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プレスリリース
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慶應義塾大学信濃町キャンパス総務課
広報担当 吉岡・三舩
Tel:03-5363-3611 E-mail:[email protected]
2015 年 4 月 16 日
報道関係者各位
慶應義塾大学医学部
活性酸素の増加による胃癌の発生メカニズムを解明
−ビタミン C 摂取による胃癌予防に期待−
慶應義塾大学医学部 先端医科学研究所 遺伝子制御研究部門の永野修専任講師らの研究グループ
は、同外科学(一般・消化器)教室の北川雄光教授、清島亮医師(元助教)
、同内科学(消化器)教
室の佐藤俊朗特任准教授、金沢大学がん進展制御研究所の大島正伸教授らとの多施設共同研究によっ
て、胃粘膜の慢性炎症(注1)に伴い発生する活性酸素が、胃の発癌過程において、どのように関与
しているかを、自然発症型胃癌マウス(注2)を用いて詳細に解明しました。
今回の研究結果は、これまでに報じられている、活性酸素を除去するビタミン C などの抗酸化物質
を摂取すると胃癌の発生リスクが低下する、という根拠の一つと成り得る新たな知見であり、胃癌の
予防法の開発に繋がることが期待できます。
この研究成果は 2015 年 3 月 26 日(木)
(米国東部時間)に米国科学専門誌「Cancer Prevention
Research」オンライン版に掲載されました。
1.研究の背景と成果
胃癌の多くは、ヘリコバクターピロリ菌の感染などによって胃粘膜で引き起こされた慢性炎症が要
因となり発生することが知られています。慢性炎症を起こした組織では活性酸素の産生が増加し、
様々な細胞に高度な酸化ストレス(注3)を与えますが、活性酸素が胃の発癌過程において、どのよ
うに関与しているか、その詳細なメカニズムはよく分かっていませんでした。また、慢性炎症によっ
て、胃の上皮組織は変質し、胃癌の基となるメタプラジア(注4)が形成されます。
そこで本研究グループは、慢性炎症に伴い発生する活性酸素が、胃癌の基となるメタプラジアの形
成に関わっているのではないかと考え、そのメカニズムの解明に取り組みました。
本研究では、胃上皮細胞のなかでも壁細胞での活性酸素の蓄積と酸化ストレスシグナルが、胃癌に
繋がるメタプラジアの形成に深く関与することを明らかにしました。また、マウス実験では、抗酸化
物質ビタミン C の投与により、メタプラジアの形成およびそれに引き続いて生じる腫瘍の形成につい
ても抑制されることも示されました。これまでに知られているように、胃癌の予防には早期にヘリコ
バクターピロリ菌の感染を取り除くことが重要ですが、ヘリコバクターピロリ菌に起因しない慢性炎
症あるいはヘリコバクターピロリ菌の駆除後に残存する胃粘膜の慢性炎症に対しては、活性酸素を抑
えるビタミン C などの抗酸化物質の摂取が、メタプラジアの形成および胃癌の予防には効果的である
と考えられます。過去に他の研究グループにより、ビタミン C の長期内服が萎縮性胃炎のリスクを減
らし、胃癌の予防に効果がある可能性や、ビタミン C 摂取による胃癌の予防効果が示されていました
が、理由は明確ではありませんでした。今回、その効果の根拠となる分子メカニズムの一つを明らか
にすることができたことは、胃癌の予防の観点から大変重要な意義を持つと考えられます。
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2.研究の概要
まず、自然発症型胃癌マウスを用いて、活性酸素による胃上皮細胞内の酸化ストレスシグナルの活
性化が、どのようにメタプラジアの形成に関与しているのかについて解析を行いました。このマウス
の胃粘膜では、恒常的に慢性炎症が引き起こされるため、生後 10∼20 週齢でメタプラジアが形成さ
れ、30 週齢前後には胃に巨大な腫瘍が形成されます。本研究では、自然発症型胃癌マウスを使って、
まず胃粘膜で引き起こされた慢性炎症に伴い発生した活性酸素を取り除く目的で、強力な抗酸化物質
であるビタミン C を 12∼30 週齢までの 18 週間経口投与を行う実験を行いました。その結果、腫瘍サ
