ミネソタ大学に留学して - 大阪大学 放射線治療学講座

ミネソタ大学に留学して
大阪大学大学院医学系研究科
高橋 豊
それは 2011 年の RSNA での出来事、私とミネソタ大学のスパーバイザーDr Hui は出会い、お互いの
研究や興味の話を始め、2 日間に渡って議論することになりました。元々Dr Hui は原子核物理出身の医
学物理士であり、その後分子生物学の勉強をしてそれに関する NIH の大型グラントを獲得したところで
した。私も医学物理士な訳ですが、学部生、修士時代に大阪大学分子病理学の松浦成昭和教授の下で生
物の研究をしていたという共通点があり、予想以上に盛り上がりました。そして 3 年契約でポスドクと
して働く機会を得ることになりました。とはいえ、35 歳になって当時の職を辞し、新天地で挑戦するこ
とには迷いもありました。しかし、結果としては大変貴重な経験をすることができました。その経験を
報告したいと思います。
1.ミネソタ州について
ミネソタ州は米国中央部の最北部に位置しており、極寒の地として知られています。冬はマイナス 20
度は当たり前で、広大なミシシッピー川も冬には凍ってしまいます。0 度を超える日は「Enjoy the good
weather!」などという会話が飛び交い、完全に温度感覚がマヒしてしまいます。名所としては全米 No1
の規模を誇るモール(モールオブアメリカ)があります。ミネソタ州の人々は温厚な人が多く、ミネソ
タナイスという言葉があります。子供連れの私たちは、街の人にいつも優しくしていただきました。
ミネソタ大学はメインキャンパスがミネアポリスにあります。州立ですが、全米でも大きな規模の大
学で、過去にノーベル賞受賞者がいる大学です。建物は全館クーラーやヒーターが効いており、大学内
はほとんどの建物と駐車場がトンネルによってつながっていて快適です。病院はメインホスピタルとチ
ルドレンホスピタルの2つがミシシッピーリバーを挟んで建っています。
2.アメリカの生活
アメリカに来たばかりの大きな問題の1つはコミュニケーションでした。英会話にはそれなりの自信
があったものの、現地では何を言ってるかわからない、言いたいことが言えない、スタッフとの会話に
入り込めないといった苦い経験をしました。ただ、全員の言葉が分からないわけでもなく、特に 20 代、
30 代の若者の言葉がわからないということに気づきました。いろいろ調べた結果、省エネ英語という存
在を知りました。インターネットで見つけた「モゴモゴバスター」というサイトはまさに私にピッタリ
で、それをはじめてから明らかに生活が快適になってきました。米国留学を考えられておられる方には
お勧めできると思います。
そして私の苦手とするハンバーガー、フレンチフライ、サンドイッチといったアメリカの定番フード
とハードワークが相まって、私の体重は入国後に 7kg 体重が減りました。しかし、そのようなジャンク
フードもいつの間にか口に合うようになってしまい、また、寿司や鉄板焼きなどもある格安のアジア料
理食べ放題レストランを見つけたりして、出国時には 12Kg のリバウンドとなってしまいました。
ラボには帰国前の半月を除けば常に日本人メンバー(当時大阪大学博士後期課程の八木君、東京大学
ポスドクの馬込大貴君、大阪大学博士前期課程の神戸崚輔君)がいました。彼らの存在はアメリカ生活
をより楽しく有意義にしてくれたことは言うまでもありません。
図1.凍りついたミシシッピー川
図2.全米 No1 の規模のモール
(Mall of America)
図 3.ミネソタ大学病院とマソニックキャンサーセンター
3.ミネソタ大学での臨床業務について
まずは、ミネソタ大学の Department of therapeutic radiology には、リニアック 2 台、Tomotherapy,
Gamma knife, HDR, LDR があり、治療計画装置は Pinnacle、Eclipse、Oncentra、Velocity AI があり
ます。スタッフは本院では教員医師 6 名、医師レジデント 3 名、教員医学物理士 7 名、医学物理士レジ
デント 2 名、ドシメトリスト 3 名、セラピスト 8 名で構成されています。医学部物理士教授には日本人
の渡邉洋一先生がおられます。
毎日の治療は大体 8 時頃から始まり、
昼休みもセラピストが休憩を交代しながら照射を行っています。
大体夕方 4 時頃には治療が終了し、その後医学物理士が QA を行いますが、夕方 6 時から 7 時には臨床
業務が終わり、そこからは私のような研究者が研究に使用する時間となります。
その中で私は tomotherapy を用いた全骨髄照射(Total Marrow Irradiation: TMI)とマシンの月 QA
と年 QA を担当する役割でした。ミネソタ大学では 2005 年より、再発白血病患者に対して TMI の線量
増加試験を行っています。TMI は非常に奥が深く、治療計画も QA も他の部位の治療とは異なる要素が
たくさんあります。また、ものすごく時間のかかる治療です(図 4)
。米国では大阪大学と同様で治療計
画は Contouring とプラン承認以外は医学物理士の仕事ですが、この臨床試験では全身の骨がターゲット
