通過量
① 原油
② 石油製品
石油合計 (①+②)
LNG (③+④)
スエズ運河 北向き(地中海方面)
⑤ 原油
⑥ 石油製品
石油合計 (⑤+⑥)
③ LNG
スエズ運河 南向き(アジア方面)
⑦ 原油
⑧ 石油製品
石油合計 (⑦+⑧)
Notes: Totals may not exactly match corresponding values as a result of independent rounding. Tcf = Trillion cubic
feet.Source: U.S. Energy Information Administration analysis based on Lloyd's List Intelligence, Suez Canal
Authority (with EIA conversions)
2013 年 同運河を南行きに通過した LNG のほとんどは、エジプトおよびアルジェリア産
で、その多くはアジア市場へ送られた。一方、北行きの大半はカタール産で、主に欧州市
場へ送られた。
2008~2011 年までの LNG の同運河通過量の急激な増加は、カタールでの複数の LNG プ
ラントの稼動による。しかし、双方向の通過量合計は、2011 年のピークから減少に転じた。
この原因は、北行き(特にカタール産 LNG)の減少によるものであり、米国と欧州の LNG 輸
入データと合致している。米国のカタール産 LNG の輸入量が 2011〜2012 年に 63%減少し、
2013 年には 78%も減少した。これは米国国内でのシェールガス由来の天然ガス生産量の増
大と、いくつかの欧州諸国における LNG 需要量の減少を反映している。その結果として、
世界のLNG交易量合計に占める同運河を通過したLNG量のシェアは、
2011年の18%から2013
年には 10%に落ち込んでいる。
このチョークポイントが仮に 1956 年のスエズ危機のような事態が再び起こり、
同運河と
同パイプラインが同時に使用できなくなった場合は、アフリカ大陸南端の喜望峰沖まで南
下して大陸を迂回しなければならず、航行距離が約 9,700km も長くなる。
8
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2-4. マンダブ海峡
マンダブ海峡は、イエメンとジブチおよびエリトリアの間に位置し、紅海とアラビア海
を繋いでいる。同海峡は、ソマリア半島(別名:アフリカの角)と中東諸国間のチョークポ
イントであり、かつ地中海とインド洋の戦略的な接点に位置している。最も狭い部分は幅
18 マイル(約 29km)で、2 マイル(約 3.2km)幅の往復各 1 本の航路が大型タンカーの航行を
難しくしている(図 9、10 参照)
。
2013 年に 380 万 BPD の石油(原油と石油製品)が同海峡を通って欧州・米国・アジア市場
に運ばれた。その内の 210 万 BPD は北に向かい、スエズ運河または SUMED パイプラインを
通過した。また残りの 170 万 BPD は、南に向かいアラビア海に出ている。ペルシア湾岸諸
国から欧州諸国へ輸出される石油の大半は、アラビア海から同海峡を抜けて紅海に入り、
その後 スエズ運河または SUMED パイプラインを経由して地中海に出ている。
以前は、ソマリア北部沖のアデン湾と同海峡を含む紅海南部海域に、海賊が頻繁に出没
し石油タンカーなどが乗っ取られたりしたが、最近はジブチに駐留している海上自衛隊を
含む国際的な海賊対策(哨戒機や護衛艦による警戒)により激減している。しかしながら、
最近 同海峡に面するイエメンの内戦が激化してきており、政情不安がみられる。
仮に同海峡が何らかの影響により通行不能になった場合、石油タンカーはアフリカ大陸
南端の喜望峰沖を通って迂回することになり輸送時間と運賃が膨大となる。
図 9 マンダブ海峡の位置図
図 10 マンダブ海峡周辺の拡大図
2-5. トルコ海峡
アジアと欧州を分けているトルコのボスポラス海峡とダーダネルス海峡を合わせて「ト
ルコ海峡」と総称する。ボスポラス海峡はマルマナ海と黒海を、ダーダネルス海峡はマル
マナ海とエーゲ海を繫いでいる。全長約 27km のボスポラス海峡の最も狭い部分は幅 698m
しかなく、かつ曲がりくねった地形のため、世界で最も航行の難しい水路の 1 つとなって
いる(図 11、12 参照)
。
2013 年に 290 万 BPD(70%が原油、30%は石油製品)の石油が同海峡を通過し、ロシアとア
ゼルバイジャンやカザフスタンを含むユーラシア諸国にとって、黒海沿岸の複数の港から
石油を輸出するための重要なルートになっている。
9
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図 12 トルコ海峡周辺の拡大図
図 11 トルコ海峡の位置図
なお、同海峡を通過した石油量は、2004 年のピーク(340 万 BPD 超)から 2006 年には 260
万 BPD まで減少した。この理由は、ロシアが原油輸出の一部を黒海沿岸の港から、バルト
海沿岸のプリモリスク港にシフトしたためである。しかし、2010~2011 年にかけアゼルバ
イジャンとカザフスタンの原油生産量が増え、カスピ海地域から欧州諸国への石油輸出量
が再び増加し、それにともない同海峡を通過する石油量も増え、2013 年には 290 万 BPD ま
で回復した。
トルコは、年間約 4 万 8 千隻もの船舶が往来している同海峡における、船舶事故による
