第 1 章 国産チキンの優位性を示すための訴求ポイントの確立

第 1 章 国産チキンの優位性を示すための訴求ポイントの確立
日本の超高齢化社会が進行する中で、鶏肉の需要が益々増えることが期待さ
れる中、国産チキンが輸入鶏肉に負けないためには、国産チキンが輸入鶏肉に
はない優位性を見出し、科学的データに基づく訴求ポイントを確立する必要が
ある。
鶏肉のおいしさ並びに保健機能から、本年度は予備的に下記の訴求ポイント
を設定し、国産チキンと輸入鶏肉の分析を行った。
<本年度の訴求ポイントの候補>
(1)「おいしさ」に関するポイント
①官能評価によるおいしさに寄与する要素の比較
②うま味:グルタミン酸とイノシン酸量の比較
③ 香り:鶏肉の特徴的な香りと不快臭の比較
④ K値:ATPの分解物による鮮度の比較
(2)「保健機能」に関するポイント
① イミダゾールジペプチドの含量の比較
1 .実験方法
(1)試料
と鳥日、その後の保存期間や条件が明確である「国産チキンのムネ肉とモモ
肉」および「輸入鶏ムネ肉とモモ肉」を使用した。
A. 6 か月間冷凍したタイ産ムネ肉(冷凍輸入鶏ムネ肉)
B. 6 か月間冷凍したブラジル産モモ肉(冷凍輸入鶏モモ肉)
C. チルド国産ムネ肉(と鳥後、翌日のもの)
D. チルド国産モモ肉(と鳥後、翌日のもの)
E. 冷凍した国産ムネ肉( 6 か月間に近いもの)
F. 冷凍した国産モモ肉( 6 か月間に近いもの)
さらに、A ∼ Fを 4 °Cで 2 日間保存(熟成)したものについても調べた。検
体数は各 3 ずつで実施した。
-
− 49
11 -
−
(2)官能評価
耐熱バックに入れた検体A ∼ Fについて、各々中心温度が80°Cになるまで湯
煎で加熱した。パネルには、基本 5 味について認識閾値で濃度識別が出来、良
く訓練された 8 名を選定した。
また、加熱前後のサンプル重量から、以下の式により、加熱損失を測定した。
加熱損失(%)=(加熱前重量−加熱後重量)/ 加熱前重量 X 100
(3)アミノ酸分析(アミノ酸自動分析計によるグルタミン酸の測定)
それぞれのサンプルに関して、一定の重さの肉(挽き肉)に対して、 5 倍
量の冷却蒸留水を加えて、10,000rpmで 1 分間ホモジナイズした後、遠心分離
(10,000×g, 15 min, 4 °C)し、上清を回収した。これを試料溶液とした。JLC−
500/V(日本電子製)を用いて、異なる貯蔵期間の複数肉の試料溶液を測定した。
(4)イノシン酸測定(HPLCによるイノシン酸の測定)
(3)で調製した試料溶液を用いて、Asahipac−GS320 column(サイズ排除カ
ラム, 昭和電工)を用いたHPLCでイノシン酸量を測定した。分析では、10mM
リン酸ナトリウム溶液(pH5.0)を溶媒としてアイソクラティック法でイノシ
ン酸を測定した(検出波長260nm)。
(5)鶏肉の特徴的な香りと不快臭の特定並びに貯蔵による変化
国産チキンと輸入鶏肉並びにそれぞれを貯蔵したものを、中心温度が80°Cに
なるまで湯浴中で加熱し、この間に揮発したヘッドスペース香気成分をMono
trap(シリカモノリス捕集剤:ジーエルサイエンス)で捕集した。ジエチルエ
ーテルによる抽出後、GC/MS(Agilent 5977A GC/MSD:アジレント)で40°Cか
ら240°Cまで10°C/ minの昇温条件で分析した。得られた結果から、特定成分(18
成 分: 2−methyl−3−furanthiol, 2−furfurylthiol, 3−(methylthio) −propanal,
methanethiol, 2,4,5−trimethylthiazole, nonanal、2(E) −nonenal, 2−formyl−5