であるので、OAR も含めた Contouring も全て私が行い、その後放射線治療医の承認を受けることにな
ります。また、tomotherapy の workstation を長時間独占することになるので、他の疾患との競合を避
けるために、治療計画、あるいは Delivery QA も夜 9 時頃から午前過ぎ(ある医学物理士には Yutaka’s
time と呼ばれていました)と土日を使うことがよくありました。
米国ではセラピストであれ医学部物理士であれ、積極的に(あるいは普通に)患者さんに話しかけま
す。私自身も治療完遂後の患者さんから握手を求められお礼を言われ、その時はこの長時間のプロセス
の疲れも吹っ飛んでいくような喜びも感じました。
図 4.TMI のワークフロー
4.ミネソタ大学での研究について
さて、私の所属はこの Department of Therapeutic radiology でなく、Masonic Cancer Center です。
PI の Dr. Susanta Hui は Department of Therapeutic radiology の医学物理士准教授ですが、大型の研
究費を NIH から得られているため Cancer center で個別に研究室を立ち上げられているためです。研
究室メンバーは米国人のみならず、インド、日本、バングラディッシュ出身の研究者や大学院生といっ
た国際色豊かな構成でした。Dr. Hui はハードワーカーが大好きで、帰国前には研究室の半分以上が日
本人になっていました。
(1)医学物理研究
私のメインの役割は TMI に関する医学物理業務と医学物理研究でしたが、生物研究を行っていた自
分の経験を活かし、骨髄、あるいは白血病に関わる生物学、マウスの uPET や白血病患者の分子イメー
ジングの研究も行いました(図 5)
。
図 5.ミネソタ大学での研究。
TMI を実際に行っていくうちに、いくつかの問題に直面していきました。一つは、上腕に生じる線量
の縞状のアーチファクトで、最大 20%程度の線量の不均一性を生じることがありました。これ自体は
helical tomotherapy の一つの有名な現象で thread effect と呼ばれていますが、マジックピッチと呼ば
れるピッチ(0.86/n
n:自然数)を選ぶことによってこれを最小限にできることが報告され、それが信
じられてきました。しかし、特に肩幅の広い(45 cm 以上)の TMI 患者ではこの法則が適用できない
ことを見出しました1)。もう一つは QA を含む長い治療準備時間と実際の治療時間であり、短縮化なし
で世界に普及させることは不可能と考えました。そこで長い治療時間で問題となっていた出力変化に対
する対応と 2)QA の時間短縮化 3)を提案しました。
しかし、実際にもっと重要になるのは患者さんの治療時間の短縮であり、特に 15 分以上を要する
megavoltage CT (MVCT)を用いた位置照合の時間短縮は重要な検討事項でした。そこで、カウチを高
速で動かしながら、従来は MVCT を撮影する際に使用する検出器信号をガントリ 0 度と 90 度方向の 2
方向から固定ビームを照射することで、超高速に 2 次元画像(MVtopo image)を取得し、独自に作成し
たイメージレジストレーションソフトを用いた高速患者照合方法を開発しました 4)。TMI 症例数は限ら
れていたため、全米、ヨーロッパで International Consortium of Total Marrow Irradiation (IC-TMI)
を結成し、多施設で検証実験、臨床例での応用を試みました。その結果、従来の MVCT- KVCT の位置
照合法と約 3 mm 以内で一致し、イメージングの時間は 15 分から 30 秒に短縮でき、
さらに線量も 95%
低減することができました(図 6)
。今後はよりユーザーフレンドリーなシステムへ改良していく予定で
す。
2
図 6.TMI の時間短縮のための高速患者位置照合法の開発研究。
(2)生物研究(イメージング研究と絡めて)
TMI の線量増加試験を行っている一方で、2つの本質的な疑問がわいてきます。それは本当に線量増
加が必要なのか、現在のターゲットは全骨髄だが、生物学的指標に基づいたターゲット決定がなし得る
かという点です。TMI の医学物理研究プロジェクトが一段落した2年半目以降は human mesenchymal
stem cell を用いて放射線照射によって骨髄移植の生着に負の制御をする脂肪への分化、あるいは正の制
御をする骨芽細胞への分化の影響を検討しました 5)。また、白血病マウスモデル、TBI または TMI を行
った骨髄移植マウスを用い、Zr-89 をトレーサーとして細胞に取り込ませ、μPET により cell tracking
をすることに成功し、フローサイトメトリーや免疫染色とともに、白血病あるいは骨髄細胞の遊走形態
がわかりつつありました。
また、
ヒト検体を用い、
Dr. Hui のコラボレータの開発した脂肪組織強調 MRI とその histology sample
とともに、Dual energy CT による red marrow と yellow marrow の分離に成功し 6),7)、これを用いた