イズは通常に比べて明らかに小さくなり、
ビタミン C 投与により腫瘍形成が著明に抑えられました
(図
1)
。
図1.ビタミン C の投与の有無による胃癌マウス腫瘍の大きさの比較
T:腫瘍 AT:腫瘍に接する胃粘膜(メタプラジア部)
ビタミン C を投与した胃癌マウスでは、ビタミン C を投与しない胃癌マウスと比較し、
腫瘍の形成が著明に抑制された。
さらに腫瘍に隣接する胃粘膜を調べたところ、ビタミン C を投与した胃癌マウスでは、胃上皮細胞
のなかでも、胃酸分泌および胃粘膜の健康を保つために大切な壁細胞(注5)と呼ばれる細胞の脱落
が抑制されていると共に、メタプラジアの形成が著明に抑えられていることが分かりました(図2)
。
このことから、胃癌マウスの慢性炎症に伴い発生する活性酸素を取り除くことで、壁細胞の脱落が抑
制され、胃癌の基となるメタプラジアの形成も抑制出来ることが分かりました。
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図2.ビタミン C 投与による胃癌マウスのメタプラジア形成に対する予防的効果
AT:腫瘍に接する胃粘膜(メタプラジア部)
、 TFF2:メタプラジアマーカー(目印)(注 6)、
+
+
H , K -ATPase:壁細胞マーカー(目印) (注 6)
ビタミン C を投与した胃癌マウスでは、ビタミン C を投与しない胃癌マウスと比較し、
腫瘍に隣接する胃粘膜でのメタプラジア形成が著明に抑制された。
続いて、酸化ストレスシグナルの活性化が壁細胞で生じているかについて検討しました。酸化スト
レスは、胃上皮組織において酸化ストレスに反応して活性化するタンパク質である p38MAPK をリン酸
化し、活性化することが知られています。そこで、自然発症型胃癌マウスのメタプラジアにおいて、
p38MAPK の活性化の程度を解析すると、残存している壁細胞で p38MAPK の活性化が認められました(図
3)
。このことから、壁細胞での酸化ストレスシグナルの活性化により、メタプラジアが形成される
ことが示唆されました。
図3.胃癌マウスにおける壁細胞での特異的な酸化ストレスシグナル p38MAPK の活性化
AT:腫瘍に接する胃粘膜(メタプラジア部)
正常マウスの胃粘膜の壁細胞では p38MAPK の活性化(黄)が起きていないのに対して、胃癌マウス
の壁細胞では、脱落し始めている壁細胞(赤)で p38MAPK の強い活性化が起きている。
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この結果に関して、さらに詳しく解析を進めたところ、胃上皮細胞のなかでも特に壁細胞において
活性酸素が蓄積しやすく、酸化ストレスに対しての影響を受けやすいことが分かりました。そのため、
慢性炎症を起こした胃粘膜では壁細胞における p38MAPK-INK4a/ARF(注7)が、細胞老化や細胞死に
関連するシグナルを活性化させるため、壁細胞の脱落に繋がっていることが明らかとなりました。さ
らに、抗酸化物質ビタミン C を投与した胃癌マウスや、酸化ストレスシグナルの中心的役割を担う
INK4a/ARF をコードする遺伝子を欠失させた胃癌マウスでは、壁細胞の脱落は起きにくく、メタプラ
ジアの形成が著明に抑えられることが分かりました。さらにこれらのマウスでは、メタプラジアに引
き続いて形成される腫瘍の増大も抑制されていることが分かりました。これらの結果から、壁細胞に
おける p38MAPK-INK4a/ARF を介した酸化ストレスシグナルの活性化が、胃癌に繋がる胃粘膜の病的変
化に強く関与していることが明らかとなりました。つまり、壁細胞において、活性酸素の産生が増加
したために起こる酸化ストレスシグナルを抑えることが、胃癌の予防に効果があると考えられます
(図4)
。
図4.慢性炎症に伴う活性酸素の増加がメタプラジア形成を誘導するメカニズム
慢性炎症の結果生じる活性酸素は、胃上皮細胞のなかでも特に壁細胞に蓄積しやすく
p38MAPK-INK4a/ARF を介した酸化ストレスシグナルの活性化を生じさせる。その結果、壁細胞脱落
が起き、胃癌に繋がるメタプラジア形成を引き起こす。