−methylthiophene, p−crezol,(E,E) −2,4−nonadienal、(E,E) −2,4−decadienal、
2−undecenal, β −ionone,γ −decalactone, γ −dodecalactone, hexanal, octanal,
acetaldehyde)の定量を行った。
-
− 50
12 -
−
(6)K値に関わる核酸関連物質の測定(HPLCによる核酸関連物質の測定)
(4)と同じ条件で、ATP, ADP, AMP, HxR, IMP, Hx を調べた。
K値は(HxR+Hx)/(ATP+ADP+AMP+HxR+IMP+Hx)の式に代入して
求めた。
(7)イミダゾールジペプチドの測定
(3)と同じ条件で、分析した。
-
− 51
13 -
−
2 .実験結果と考察
(1)官能評価と加熱損失率
試料を加熱した時のドリップによる加熱損失は、官能評価に大きな影響を与
えることから、官能評価に先立ち、加熱損失を測定した。表 6 に、各検体の加
熱損失率を示す。単一の筋線維からなるムネ肉では加熱損失(ドリップの発生)
が多く、特に冷凍した輸入鶏肉でその値は大きかった。
表 6 加熱により失われた重量割合(加熱損失)(%)の比較
冷凍輸入鶏肉
冷凍国産鶏肉
チルド国産鶏肉
ムネ肉
32.2
26.8
21.4
モモ肉
22.2
23.8
21.4
次に、表 7 に、冷凍輸入鶏肉を基準( 0 点)とした際の、チルド国産鶏肉の
各項目に関する官能評価で得られた評点の平均を示す。チルド国産鶏ムネ肉は、
「うま味」、「多汁性(ジューシーさ)」、「やわらかさ」の項目が冷凍輸入鶏肉に
比べて有意に強く、「鶏らしい香りの強さ」や「不快臭」については、違いが
認められなかった。一方、モモ肉では、国産の方が「不快臭」以外の項目で全
て有意に強く、チルド国産鶏肉が輸入鶏肉よりも優れていることが判明した。
チルド国産鶏肉の「不快臭」は、輸入鶏肉よりも有意に少ないことが明らかと
なった。
表 7 冷凍輸入鶏肉を対照とした時のチルド国産鶏肉の官能評価
部位
項目
うま味の強さ
香りの強さ
不快臭の強さ
ムネ肉
多汁性
やわらかさ
うま味の強さ
香りの強さ
モモ肉
不快臭の強さ
多汁性
やわらかさ
ND: not different.
平均評点
0.9
0
0
1.6
2
1.3
1.3
− 0.4 0.4
0.7
− 52
14 -
−
-
有意差
p < 0.01
p
p
p
p
p
p
p
N.D.
N.D.
< 0.01
< 0.01
< 0.01
< 0.01
< 0.05
< 0.01
< 0.01
続いて、表 8 に、冷凍国産鶏肉を基準( 0 点)とした際の、チルド国産鶏肉
の平均評点を示す。ムネ肉では、「うま味」、「香りの強さ」、「不快臭」の項目
で違いは認められず、「多汁性」と「やわらかさ」が、チルド国産鶏肉の方で
有意に強いと評価された。これは、冷凍処理により、加熱損失が増えたために、
多汁性が低下し、硬くなったと推察された。モモ肉では、チルド国産鶏肉の「香
りの強さ」、
「不快臭」、
「多汁性」の項目で違いは認められなかった。一方、
「う
ま味」は有意に弱く、また「やわらかさ」が強いと判断された。
表 8 冷凍国産鶏肉を対照とした時のチルド国産鶏肉の官能評価
部位
項目
うま味の強さ
香りの強さ
ムネ肉 不快臭の強さ
多汁性
やわらかさ
うま味の強さ
香りの強さ
モモ肉 不快臭の強さ
多汁性
やわらかさ
ND: not different.
平均評点
0.3
0.3
0
1
0.8
− 0 .4 0
− 0 .2 0.3
1.1
有意差
N.D.
N.D.
N.D.
p < 0 .01
p < 0 .01
p < 0 .05
N.D.
N.D.
N.D.