石油流出時の環境破壊への脅威に懸念を強めている。現在、同国は黒海とマルマラ海の間
に石油パイプラインを敷設し、ボスポラス海峡を通過する石油タンカー数の削減を提案し
ている。
2-6. パナマ運河
パナマ共和国に位置するパナマ運河は、太平洋とカリブ海(大西洋)を繫ぐ重要なルート
である。同運河の中央部は、標高が高いため複数の閘門(コウモン)を設けて水位を上下し
て船を通す閘門式運河となっている。
全長50 マイル(約80km)・最小幅110 フィート(33.5m)
で、現在はパナマックス(Panamax)級のタンカー(6〜8 万 DWT)までしか通れない(図 13、
14 参照)
。
上記サイズより大型船の通行を可能にする為、
パナマ運河庁は 2016 年初頭までに開通さ
せる計画で、同運河拡張プロジェクトに着手している。この拡張が完成すれば、積み荷を
満載した 12 万 DWT 級のタンカーまで通航可能となるが、
完成後も VLCC や ULCC などの超大
型タンカーは通航できない。
上記サイズより大型の船舶通行を可能にする為、
パナマ運河庁は 2016 年初頭までに開通
させる計画で、同運河拡張プロジェクトに着手している。この拡張が完成すれば、積み荷
を満載した 12 万 DWT 級のタンカーまで通航可能となるが、
完成後も VLCC や ULCC などの超
大型タンカーは通航できない。
10
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図 13 パナマ運河の位置図
図 14 パナマ運河の拡大図
米国は、同運河を通過するほとんどの商品の起点であり、また行き先となる国である。
2014 会計年度に約 1 万 3 千隻超の船舶が同運河を通過し、その貨物の 43%が米国からまた
は米国行きであった。
2013 年 同運河を通過した主要商品の 18%が石油(原油と石油製品)であり、
世界の石油海
上輸送量合計の 1.4%を占めた。2014 会計年度においては、87.7 万 BPD の原油と石油製品
が同運河を通過した。そのうちの 12.9 万 BPD が原油で、残り 74.8 万 BPD は石油製品であ
った。68.8 万 BPD は北大西洋側から南太平洋側に向かい、残り 18.9 万 BPD は南から北に
向かった。
また、パナマとコスタリカとの国境近くの「元の運河地帯(former Canal Zone)」の外側
に 1982 年に開通した全長約 130km の「パナマ横断(Trans Panama)パイプライン」が走って
いる。同パイプラインは、太平洋沿岸の Charco Azul 港からカリブ海沿岸の Bocas Toro
港までのルートで、アラスカのノーススロープ原油をメキシコ湾沿岸やカリブ海沿岸の製
油所へ運ぶことが目的であった。しかし、1996 年に石油会社が別ルートで同原油の輸送を
始めたため停止した。その後、2009 年 8 月に逆フロー(カリブ海側から太平洋側へ)で石油
を送るプロジェクト(60 万 BPD)が完成し、再利用されている。
2012 年 BP と Petroterminal de Panama(PDP)社は、7 年間に亘る原油輸送と貯蔵協定に
署名した。BP はこの協定により、PDP 社所有のパナマのカリブ海沿岸と太平洋沿岸の貯蔵
設備をリースし、同パイプラインを利用して米国西海岸の複数の製油所へ原油を送ること
となった。
即ち BP は、
PDP 社が貯蔵している 540 万バレル(約 86 万 kℓ)の原油をリースし、
同パイプラインを経由して平均 10 万 BPD の原油を東から西へ出荷することを約束した。
こ
のルートは、南米大陸南端のホーン岬沖を迂回して米国西海岸に達するルートより遥かに
コストも時間も削減できる。ちなみに、各年(2009〜2013 年)の同運河と同パイプラインを
通過した石油量は、表 5 のとおりである(表 5 参照)。
仮に同運河が何らかの影響により通行不能の際の代替ルートは、南米大陸南端のホーン
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岬と南極大陸の間のドレーク海峡を通って大陸を迂回しなければならず、
約 12,870km もの
遠回りになる。
表 5 パナマ運河と Trans-Panama パイプラインを通過した石油量(万 BPD)
2009 年
2010 年
2011 年
2012 年
2013 年
① 原油
② 石油製品
パナマ運河
石油通過量合計(①+②)
17.6
61.2
11.0
63.0
11.9
63.7
11.8
68.4
9.1
75.9
78.8
74.1
75.5
80.2
84.9
③ 原油(西向き)
④ 石油製品(西向き)
西向き(太平洋向き)
石油通過量合計(③+④)
⑤ 原油(東向き)
⑥ 石油製品(東向き)
東向き石油(大西洋向き)
石油通過量合計(⑤+⑥)
11.6
47.1
5.3
51.4
6.8
53.2
7.1
61.6
3.9
66.9
58.8
56.6
60.0
68.7
70.8
6.0
14.0
5.7
11.7
5.1
10.5
4.7
6.8
5.1
9.0
20.0
17.4
15.6
11.5
14.1
Sources: U.S. Energy Information Administration analysis based on Lloyd's List Intelligence, Panama
Canal Authority (with EIA conversions).