3.特記事項
本研究は、文部科学省 科学技術試験研究委託事業 次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラム
「がん幹細胞を標的とした根治療法の開発(酸化ストレス回避機構を標的としたがん幹細胞治療戦略
の考案)」(研究代表者:永野修)における研究の一環として行われました。
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4.論文について
タイトル(和訳): Ink4a/Arf-dependent Loss of Parietal Cells Induced by Oxidative Stress
Promotes CD44-dependent Gastric Tumorigenesis
(酸化ストレスによって誘導される Ink4a/Arf 依存性の壁細胞脱落は CD44 依存性
胃癌発生を促進する)
著者名:清島亮、和田剛幸、土橋賢司、岡崎章悟、吉川桃子、大島浩子、大島正伸、佐藤俊朗、
長谷川博俊、北川雄光、James R. Goldenring、佐谷秀行、永野修
掲載誌:「Cancer Prevention Research」オンライン版
【用語解説】
(注1)慢性炎症
炎症が長期間持続すること。炎症が起きている組織では、好中球やマクロファージといった活性酸素
を産生する炎症性細胞が集積するようになる。産生された活性酸素は、炎症性細胞における細胞内シ
グナルを活性化することで、炎症を促進する。また、高レベルの活性酸素は、細胞の DNA に損傷を与
えることが知られている。そのため、慢性炎症が起きている組織では、正常組織と比べて活性酸素の
増加が起きやすく、癌化に繋がる遺伝子変異の確率が高くなると考えられる。ヘリコバクターピロリ
菌の感染による慢性炎症が要因となり発生する胃癌、C 型肝炎ウイルスの感染による慢性炎症が要因
となり発生する肝細胞癌などが、慢性炎症が要因で発生する癌として知られている。
(注2)自然発症型胃癌マウス
金沢大学がん進展制御研究所の大島正伸教授らによって作成された、胃粘膜に慢性炎症を引き起こす
ように遺伝子操作を行ったマウス。
(注3)酸化ストレス
生体の酸化反応と抗酸化反応のバランスが崩れた結果、過剰な酸化反応により生体に有害な作用が生
じる状態。
(注4)メタプラジア
ある細胞が、周辺環境からのストレスを持続的に受けることなどによって、異なる性質を持つ細胞へ
と変化した状態。このような状態が慢性的に続くことが、発癌の一つの要因と考えられている。
(注5)壁細胞
胃腺に存在する細胞の一種で、主に胃酸を分泌する役割を担っている。これまでに胃粘膜の健康維持
に、壁細胞が重要な役割を担うことが示されており、この細胞が脱落することが、胃癌に繋がるメタ
プラジアの発生を引き起こす原因となることが、近年の研究から明らかとなってきている。
(注6)マーカー(目印)
ある細胞にのみ発現する目印となるタンパク質のこと。このマーカータンパク質を、抗体などを用い
て染色し手掛かりとすることによって、組織中の目的の細胞を検出することが出来るようになる。
(注7)p38MAPK-INK4a/ARF
活性酸素の蓄積によって活性化される細胞内シグナルの一つ。酸化ストレスに陥った壁細胞では、
p38MAPK タンパク質のリン酸化(活性化)が引き起こされ、続いて、その下流シグナルである INK4a/ARF
タンパク質の発現が誘導される。この INK4a/ARF は、細胞老化や細胞死に関連するシグナルを活性化
させるため、壁細胞の脱落が生じる。
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※本リリースは文部科学記者会、科学記者会、厚生労働記者会、厚生日比谷クラブ、各社科学部等に
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慶應義塾大学医学部
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永野 修(ながの おさむ)専任講師
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