p < 0 .01
(2)うま味成分の比較並びに貯蔵による変化
ムネ肉のグルタミン酸量を測定した結果を、図 1 に示す。熟成前(day 0 )
では、冷凍輸入鶏肉のグルタミン酸量が1.7mMと最も高く、チルド国産鶏肉で
は1.2mMと低い値を示した。
いずれの試料においても、 2 日間の熟成でアミノ酸は有意に増加した(輸入
1.4倍、国産冷凍1.9倍、国産チルド1.2倍)。特に、冷凍過程を経た試料の方が、
増加率は大きかった。これは、冷凍処理により、筋肉細胞組織が破壊され、細
胞内のタンパク質分解酵素と筋肉タンパク質との接触頻度が増えることに起因
すると推察された。
− 53
15 -
−
-
図 1 .各種ムネ肉におけるグルタミン酸量の比較と貯蔵による変化
全ての試料間で有意差(p<0.01 )が認められた。
次に、モモ肉のグルタミン酸量を測定した結果を、図 2 に示す。ムネ肉と同
様に、
熟成前
(day 0 )
では、
冷凍輸入鶏肉のグルタミン酸量が3.0 mMと最も高く、
チルド国産鶏肉が2.4 mM、冷凍国産鶏肉が2.0 mMと続いた。また、 2 日間の
熟成により、ムネ肉にはおよばないものの、いずれのモモ肉でもグルタミン酸
は有意に増加した(冷凍輸入、冷凍国産ともに1.3倍、チルド国産1.1倍)。グル
タミン酸の増加率は、ムネ肉と同様に、冷凍過程を経た試料の方が大きかった。
この理由も、ムネ肉の場合と同様に、細胞組織の破壊によりもたらされたと推
定された。
図 2 各種モモ肉におけるグルタミン酸量の比較と貯蔵による変化
全ての試料間で有意差(p<0.01 )が認められた。
-
− 54
16 -
−
(3)各種鶏肉の貯蔵前後におけるイノシン酸(IMP)量
各種鶏肉の貯蔵前後におけるイノシン酸量を(表 9 )に示す。IMPは、筋肉
中においてATP分解物として産生され、食肉のうま味成分として寄与すること
が知られている。
表 9 各種鶏肉の貯蔵前後におけるイノシン酸(IMP)量
冷凍輸入鶏肉
冷凍国産鶏肉
チルド国産鶏肉
IMP
(mM)
熟成前
熟成後
熟成前
熟成後
熟成前
熟成後
ムネ肉
モモ肉
1.3
1.3
1.0
1.2
5.0
3.4
2.6
2.5
3.3
1.8
1.6
1.4
(n=3, 平均値)
イノシン酸(IMP)量は、チルド国産鶏肉ならびに冷凍国産鶏肉のムネ肉では、
輸入のものに比べて2.5倍以上含まれており、モモ肉においても 1 . 4 倍以上含ま
れていた。イノシン酸(IMP)はグルタミン酸と共存することで、うま味感度
を相乗的に強めることが知られている。官能評価で、冷凍輸入鶏肉のうま味強
度が、国産チキンより弱かったのはイノシン酸量が少なかったことによると推
察された。
(4)鶏肉の特徴的な香りと不快臭の特定並びに貯蔵による変化
貯蔵前の冷凍輸入鶏ムネ肉からは、Hexanal(草の香り・酸化臭)や1−octen
−3−ol(マツタケ臭)のレバー臭を特徴付ける不快臭が検出された。一方、
Nonanal(花や果実の香り)やDimetyltrisulfide(タマネギ臭)の他、脂肪由来
と考えられるデカン類が多く検出された。
モモ肉では、Hexanal量がムネ肉に比べて面積値で 3 倍多く含まれていた。
さらに、1−octen−3−ol量も、ムネ肉と比べて10倍近く検出された。表 7 で示し
たように、官能評価において、輸入鶏モモ肉が国産チルドモモ肉に対して、有
意に不快臭が強いと判断された理由として、両化合物の影響が考えられた。
一方、チルド国産鶏肉と冷凍国産鶏肉では、共にHexanalと1−octen−3−ol、
Nonanal、Dimethylsulfideが検出されたが、その含量は輸入鶏肉に比べて非常
に少なく、表 8 に示した通り、チルド国産鶏肉と冷凍国産鶏肉の香り強度に違
いが認められなかったと推定された。今回、定性分析において変動が認められ
-
− 55
17 -
−
た化合物が明らかとなったため、標準品を用いた定量分析を行い、解析を進め
ている。定量性を向上することにより、国産チキンの優位性をアピールするた
めの客観的指標となる香気成分が特定されることが期待される。
図 3 冷凍輸入鶏ムネ肉(a)、冷凍輸入鶏モモ肉(b)、チルド国産鶏ムネ肉
(c)、及びチルド国産鶏モモ肉(d)から検出された揮発性香気物質の比較
(5)抗酸化物質であるイミダゾールジペプチド含量の比較並びに貯蔵に伴う
変化