Total Red Marrow Irradiation のシミュレーションを行い、次世代型 TMI を目指す研究を行ってきまし
た。
4.まとめ
3 年間の研究生活で、医学物理研究、生物研究双方を行うことができ、幅広い知見が得られたと思いま
す。そして、3年目はラボマネージャーの役割を一任され、任務を全うできたことは一つの自信につな
がりました。帰国後は生物研究と物理研究、そして将来はその知見をつなげ、がんの治療へ結びつける
ように研究をしていきたいと思います。
また、日常生活を通し、日本国外の多くの人々と知り合えたこと、異国の文化を理解できたことはと
ても貴重な経験になりました。これからも国外で知り合った仲間とも交流をつなげていこうと思います。
文献
1. Takahashi Y, Verneris MR, Dusenbery KE, Wilke CT, Storme G, Weisdorf DJ, Hui SK. Peripheral dose
heterogeneity due to the thread effect in total marrow irradiation with helical tomotherapy. Int. J. Radiat. Onclo.
Biol. Phys. 87(4):832-9, 2013.
2. Takahashi Y, Hui S. Impact of very long time output variation in the treatment of total marrow irradiation with
helical tomotherapy. Radiat. Oncol. 8(1):123, 2013
3. Takahashi Y, Hui S. Fast, simple, and informative patient-specific dose verification method for intensity
modulated total marrow irradiation with helical tomotherapy. Radiat. Oncol. 9:34, 2014
4. Takahashi Y, Vagge S, Agostinelli S, Han E, Matulewicz L, Schubert K, Chityala R, Ratanatharathorn V, Tournel
K, Penagaricano JA, Florian S, Mahe MA, Verneris MR, Weisdorf DJ, Corvo R, Dusenbery KE, Storme G, Hui
SK. Multi-institutional Feasibility Study of a Fast Patient Localization Method in Total Marrow Irradiation With
Helical Tomotherapy: A Global Health Initiative by the International Consortium of Total Marrow Irradiation.
Int. J. Radiat. Onclo. Biol. Phys. [Epub ahead of print], 2014
5. Islam MS, Stemig ME, Takahashi Y, Hui SK. Radiation response of mesenchymal stem cells derived from bone
marrow and human pluripotent stem cells. J. Radat. Res. pii: rru098 [Epub ahead of print], 2014
6. Arentsen L, Yagi M, Takahashi Y, Bolan PJ, White M, Yee D, Hui S. Validation of marrow fat assessment using
noninvasive imaging with histologic examination of human bone samples. Bone 72:118-22, 2015
7. Hui SK, Arentsen L, Sueblinvong T, Brown K, Bolan P, Ghebre RG, Downs L, Shanley R, Hansen KE, Minenko
AG, Takhashi Y, Yagi M, Zhang Y, Geller M, Reynolds M, Lee CK, Blaes AH, Allen S, Zobel BB, Le C,
Froelich J, Rosen C, Yee D. A phase I feasibility study of multi-modality imaging assessing rapid expansion of
marrow fat and decreased bone mineral density in cancer patients. Bone 73C:90-97, 2015