2-7.
デンマーク海峡(Danish Straits)
デンマークとスウェーデンの間の「デンマーク海峡
(Danish Straits)」は、バルト海と外海である北海を
繫いでいる一連の海峡の総称である。いわゆるアイス
ランドとグリーンランド間の「デンマーク海峡
(Denmark Strait)」とは異なる(図 15 参照)
。
ロシアは、バルト海沿岸のプリモルスク港を開港し
た 2005 年以降 欧州諸国向けの原油輸出を黒海沿岸
の港からバルト海沿岸の港にシフトした。このため、
同海峡は、ロシア原油の欧州諸国への輸出ルートのチ
ョークポイントとして重要になってきている。
2011 年 ロシアの同新港は、同海峡を通る輸出量
合計の半分以上を取り扱っていた。しかしながら、
図 15 デンマークの海峡の位置
2013 年に主にノルウェーと英国からの石油が、スカ
ンディナヴィア市場に流れ込んだのが原因で 42%に落ち込んだ。 ちなみに、2013 年に同海
峡を通過した石油(原油と石油製品)の合計量は 330 万 BPD であった。
なお、同海峡は、バルト海沿岸諸国からの唯一の外海(北海)への海路であるが、現在
この代替ルートは存在しない。
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2-8. 喜望峰回りルート(その他重要ルート)
アフリカ大陸南端に位置する喜望峰の沖を迂回す
るルートは、チョークポイントではないが、スエズ
運河と SUMED パイプラインやマンダブ海峡が不通に
なった時の代替ルートとなり得るので参考までに記
載する。ちなみに、アフリカ大陸の最南端は、喜望
峰よりさらに南に位置するアガラス岬であるが、慣
用的にアフリカ大陸迂回ルートは喜望峰回りと呼ば
れている(図 16 参照)
。
アガラス岬
なお、通常時においても、喜望峰回りは石油タン
カーにとって重要なルートであり、2013 年には東行
きと西行きを合わせて約490 万BPD(世界の石油海上
輸送量合計の 9%に相当)の原油が通過した。
内訳としては、360 万 BPD の原油が東行きに通過
図 16 喜望峰周辺の概略図
した。その多くは、アフリカ諸国から(約 220 万 BPD)
と南米およびカリブ海諸国から(約 140 万 BPD)で、行き先の大半はアジア市場であった。
一方、西行きの原油の大部分は、中東諸国から(130 万 BPD)で、その多くが米国へ向かった
(表 6:参照)。
表 6 喜望峰回りの原油通過量(100 万 BPD)
東行き(アジア方面)
西行き(南米方面)
石油海上輸送量 合計
2011 年
2012 年
2013 年
2.9
1.7
4.7
3.7
1.6
5.3
3.6
1.3
4.9
Note: Estimates may not add up to their totals due to differences in
rounding.Source: U.S. Energy Information Administration analysis based on
Lloyd's List Intelligence35
3. まとめ
上記のように最近の 7 つのチョクークポイント状況について言及したが、前回の JPEC
レポート第 32 回(2012 年 2 月)からの動きがあった下記 2 点をまとめとして記す。他の 5
ポイントについては、大きな変動は認められない。
① マラッカ海峡迂回ルート:ミャンマー~中国・雲南パイプライン開通
(2013 年 7 月 天然ガス用、2015 年 1 月 原油用)
② パナマ運河拡張工事:2016 年初頭に開通予定
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(参考) 石油タンカーのサイズ分類
世界の原油および石油製品タンカーは、契約条件を標準化かつ輸送コストを確立し、さ
らに入港時または特定の海峡と水路を通過するタンカーの能力を決定するための分類シス
テムが適用されている。
Average Freight Rate Assessment(AFRA)システムとして知られているこの分類システム
は、60 年前にロンドン・タンカー・ブローカー委員会(LTBP)の監修のもと Shell によって
確立され、載貨重量トン(DWT)に基づきタンカーを分類している。AFRA システムの公式な
石油タンカーのサイズ分類は以下のとおりである。
・石油製品運搬用タンカー
General Purpose:1.0 以上~2.5 万 DWT 未満
Medium Range:2.5 以上~4.5 万 DWT 未満
・石油製品または原油運搬用タンカー
Long Range 1:4.5 以上~8.0 万 DWT 未満
Long Range 2:8.0 以上~16.0 万 DWT 未満
・原油運搬用タンカー
VLCC:16.0 以上~32.0 万 DWT 未満
ULCC:32.0 以上~55.0 万 DWT 未満
