file5 VISION 長崎大学病院 2015.3 長崎の医療の未来を描く 抜本的な周産期医療体制の確立を 長崎大学病院は2月中旬から、NICU、GCU での管理が必要な新生児の受け入れを一時中止して いる。昨年 11 月から NICU、GCU で発生した継続的な CRE(カルバペネム耐性腸内細菌科細菌) 感染のためである。本院ではこれまで通り NICU、GCU 管理を必要としないハイリスク分娩は受け 入れている。県内 3 カ所の周産期母子センターなどと連携を深めて新生児受け入れ体制を整える 一方、地域の産科医にはリスクの高い妊婦の早めの紹介を呼び掛けている。 産科医の早めの紹介がリスク回避にも 昨年 11 月から、NICU、GCU で断続的に新生児 全国的に訴訟のリスクなどから、開業の産科医は の CRE の保菌を確認した。感染制御教育センター ハイリスク分娩を敬遠してきた。そんな中、長崎大 では制圧に向けて、原因究明とさまざまな対策を講 学病院では高度周産期医療を担う施設として、年間 じてきた。今年に入り患者の発生はなく、収束の兆 約 350 件のハイリスク分娩を積極的に受け入れて しを見せた。ところが 1 月下旬、再び CRE を保菌 きた。開業医で分娩し新生児の状態が悪くなって搬 した新生児を確認。これまでに 16 人の院内感染を 送された新生児は年間約 40 件。 「いずれのケース 確認し、うち2人が発症した。いずれも重症化せず も地域の産科医からの早めの紹介や妊婦さんたちの 軽快している。ほとんどが保菌状態で、成長とと 無理のない妊娠管理が重要になる。開業の先生の協 もに菌が消滅しているケースもある。現在、NICU、 力を得て危険な出産を避けたい」と同科の吉田敦准 GCU 再開に向けた対策を急いでいる。 教授は強調する。早めの紹介を受けて本院で妊娠管 今回の院内感染は県内の脆弱な周産期医療体制を 理を徹底するという方針だ。 露呈せしめた。県内の周産期母子センターの NICU、 院内感染を公表後、妊婦たちの中には不安の声を GCU の病床数は慢性的に不足し、周産期医療は危 寄せる人たちもいる。CRE 感染が誤解を生み出し、 機的状況にある。本院にとって NICU、GCU の新しい さらにネットなどの情報が不安をあおっている。 新生児受け入れを一時中止するのは苦渋の決断だっ CRE は腸内細菌の一種で、抗菌薬が効きにくく た。 なる耐性を備えることが最大の問題である。健康な 本県の病床数は他県に比べて圧倒的に少ない。 人は日常生活を送る上で影響を受けないが、入院中 NICU と GCU 合わせた病床数は福岡が 406 床、熊 の抵抗力が落ちた患者では発熱などの症状を引き起 本 134 床、 鹿 児 島 114 床。 こ れ に 対 し て 本 県 は こして治療が必要になることがある。本院の感染し 78 床。しかも NICU、GCU 管理が必要な新生児を た新生児の多くは発症せずに保菌状態だった。この 診る新生児専門医は県内にわずか 3 人しかいない。 段階で CRE の存在を注視できていることは、感染 産科婦人科の三浦清徳准教授は「専門医はすぐに育 制御がうまく機能していることを意味する。その証 つわけではない。今から人を育成することに力を入 拠に MRSA はほとんど認められていない。CRE を れなければならない」と危機感をにじませる。医師 発症したとしても適切な抗菌薬を使い、いずれも軽 だけでなく、専門性の高い認定看護師など周産期に 快している。感染制御教育センターの泉川公一セン 関わる人材も不足している。 ター長は「本院で見られる CRE はアメリカで危険 ハイリスク分娩の流れ 母体搬送 新生児搬送 開業の産科医 ▼ ▼ ▼ 長崎大学病院への早めの紹介 開業医からの早めの紹介により、リスクを 回避できる 長崎大学病院 NICU、GCU 管理が 必要な新生児 ハイリスク分娩で本院で対応している妊婦 の数は年間約 350 人。その約 7 割の新生児は 年間約 40 件(月に 3〜4件)の新生児が NICU、GCU に入ることはない。これまで通り、 NICU、GCU 管 理 を 必 本院で受け入れる。 要とする。 原則として開業医から 長崎大学病院以外の周 産期母子センターへ搬 ▼ 送する ▼ ▼ ▼ ▼ NICU、GCU 管理が必要な新生児の出産が予測 される場合、早めにほかの周産期母子センターへ 妊婦を移動する ほかの周産期母子センター 県全体のゆとりを持った立て直し必要 と警告されたタイプとは異なり、別の薬剤で治療が と話す。そこには行政の支援は不可欠だ。 可能な菌が多い」という。 本院以外の地域の周産期母子センターでも厳しい 今回、NICU、GCU 内での感染を早期制圧できな 状況の中での受け入れは続く。協力を要請した各病 かった理由の一つに NICU、GCU の部屋の構造上の 院も飽和状態に近く、状態が安定した母子を再び開 問題がある。感染制御教育センターは早い段階から 業医へ託すことも視野に入れなければならなくなっ 共有する調乳室などのスペースに着目して改善を ている。医療スタッフの疲弊も危惧され、県内全体 図ってきた。 での周産期医療の大きな流れをつくることも早急の こうしたハードの面の改善も視野に、院内では新 課題だ。 た に NICU、GCU 計 27 床 の 増 床 と MFICU 9 床 の 日本産婦人科学会は本県の 10 年後の周産期医療 新設に向けて検討を始めた。予算面や人員の確保な を担う専門医の数は全国ワースト 11 と予測する。 ど病院だけでの設置は難しい。小児科の森内浩幸教 産科婦人科の長谷川ゆり医局長は「自分の町で安心 授は「県内全体の周産期医療において今後、ゆとり してお産できる環境をつくらなければ、本県の少子 を持った形での中長期視点での立て直しが必要だ」 化の問題にも大きく影響する」と懸念を示した。
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