ムネ肉におけるカルノシン(Car)量、アンセリン(Ans)量、ならびに両者
を合算したイミダゾールジペプチド量を、図 4 ∼ 6 に示す。
図 4 より、グルタミン酸の結果と異なり、Car量はチルド国産鶏肉の熟成前
のものが有意に多く(16.3 mM)、冷凍輸入鶏肉の解凍直後(15.1 mM)、冷凍
国産鶏肉の解凍直後(13.8 mM)となった。また、 2 日間の熟成により、カル
ノシンは何れの試料においても減少した(減少率:冷凍輸入鶏肉, 18% ; 冷凍国
産鶏肉ならびにチルド国産鶏肉; 23%)。
-
− 56
18 -
−
図 4 各種ムネ肉におけるカルノシン量の比較と貯蔵による変化
全ての試料間で有意差(p<0.01 )が認められた。
一方、図 5 に示すように、Ans量はチルド国産鶏肉の 2 日間熟成が最も多く(39
mM)、次いで、チルド国産鶏肉の熟成前(31.7 mM)、冷凍国産鶏肉の熟成前(31.6
mM)となり、冷凍輸入鶏肉の熟成後(26 mM)が最も少なかった。冷凍過程
を経た鶏肉は、熟成によりAns量が減少する、若しくは変化しないが、チルド
国産鶏肉では増加する結果となった。
図 5 各種ムネ肉におけるアンセリン量の比較と貯蔵による変化
冷凍day 0 と冷凍day 2 、チルドday 0 を除く、全ての試料間で有意差(p<0.01 )
が認められた。
-
− 57
19 -
−
さらに、CarとAns量を合算したものを、図 6 に示す。チルド国産鶏肉のイミ
ダゾールジペプチド量が最も多いことが明らかとなった(熟成前;48.0 mM、熟
成後;51.7 mM)。
図 6 各種ムネ肉におけるイミダゾールジペプチド量の比較と貯蔵による変化
全ての試料間で有意差(p<0.05 )が認められた。
次に、モモ肉におけるカルノシン(Car)量、アンセリン(Ans)量、ならび
に両者を合算したイミダゾールジペプチド量を、図 7 ∼ 9 に示す。
図 7 各種モモ肉におけるカルノシン量の比較と貯蔵による変化
全ての試料間で有意差(p<0.01 )が認められた。
-
− 58
20 -
−
図 7 より、Car量はチルド国産鶏肉の熟成後が最も多く(7.7 mM)、次いで、
熟成前後の冷凍国産鶏肉と熟成前の冷凍輸入鶏肉(6.2 mM)が多く、熟成後の
冷凍
輸入鶏肉(4.2 mM)が最も少なかった。冷凍輸入鶏肉では熟成により含量が
低下する(40%減少)が、チルド国産鶏肉では1.4倍に増加した。
また、図 8 に示すように、Ans量は、ムネ肉と同様にチルド国産鶏肉の 2 日
間熟成が最も多く(13.7 mM)、次いで、冷凍国産鶏肉(熟成後13.1 mM, 熟成
前12.4 mM)となった。冷凍輸入鶏肉では、熟成によりAns量は減少するが、
チルド国産鶏肉では1.3倍に増加した。
図 8 各種モモ肉におけるアンセリン量の比較と貯蔵による変化
全ての試料間で有意差(p<0.05 )が認められた。
CarとAns量を合算した結果、チルド国産鶏肉の熟成後が、最もイミダゾー
ルペプチド量が多いことが明らかとなった(21.4 mM)。冷凍輸入鶏肉(熟成前
17.5 mM, 熟成後 14.7 mM)と比べ、冷凍国産鶏肉ならびにチルド国産鶏肉で
は、機能性ペプチド含量が有意に多く、ムネ肉と同様の結果となった(図 9 )。
-
− 59
21 -
−
図 9 各種モモ肉におけるイミダゾールジペプチド量の比較と貯蔵による変化
全ての試料間で有意差(p<0.01 )が認められた。
(6)K値に関わる核酸関連物質の測定
異なる貯蔵期間の複数肉のものに含まれる核酸関連物質(ATP, ADP, AMP,
IMP, HxR, Hx)の量から算定したK値を、表10で示す。K値は鮮度の指標とし
て用いられ、食品の劣化(経時変化)とともにその値が増加する。水産業界に
おいては、20%以下が生食の基準とされている。
本実験で用いたチルド国産鶏肉では、ムネ肉・モモ肉共に20%程度であり、
熟成を経ても60%前後であった。一方、冷凍輸入鶏肉は解凍直後においても、
70%と高値を示した。
表10 各種鶏肉のK値の比較
冷凍輸入鶏肉
冷凍国産鶏肉
チルド国産鶏肉
K値
(%)
熟成前
熟成後
熟成前
熟成後
熟成前
熟成後
ムネ肉
76. 5
83. 6
20. 4
54. 4
19. 9
55. 7
モモ肉
69. 9
75. 6
32. 9
55. 3
24. 1
61. 3
− 60
22 -
−
-