Source: U.S. Energy Information Administration, London Tanker Brokers' Panel
Note: Aframax is not an official vessel classification on the AFRA scale but is shown here for comparison.
図 17 石油タンカーのサイズ分類(AFRA スケール)
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前記の AFRA の公式分類とは別に、一般的に広く使われている分類を以下に示す。
・Panamax :6~8万DWT、
パナマ運河を通航できる最大サイズで、
船幅が108フィート(32.9m)
以下に制限される。
・Aframax :8~12 万 DWT、従来は運賃レートの関係で 7 万 9,999DWT 型を AFRAMAX と呼ん
でいたが、現在は慣用的に 8~12 万 DWT 級を AFRAMAX と呼んでいる。
・Suezmax :16 万 DWT 程度、スエズ運河を通航できる最大サイズ。2010 年までは最大喫水
が 18m 以下に制限されていたが、スエズ運河庁が 79 フィート(約 24m)まで深く浚渫したた
め、同年以降 より大きなタンカーが通れるようになっている。
<出典および参考資料>
(1)米国 DOE・エネルギー情報局(EIA)レポート 、WORLD OIL TRANSIT CNOKEPOINTS 、
http://www.eia.gov/countries/regions-topics2.cfm?fips=WOTC 、
(2)米国 DOE・エネルギー情報局(EIA)レポート 、TODAY IN ENERGY (DEC.30,2014) 、
http://www.eia.gov/todayinenergy/detail.cfm?id=19371 、
(3)米国 DOE・エネルギー情報局(EIA)レポート 、Saudi Arabia Country Analysis Brief、
http://www.eia.gov/countries/cab.cfm?fips=sa 、
(4)米国 DOE・エネルギー情報局(EIA)レポート 、United Arab Emirates Country Analysis
Brief、
http://www.eia.gov/countries/cab.cfm?fips=TC 、
(5)米国 DOE・エネルギー情報局(EIA)レポート 、South Africa Country Analysis Brief、
http://www.eia.gov/countries/cab.cfm?fips=SF 、
(6)Wikipedia 、Panama Canal expansion project 、
http://en.wikipedia.org/wiki/Panama_Canal_expansion_project 、
(7)A Barrel Full 、East-West Crude Oil Pipeline 、
http://abarrelfull.wikidot.com/east-west-crude-oil-pipeline-petroline 、
(8)A Barrel Full 、Abu Dhabi Crude Oil Pipeline 、
http://abarrelfull.wikidot.com/abu-dhabi-crude-oil-pipeline-adcop-project 、
(9)Wikipedia 、Strait of Hormuz 、
http://en.wikipedia.org/wiki/Strait_of_Hormuz 、
(10)Wikipedia 、Suezmax 、
http://en.wikipedia.org/wiki/Suezmax 、
(11)Wikipedia 、U.S.Fifth Fleet 、
http://en.wikipedia.org/wiki/United_States_Fifth_Fleet 、
(12)外務省ホームページ 、ジブチ便り 、
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/staff/djibouti/05.html 、
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本資料は、一般財団法人 石油エネルギー技術センターの情報探査で得られた情報を、整理、分析
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次回の JPEC レポート(2015 年度 第 3 回)は「環境対策で注目される小型 GTL の状況」を
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